御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の六

         撃 っ 破

         ぶ っ ぱ




  籠の中の小豆が 

  ざざと鳴るにも似た雨音を打ち消すが如く

  然程広くもない尊治の部屋に

  鬼の音声(おんじょう)が響き渡る


「 先程から聞いて居れば

  お疲れの尊治様へ問いばかり投げ掛け居っていっ

  尊治様の邪魔をする者が居らぬ様 敢えて小頭の御前らを

 物継ぎとして侍(はべ)らせたものを

  二人揃った其の様を皆に知られた成らば 万亀丸と小虎を

 叱り付けた示しが付かぬではないか

  小坂村の一本杉館へは何れ行く事に成るのだ

  其れ迄は目の前の事に専念せいっ 」

  怒鳴るなり 棒で床をどんと打ち鳴らしどかりと尻を下ろ

 す頬傷の男は 棒を脇に置き様膝前へゆるりと拳を付き 只

 今戻りましたと頭(こうべ)を垂れ

  其の間にニ影がそろりと男の左右に侍(はべ)る


  男が脇に置いた棒は鉄の細筒を芯とし

  割竹を幾重にか重ね合わせた其の上から

  幅一伏せ(凡そ指一本の幅)の薄い板金(いたがね)を隙間無く

  螺旋(らせん)に巻き付けた 長さ三尺余り

  径一束(凡そ指四本の幅)程のごつりとした棒で

  先端に空く穴は煤(すす)で黒ずみ

  もう一方の端は棒の太さに合わせて

  凹型に折り曲げた二枚の板金を違交(いこう)させて

  石突きとし 其処から一寸程離れた所にも

  黒ずんだ穴がぽかりと空いて居る


  尊治は 頬に傷持つ男が最後に告げた言葉も然る事乍ら

  何故其の棒を持つて居るのかと違和を覚えつつ 脳の中

 で巻き始めた渦が真逆と言う風に煽られ 次第に大きく成

 り乍らもぐっと心を縛り 気にせぬ素振りで言葉を向ける

「 策も練り終わり一息付こうと思うて居たところ

  御前の帰りが遅いと二人が気を揉んで居った故 俺から

 誘ったのだ 咎められる可きは俺だ 赦せ 」

「 其れがし此其 戻りが遅れ申し訳ござりませぬ 」

「 其れは構わぬが

  あっちの二人は まだ赦して遣らぬのか 」

「 成りませぬ

  御山に入らずとも 奴らの幟旗を確かめるだけで良しと

 為された尊治様の命も聞かず 御山へ入ったばかりか 物

 見組の網に掛かった挙げ句一戦交えて参るなどもっての外

 でござる

  生きて戻りしは此れ幸い成るも 一人の手柄は皆のもの

 と決めて居るにも拘わらず 小虎は熊沢を討った殺ったと

 言い振り廻り 万亀丸に至っては足を挫いて来る始末

  故にまだ二人を赦す訳には参りませぬ 

「 相変わらず厳しい男だな 」

「 尊治様が 甘いのでござる 」

「 万亀丸の具合は 」

「 あと三日もすれば 腫れは引く見立てでござる 」

「 成らば あと三日は赦さぬと言う事か 」

  尊治の言に傷の無い右の頬が微かに持ち上がり 其れを

 悟られまいとしたものか 落ちた杯を拾い上げ様髭面の目

 の前へぐいと差し出す

「 二人は 勝明(かつあきら)と傳助は何をして居る 」

  頬傷の男は 尊治の肩越しに掛かる一幅へちらりと眼を

 向けるも 其れには触れずにぐびりと喉を鳴らし

「 勝は何時もの様に何時もの場所で何時もの如くでござる 」

「 又一人で黄昏れて居るのか … 傳は 」

「 能登の空の御機嫌を予測す可く 鹿島の家に伝わる能登国

 天之気実記と首っ引きでござる 」

「 其の日 雨が降るのか降らぬのか …

  其れだけ判れば良いのだが … 」

「 七尾の杉江屋の主 次郎兵衛殿へは既に継ぎを付け終えて

 居りますれば 直に空の機嫌を窺える様傳だけでも一足先に

 行かせては如何でござる 」

「 うむ … で 話し合うてくれたのであろうな 」

「 はっ 今程も確かめて参りましたが音も無く御山へ忍び入

 るには やはり無鎧(むがい)で行く可しと 」

「 勝も傳も異論は無いと 」

「 ござりませぬ

  例え 着鎧(ちゃくりょう)致して居りましても 放つ距離と

 当たる角度にもよりますが 種子島を諸に喰ろうては胴丸は無

 論の事 当世具足でさへ一溜りもござらぬ 

  故に あれを試されたのでは … 」

「 別に試した訳では無いが … 

  松 龍 皆は何と言うて居る 」

「 はっ とっ 兎に角身軽

  あっ あの重い掻盾(かいだて)を抱えて走り廻る事が出来まし

 たのは 其の身軽さ故と

  みっ 皆口を揃えて居りました のう龍 」

「 応っ 其れも其うだが 通常の鎖帷子(くさりかたびら)と違う

 て あのすえた臭いに悩まされずに済みますると 喜んで居る程

 でございます 」 

「 ちょんこと引っ掛かるがな …

  其の引っ掛かりを直して頂けぬかと 清太郎殿へ御願い申し上

 げたのだが …

  広 清太郎殿は引き受けて下されたか 」

「 はい 御任せ下されと心良く諾為され 必ずや滑らかに仕上げ

 た上で 月の内に御届け致しますると確と約されてござる 」

 「 鉄砲の御注文が引きも切らぬと言うのに

  有り難い事だ 」

「 針金を御求めに成られた時に御申し付け下されれば宜しゅうご

 さいましたのに 何と水臭い とも言うて居りましたぞ 」

「 赤金(あかがね)を細く伸ばすだけでも手間なのだ 

  丁度 皆の手が透いて居った故 清太郎殿や職人(しきにん)ら

 の手を煩わせずに済むと思うて皆に繋いで貰うたのだが …

  真逆 繋ぎ終えた途端 賢秀殿から御呼びが掛かろうとは 想

 わぬ事であったな … 」

「 真に … 成れど 我らに取っては叉と無い機でござる

  そろそろ御気を切り替えては頂けませぬか 」

「 案ずるな 心も眼も既に石動山へ向いて居る 」

  言葉に偽りは無いものの 心に空いた穴は未だに埋まらぬまま

 に居る尊治であった

「 たっ 尊治様

  あっ あの貫頭衣仕立ての鎖帷子も 御家に伝わる物でござい

 ますか 」

「 さあ 其れは判らぬ

  針金さえ在れば作れる物故 夏場は此れに限ると御爺殿が身に

 付けて居られたのを思い出したのだが …

 ちょんこと手間であったな 」

「 てっ 手間などと

  とっ とんでもござりませぬ のう龍 」

「 松の申す通りでござる

  棒にぎしりと巻き付けた針金を断ち切り 其れで得た金輪を

 幅半間長さ一間に繋いで後 頭を通す真ん中の部分を丸く取り

 除けば其れで出来上がりでございます

  取り除いた部分は次へ回せますし 他の組の者らと膝を交じ

 り合うて他愛も無い話をし乍ら繋いで居ります内に 何時の間

 にやら仕上がって居りました故手間処か寧ろ 楽しい一時を過

 ごさせて頂きました 」

「 そっ 其れに

  ふっ 太目の者は横へ

  せっ 背の高い者は縦へと 輪をな繋ぎ足すだけで済みます

 れば 其の姿宜しく真に扱い易い帷子でございました 」

「 やはり 手間を掛けてし申た様だな 」

「 太目の者 背の高い者とは 尊治様と俺に対する嫌みか 」

「 あっ いっ いえっ けっ 決して其の様な 」

  浅黒は 太目と高目がにやりと視線を交わして杯を口に寄せ

 る間に 髭面の隣にそっと移り様奪った杯でごくりと喉を潤し

 言葉を繋ぐ 

「 とっ 投矢の棒を得手とする者らは 思い切り腕が振れると

 嬉々とし 小虎などは昨年の遊佐討ちも此の鎖帷子であったな

 ならばと 未だに口惜しんで居る程でございます 」

「 … … 堺 十蔵の事を言うて居るのか 

  此の一年 確かに あの二人は腕を上げた

  故に熊沢を討てたのも納得して居る だが

  熊沢と堺では物が違う 

  思い切り腕が振れ様が振れまいが 投矢の棒は振り被ってから

 振り抜く迄が無防備なのだ

  あの折り 飛び込む二人へ堺が苦無を打ち込んで居れば 二人

 共今此の世に居らぬ

  其れを見抜いて二人を退かせたのであろう … 広 

  御陰で要らぬ傷を負わせてし申たな … 赦せ 」

「 もう御忘れ下され 其れがしが望んで負うた傷でござる

  其れに 投矢の棒の危うさは既に皆承知でござる

  兼ねてから御懸念の 鎖帷子に対する矢や刃の刺突に付きまし

 しても 此れも又己の責任と納得もし覚悟もしてござる 」

 「 うむ だが此度の戦

  場合によっては 傷を負うた者を置き去りにせねば成らぬやも

 知れぬのだ 」

「 其の時は居座(いざ)りにて 最後迄戦い抜く可しと皆意を決して

 ござる

  尊治様 我らの身を案じて下されるは真に有り難し

  成れど 其れも過ぎますれば 尊治様は我らに信を置いては下さ

 れぬのかと 気組みは落ちるものでござる 一度落ちた気組みを立

 て直すには至難の業ぞ とは 尊治様が何時も口に為されて居られ

 る御言葉ではござりませぬか

  尊治様 此度の戦 我らに取り 如何に危険を孕み(はら)みし戦

 であるのか 重々承知な上で敢えて申し上げまする

  まだ幼き頃とは申せ 能登は七尾の一本杉の木の下で

  此の命 尊治様へ御預け致しますると誓った我らでござる

  正に今が其の時 故に 何の遠慮も要りませぬ

  好きに遣うて下さりませ 」

  暫しの沈黙の後

  尊治は 細めた目蓋を其のまま閉じて諾とし 覚えた違和を和と

 す可く 広之進の横に転がる棒について尋ね様とした其の矢先 」

「 組頭 御持ちに成られた其の棒 一見金砕棒の様にも見受けられ

 ますが一体何様(なによう)の棒でございます 」

「 此れか 何だと思う 」

  手渡された棒をためつすがめつして見る髭面は

「 … 何やら 火薬の残臭が仄かに漂うて参りますが 」

  御教え下されと問い顔を向けるも 広之進の眼は棒へじっと眼を

 凝らす尊治の眼を瞬(まじろぎ)もせずに見詰め 其の口が開くのを

 待った … … …

「 … … … 撃っ破(ぶっぱ)だ 」

「 ぶっぱ … … とは 」

  髭面の問い返しに 広之進の無傷の頬がしたりと持ち上がる

「 鉛弾を撃っ放(ぶっぱな)す と言う意だ

  広 此れを何処で手に入れた 」

「 其れに御応えする前に

  大木戸(おぎと)忠彦又は 大木戸頼彦なる御名に覚えがござり

 ましょうや 」

  大渦が巻き 強風が吹き荒ぶ脳の中で 過去の殻に守られた脳

 の一部が再びかちりと音を立てた

「 … 大木戸 … 忠彦 … 古い御方の御名だ … 」

「 いっ 如何なる御方でございます 」

  髭面から渡された棒を 尊治の膝前に置き乍ら浅黒が問う

「 其の昔 陸奥の国は伊達(いだて)郡 大木戸村の領主で居られ

 た御方だ … … 

  文治五年(1.189年) 頼朝公の奥州征伐の際

  いち早く重忠様に従うて戦後功を認められ 同じ陸奥の二戸郡  

 に新たな給地を得たのだが

  元久二年(1.205年) 重忠様御謀反の果てに 畠山一族滅亡との

 報せを受けた忠彦殿は 類難を恐れ一族を率いて山の奥深く逃れ

 たまま行方知れずに成ってし申たのだ だが 御子孫は山の狩り

 人として命脈を保ち我が大叔父 秋実様御出向の折り 彼の地の

 案内役として浅利家より遣わされた御方が忠彦殿の血を引く頼彦

 殿であったのだ

  其の際 頼彦殿より進呈されし御品の中に此の棒と同じ物があっ

 た 其の時の物は 御爺殿が義総様へ献上為された故 俺は目録に

 添付された絵図しか目にして居らぬが 間違い無く此れと同じ物だ

  重ねて問う 広 此の撃っ破何処で手に入れた 」

「 清太郎殿の 奥座敷にて でござる 」

「 清太郎殿の 」

「 はっ どうやら間違い無い様ですので 御話し申し上げる

  此の撃っ破を持ち寄りし者 小坂村の北隣り砂子沢村に住す

 砂子沢叉鬼(またぎ)の頭(かしら)にして大木戸頼彦殿を祖父とす

 る大木戸比呂彦と申す御方でござる 」

「 … 何をしに参られた 」

「 然(さ)る御方の御言葉を尊治様へ継ぐ可く …

  との事にござる 」

「 くっ 組頭 尊治様への継ぎ成らば 直に此の御館を…

「 広 叉鬼には 里叉鬼と旅叉鬼の二流が在り猟の為成らば旅

 叉鬼は邦を出る事許されるが 里叉鬼には如何なる事由が在ろ

 在ろうとも其れは許されぬ厳しい掟が在ると伝え聞く 砂子沢

 叉鬼は里叉鬼である筈 … 

  故に 然る御方の何を告げに参ったのかは判らぬが

  其の者 偽りの者であろう 」

  珍しく 他人(ひと)の言を遮るなど 明らかに苛立つ尊治と

 は裏腹に頬傷の男は又もやしたりと笑みを漏らし

「 里叉鬼といえども 鉄砲の買い付けだけは許されるとの事な  

 れば 其れを名目に出て参った其うにござる 成れど他村へ出

 向く事はやはり許されず 故に

  清太郎殿が家の小者を遣わ其うとして居た処へ 」

「 行き着いたのか 」

  頬傷は 御酒を含んでうむと頷く

「 … 鉄砲の買い付けといえども 領主の諾を得ねば邦を出る

 事許されぬ … 名目成らば尚の事 秋実様や父上と昵懇であっ

 た大木戸家に あの勝頼が其れを許す筈も無かろう …

  やはり 其の者偽りの者だ 」

「 なっ 成れど 

  たっ 尊治様 此の撃っ破が 」

「 其の証しと申すか松っ

  同じ物は彼の地に数多在るのだ … …

  尤も … … 浅利家が 滅んだ とでも言うのであれば

  話しは 別 だが … 」

「 … 今頃は … 」

  尊治の豊かな耳がぴくりと応じ

「 今頃 … … 」

「 はっ 比呂彦殿が申すには

  本年の二月 出羽の国の北を東から西へ流れる米代川の中程

 辺り 坊の沢と申す地にて勝頼直属の配下十狐組の上位三組を

 含む六組が謎の一勢と渡り合い結果 上位三組は全滅 他の三

 組も壊滅 虎の子の十狐組を半数以上失うてはもはや抗えぬと 

  浅利勝頼 安東愛季(ちかすえ)殿へ和議を申し入れる模様成る

 も … 今頃は 」

「 … 滅んで居ると 」

「 はっ 」

「 … 其れで 然る御方は何と言うて居るのだ 」

「 浅利を滅ぼした成らば 小坂村の一本杉館を建て直し縁者の

 方々共々其処に根を下ろす所存なり と 」

「 故に 何れ一本杉館へ行く事に成ると口にしたのか 」

「 左様でござる 」

「 俺は信ぜぬ 故に行かぬ

  行きたければ 御前らだけで行けいっ 」

「 尊治様 其の御方は尊治様が此の撃っ破を目にしただけでは

 信じぬであろうと 比呂彦殿へ確たる御言葉を授けて居るので

 ござる 」

「 確たる言葉 其の様な言葉などあろう筈も … … 」

  殻の中の歯車が

  かちかちかちかち かっかっかっかっ ちっちっちっちっと

 速さの度を上げて行き 尊治の記憶は或る羅列へと辿り着く

「 … 何と申した 」

「 三 五 四 と 」

  尊治の奥の歯が きしと軋む

「 くっ 組頭 三 五 四とは いっ 一体 」

「 さあ 俺にも解らぬ 比呂彦殿も何の事やらと首を傾げて居っ

 たが 其れ故に俺は信を措いたのだ

  尊治様 御影の御家に伝わる数列と御見受けしましたが

  如何でござる 」

「 … … くっ あれから五年ぞっ …

  然る御方が俺の知る人であるならば

  謎の一勢が其の御方の率いる勢であるならば

  其の御方は此の五年の間 継ぎのつの字も寄越さず一体何をし

 て居ったのだ 」

「 継ぎも取れぬ程の止ん事無き事情が有ったのでございましょう

  委細は鷹田屋の清六殿が…

「 黙れっ 黙れ 黙れ 黙れいっ 聞く耳持たぬっ 」

「 尊治様 」

「 黙れと申すに 」

  閃光が 尊治の面を阿修羅の如く照らし

  空を破らんばかりの大音に 燭台の炎もゆらと揺れる

「 … 広 … 今の話し 俺の前で二度とするでない 」

  無言で頷く頬傷の男は棒を残したまま部屋を後にし 其れを

 待って居たかの様に 煽られた雨が濡れ縁を濡らし出し 浅黒

 と髭面が雨戸を閉めようとしたところ

「 閉めずとも良い 二人共 今の話しは忘れろ 良いな 」


  空の籠は大籠へと変わり

  中で揺れる小豆も数を増し

  尊治の脳の中で吹き荒れる嵐も

  其の勢いを増して行く

                         つづく






  



 

 

  








 

   御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の五

          白 斑 の 鷹

          しらふ のたか



  余呉ではもう十日余り雨がしとしとと止まずに降り続き

  万亀丸と小虎が此の余呉浦の平館(ひらやかた)へ

  無事の帰澆魏未燭靴討ら既に三日が過ぎて居た

  其の間も御影の者らは皆忙(せわ)しく飛び回り

  蜂が蜜を抱えて巣に帰るが如く

  調べ上げた密を脳へ詰め込んでは

  尊治の面前で吐き出す事を繰り返し

  其の全てを相手に孤独な闘いを続けて居た尊治は

  獺祭の如く広げた様々な絵図を一眺めして後

  杯に残る御酒を一気に呷り

  漸く其の作業に終わりを告げた …

  だが 其の面は暗く何かを確かめる様に広げた絵図を 

  一枚一枚燭台の灯りに照らして見ては

  丁寧に折り畳み 最後の一枚を畳み乍ら

  何処へとも無く向いた口が そろと開く


「 … … 誰か 居るか 」

「  まっ 松之丞 此れに 」

  濡れ縁に控える眉太く 色浅黒い一番組の小頭

  金子松之丞が障子の陰から静かに応ずる

「 明朝 大殿へ申し上げたき儀此れ有りと

  平(ひら)殿へ継いでくれ … … 皆にもな 」

「 はっ … … いっ 愈々で 」

  障子に映る尊治の影がこくりと頷く

「 くっ 組頭がまだ御戻りになられませぬが 」

「 案ずるな 広ら組頭へは既に告げて居る故 どんなに遅くな

 ろうとも朝迄には必ず戻る 」

「 はっ でっ では 」

  立ち上がり様 ぐっと拳を握り締めて下がる松之丞と入れ替

 わり 顔中髭だらけの同じく一番組の小頭 手塚龍蔵が開け放

 たれた障子の間に片膝付いた

「 龍(たつ)か 如何した 」

「 はっ たった今橋本長兵衛殿が参られ此れを尊治殿へ御渡し

 下されと … 」 

  髭面は 脇に抱え持つ細長い桐の箱をそっと差し出し

「 御上がり下されと申し上げたのですが

  美濃は垂井で御待ちの 織田信高様の許へ急ぎ戻らねば成ら

 ぬ故 と申され … 」

「 近々 清州の御城にて織田家の向後を話し合う会が催される

 との事 其れに備える可く急いで居られたのであろう 」

  尊治は 箱から取り出した一軸の紐を解(ほど)き 板敷へそっ

 と広げて眺め見る

⦅ … こっ 此れは … ⦆

「 長兵衛殿の御言葉其のままに申し上げまする

  以前より 鷹田屋(おうたや)の主 田中清六殿より

  尊治殿の床の間は無掛けと聞き及んで居りました故

  差し出がましいとは存知つつ御持ちはしたものの

  若い頃の拙い作成れば 愛でずとも側に置いて下さるだけで

  此れ幸いなり との事でございました 」

「 長兵衛殿は此の絵を取りに 一度敦賀へ戻られたのか 」

「 はっ 故にあの時 尊治様の御誘いを断ってし申たのだと

  深く頭(こうべ)を垂れて居られました 」

⦅ … やはり 長兵衛殿 … 彼方様は … ⦆

  尊治が促す迄もなく 一軸を床の間へ掛けて一幅とした髭面

 の口が大きく開く

「 流石は長兵衛殿 長谷川先生の鷹と違うて見事な鷹でござり

 まするな 」

「 鷹の名匠にして鷹絵師としても誉れ高い御方なのだ

  仏画が御専門の長谷川殿と比べては成らぬ だが龍

 あれはあれで良い絵ぞ

  あの絵の主役は大殿なのだ 大殿の威厳を際立たせる可く

 長谷川先生は敢えて大人し目な鷹と為されたのだ 」

  余計な事を申しましたと 軽く頭(こうべ)を垂れた髭面は

⦅ 尊治様は もう絵筆を持ちませぬのか ⦆

  想いつつ 隣室から持ち出した燭台に火を点じて灯りを増や

 し 尊治が床の間へ膝を向ける動きに合わせて斜め後ろへそっ

 と腰を下ろす

  左右から照らし上げられる鷹の眼は凄みを増し

  天高く舞い上がり

  旋回から片翼を縮めつつ横転し様

  首をぐるりと回して此ちらを睨む姿は

  狙い定めた獲物目掛けて 今にも絵の中から飛び出し

  見る者に襲い掛からんばかりの迫力で迫る

⦅ 若い頃の作と謂えども 此の大胆にして緻密な筆遣い …

  美しくもあり 鷹の賢さと獰猛さを見事に表して居る …

  比べるのも失礼だが

  此の絵に比べれば 俺の絵など … ⦆

「 おっ みっ 見事な鷹絵でございますな

  そっ 其れがしにも篤と見せて下され 」

  酒瓶を手に戻った浅黒は 髭面が尊治様の後ろへ控えて居る

 成らば俺も宜しかろうと 尊治の諾も得ず髭面の隣へどしりと

 腰を下ろす

「 おっ おい龍 

  こっ 此れはもしや長兵衛殿の 」

「 応よ 先程参られて尊治様へと置いて行かれたのだ 」

「 はっ 初めて目にするが

  なっ 成る程 

  さっ 流石は音に聞こえし長兵衛殿の鷹絵よ 口には出せ

 ぬが何方かの鷹と違うて見事な鷹でございますな 」

「 御前は見る目が無いのう

  あの絵の主役は大殿なのだ

  大殿の威厳を示す可く 長谷川先生は敢えて大人し目な鷹を

 描かれたのだ だが松よ あれはあれで良い鷹ぞ 」

「 ふんっ おっ 俺と同じで絵心を持たぬ御前に其の良し悪し

 が解るものか

  どっ どうせ尊治様の受け売りであろう …

  えっ 絵と申さば 尊治様が絵筆を持っておられる姿を

 近頃とんと御見掛け致しませぬが もう絵は御描きに成られ

 ぬのですか 」

  尊治は 御酒の代わりに笑みを含んで茶を濁し

「 松 其の御酒は平殿からか 」

「 はっ よっ よくぞ決心してくれたと 其して必ずや生き

 て御戻り下されと

  まっ 又 其れを請い願う事しか出来ぬ此の老いぼれを赦

 して下されとも 涙乍らに申されて居られました 」

「 赦して下されとは … 

  あの事をまだ悔いて居られるのか …

  赦すも赦さぬも 赦そうにも赦せぬのは奴らの事よ

  奴らの手に掛かり 落とさずとも良い命を落として逝った

 者らの無念は言うに及ばず 両御本家様の胸の内を想察すれ

 ば やはり出張らねば成るまい 」

「 まっ 迷うて居られたのですか 」

  尊治は又もや笑みを含んで場を濁し

「 松 そろそろ懐に在る物を出したらどうだ 」

「 よっ 宜しいのですか 」

「 端から其の積もりで居ったのであろう 」 

「 はっ でっでは 鬼の居ぬ間に何とやらと申します程に

  おっ 御言葉に甘えまして ほれ龍 」

「 応っ 御相伴に預りまする 」

  浅黒が取り出した杯へ 髭面が耳に心地よい音を立て

「 御前達と三人切りで飲るのは久し振りだな

  先ずは長兵衛殿へ 」

  尊治の声に合わせて 床の間へ杯を捧げた三影は 改めて

 杯を差し合い 再び心地よい音を立て様とした髭面の手がぴ

 たりと止まり 髭にまみれた口をぽかりと開けたまま濃い睫

 毛に挟まれた瞳がきょろと上を向く

「 … … あっ 松 御前が邪魔をするから忘れる処であっ

 たわ 申し訳ござりませぬ尊治様

  長兵衛殿 其の去り際に此うも申されたのでござる

  信高様の御母堂於鍋の方様並びに 信高様の弟君 信吉様

 妹君の於振(おふり)様らを安土の御城から蒲生家の本城日野の

 城迄 御無事に御移し出来ましたは 明智方の精鋭明智秀満率

 いる光秀自慢の鉄砲隊を 尊治殿が束ねる弟組が良く防ぎ時を

 稼いでくれた御陰でござる

  此度の御影畠山弟組の御働き実に見事 真に天晴れ

  流石は御影畠山の当主 政治の子よと 長兵衛殿其れは感心

 しきりでございました

  其れがし想いまするに 此の絵はあの時の感謝の意を込めら

 れた御品でござりましょう 」

⦅ … … あの時 我らは何時もの様に 賢秀殿の要請に応じて

 出張り 現場では松軒殿の助言を得て氏郷殿の指揮の下戦うた

 迄の事 見事な御働きは我らより寧ろ … ⦆

「 みっ 妙だな 」

「 何が妙なのだ 」

「 おっ 思い出せ龍 長兵衛殿と会うたのはその時が初めてな

 のだぞ

  あっ あの時 尊治様は御影畠山弟組の頭領尊治と名乗りは

 したが 御父上の政治様の事は一言も口に為されては居らなかっ

 たではないか 」

「 確かに だが長兵衛殿は清六殿と知己の間柄なのだ

  政治様の事を清六殿から聞いて知って居たとしても何の不思

 議もなかろうよ 」

「 そっ 其う言われれば其うなのだが …

  なっ 何か腑に落ちぬ 」

「 どう腑に落ちぬと言うのだ

  真逆 政治様と長兵衛殿は見知り合うた仲とでも言いたいの

 か もし仮に其うだとするならば 清六殿は何故尊治様へ御伝

 えせずに居たのだ 」

「 ゆっ 故に妙だと申して居るのだ

  もっ もしかしたら 仕合うた仲やも知れぬ 」

「 ばっ 馬鹿な 尊治様は何と思われまする 」

「 龍 俺は何時迄待てば良い 」

  髭面が慌てた音を立てて注ぐ御酒を口に含むなり

  尊治の二重の目蓋が僅かに狭まり 其の奥に詰まる脳の一部

 が かちりと過去を遡り始めた

「 … 龍 長兵衛殿の以前の御名を存知て居ろう 」

「 はっ 牛欄(ぎゅうらん)殿と 」

「 うむ 現在(いま)の御名は此の三月に改められた其うだが

  御前達も眼にしたであろう あの御方の暴れっぷりを 」

「 はっ 初手は鷹匠にして鷹絵師でもある牛欄殿が何故信高様

 の臣を差し措き信高様の名代として兵を率いて参られたのかと

 得心が行かずに居たのですが

  齢五十程と御見受け致しましたが あの女御(おなご)の様な

 細身の身体の何処に あの様な膂力(りょりょく)を御持ちなの

 か 六尺余りの金砕棒(かなさいぼう)を自在に操り 掛かる相

 手を意図も容易く打ち倒して居られ 故に我ら 」

「 あっ あの御方只者ではない

  もっ 元は何処ぞの将であろうと

  たっ 龍と二人で話し合うて居たのでござる 」

「 御前らも余裕だな

  あの矢弾の飛び交う最中(さなか)にか 」

「 あっ いっいえ ひっ 一息付いた頃にございます

  のっ のう龍 」

「 ふっ まあ良い 

  実を申さば 俺も一時見惚れて居たのだ

  俺も力には自信が有るが 龍 俺より力の有る御前でさへ

 あの金砕棒をああも自在には操れまい

  あの鮮やかな用兵も然ること乍ら 其の余りに見事な金棒

 捌きに 是非とも一献傾けたしと御誘い申し上げたのだが

  真逆 此の絵を取りに敦賀へ戻られて居たとは …

  やはり あの時 御尋ねする可きであったな … … 」

「 たっ 尊治様 一体何を … 」

「 松 龍 御前達には初めて口にするが

  幼き頃出羽の比内郡に 鬼にも勝る金砕棒の使い手が居った

 と 御爺殿から聞いた事がある

  其の者 平時は鷹をこよなく愛し 愛でる姿は童女の如く

  成れど一朝事有らば 愛用の金砕棒を手にまるで暴れ牛の

 如く 打ち寄せる敵をばたばたと薙ぎ倒す 其方の父政治で

 さへ一目置く程の真の剛の者が居ったと … 」

「 でっ 出羽の比内郡 …

  まっ 真逆尊治様 長兵衛殿の真の御名は

  あっ 浅利 … … 」

「 うむ 婿だがな

  おそらく あの御方は元比内八木橋城主 浅利政吉殿であろ

 う あの金砕棒は我が大叔父 秋実様が差し上げた一振りだ

  石突きに隅切り角に田の字紋の刻印が彫り込まれて居った

 故先ず間違いない 」

「 ゆっ 故に御尋ねする可きであったと 」

「 うむ 因みに牛欄とは 暴れ牛に例えられし己が其の身を戒

 める可く 欄(おばしま)に繋ぎ留めて措く様を表して居るのやも

知れぬな 」

「 隅切り角に田の字紋とは 現在(いま)は村の名の国友で統一

 されてしまいましたが 其の紋は清六殿の御実家 嘗ての鍛治

 の田中屋の屋紋ではございませんか 」

「 良う存知て居るな龍

  国友村の鍛治衆の屋紋は元来 槌の面に見立てた隅切り角の中

 へ各家の頭の文字を当てるのが倣いであった其うだ

  其うか 御前の野太刀は清六殿の父 先代の清太郎殿が鍛えた

 業物であったな 」

「 はっ 祖父の代から未だに折れもせず 曲がりもせず 研がず

 とも磨きを掛けるだけで斬れ味落ちぬ 真に見事な御刀でござい

 ます 」

「 … … あっ … … 浅利 … … あの長兵衛殿が …

  おっ おいっ 龍っ 

  ごっ 御酒なんぞ飲ってる場合ではないぞっ 」

「 解って居る焦るでない松

  俺達の足成らば今から追うても十分間に合う

  尊治様 我らまだ酔うては居りませぬ

  御許しを頂けます成らば 俺と松とで … 」

「 別に止めはせぬが

  俺は此の御酒が別れの盃と覚悟せねば成らぬな 」

「 たっ 尊治様

  いっ 如何に長兵衛殿とて俺と龍の二人を相手にしては … 」

「 御前ら 万亀丸と小虎が熊沢を討ったと耳にし 其れに触発さ

 れてし申たのであろう 其の気概は買うて遣るが二人共早合点す

 るでない 」

「 はっ 早合点 」

「 うむ 一本杉館襲撃は永禄九年(1566年)の事

  浅利政吉殿が比内を出奔為されたのは 俺が生まれた翌年永禄

 五年(1562年)の事だ

  故に浅利政吉殿 … 長兵衛殿は あの襲撃には関わり合うて

 は居らぬのだ 」

「 なっ 成らば尚の事 何故長兵衛殿は素性を明かされず清六殿

 も尊治様へ御伝えせぬままに居るのでございます 」

「 察するにだ 長兵衛殿は城持ちの将であり乍ら主家を棄てたの 

 だ あの浅利勝頼の事だ 奉公構えの罰だけで済ます筈も無かろ

 うよ 」

「 あれ程腕の立つ御方が 刺客を恐れるとは想えませぬが 」

「 恐らく 清六殿の身を慮(おもんばか)っての事だ 」

「 と 申されますと 」

「 龍 此の鷹を見て何か感じぬか 」

「 感じぬかと問われましても 何分其れがしには絵心と申すもの

 が … おいっ 松 」

「 おっ 俺に振るな … いっ いや待て … 

  なっ 何やら身体全体が白い斑点で覆われて居る様な …

  たっ 尊治様 

  こっ 此の鷹は もしや 」

「 判ったか松 名を無双丸

  信長様が 此れ稀代の物にして我れ第一の自讚也 と迄公言 

 して憚らぬ程 御寵愛為された白斑(しらふ)の鷹だ 」

「 こっ 此れが清六殿が鷹商として世に出る切っ掛けとなったあ

 の白斑の鷹 」

「 其うだ 此の白斑の鷹は清六殿が捕らえた鷹に間違い無いもの

 の 此れ迄何処の何方の手を介して信長様へもたらされたものな

 のか 秘された儘で居たのだが … 」

「 そっ 其の何処の何方が長兵衛殿 」

「 うむ 信長様が其れ程迄に御気に召された鷹なのだ

  其の鷹に関わり合うた者の名が広く世間に知れ渡りし事は 一

 介の鷹の捕り手であった清六殿の出世振りを見れば此れ明らかで

 あろう 」

「 成る程 浅利家は 長兵衛殿の所在を探るのにわざわざ人を派

 さずとも 又候(またぞろ)鷹捕りに出向いて参る清六殿を只じっと

 待って居れば其れで良い でございますな 

「 其ればかりではない 

  鷹匠の牛欄と言う御方 実は浅利政吉殿でございますと清六殿

 が俺に告げてし申ては 俺は迷う事なく其の御方の許を訪ねるで

 あろう

  だが 我らは蒲生家御預かりの身

  其の諾否を伺うには 臣が居並ぶ賢秀殿の面前にて訪ねる御方

 の素性を明らかにせねば成らぬのだ

  己れの家に関わり無き事には 口に戸を立てぬ今の世

  牛欄殿の素性は忽ちにして蒲生家のみならず 織田の御家中に

 迄知れ渡る

  浅利家は 同じ出羽の安東家を介して信長様の御嫡男 信忠様

 と誼を通じて居たのだ

  牛欄殿が浅利政吉である事も 其の所在も 浅利家の知る処と

 成るのに然程時は掛かるまい

  又 其れを秘したままに居た清六殿を 浅利家が赦す筈も無く

 牛欄殿の素性が知れた時点で 清六殿の命も其処で尽きる 」

「 故に 清六殿は告げずに居られたと 」

「 と言うより 長兵衛殿が口を止め措く様諭されたのであろう 」

「 信長様は存知て居られたでしょうか 」

「 であろうな 

  信高様の兵を率いて参られたのが其の証し

  鷹匠や鷹絵師としての長兵衛殿は勿論の事 侍将(じしょう)と

 しての力量を余程買うて居たのであろう

  此度の事が有らずとも 織田の御家に一朝事有らば 何時でも

 出張れとの御墨付きを貰うて居たのやも知れぬな 」

「 政治様も 白斑の鷹に関わり合うて居られたでしょうか 」

「 無論だ 

  彼の地 出羽と陸奥に於ける鷹捕りは 我が御影畠山家に取り

 大事な御役目の一つであったのだ

  清六殿は其の捕り手の一人 …

  関わり合うて居るから此其 …

  長兵衛殿は此の絵を …

  御持ち下されたのだ … … … 」

  話し乍ら 尊治の脳に或る疑念が湧いて出る

「 なっ 成れど尊治様

  ちっ 長兵衛殿は何故 素性を察し兼ねられぬ此の白斑の鷹絵

 を 御持ちに成られたのでござりましょうな 」

⦅  其うなのだ松 金砕棒にしても然り …

  もはや隠す必要は無い … 其う言う事なのか …

  もしや … 真逆 … … ⦆

  浅黒の素朴な問いが尊治の疑念の的に突き刺さり 脳皺(のう

 しゅ)からじわりと滲み出た疑奬(ぎしょう)が小さな渦をゆらと

 巻き初めて行く

「  尊治様が御誘い為された時に もはや隠し応せぬと観念為

 され敢えて此の絵を選ばれたのであろうよ 」

「 そっ 其うだな 

  かっ 観念為されたのだな

  にっ にしても 陸奥の国は鹿角郡(かづのごうり)の小坂村

  のっ 能登畠山家の出張り所であった一本杉館は既に朽ちて

 居ろうが 一度は行ってみたいものよのう 」

「 行ってみたいでは無いぞ松 必ず行くのだ

  行って 十狐組とか申す者共を浅利家諸共叩き潰して遣らね

 ば 俺の気が済まぬわっ 」

「 すっ 済まぬ気は皆同じぞ … 

  よっ よし成らば龍 先ずは俺と御前で物見に行くか 」

「 応よ 良う言うた

  行った成らば十和田成る湖(うみ)が 真に此の余呉や近江の湖

 よりも美しい湖であるのか 確と確かめて見ねば成るまい 」

「 とっ 十和田の湖は 南部家直轄の不入山(いらずやま)の地

 遊山で行ける湖ではないぞ

  そっ 其れより 先ずは組頭の諾を得るのが先であろう 」

「 なあに 尊治様が約して下されれば 組頭とて否とは申されま

 いて 

  尊治様 他の者に先を越されぬ様今宵の内に約して下されませ 」

  突然

  真昼かと見間違(みまご)う程の閃光が煌(きら)めき

  物憂気(ものうげ)な笑みを浮かべて居る尊治の目尻が明るい笑み

 に変じ 其の視線の先を追う浅黒の手元から どかんと凄まじい音

 と共に杯がぽろりと転げて落ちた

「 何だ もう酔うたのか 雷何ぞに驚き居って

  折角の御酒が勿体無いではない … … か … …     」

  浅黒へ向いた髭面の瞳に 又もや煌めく稲妻を背に 肩に金棒を

 担いで仁王立ちに立ち鬼の形相で二人を睨み付ける 頬に傷持つ男

 の姿がすらりと映り込み 唖然とする二人は我に返るなり滑る様に

 後退る

                         つづく

    


  


 


  


  





 

 




    

    御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の四   

           敵 

           てき   



  翌夜此の日は一粒の雫も落ちぬまま一日が終わろうとして居た

  今宵の石動山は艶消しを施した様な漆黒の闇に包まれ 

  其の闇に抗い数本の松明が揺れ乍ら列を為して居る

  赤備えの甲冑に良く映える 

  柳色の地に木賊(とくさ)色に染め抜いた六葉木瓜紋の旗指物も

  此の暗闇の中

  松明の灯りだけでは 其の美しさを誇示出来ずに居た

  闇を纏う美麗な武者を従えた遊佐家の若き主

  遊佐秀光が御山を見廻りがてら

  荒山の竜三郎の陣屋から戻ったのは

  其んな時刻も判らぬ程の呂色の夜であった

  遊佐秀光 右頬に痛々しい火傷の跡が残るものの 

  元々端正な面立ちで背も高く畏怖堂々たる若武者である

  其の若武者へ鶏がらの如き老武者が

  尖った嘴(くちばし)を突(とつ)と向ける


「 秀光殿 村島殿の御用とは一体 」

「 荒山砦の修築ほぼ目処が付いた故参道の東 多根道の守りは

 村島殿の手の者が受け持つ其うでござる

  故に 遊佐殿は此の参道の西 下馬礼と仁王門の守備に徹して

 下されとの事成れば叔父上 其の旨皆に伝えて下され 」

「 其れは何より 此れで兵を分けずに済みますな 」

  からからと 下卑た笑みを浮かべる鶏がらの横で嘆きの息を漏

 らす男が一人

⦅ … … たった其れだけの事で わざわざ秀光様を呼び出すとは 

  真逆 あの狐蛇面(きつねじゃづら)の下に付くとはのう …

  本来成らば あの狐蛇面から出向いて来るのが筋と言うもの

  温井家とて既に落ちぶれて居る家 其の落ちぶれた家の臣の

 下に付いた我らは正に落ちた と言う事だな … … ⦆

  右の蟀谷(こめかみ)の辺りから眉をなぞる様に深く長い傷が残

 り 為に常に半眼しか右目を開けられぬ屈強な武者が 己の容姿

 は扨措き心の内で自由な呟きを続けて居る

⦅ … … 此処に居る者らと 同じ指物を背負うては居るが

  今の俺には遊佐家の御家再興も 主の仇討ちももはやどうでも

 良い事よ … …

  此奴らと居れば 何れ俺の敵に再び逢えるやも知れぬと思うて

 参陣して居る迄の事

  あの狐蛇面は好かぬが … 今は奴に従う外あるまい … ⦆

「 十蔵 不満気な顔付きだな 言いたい事が有らば申せ 」

「 はっ 今朝方の触れによりますれば

  昨日(さくじつ) 曲者を取り逃がした廉(かど)により

  熊沢以下物見組の十名が斬首に処せられたとの事

  其の状況の最中 如何に砦の修築に目処が付いたと謂えども

 村島殿は何故(なにゆえ)自身の一隊を割いて迄 多根道の守りに

 就かせねば成らぬのでござる 更に

  此の石動山に忍び入る前田の間諜は 我らに狩れと申されて

 居られた筈 故に我らは此の参道の東西に陣を張ったのではご

 ざりませぬのか … 

  此度の村島殿の差配 其れがしには何とも解せませぬ 」

「 案ずるな十蔵 

  前田の間諜狩りには 左右組が当たる其うだ 」

「 ほおうっ 奴ら 甲斐から戻りましたか

  成れど 銭も払えぬのに 何故でござる 」

「 何でも 左右組の頭領左近と倫組の頭領とは因縁浅からぬ仲

 成れば 此度の左右組の出張りは私闘故 銭は要らぬとの事だ

  今の世 因縁浅からぬ相手が居らぬ方が稀 と想うがな …

  其れは扨措き 遊佐殿は遊佐殿の因縁浅からぬ相手へ当たっ

 て下されとの事だ 」

「 我らの因縁浅からぬ相手とは … まっ 真逆 秀光殿 」

「 其の真逆でござる叔父上 … … 此れを 」

  見て下されと 秀光は腰の後ろから抜き取った矢を二人の前

 へ差し出し 其れを手にした鶏がらの尖った嘴から頓狂な声が

 上がる

「 こっ 此れは まっ 正しく … ひっ秀光殿っ 」

  其の矢は 矢筈の切り込みの片端がほんの少しだけ斜めに削

 いであり 十蔵の半開きの眼(まなこ)もぎろりと其れへ向く

「 熊沢ら物見組は奴らに殺られたのだ

  あの村島が熊沢の首を刎ねるなど 有り得ぬ事よ

  察するに 兵の士気が落ちてはと隠蔽に走ったのであろう

  だが 叔父上の申された通り 我らは兵を分けずに済むのだ

  どうだ十蔵 此処は村島の姑息に乗って遣ろうではないか 」

  引き釣る目蓋を閉じて諾と応ずる十蔵の口の端が つられて

 僅かに上を向き奥の白いものがちらりと覗く

「 成れど秀光殿

  昨年の事は 長(ちょう)家の仕業でござると伝えて居るものを

 村島殿は何を以て奴らが我らの因縁浅からぬ相手などと 」

  秀光は 其れは聞こえぬ素振りで言葉を繋ぐ

「 叔父上 奴らを葬る良い機でござる

  御影は我ら遊佐が一手に引き受けましょうぞ 」

「 のっ 望む処でございます のう十蔵 」

「 十蔵 奴らの眼を他家に向けさせては成らぬ

  明朝 我が陣屋 此の仁王門に六葉木瓜紋の幟旗を林の如く

 立てさせよ

  誰にも邪魔はさせぬ

  来るなら来いっ尊治

  此度此其 決着を付けてやる

  十蔵 … 此度は抜かる出ない 良いな 」

「 あの折りの借りを返さねば成りませぬ故 …

  お任せ下され … … 」


  此の男に取り 

  忘れ様とて忘られぬあの折りであった

  あの折りから早一年が経つ

  昨年の四月 前田勢が七尾城を奪回した際 城を捨て落ちた

 温井 三宅の勢が此度の様に荒山に籠る間に 遊佐勢は能登の

 鳳至郡は小石村迄落ち延び 其処で幾組かに分かれて潜伏して

 居たのだが 其の暮らしが二月(ふたつき)もの長きに渡り忍ぶ暮

 らしに痺れを切らした遊佐の当主遊佐盛光は 能登脱出を図る

 可く前田の探索方の眼を窺い乍ら父の続光と策を練り 練り上

 げた策の継(つな)ぎ役を十蔵に命じたのである

  其してあの折り

  其の夜は 今宵とは比べものに成らぬ程

  明るい月の夜であった


  各隠れ家へ無事に策の継ぎを付け終えた十蔵が 三名の郎党

 と共に続光 盛光親子が身を寄せる狂言師 翁(おきな)新五郎の

 屋敷へ戻る途次

  屋敷の二町程手前の四つ辻に差し掛かった所で 辺りに漂うた

 ただならぬ気配を察した十蔵は 直ぐ様両手を広げて皆を制し

 鋭い眼を前へ向けたままゆるりと顎をしゃくる

  忽ち緊張の糸が走り 十蔵を真ん中に三名の郎党はやや開き

 気味に其の後へと続く

  皆 既に抜刀を終えて居り 腰を屈め乍ら月の明かりの届か

 ぬ所へ眼を凝らし 風も無く仄暗(ほのぐら)い夜の静寂(しじま)

 に誰も異を唱える事なき男達が 音も立てずにそろりと歩を進

 めて居た其の矢先

  張り詰まる糸を裁ち切り 飛音が迫る

「 散れっ 」

  十蔵が矢を払うより先に声を発するも

  十蔵の傍に立つ郎党は 己の胸に突き立つ矢を見詰め乍ら

 ぐうっと唸りばさりと頽(くずお)れ 左右に分かれた二人は 

 軒下の板戸を背にぎろりと前を睨み 十蔵の歩度に合わせてじ

 りと進む

⦅ … 然程 遠くは無い所から放って来た様だが … 

  弓弦(ゆんづる)の音がせぬのは何故(なにゆえ)か …

  ほおうっ … もしや … ⦆

  想いを巡らせて居る間に左右の郎党は互いに眼を配り 十蔵

 を援護す可く歩度を速めて四つ辻迄一気に進み様 交わる道を

 軒下の角から顔だけ出して覗き込む

「あっ いかんっ 」

  矢場根が闇を切った

  十蔵の叫びは矢の盾とは成らず

  飛音と共に二人の胸へ届けられた矢は 板壁迄達し二人の両

 腕がだらりと下がる

  もはや縣(けん)と化した二人を尻目に 瞬時の内に辻の中央

 迄進んだ十蔵は月明かりに身を晒け出し 晒け出す事で敢えて

 己れを的とし矢を誘う

  三度(みたび) 矢羽根が空を切る

  十蔵は 素早く左へ跳んで左の矢をかわし様 右の矢を刀で叩

 き落とし 構えを直す十蔵の気組みはみるみる高まり其の極みに

 到るも 右手がそっと懐に忍び入る

⦅ … … … … … 来るっ ⦆

  十蔵が眼を凝らす道の左右から 勢い良く地を蹴る音がした

 刹那

「 待てっ 」

  蹴り足を製する声と共に 影が三(みっ)つぼやりと浮かび上が

 り すらりとした長身の男が気組み無く 月の明かりの届く所迄

 数歩進んで歩みより其の姿を現した

  敵 と成る男であった

  男の両脇に爐〞の字に曲がった棒を持った若い影が立ち並び

 共に不満気な面を向けて居る

「 万亀丸 小虎 奴には御前達が放つ矢は通じぬ

  其れ以上間を詰めては奴の思う壺だ 奴は出来る

  二人共下がって居れ

  間違うても手を出すで無い 」

  二人は 棒に矢を番えたまま渋々後退るも左手に 二の矢を

 握る事を忘れてはいなかった


  二人が持つ棒には

  矢がすっぽりと収まる程の溝が彫ってあり

  片方の端は棒を振り抜く際 棒を握る手が矢の妨げに成らぬ

 様握りの部分が少しだけ爐〞の字に曲がり もう一方の端は

 僅かに突起し 矢筈を番える為の薄い板金が嵌め込んである

  御影の者は此の棒を投矢の棒と呼び長さは人により様々だが

 殆どの者は二尺程度の物を用い 中にはより強くより遠くへ放

 てる様指や手首を引っ掛ける紐輪を施す者も居た


  十蔵は 遠退く棒を眺め乍ら

「 … 投矢の棒か …

  懐かしい物を見せて貰うたが

  汝(うぬ)らの顔に覚えは無い 

  あの餓鬼の手の者か 」

  敵は 何も応えず刀も抜かず 未だ気組み無く 棒立ちのまま

 である

「 若いの 其の動じぬ様は余程腕に覚えが有るのか 其れとも配 

 下の手前見得を切っては見たものの怖じ気づいて名も名乗れぬか

  何れにせよ 此の俺に刀で対一を挑むとは何とも命を粗末にす

 する奴よ 

  たが 彼の世で感謝する事に成る 苦しむ事無く逝くでの 」

「 ふっ 御主此其 

  誰に殺られたやも判らぬまま逝ってし申ては嘸無念であろう

  故に 名乗ると致す

  我は 御影畠山弟組一番組頭 原 広之進

  遊佐の御方よ 其方(そなた)を通す訳には参らぬ故

  御相手致す 」

「 ほおうっ やはり 宏実(ひろざね)の弟の組か …

  何時ぞや 東の馬場で暴れたのも汝らの仕業と聞いた 以来

 汝らとは一度仕合うてみたいと想うて居たのだ 宏実の兄組と

 仕合えなかった代わりになあっ 」

⦅ … まだ抜かぬか … やはり此奴速抜きか …

  速抜きなど戦場(いくさば)では何の役にも立たぬものを …

  まあ良い 今は対一 先ずは抜かせる事だ

  抜かぬなら

  抜かせてみしょう其の刀

  抜いて此其知る

  己が命よ … …

  たが 此の俺を相手に 果たして抜けるかどうか …

  原 広之進とやら 柄に手を掛けた時が御前の命の果つる時

  覚悟せよ … ⦆

「 … 若いの … 兄組は出来たぞ

  弟組といえども汝も組頭成らば そこそこ腕は立つのであろ

 うのう … がっかりさせてくれるなよ少しは楽しませてくれ

  我は 遊佐右衛門尉盛光様が臣

  徒(かち)武者組頭 境 十蔵 … … 参る 」

  言うなり

  広之進の右へ突進する十蔵は 刀を右下段から左に変え様 素

 早く左へ跳ぶのと同時に再び右下段へと変じ刀の切っ先を広之進

 の首元目掛けて突き上げた其の刹那

  鈍い音と共に 右の蟀谷から眉をなぞる様に強く 鋭い衝撃 

 を諸に受けた十蔵は 怪訝(けげん)な面を広之進に向けるなり 

 突き上げた筈の刀の切っ先を地に突き刺し 咄嗟に身体を支えは

 したものの 多量の血が一気に噴き出 意識は早くも混濁し 脳

 の中で何故だの文字が激しく渦を巻き終(つい)には 突き刺した

 刀に未練を残しつつ背中からばたりと倒れ 朦朧とする意識の中

 で 血に染まる其の眼に幾重にも重なる天月が揺れて映る

  広之進は 十蔵が左へ跳ぶのと同時に凄まじい気を瞬時に解き

 放ち 抜刀仕様左足を後ろへ流して踏ん張り眼にも止まらぬ速さ

 で刀を薙いだ

  神速の刃は 脳迄達しなかったものの骨を深く傷付け手応えは

 十分に想えた

「 御見事でございます組頭 」

  声を掛け様駆け寄る二人の背中越しに 鏑矢の矢音が月夜の空

 を切り裂き音の程を変えて何処ぞへ落ちて行く

「 どうやら間に合うた様だな

  万亀丸 小虎 手筈通り連龍(つらたつ)の許へ矢文を打ち込ん

 で参れ 」

「 しっ 然し 組頭 」

「 然しも糞も無い 御前達の足でさへ 此処から連龍の営地迄一

 時は掛かるのだ 一刻を争う 俺に構わず行けいっ 」

「 … … はっ では 行くぞっ小虎 」

  懐から取り出した手拭(たのご)いを 広之進の左の手の内へ捩

 じ込み様踵を返した万亀丸は 小虎と共に闇に駆け入り 二人の

 足音が寂と化した頃 弟組三番組頭 鹿島傳助(でんすけ)が手の者

と共に息急(せ)き切って馳せ来(きた)る

「 広っ 」

「 … 傳か 」

  傳助へ向いた広之進の左頬から流れ出る血が 裂けて剥き出

 た鎖帷子(くさりかたびら)へ滴り落ち 刀を杖に広之進の両膝が

 がくりと地に着いた

「 傷を負うたのか 」

「 ああ だが大事無い 安ずるな 」

「 其の傷の何処が大事無いだ

  頬骨が見えて居るではないか … 貸せっ 」

  どしりと尻を付いた傳助が 手拭いを頬の切れ目に当てる間に

 散開を終えた手の者らは 暗闇へ眼を凝らしつつ辺りを窺う

「 尊治様が此の傷を眼にしたならば

  やはりもっと人を割く可きであったと 申されるであろうな 」

「 馬鹿を申せ 押し込み方は一人でも多い方が宜しかろうと

  俺から申し出た事だ 尊治様が気に為される事では無い

  其れより 手筈通り二人を連龍の許へ向かわせたが 上手く

 殺れたのだな 」

  言い乍ら 柄にくっついて離れぬ右の手指を 空いた左手で一

 本ずつ解きほぐして行く広之進の尻が 最後の一本を剥がした途

端どさりと落ちた 

「 … … 余程の相手だった様だな 」

「 ああ … 堺 十蔵だ 」

「 なっ 何っ 徒武者組頭にして猿(ましら)の異名を持つあの

 堺 十蔵なのか 」

「 ああ … …

  源心殿から手練れの中の手練れと聞いては居たが 

  刀捌きも然(さ)る事乍ら あの尋常では無い変わり身と詰めの速

 さ …

  遊佐の堺 十蔵 噂に違わぬ凄腕よ … …

  真に 恐ろしい相手であった 」

「 広っ 御前 継ぎ役が堺 十蔵と知って自ら手を挙げたのか 」

「 ああ … 其れより首尾は 」

「 おっ応っ 屋敷が広い上に固め手が意相外に多くてのう

  初手は手間取ったが盛光の首は尊治様が刎ねた

  続光の首は俺が胸を突いた処を透かさず勝(かつ)が刎ねてくれ

 た 今頃は火の始末をしがてら其の両首 前庭に晒して居ろう

  然し 此奴が居らんで良かったわい

  傷を負うた者は何人か居るものの 誰一人命を落とさずに済ん

 だのは御前の御陰だ 」

「 秀光は … 秀光はやはり居らんかったのか 」

「 うむ 兼ねてからの知らせ通りよ 居らんかった …

  残念だが仕方有るまい 

  限られた日数の中 其れを承知で出張って参ったのだ

  心の何処かでもしかしたら居るやもと願うて居たが 今更探ろ

 うにも時が足りぬ

  其れに 此度の事が我らの仕業と知れては 蒲生家や源心殿へ

 御迷惑を掛けてしまい兼ねぬのだ

  此度は諦める外 手は有るまい … 

  何だ広 ほっとした様な顔をし居ってい 」

「 ふっ 御前此其 … だが 

  何れは殺らねば成るまい 」

「 うむ 何れはな 」

  秀光の父祖討ちに 直接関わる事無く終えた広之進は 多少

 の後ろめたさを覚えつつ 手拭いをきつく巻き 立ち上がり様

 ぱちりと刀を納めた

  其処へ 物見の者が駆け寄り様片膝付いて告げる

「 両組頭 人が来ます 」

「 うむ 広っ 尊治様が御待ちだ 引き上げよう 」

「 傳 直ぐ様後を追う故先に行ってくれ 」

  小さくうむと頷く傳助は 大槍をぶんっと一振りさせ 手の者

 率いて闇へ消え入り

  きつく結んだ手拭いが 低く震えて語り出す

「 俺の腕が御主より勝って居た訳では無い

  型通り抜いて居れば 抜き終えぬ内に御主の刀の切っ先は俺の

 首を貫いて居たであろう … 

  勝負の分かれ目を敢えて口にする成らば

  俺の腕の長さが ちょんこと勝って居たのであろうよ

  其の傷ではもはや助かるまい

  既に痛みも越えて居ろう 故に止(とど)めは刺さぬ

  せめてもの情けだ 月を仰いで逝くが良い

  さらばだ 堺 十蔵 」

  … … 程無く

  数人の郎党と共に 翁新五郎率いる一座に紛れ込んだ老武者

  遊佐長員(ながかず)が 酔声を上げ乍ら四つ辻へ通り掛かる 

  此の一行は十蔵とは別に 長の潜伏を労いがてら盛光が鶏が

 らへ策を託し 秀光の許へ向かわせて居た者共であった

  此処で 其して其の先で何があったのかを悟った鶏がらは

 主の生死を確かめるより己れの命を優先し 長居は危険と 辛

 うじて息を繋いで居る十蔵も見棄てて去ろうとしたものの 流

 石に郎党らの眼が其れを許さず 不承乍ら郎党一人を屋敷へ走

 らせつつ 瀕死の十蔵を秀光の隠れ家へ連れ戻ったのであった


⦅ … … あの時

  奴は俺の突き上げを退くと見せかけ 実は一歩も退く事無く

 其の一撃に懸けた

  俺は 決して奴を見くびって仕掛けた訳では無い

  故に負けは負け 其れは潔く認める … だが

  互いに名乗り合うた尋常な勝負の果てを 奴は汚したのだ

  情けを掛けるのは勝手だが 其れは勝者の驕りに過ぎぬ

  掛けられた者に取っては地獄  … … 

  故に 俺は死ぬのを諦めたのだ 

  あの折りの借りを返さぬ内は死ねぬとなあっ …

  あれから一年 生きた甲斐があった …

  御影畠山弟組一番組頭 原 広之進

  此の俺に情けを掛けた事を

  止めを刺さなかった事を 

  必ずや 後悔させて遣る … … ⦆


  十蔵の右の眉がぴくりと引きつり

  鶏がらが目の前に放り投げた御影の矢を 拾い上げ様両手で

 ぱきりと折るなり がしゃりと篝籠へ放り込む

  燃え盛る篝火の炎に 折れ矢はぱちりと悲鳴を上げ 其れを

 見詰める十蔵の眼の奥で ゆらりと撓(しな)って一気に燃え上

 り 火焔の中へ呑み込まれて逝った

                         つづく


 



 

 






   


 


 


  

   

 





  



 



 



 

   御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の参

          於 蓮 

          おれん    




  荒山砦へ続く尾根道の中程辺り

  山の風がそよと吹き

  道に張り出た小枝が小さく揺れた其の様に

  つと足を止めた竜三郎の脳を

  左近の鯰の髭の如き不適な笑みが一瞬過るも

  奴には知る由も無き事と思い直し 

  水溜まりに映る月を頼りに踏み出す足が

  ぱしゃりと溜まり水を踏み撥ねた其の時

  眼の前の篝屋から灯りが漏れ出た


「 誰だ 」

  狐蛇が低く唸る

「 わっ 私(わたくし)でございます )

  松明を掲げた従卒が篝屋から飛び出し様片膝付いて面を上げ

 た 未だ前髪(まえはつ)が残り 松明の灯りに映える従卒の面は

 美しく狐蛇は思わずごくりと息を呑む

⦅ 今迄気付かなかったが …

 此奴の面 夜にはこうも美しい面に変わるのか … 

 成る程な … ⦆

「 蓮次丸 此処で何をして居る 

  篝屋に火を点(とも)せとは まだ命じて居らぬが 」 

「 はっ 供は要らぬとの仰せではございましたが 曲者騒ぎが

 在ったばかりでございます

  村島様の御身に何か有ってはと 此処で御待ち致して居りま

 した 」

「 俺の命が聞けぬのか

  俺が要らぬと言うた成らば要らぬのだ

  此度は赦すが次は無きものと思え 」

  ははと平伏す蓮次丸の鉢金に汗がじわりと滲み 狐蛇は震え

 る其の細い肩を今直ぐにも抱き寄せたい衝動を抑えつつ 乾い

 た分厚い唇で優しげに問いを掛けた

「 蓮次丸 其の二本の竹筒の何れかは御酒か 」

「 はっはいっ 熊沢様より村島様の従卒を務めるのであれば御

 酒は欠かさず持ち歩けと仰せつかって居りましたので 御酒は

 此方の筒でございます 」

  蓮次丸が差し出す丸に酒と墨書きされた筒を手に 篝屋の中

 へと入り込んだ狐蛇は 框(かまち)へ腰を掛け様ぐびりと一口流

 し込む

「 うむ 良く冷えて居るではないか 」

「 御待ち致して居ります間 裏の清水に沈めて居りました 」

「 次いでに水を浴びたか 」

「 はいっ あっ 酒筒を汚さぬ様 私(わたくし)は下(しも)で浴

 びたのですが … 」

「 案ずるな 其の様な事を気にする俺ではない … 

  蓮次丸 俺も浴びて参る故此処で待って居れ 」

  言うなり 其の場で下帯一つと成った狐蛇は 裏木戸を抜け

 てせせらぎの中へと身を投じ 一人残る蓮次丸は篝籠へ差し入

 れた松明の灯りを背に 男の着物を畳み出し 畳み終えた着物

 の上へ男の匂い袋を乗せて頬を寄せ そっと目を閉じ 袋の匂

 いと混じり合う男の香りを胸一杯に吸い込んでは大きく息を吐

 き 男が戻る迄の間せせらぐ音の調べを窺い乍ら独り悦に入る

  程無く

  再び下帯一つで現れた男は 同じ場所に腰を下ろし様御酒を

 ごくりと流し込み 土間に控えて俯く蓮次丸へ向いた口がそろ

 と開く

「 ところで蓮次丸 鵜納の首 上手く刎ねたな

  蓮次丸め 何時の間に腕を上げたと皆驚いて居ったぞ 」

「 はっ 御指名に預かりました手前村島様の目の前で下手は打

 てぬと 無我夢中で刀を振り下ろしましたならば 鵜納殿の首

 がごろりと転げて居たのでございます 」

  誉めて貰うた事に嬉々と面を上げた蓮次丸の眼に 男の股間

 の膨らみが灰白色(はいじろいろ)にぼやりと映り 面は男へ向け

 たまま其の眼は灰白のぼやりに奪われて居た

「 首を刎ねたのは初めてか 」

「 はっ はいっ 犬や猫を捕まえては試して居りましたが 人

 の首は初めてでございます 」

「 手応えは如何であった 」

「 はっ あの斬撃の瞬間

  刀身から柄を通して此の手に伝わるあの衝撃

  犬猫と違うて 何と申し上げましたならば宜しいのでしょう

 か … 鵜納殿には真に申し訳無くも 得も言われぬ快感が全

 身を貫いて行くのを 覚えて居りまする 」

  其の時の事を思い出して居るのか其れとも 男のぼやりが其

 うさせて居るのか 蓮次丸の面は微かに上気し鉢金から滲み出

 た汗が 紅色に染まり美しい弧を描く頬を伝い 触れれば壊れ

 てしまい其うな顎の先から胸元へ滴り落ちて行き 後光の松明

 の灯りと相俟(あいま)って 此の紅顔の内に潜む怪しげな色香が

 そよりと辺りに漂い始めた

「 快感か … 憂さ気は晴れた様だな 」

  紅顔が俄に曇り 怪しくも悩ましげな苦渋が一気に満ちる

「 ごっ 御存知でございましたか … 」

「 鬼三郎から委細聞いて居る

  御前を巡り物見組の諍いが絶えず 此のままでは刃傷沙汰に

 及び兼ねませぬ とな 」

「 ゆっ 故に 熊沢様は私を村島様の従卒に … 」

  狐蛇は御酒を含みうむと呑み込む

「 むっ 村島様 

  私は 要らぬ誤解を招かぬ様既に心に決めた御方が居ります

 ると 組の皆様の前で公言致して居りましたが … 

  或る夜 あ奴に … 鵜納めに 手篭めにされてし申たので

 ございます

  其ればかりか あ奴は 蓮次丸に決めた御方など居らぬ真は

 尻軽よと 組み内に言い振り回り為に 為に私は … くっ 」

「 皆の的にされてし申たか 」

  唇を咬み 無言で頷く蓮次丸の頬を 大粒の涙が一粒ぽろり

 と転げて落ちた

「 ゆっ 故に 強く成らねばと 熊沢様の下でひたすら剣の修

 行に励んで参ったのでございます

  成れど 其の熊沢様迄があの様な … 」

「 逝った者は二度と戻らぬ

  汝(うぬ)とて 組み替えが一日遅れて居れば同じ目に遭うて居

 たやも知れぬのだ 其の命拾うたと想うて大事にするが良い 」

  はいと頷く蓮次丸の 眉間に寄る短い皺が何ともいじらしく男

 の情の琴線が音を立てて震え出す

「 蓮次丸  幾つに成った 」

「 来月で十七になりまする 」

「 なら飲れるな 御前も一口飲れ 」

「 めっ 滅相もございません 」

「 良いから此処へ座れ 」

  高鳴る鼓動を悟られまいと

  伏し目がちに男の隣へ腰を下ろした途端

「 鬼三郎の供養と想うて一杯付き合え 」

  竹筒の御酒を残らず口に含むなり 俯く紅顔をぐいと仰向け

 た男は 隙間から溢れるのも構わず唇を重ね様勢い良く御酒を

 流し込む

  後ろへ付いた両手で身体を支える蓮次丸の喉が 喉仏の動きに

 合わせてごくりと鳴り 薄(うっす)らと潤む瞳が男の情を更に掻

 き立て 御酒の残液を舌を絡めて吸い付くし離れても尚余韻を残

 すが如く互いを繋ぐ水糸が松明の灯りに煌(きら)と光って後 音も

 無く途切れて逝った


「 口移しは初めてか 」

  左手を男の股間へと誘(いざな)われ

  己の股間は男の右手で弄(もてあそ)ばれ

  腰を僅かに捩(よじ)って喘ぐ蓮次丸は 嗚呼と男に抱き付き様

 長い睫毛を一度閉じ小さくこくりと頷いた

「 … 唇は 誰にも奪われては居りませぬ

  其れだけは頑なに拒んで参りましたので 口移しはおろか口

 吸いさへ初めてでございます … 

  む … … 村島様 … … 

  熊沢様から委細聞いて居ると 申されて居られましたが …

  もしや 私が心に決めて居ります御方の御名も … 」

「 無論だ 委細とは其う言うものだ

  蓮次丸 二度と誰にも手は出させぬ故 此れからは片時も俺

 の側を離れるでない

  二人きりの時 俺は御前を於蓮と呼ぶ

  御前は俺を竜様と呼べ 前髪(まうはつ)も今宵限りぞ 」

「 まっ 真でござりまするか 村島さ … いっいえっ

  竜さま 」

「 真だ 御前も其の積もりで此処で待って居たのであろう

  於蓮 御前の望みを叶えてやる

  今を以て俺は御前の男だ 」

「 嗚呼 嬉しゅうございます

  私は 今日と言う日を生涯忘れは致しませぬ 」

「 ふっふっ 初(うい)奴

  良いか於蓮 俺は無理強いはせぬ 其れが俺の流儀だ

  だがのう 俺の物は今迄の者らと物が違う 故にたっぷりと

 舐(ねぶ)れ 舐(ねぶ)りが足りぬと其ちが痛い目に遭うのだから

 な 」

  男の下帯を解いた於蓮の眼の前に 憧れの一物が姿を現し

 其の余りの大きさに思わず眼を見張るも 躊躇うより先に舌が

 出 男の竜頭(りゅうず)を薄張りの唇花で包み込み 男に言わ

 れる迄も無く時を掛けて舐り 男の全てを我が物とす可く 蛇

 が捕らえた獲物を呑み込んで行くが如く あと一呑みもう一呑

 みと喉の奥深く送り込んで行く


⦅ 性懲りも無く 又候(またぞろ)出て来やがったなあの餓鬼

 だが 祖父の蔵治(くらはる)も 父の(まさはる)政治も 兄の宏

 実(ひろざね)さへ居らぬあの餓鬼に今更何が出来る

  此度の様に探りを入れて来る位が関の山だ

  前田の倫組は遊佐に当たらせ様と思うて居たが 左近が狩る

 と言うて居るのだ 俺の邪魔をせぬ限り好きにさせて遣るさ

  代わりに遊佐にはあの餓鬼を殺って貰おう

  ふっふっ 因縁浅からぬ仲なのだ遊佐に取っても其の方が都

 合は宜しかろうよ

  何れにせよ 御陰で俺の勢を回さずに済むわい

  鬼三郎も荒山の露と消えた今 二つに分ける可き銭も分けず

 に済むのだ 後は無事に山を抜けるだけ まるで世の中が俺の

 為に回って居る様ではないか

  千載一遇とは正に此の事

  さぶよ 彼の世で いや地獄で光秀に礼を言うてくれ

  真に良い時に信長を殺してくれたとなあっ … 

  天が与えてくれた此の機を逃しては成らぬ あと一息 もう

 一息 気張らねば成るまい … … ⦆


「 於蓮 」

  竜頭を咥えたまま上目を使う於蓮の汗ばむ面は悩ましく 

  愛惜(いとお)し気な音を立てて唇花は離れ

  抱き寄る於蓮の身体を抱え様 荒々しく板敷きへ四つに這わ

 た狐蛇は 於蓮の搦め手から一気に押し入り 真夜中の荒山に

 禽獣の咆哮が響き渡る 

                         つづく




 




  

 



   御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の弐

       禽 獣 に 五 徳

       きんじゅうにごとく



  

  開いているのか閉じているのか判らぬ眼を 

  兄温井景隆へ向けた三宅長盛の

  毛虫にも似た口髭が小さく波を打つ


「 兄上 竜三郎の申す通りの触れを廻すと致しませぬか 」

「 其うよのう 此度の事が皆に知れてし申ては兵共の士気に差

 し障るやも知れぬでのう …

  だが竜(たつ) 御主と鬼三郎の間柄は皆知って居るのだぞ

  其れでも良いと申すのだな 」

  景隆の深く長い皺が深さを増し 組み上げた右足が己の意に

 関わり無く激しく揺れて居る

「 はっ 如何に義理の弟と謂えども 物見番頭の御役を担い乍

 ら曲者を取り逃がした事実は消せませぬ

  故に此処は 御役目不届きを名分と致し手の者共々厳罰を以

 て斬首に処した事と致しまする

  其れがしが敢えて鬼三郎を斬った事により 軍の気引き締ま

 リ更には 此の石動山の衆徒らにも我らが此の一戦に懸ける意

 気込みを篤と知らしめる事と成りましょう 」

「 ふむ 表向きは泣いて馬謖を斬るの故事に倣うと言うのだな」

  先程から悩まされて居た蚊を 鉄扇で叩き落とした景隆の足

 の揺れが漸く収まり 其れを見詰める狐蛇(きつねじゃ)の如き

 竜三郎の面を左右の篝火がゆらりと照らす

「 しかし 組下の者ならば仕方無しにしても鬼三郎迄殺られる

 とは 相当腕の立つ曲者の様だのう …

  やはり 前田の透っ波か 」

「 はっ 伊賀倫組(みちぐみ)の仕業 と想われまする … 」

  先程から後ろが気になる狐蛇は 思わず明言を避けた

「 厄介だのう兄上 間諜狩りを得手とする軒猿組に助を頼も

 うにも 御家騒ぎの折りに軒猿組も二つに割れてし申て以来

 手が足りぬ故 我らに回す余裕は無いのだと 景勝様より釘を

 刺されてしまいましたからなあ 」

「 御安じ召されますな長も 

  言葉の終わらぬ内に声の主へ向けて

  狐蛇が 鋭い抜き打ちを喰らわすも

  衛士はひらりとかわし片膝付いた

「 相変わらず 御気の短い御方よ …

  其れがしでござる 村島様 」

  衛士は 陣笠の紐を解きつつゆるりと面を向ける

「 悪気(あっけ」が無い故放って措いたが

  やはり御主か 」

「 おっ 汝(うぬ)は … … 確か … … 」

「 御久しゅうござる 景隆様

  左右組(そうぐみ)の頭領左近でござる 」

「 何故(なにゆえ)御主が此処に居る … 真逆 …

  今朝方の曲者とは 汝らの事ではあるまいのう

  返答次第では 生かして措かぬぞ 」

「 はっはっはっ 村島様の御気の短さは景隆様譲りの様でござ

 りまするな … 其れは扠措(さてお)き

  先ずは 正規の手順を踏まず現れ出でました事 御赦し下さ

 れ 何せ甲斐の国より戻りました成らば 景隆様らが前田と一

 戦交えるとの事

  実は其れがし 倫組(みちぐみ)の頭領服部源心とは因縁浅か

 らぬ仲なれば 倫組の始末我ら左右組に御任せ頂きたく手の者 

 率い急ぎ罷り越した次第でござる 」

「 ほおうっ 其れは構わぬが 銭は払えぬぞ 」

「 御心配には及びませぬ景隆様

  今程も申し上げましたが 源心とは因縁浅からぬ其れがし

  此度の我らの出張りは言わば私闘でござる

  私闘で銭は頂けませぬ 」

「 左近 御主ら左右組は直江兼続殿お預かりの身の筈

  あの兼続殿が 戦に名を借りた私闘を許すとも想えぬが 」

「 村島様 直江兼続と言う御方 ああ見えて実は合理な御方で

 ござる 口に此其出しませぬが 軒猿組を温存しつつ倫組を葬

 れるのであればと本戦に関与せぬ事を条件に諾為されてござる 」

 「 左右組は飽く迄 伊賀倫組を狩る事 

  其れ以上でも以下でも無い と申すのだな 」

「 左様でござる 」

「 あの倫組を殺れるのか 」

「 其の覚え有るが故に今 此処に居りまする

  御納得して頂けますかな 村島様 」

  うむと頷く狐蛇へ 左近の細身の面に 鯰の髭の如き笑みが

 ちらりと浮かぶ

「 景隆様 手土産代わりに一つ御報告がござる 」

「 何じゃ 」

「 前田への助勢 佐久間の兵凡そ二千五百

  其れ以上は参りませぬ 」

「 まっ 真か左近 偽りではなかろうのう 」

「 真でござる 此れで負けは無う成りましたな 」

「 むううっ 此れは祝着 

  左近っ 此度の戦 勝利した暁には必ずや褒美を …

  … 左近 左近 … 

  あ奴 何時の間に消えた …

  此れだから儂は透っ波の類いは好かぬのだ 」

「 良いではござりますせぬか兄上

  倫組の頭との間に何があったのかは判りませぬが 御陰で奴

 らに銭を払うこと無く 枕を高くして寝られると成れば正に願っ

 たり叶ったリでござろう のう竜三郎 」

「 はっ 其れに左右組の出張り 兼続殿の一存ではござります

 まい 必ずや景勝様の諾を得られて居る筈 此れ此其上杉方が

 我らに信を置いて居る証でござりましょう

  其の思いに報いる為にも此の一戦 何としてでも勝利致さね

 ば成りませぬ 」

「 うむ 頼りにして居るぞ 」

「 はっ 御任せあれ 」

「 さあ兄上 そろそろ御酒と致しませぬか

  竜三郎 御前も飲って行くじゃろ 」

「 鬼三郎が居らぬ今 策を練り直さねば成りませぬ故

  其れがしは此れで 」

「 待て竜 御主ら何年に成る 」

「 はっ 鬼三郎が十四 其れがしは十五の年でございましたの

 で 丁度二十年と成りまする 」

「 二十年 … 光陰矢の如しと云うが … 真だな

  奴を偲びがてらと思うたが まあ良い無理強いはせぬ

  だが 此れだけは言うて措く

  御主らの変わらぬ忠勤 儂は心から感謝して居る

  鬼三郎の一件 真に残念であった 」

「 ははあっ 真に有り難き御言葉

  其の御言葉だけで 我ら尽くして参った甲斐が在ると言う

 もの 鬼三郎も草葉の陰で嘸喜んで居る事でござりましょう 」

「 湿っぽい話しは其れまでと致しましょうぞ

  おいっ 誰か 御酒じゃ御酒を持ていっ 」


  長盛の騒声を背に景隆の陣屋を後にした狐蛇は 荒山砦へ戻

 る道すがら一人想いに耽(ふけ)る

⦅  … … もはや あの兄弟に誰も信など措いては居らぬ

  左近 御主の申す通り直江兼続と言う男 合理な男よ

  あの男 我らを楯か堤としか見ては居らぬのだ

  其の様な男が我らに いやあの兄弟に信など措くものか

  助勢もたったの五百 此の者らとて魚津の戦で死に損ね死に

 場所を求めて参陣した迄の者共よ

  死に急ぐ者らを抱えては七尾の城を囲む事すら出来ぬと 已

 む無く此の石動山の衆徒らと手を結んだのだが 其の衆徒らと

 てあの兄弟を利用して居るに過ぎぬ

  其れはあの兄弟も同じ だが だから此其衆徒らに信を措い

 て貰う努力をせねば成らぬのだ 其の努力怠れば忽ち我らは孤

 立し滅亡の憂き目に遭うやも知れず 何より我が謀(はかりごと)

 が水泡に帰してしまい兼ねぬでなあ … 

  故に先ずは此の俺が衆徒らの信を得ねば成らぬのだ … 」

  狐蛇は一度立ち止まり

  大きく息を付いて後

  再び歩を進め出す

⦅   … … 此度 

   信長の突然の死に 景隆様は此の機に乗らぬ手は無しと

   能登国奪還を大義とし畠山の旧臣に参陣促すも 応ずる者 

  など誰も居らず集う勢は相も変わらぬあの兄弟の手勢と遊佐

  の残党のみ 

   新に兵を雇うにも 上杉の援助も高が知れたもので手勢に

  分け与えた処で底が尽きた

   兵を欲する景隆様ではあったが 無い袖は振れず 振れぬ

  事に業を煮やしたあの男は 密かに俺と鬼三郎を呼び出し有

  ろう事か 結界地の埋納銭を掘り起こし其の銭で兵を雇えと

  抜かしやがった … … 

   如何に背に腹は代えられぬと謂えども

   鎮守の為の埋納銭で兵を雇うなど

   此の地の神への冒涜であり何より

   能登国領民への裏切りに他成らぬ

   兵が足りぬと言うので有れば 足りぬ成りの策を講ずるの

   が一軍の将たる務めであろうに … …

   御仕えした頃は あれ程輝いて見えた御方が

   俺の憧れだった御方が

   貧すれば鈍すると云うが 真だな

   終わった いや 

   終わりにせねば成らぬのだ … … ⦆


   其れ迄 愚直な程従順に付き従って来た双三郎であったが

   共に心の内で同じ言葉を呟いて居たのであった

   其れでも命には従い 埋納銭を掘り出した其の夜

「 のうさぶ 孟子は五徳 仁 義 礼 智 信を守れぬ者は禽

 獣に等しき者であると説いた其うだ

   其の様な事が真である成らば 我らは禽獣に等しき者に仕

 えて居る者 と言う事に成るな 」

「 はっはっはっ 我らは獣以下と言う事でござりまするか

  成らば竜様 いっその事等しきを越え真の禽獣に成って遣り

 まするか 」

「 良いのかさぶ 行き着く先は閻魔様が御待ちの地獄やも知れ

 ぬぞ 」

「 はっはっはっ 竜様は五年前にも同じ事を申されましたが

  其れがし 未だに地獄を見ては居りませぬ

  其れに 地獄の沙汰も何とやらと申します程に 其の折りの

 為にも 銭は無いより在った方が宜しかろうと存知ますが 」

「 うむ 腹の決め時だな …

  良し決めた

  さぶよ 此の埋納銭は我らで頂くと致そう

  銭は既に何者かに掘り出され代わりに呪禁(じゅごん)の為の

 犬が埋められて居りましたと告げれば其れで良い 」

「 疑われませぬか 」

「 埋納銭の在処(ありか)を知って居るのは 我らだけでは無か

 ろう 犬が埋められて居たのも偽りでは無い故臆する事無く申

 し開きが出来る 」

「 成る程 御影の家も存知て居りましたな 」

「 うむ 生活に窮したあの餓鬼の仕業でござりましょうと申さ

 ば疑いはせぬ 」

「 成れど竜様 真逆本気で此の銭抱えたまま地獄へ行く積もり

 ではござりますまい 」

「 無論だ 銭は命在る内に使うて此其価値が在ると言うもの

  今更命が惜しい訳でも無いが もはやあの男に我らの命を託

 し 懸ける価値さへ既に無い

  折角此の世に生まれた此の命 無駄に散らさずそろそろ己の

 為に使うても罰は当たるまいて

  故にさぶ 前田とは程好く渡り合い機を見て山を抜ける 」

「 上手く抜けられますか 」

「 ふっふっ 勝手知ったる此の山よ 抜けて見せる全て俺に任

 せ措け 其れ迄 決して気取られては成らぬぞ

  決してな … … 」  

                        つづく


  

  

  

   

   


   

   







  


 

  



  

   御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の壱

       投 矢 の 棒 

       とうや のぼう        



  夏の朝吹く山風が

  東から吹き上がる海風と鎬を削り

  新緑の御山に立ち昇る数多な幟旗を

  美しく色鮮やかにはためかせて居たのも束の間

  久方の青空が西から忍び寄る墨色の雲にじわり

  と覆い尽くされ

  稲妻が天地を走り

  轟音は大気を震わし

  疎らに落ち始めた雨を強く激しい姿に変えて降る


  薄暗い緑の回廊を縫う様に駆け抜けて行く二つの

 若い影の一つが 足を止め様傍へ馳せ寄るもう一つ

 の影へ問う

「 小虎っ 何人殺れた 」

「 応っ 二人は殺った

  外に一人は股に打ち込んでし申たが其奴は動けまい

  御前は 万亀丸 」

「 俺も二人だ 」

  問い返しに応じた万亀丸が 人差し指を唇へ当て乍

 ら耳をそばだてて居る間 小虎は泥地に片膝付いて辺

 りを窺う

  万亀丸が案じた通り 雨音に紛れて止まぬ怒声が近

 付いて来る

⦅ 奴ら まだ追って来やがる

 どうやら諦める積もりは無い様だな …

 どうする万亀丸 追っては残り五人 山駈けで小虎に

 勝る者は居ない 小虎を先に行かせ一人踏み留まるか ⦆

「 何を考えて居る万亀丸 

  其の足で五人を相手にする積もりか 」

「 見て居たのか 」

「 見て居る暇など有るものか 眼に入った迄だ 」  

「 俺とした事が 岩苔に足を取られちまうとは …

  小虎っ いっその事此処で奴らを殺るか 」

「 応よ 其の言葉を待って居ったぞ 」

  

  雨足が勢いを増して降る

  正に篠を突く様な雨である

  木々や其の数知れぬ枝葉に降り当たり

  雨の音の外何も聞こえず

  視界も儘成らぬ程に


⦅ 雨殿 姿を隠すには持って来いだが

 ちょんこと降り過ぎぞ ⦆

  想いつつ 万亀丸が左の雑木に身を潜める間に小虎

 は既に 右の藪の中へと赤毛の髪を沈めて居た

  程無く

  頭(かしら)と覚しき武者を頭(あたま)に もはや小川

 と化した岨道の泥水を撥ね散らす音が直ぐ側まで迫る

「 とまれいっ …

  ちっ 雨で足跡が消えた

  おいっ 此のまま道成りで良いのだな 」

「 はっ 他の道は此の処の長雨により所々崩れて居り

 ますれば 里へ出られる道は此の道を措いて外にはご

 ざりませぬ 」

「 里へ出られてはもはや追えぬ 急がねば成らぬが

  おいっ 念の為だ枝を折って措け 遅れるなよ 」

⦅ くっ 枝折りを残すのか 急ぎ殺るしか無いが … ⦆

  万亀丸は 枝葉の隙間から小虎へ眼を向けた

  藪の陰から覗き見る小虎の眼が獣の眼に変じ

  万亀丸の仕掛けを待って居る

  二影は逸る気持ちを抑えつつ 頭(かしら)と雑兵二人

 を遣り過ごし 残る二人が標を示し終える迄息を殺して

 待った

  寸時の後

  頭(あたま)に陣笠 腹に胴丸 背に簑を纏う二人の雑

 兵は前を向いた途端心の臓を射抜かれ 前を行く者らに

 は臨終の叫びも届かぬまま膝から崩れて逝った

  標を有らぬ方へ向け様脱兎の如く駆け出す影らは 瞬

 く間に間を詰めて行き 頭(かしら)の背を追う二頭の陣笠

 がばしゃりと音を立てて前のめりに斃れ込む

  流石に今度は音が届いたか 一人先を行く頭(かしら)は

 振り向き様 腰に手挟(たばさ)む苦無を怪しき辺りへ続け

 て打ち込み

「 出て来い 下郎 」

  吠えるなり すらりと刀を抜き放つ

  飛び魚の如き銀体の飛来に熊笹の群れがざわと騒ぎ 頭

 (かしら)に言われる迄も無く 葉波をがさりと押し上げて

 二影の両首が笹波の上に其の姿を現し同時に 其れ迄激し

 く降って居た雨が小降りとなり頭(かしら)の大きな眼(まな

 こ)は 二十間程先の緑面(みども)に浮かぶ二人の顔をはっ

 きりと見て取った

「 ちっ 餓鬼か 餓鬼共何ぞに殺られるとは …

  小僧ら 何処ぞの者だ 前田の透っ波か 」

  小僧らは其れには応じず不敵にも 右手に持つ矢で肩を

 叩き乍ら頭(かしら)の大きな眼(まなこ)へ眼(がん)を飛ばし

 て返す

 ⦅ 応える筈も無いわな 仕方無し

 一人は生け捕って連れ帰るとするか ⦆

  頭は二 三歩詰め寄って気で圧し 

  刀を一薙ぎさせて正眼に構えた

  其の間に雨は止み 吹き抜ける風が雨水をたっぷりと含

 んだ頭の旗指物をゆらと揺らす

「 青備えの甲冑に白地に留紺(とまりこん)に染め抜いた三

 つ柏紋の旗指物 御主 温井の者だな

  名は 名は何と申す 」

  眼の前の男が温井の者かなど 既に承知の二人であった

 が 男の風貌に思い当たる節を覚えた小虎は思わず 問い

 掛けずには居られなかった

「 ちっ 我が問いには応じぬくせに 何とも手前勝手な餓

 鬼共よ まあ良い 名乗って遣わす

  我は 温井備中守景隆様が臣 熊沢鬼三郎(きさぶろう)だ

  此の峠の物見番頭を務めて居る故 此のまま汝(うぬ)らを

 逃がす訳には行かぬ 」

「 やはり 御主は熊沢鬼三郎か

  色白で目ばかり大きく貧相な顔立ちと聞いては居たが

  成る程 話しに違わぬ真に残念な顔立ちよ のう万亀丸 」

「 真だな … … 熊沢鬼三郎

  御主が此処に居ると言う事は 荒山砦の守将は村島竜三郎

 (たつさぶろう)と言う事に成るが 其れで良いのだな 」

  回廊を吹き抜ける風も穏やかなものとなり

  雫の落ちる音だけが静かに木霊し

  細い眼を 更に細(せば)めた其の眼の奥で

  万亀丸の瞳が鋭く光り

  二人は 露骨な殺気を放ち始めた

「 ほおうっ 既に調べは付いて居る様だのう

  もはや生かして措けぬ

  二人まとめて彼の世とやらへ送って遣る故

  仲良う暮らせ 」

⦅ ちっ 俺の名を聞いても臆さぬとは …

 生け捕るなど無理だな 

 殺らねば … 殺られる … ⦆

  餓鬼共の尋常では無い殺気に覚悟を決めた

 鬼三郎は 構えを八相に変え腰を低く落とし

 つつ右下段の脇構えに変じ じりっじりっと

 間を詰めて行く

⦅ … … 二人共 背に矢は見えぬ と成れば

 残る矢は 共に手に持つ一矢のみ

  時を稼いで挟み撃ちにする手も有るが 餓鬼

 二人を相手に組下の手を借りたと有っては 俺

 の名が廃(すた)る

  奴らとの間は凡そ二十間

  俺は十五間の間が有れば 二本同時に矢を放た

 れ様がかわせる男だ

  組の気組みを引き締める為にも 後詰めを待つ

 迄も無い 一気に片を付けてやる

  弓弦(ゆんづる)を離した時が勝負だ

  さあっ 早く矢を番えよ餓鬼共

  眼にものを見せてくれるわっ ⦆

  鬼三郎は気組みを高め 其の大きな眼(まなこ)

 を餓鬼共が持つ矢へ向けて的を絞り 刀の切っ先

 を上下に揺らし乍ら二間程間を詰めた所で詰め寄

 る足をぴたりと止めた

⦅ … … 奴ら 何をして居るのだ

 … … 何故(なにゆえ)矢を番えぬ 

 … … むっ ゆっ弓はっ 弓は何処だっ

 … … 奴ら 弓を持っては居らぬのか

 … … まっ 真逆(まさか)

 … … こっ 此奴ら … … ⦆

  手持ちの苦無を全て打ち込んでしまった事を悔

 いてももう遅い 鬼三郎の変面を二人が見逃す筈

 も無く 小虎は額に垂れたままの赤い濡れ髪を直

 そうともせず薄ら笑いを浮かべ乍ら爐〞の字に

 曲がった棒へ矢を番えつつ道に出

「 へへっ 俺達が何処ぞの者か漸く判ったらしい

 ぞ 万亀丸 」

「 ふっ 其の様だな 」

  万亀丸も爐〞の字に曲がった棒に矢を番え乍

 ら姿を現し

「 色白殿よ 何処ぞの者かと尋ねたな

  俺達の名を冥土の土産とするが良い

  我が名は 阿部万亀丸 御影(みかげ)の者だ 」

「 同じく 古藤(ふるふじ)小虎

  我ら 御影畠山次郎尊治(たかはる)様に御仕えする者

  万亀丸 今日は六月十五日 月の命日ではないか 」

「 其うだな 此れも偏に此の御山の神の御導きに違い

 無い 借りて居たものを返すのに此れ程相応しい日は

 他に在るまい

  熊沢鬼三郎 地獄で閻魔様が御待ちだ

  覚悟は良いか 」 

  言い終えるなり 二影は地を蹴り   

  一気に間を詰めた其の刹那

  矢羽根が風を切った

  貧相な顔立ちの上唇は膨らんで横へ伸び

  大きな眼(まなこ)は今にも飛び出さんばか

 りに 更に大きく見開いて額も寄る

  其の面は もはや為す術も無く己の死を感

 じ取り 其の淵へ追い落とされる事を悟った

 面となった

  十間の距離である

  二人が打ち損じる筈も無く 二人が放った二

 本の矢は 鬼三郎が振り上げた両腕を擦り付け

 喉の手前で交差し 首をずぶりと貫いた

  青備えの甲冑は がしゃりと音を立てて斃れ

  其の飛音は鬼三郎が生の最期に耳にした最後

 の音となった

「 殺ったな 万亀丸 」

「 うむ … 憎い奴だが 俺達の様な下の者に

 殺られたとあっては嘸 無念であろうな 」

「 馬鹿を申せ 

  殺し合うのに上も下も在るものかと 尊治様

 も申されて居られたではないか

  其れより 足の具合はどうだ 」

「 大事無い 案ずるなまだまだ走れる 」

  後ろから風に乗り 人の声が微か乍ら耳に入っ

 て来はじめた 今度は多勢の様である

  爐〞の字に曲がった棒を口に咥えて矢を抜

 こうとする小虎へ 万亀丸は首を横へ振る

  良いのかと問い顔を向けるも

  直ぐ様此の場を立ち去る可しとする万亀丸の

 意を察した小虎は執着せず 止めた其の手で棒

 を腰に差し戻し既に駆け出して居る万亀丸の後

 を追った

⦅ 急ぎ御報せ致さねば

 尊治様の御推察通り奴らが荒山を固めて居った

 此れで 温井と三宅の兄弟が 石動山に居るの

 は間違い無い … と成れば 今や其の僕(しも

 べ)と成りし彼の御方も居られる筈

  足は痛むが何の此れしき 兎も角急ごう

  余呉へ ⦆

  雲の隙間から差し込む陽が木洩れ日と成り

  未だ濡れて乾かぬ木の葉に照り返り

  目映い光りの輪となって二人を誘(いざな)う

  山を抜け

  共に見上げた空の彼方に

  目指す余呉は此処ぞ と

  矢羽根の如き光りの束が

  其の標を為して居た


「 村島様 熊沢様らの亡骸 たった今戻った由(よし)に

 ございます 」

「 陣屋へ運び入れよ 」

  何時又雨が降り出すやも知れず 亡骸が野晒し

 のままでは不憫だと思ったのであろう

  色黒で小柄な男だが 豪胆な武士(もののふ)で

 通る竜三郎(たつさぶろう)には珍しく 大きく窪

 んだ小さな眼の奥から光るものが落ちた

  鬼三郎とは若い頃から揃って温井景隆に仕え

 温井の双三郎と称される程 景隆の信任厚い二人

 であった

  御役の立場を超えて互いに唯一の友であり

 五年前 天正五年(1,577年)の九月十五日七尾

 城に於ける裏切りの戦(いくさ)の陣頭に立ち

 直接其の指揮を執ったのも此の二人であった

⦅ 此れからと言う時に 御前が居らんでどうする

  … … 其れにしても 御前程の男の最期の

 面が此れか … 一体 何処の何奴(どやつ)に殺

 られたと言うのだ 怯えや恐れ 絶望が一つと

 成って表れて居るではないか …

  只の透っ波などではあるまい … ⦆

  心の内で呟くも 戸板に横たわる鬼三郎の首

 に突き立つ矢を眼にした竜三郎は 解死人(げし

 にん)が何処の何奴であるのか 得心が行った様

 である

  途端に踵を返し 他の亡骸に泥が撥ね飛ぶのも

 意に介さず 未だ恐怖の色が褪めぬのか 黄色い

 歯をがちがちと鳴らし 紫色の唇から青い息を吐

 いて居る兵の戸板迄づかづかと詰め寄り 寄られ

 た兵は手を付こうとするも上手く付けずに横へご

 ろりと転がる

  其の傷から 矢が後ろから射られて居るのは明

 らかであった

  竜三郎は 心の内で舌を鳴らすも しゃがみ込

 み様手を差し伸べにこりと笑みをくれて遣る

「 鵜納 … 曲者は何人であった 」

「 はっ はい ふっ 二人でございました

  わっ 私(わたくし)が一番に見つけ出し直ぐ様

 熊沢様へ御報せしたのですが 其の間に四人が殺

 られてし申たのでございます

  おっ 恐らく前田の透っ波と想われますがとっ

 兎に角すばしっこい奴らでして … 」

「 其うか 前田の透っ波か

  其の足でよくぞ報せてくれたな

  鬼三郎には残念な事であったが 良う生きて

 戻った 傷が癒える迄ゆるりと休むが良い

  ゆるりとな … 」

  陣屋の外へ出た竜三郎は 先程の従卒の名を

 呼び 其の分厚い唇を耳元へ寄せて

「 奴の首を刎ねろ 御前が殺るのだぞ 」

  ははと畏まる従卒の口の端が にこりとほく

 そ笑む

                         つづく




 


       



     

  

 




  



      妄想超長編群像時代小説

               私本大河


               御影 弟組

              MIKAGE OTOGUMI


   作         源鹿角畠山次郎耕治

       みなもとのかづのはたけやまじろうたがはる


   画            GORI   


               作者より


            無駄に長く

            極めて読み辛く

            何時終るかも判らぬ物語りでございます

            どうしようも無くお暇な御方

            時間を無駄にして良い御方

            眠れない御方のみ

            御入室

            御待ち致して居ります

             

         ✳ スマートフォンの方は横にしてお読みください