御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の十三

          口 寄 せ

          くちよ せ

 

 

 

  小丸山城の搦め手に

  廃材が所狭しと

  積み上げられて居る

  嘗て此処に

  御影畠山家の館があった

 

⦅ … あの時 連龍の言葉通り

   御爺殿と兄上が貝毒に当たったと言うのは偽りであった

   俺を構えの刑に処させる可く

   連龍が俺を甚振り 

   俺が其れへ返すであろう事を読んでの偽りであったのだ

   我が家を保つ為の御爺殿の苦肉の策であった其うだが …

   俺が口走ってし申た事が真に成ってし申た …

   平殿を介して弟組丸ごと蒲生家預かりにして貰うたのに

   其の蒲生家の許を離れた俺を 御爺殿は赦してくれぬであろうな …

   追放の身と成った俺は 

   表門から出る事は許されず 裏門からでたのだが … 

   其の裏門は此の辺りの筈 …

   流石に偲べるものは何も無し … か … ⦆ 

  感慨深気な尊治へ 前を行く菊花が源心へじゃれ乍ら問うて来る

「 尊治様 

  連龍の兄様は もはや奴らを恨んでは居らぬのでござりまするか 」

「 奴はあの日 父や兄のみならず一族の半数以上を失うたのだ

  恨んで居らぬ筈は無かろうよ 順じる番を入れ替えただけの事だ 」

 

  天正五年(1,577年) 七月

  上杉謙信は 昨年から続いて居た能登勢との戦に決着を付ける可く二万

 の兵を率いて進軍を開始し其の凄まじい進撃振りに 能登方は全ての城を

 棄て総勢を以て七尾城へ籠る事とし更に 連龍の父続連は徹底抗戦を呼び

 掛け領民迄をも籠らせたのである

  だが … 為に 城内は兵と民とで満ち溢れ 真夏の籠城が祟り疫病が

 発生するなり瞬く間に蔓延し死者が相次ぎ 己れの策が招いた惨状に続連

 は信長に援を請う可く 僧籍であった子の連龍を使者として安土へ派した

 のであった

  連龍の求めに応じた信長は 柴田勝家を総大将とした織田勢を急遽派し

 たのだが 七里頼周(しちりよりちか)率いる加賀一向衆に行く手を阻まれ

 七尾城は落城寸前であった

  其の最中 以前から親上杉派であった遊佐続光 盛光親子は 兼ねて

 から親信長派の長続連へ不満を抱いて居た温井景隆と弟の三宅長盛と謀

 らい 九月十五日 十五夜の月の夜

  突如として反旗を翻し 城門を開け放って上杉勢を迎え入れたのである

  頼みの柴田勢は間に合わず 温井らに従わぬ者らは悉く討ち取られ 此

 の時其のまま還俗した連龍は復讐の鬼と化し 生き残った一族を率て織田

 方へ身を投じたものの 私の戦は他の者には疎まれるものであり 柴田勝

 家には信を得られぬまま其の許を離れ 心を入れ替えた連龍は前田利家に

 従順に仕えて信を得たのであった

  一度(ひとたび)合戦とも成れば 勇猛果敢で知られた長一族である

  今では前田勢にとり 無くては成らぬ一勢と成って居た

  父や兄 一族の半数を失ったと謂えども尊治は連龍や長の者らに同情な

 どしては居ない

  畠山義続 義綱親子の能登追放の主導を執ったのが連龍の父続連なのだ

 から …

  連龍の命も狙って居た尊治であったが 七尾城落城の事実を探り知り其

 の名を羅列から外して居たのであった

 

⦅ … 連龍は変わった …

   あれから十一年も経つのだ 変わったとて何の不思議も有るまいが

   俺は変わったのであろうか …

   にしても 昔の連龍の般若の顔も好かんかったが 丸い般若の顔など

  尚好かぬ 何年経とうが嫌な奴に変わりは無い

   人は 変わらねば人として成長せぬと云う …

   変わらぬ俺は成長して居らぬ と言う事だ ⦆

  尊治の口から溜め息が衝いて出る

「 尊治様 」

  尊治の後ろを歩いて居た香梅が 左に寄り添い声を掛けた

「 私(わたくし) 尊治様が恨み言の一つでも申されてしまうのではないか

 と 襖越しに気を揉んで居りましたが 要らぬ心持ちでございましたな

  尊治様とて もはやあの頃の尊治様ではござりませぬ

  御自身にもっと自信を持たれても良うございましょう

  溜め息は 命を削る鉋(かんな)と申します程に 二度と衝かぬ様心懸け

 下されませ 」

⦅ … 見透かされて居たか … ⦆

「 香梅 俺は連龍は好かぬだが あの日の事を恨みに思うては居らぬ

  奴はあの日 何があったのかを知らぬのだ

  知らぬ者を恨める筈も無かろう

  恨みに思うて居るのは寧ろ香梅 其方の方ではないのか

  幼き頃 良く苛められて居ったではないか 」

「 ほほっ 真に 良く苛められました …

  其の度に 尊治様に助けて頂きましたな 」

「 御前の屋敷とは隣同士 塀越しに礫を打ち込んだだけだ 」

「 其れは何時も 私の事を気に懸けて頂いた と思うても宜しゅうござい

 ますのか 」

「 御前の泣き叫ぶ声が大きいのだ 嫌でも耳に入る 其れだけだ 」

「 元々気性の荒い御方ではございましたが 其の気性の荒らさ故に 其方

 は人を束ねる事が出来ぬであろうと 父上の続連殿から武士(もののふ)に

 成る事許されず我が本行寺へ預けられた御方でございます

  今は亡き我が祖父梅月 父の梅花に其れは厳しい行を課せられて居られ

 ました 察しまするに 己れの人生が思うがままに成らぬ事が余程悔しか

 ったのでござりましょう 其の鬱憤を私を苛める事で晴らされて居られた

 やも知れませぬ … 

  成れど 父や兄 一族の半数が殺された事で己れの長年の思いが叶えら

 れ様とは … 皮肉と言えば皮肉 何とも酷い運命(さだめ)を御仏は課せ

 られたのでございましょう …

  連龍殿の存念 推して測れども 測り知れぬものでございます … 」

⦅ … 香梅 御前の方が遥かに俺を越えて居る … やはり俺は … ⦆

  人として成長しては居らぬ様だと 又溜め息を衝きかけた尊治の左手の

 甲に 香梅の右手の指先が歩を進める度にさわりと触れて来る

  菊花は変わらず源心にじゃれて居る

  源心は嫌な顔一つ見せず 寧ろ楽しそうにまとわり付かれて居たのだが

  菊花が行きなり源心の背中へ飛び乗り 一つしかない源心の右目を塞ぎ

 に掛かる

「 こっ 此れっ なっ何を為さる菊花殿 」  

  透かさず尊治へ抱き付いた香梅は

「 少しだけ … ほんの少しだけ 此のままに … 」

「 香梅 … 」

  香梅は尊治の厚い胸板に頬を埋め其の頬に 熱い吐息が吹き掛かる

「 … 香梅 決して無理をしては成らぬ

  危ういと感じたならば 躊躇う事無く御山を抜けよ

  何か有れば直ぐ迎えに行く 故に継ぎを欠かすで無い 良いな 」

「 … あい … 」

  尊治は 頷く香梅の顎先へ指を当ててそっと上を向かせる

  二人は暫し見詰め合い今一度胸板へ頬を埋めた香梅は 背中をぎゅっと

 抱き締めた其の手で尊治の手を握りつつ徐に後退り 艶やかな袖をひらり

 と翻して踵を返し

  源心の背中から飛び降りた菊花は

  お ま か せ く だ さ り ま せ 

  と唇で告げて香梅の後を追った

  愛とは 後ろ髪を引かれながら心を残して立ち去る姿 なのだと伝う

  香梅の立ち去る姿に 溜め息が衝いて出たのも気付かぬ尊治へ

「 尊治殿 手の者の仇を討って下さり 心から礼を申し上げる 」

「 御止め下され源心殿 

  あの中に 我が手の者も居りました故出張る外無かったのでござる 

  礼を申さねば成らぬのは寧ろ其れがしの方でござる

  倫組との合力 ああもあっさりと御認め頂けるとは …

  源心殿の御口添えの御陰でござる 」

「 いやいや やはり昼の一件があったれば此其でござろう 成れど

  安勝様は元より いや其れ以上に強い佐脇様の後押しがあった事は御伝

 えてして措きまする 」

「 有難い事でござる 」

「 とは申せ 

  尊治殿には真に無理な御願いをしてしまい申し訳もござらぬ 」

「 いえ 源心殿の申された通り 其れがしが諾致さねばあの御二人を止め

 る事など出来ますまい 」

「 故に 利家様に措かれましては御影弟組の参陣願い 此れ幸いなのでご

 ざる

  あの御二人が陣立てを 筋立てを破り無謀な突撃の果てに命を失いまし

 たならば 例え戦に勝利したとしても 他の将らの手前利家様は安勝様に

 対し何らかの御処分を下さねば成らず ましてや其れが元で負けてし申た

 ならば … 」

「 あの安勝様の事 自ら腹を召され兼ねぬ 」

「 左様でござる 真に仲の良い御兄弟なれば …

  利家様は其れを一番に危惧為されて居るのでござる … とは申せ

  連龍の手で温井と三宅を討たせて遣りたいのも 又本心でござる 」

「 援軍の要請受けども 間に合わなかった事を未だに気に掛けて居られま

 すのか 」

「 あの折り 確かに一向衆に行く手を阻まれては居りましたが 信長様が

 授けて下された四万の兵を以て押しに押しますれば 抜けられぬ相手では

 無かったのでござる

  利家様と羽柴様は 我らだけでも行かせてくれと強く申し出たものの 

 あ奴が 柴田めが 挟撃を恐れて其れを許さず 羽柴様は何の為の 誰の

 為の出陣じゃと軍議の席を蹴り 怒りに任せて陣を引き払ってし申たので

 ござる 為に 七尾城が落ちたばかりか … 

  兄組のみならず其の縁者の方々迄もが …

  申し訳ござらぬ尊治殿 其れがしの継ぎが遅れたばかりに … 」

「 いえ 戦の筋立てが決まらぬうちは動くに動けませぬ故 致し方も無き

 事でござる 」

「 其れを聞いて胸の支(つか)えが取れ申した … 

  成れど尊治殿 あの折りは兄組を含めて凡そ二百 此度は七百を越える

 数でござる 真に抜けさす事など出来ましょうや 」

「 源心殿 其れがし 山抜けの成否は抜ける数と思うては居りませぬ

  此度の山抜け 兄上らの二百と比べ確かに多ござる 欣祐殿を含め高齢

 な方々も少なからず居りまする 成れど 兄上らは其の大半が疫病に冒さ

 れ乍ら迫り来る追っ手を払いつつ見事に七尾の城を 松尾の山を抜けたと

 聞き及んで居りますれば 老いたりと謂えども皆健脚揃いの方々でござる

 一人も欠ける事無く抜けさす事が出来ぬとなれば 其れは其れがしの策に

 穴が有ると言う事に外なりませぬ

  自策に自惚(うぬぼ)れてなど居りませぬが 其れがしなりに練りに練り

 考えに考え抜いた末の策でござる

  故に 後は己れを信じ 手の者らを信じ貫徹するのみでござる

  只 … 左近の出方が判りませぬ … あ奴 あからさまに気を発して

 居りましたが 敢えて己れの存在を示すなど 一体何を考えて居るのか

  奴らの出張り 何か裏が在るのやも知れませぬ … 」 

「 尊治殿 奴は其れがしのみならず尊治殿の命も狙うて居るのでござる

  あからさまに気を発しましたは 真は裏も表も無く単に我らに対する宣

 戦の積もりやも知れませぬ 何れにせよ 奴らの事は我ら倫組に御任せを

  尊治殿は尊治殿の御相手に専して下され 」

「 忝(かたじけ)のうござる …

  其れは其うと 源心殿 

  そろそろ教えて頂けませぬか 何故(なにゆえ)行方(ゆきかた)知れずの

 御刀の名を御存知なのでござる 真に存るかどうかも判らぬ御刀故此れ

 迄口にした覚えはごさりませぬが 

「 はあぁっ … 実は 

  武蔵の国は久良岐郡の玄庵様より文が参って居ったのでござる 」

「 応っ 永田服部の玄庵殿 此れは御懐かしい

  源心殿の祝言以来 御会い致して居りませぬが 皆様息災でござりま

 しょうや 」

「 其れが … 昨年 信長様の伊賀攻めの折り 我ら倫組は参陣も案内役

 も務める事無く御陰で同族討ちをせずに済んだのですが …

  玄庵様は 戦難に遭われた縁者の方々を御救いす可く手の者率いて伊賀

 へ向かわれた其うにござる 」

「 あの場に居られましたか 」

「 はい 成れど 流石は玄庵様率いる永田服部の者共 見事に縁者の方々

 を救い出し無事に帰国の船に乗られた迄は良かったのですが …

  中には手負いの者らも居りました故 沼津で船を降り箱根で湯を浴びな

 がらの道行きをして居った其うにござる

  処が … 明日は小田原と言う所で何者かに襲われ 嫡男の玄永殿を初

 め其の大半を討ち取られたとの事にござる 」

「 なっ 何と あの玄永殿迄も 」

「 襲われし場所は道幅の狭い湯坂なる峠道 既に日も暮れ永田服部の者

 らは手負いの者と女御子供を庇い乍ら戦うた其うにござる … 成れど

  長い時間(とき)は支えられず遂には陣も崩れ 玄永殿は決死の手の者ら

 と共に踏み留まり相果てたとの事にござる 」

「 ぬううっ して 襲いし者らの正体は 知れましたか 」

「 心当たりは有るものの 何せ闇の中での乱撃なれば と … 」

「 手懸かりもござりませぬか 」

「 一つだけ … 殿(しんがり)を務めて居た者が其の退き際に玄永殿が何

 事かを叫んで居たのを 最近に思い出した其うにござる

  玄庵様は其れは人の名やも知れぬと 鎌倉は由井の利阿と申す婆様に口

 寄せをして貰うた其うにござる 」

「 口寄せ … 其れは何時の事でござる 」

「 先月の … 十九日の夜の事 と記されて居りましたが … 」

⦅ … 十九日の夜 … 金丁を為したあの夜か … ⦆

「 … 如何為された尊治殿 」

「 いえ 続けて下され 」

「 では 由井の利阿と申す婆様に口寄せをして貰うた処 御目当ての御霊

 は現れず代わりに想いもよらぬ御方が現れた其うにござる 」

「 想いもよらぬ御方 … 真逆 … 其の御方とは … 」

「 はい 其の真逆な御方でござる尊治殿 …

  其の真逆な御方とは御影の初代 水神流夷殿其の人との事にござる 」

「 … 其れで … 流夷様は何を口に為されましたか 」

「 はい 蝦夷の水断ちの御刀を持ちし者が其の一味

  故に 尊治は弟組を率いて永田服部と合力し其の罪を暴く可し

  暴いて後 蝦夷の水断ちの御刀を褒美として貰い受けよ 然(さ)すれば

 政治の行方も知れる 其う尊治へ伝えよ と 」

「 ちっ 父上の行方 … ばっ 馬鹿な … あっ いや … 」

「 はっはっ 其れがしも文を読んだ時には信じられず 為に尊治殿へ御伝

 えす可きか否か迷うて居たのでござる

  其れと申しますのも 玄庵様は昨年小田原北条家より久良岐郡の小代官

 に任命されたものの 湯坂の峠道での一件以来手の者の数が足りず御役目

 を全う出来ずに居るとの事なれば 尊治殿を弟組共々永田服部へ迎え入れ

 る為の策ではと疑うて居たのでござる … 成れど

  玄庵様は嘘偽りなど申されぬ御方な上に 先ほどの尊治殿の家伝話し

 と文の中身が寸分違わぬ事につい口走ってし申たのでござる … 尊治殿

  御影畠山家の家伝 全て 真の事やも知れませぬな 」

⦅ … … 兄上では無うて父上とは … …

  流夷様は 父上が 生きて居ると … 真逆 … ⦆

  今宵何度目の真逆であろうかと 数えあぐねる尊治の前に若い影が駆け

 来たり片膝付いた

「 万亀丸 如何した 」

「 はっ 鷹田屋の主 田中清六殿が杉江屋様にて御待ちでございます 」

「 清六殿が … うむ 源心殿 御先に失礼仕(つかまつ)る 」

「 尊治殿 文は今宵の内に届けさせますので目だけでも通して下され 」

「 はい ならば万亀丸を付けさせます故 」

「 此れは忝ない 御借りして居た巻物も御返し致します 」

「 御役に立ちましょうか 」

「 其れは今宵其れがしが戻りましてから験する手筈と成って居り申す 

  万亀丸殿 宜しければ見分為さらぬか 」

「 はっ … 尊治様 … 」

「 構わぬが 邪魔をするで無いぞ … 源心殿 では此れにて 」

⦅ … 今宵も眠れぬ夜に成り其うだ … ⦆

  想いつつ 駆け下る坂道の先に見覚えの有る木を目にした尊治は

  此ちらが近しと其の木を過ぎるなり

「 … 消えましたな … 」

「 はい 」

「 では我らも 」

  二人も 尊治の後を追う様に其の木を過ぎるなり

  藪の中へと姿を消した 

                        つづく

 

     

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の十二

          嫌 な 奴

          いやなやつ




  其の夜 

  安勝は尊治を労う可く

  小丸山城へ招き入れ細やかな酒宴を催す事とし

  安勝親子と佐脇 其れに源心が顔を揃えて居たのだが 

  場にはもう一つ席が用意されて居り

  尊治には誰かも知らされぬまま其の者が来席する迄

  御影畠山家の家伝で間を繋ぐ事と成り 

  皆 尊治の話しに耳を傾けて居た


「 なっ 何と 畠山泰国殿は足利義純殿の御子では無いと 」

「 左様でござる 佐脇様

  重忠様の未亡人となられた義子様が 義純様の許へ再嫁為された其の折

 り 義純様は三十一の御歳でございましたが義子様は齢四十をとうに過ぎ

 て居られ 御子を成せぬとは申しませぬが … 」

「 生きて生まれ出るは現在(いま)でも奇跡に近い … 

  成らば尊治 泰国殿は誰の子じゃ 」

「 … 泰国 … 成る程な 

  尊治 泰国殿は藤原泰衡殿の血を引いて居るのだな 」

「 左様でござる安勝様

  一本杉館で御自害為された織り姫 名を於絹(おきぬ)と申され実は流夷

 様の妹御にして泰衡様の側室だったのでござる

  其して 御二人の間に産まれた御子が … 」

「 重保殿の御内儀 於結(おゆい)殿 」

「 はい 」

「 … もしや尊治 泰衡殿は

  其の母娘を守る可く自ら囮に成られたか 

「 はっ 其の様に伝えられて居りまする 」

「 … 確かに 泰衡殿と河田次郎なる者の命乞い余りに女々し過ぎる

  あれでは どうぞ斬って下されと言うて居る様なものだ …

  あり得るやも知れぬな … 其れで 」

「 はい 流夷様の養女と成られて後 重保様と夫婦(めおと)に成られた於

 結様は重行様 時麿様と二人の和子(わこ)様に恵まれたのですが …

  重保様が由井の浜で壮絶な御最期を遂げられた頃 於結様と重行様も館

 へ押し入った石田為猛の子 石田時猛の手に掛かり既に息絶えて居られた

 のでござる 

  止む無く流夷様は 館の者らが命に代えて守り抜いた時麿様御一人を抱

 えられ落ちて行かれたのでござる …

  重保様は時麿様が元服為された折りには 乱世を重ねて後治(おさむ)る

 の意を込められ 御名を重治と決めて居られたのですが 経緯はどうであ

 れ亡国の憂き目に遭われた泰衡殿を憂い且つ忘れては成らぬと 義純様は

 時麿様の御名を泰国と名ずけられ 自らは畠山を名乗らず泰国様より名乗

 る様 御遺言を残され逝かれたのでござる 」

「 何故か 」

「 はい 義純様は生木を裂くが如く妻子と義絶させられたのでござる 

  其の御心中 いかばかりか … 

  北条家に対する細やかな抗い であったと 想われまする 」

「 尊治 重保殿は母上に信を置いては成らぬと申して居たのであろう

  もしや 其の母上も … 」

「 はい 御察しの通りでござる 佐脇様

  事の発端は北条時政の継室牧の方の娘婿 平賀朝雅と重保様との口争い

 が切っ掛けではございましたが 重忠様が奥州へ遠征して居られた正に其

 の時 とある宴席に臨席為された義子様は義純様を一目見るなり心奪われ

 てし申たのでござる

  其の思い断ち切れぬまま募る情念叶える可く 自ら其の片棒を担いでし

 申たのでござる

  重行様が元服を迎える筈であったあの日 使者として菅谷の御館へ向か

 わせて居た義子様の妹の夫稲毛重成が 重忠様らを二俣川へ誘(おび)きだ

 し 鎌倉では三浦義村の命を帯びた石田時猛が偽りの陣触れを以て重保様

 らを由井の浜へ誘(さそ)い出し謀殺に至ったのでござる 」

「 … げに恐ろしきは 女御の性(さが)じゃな 」

「 佐脇様 飽くまでも家伝でござる 」

「 信を置くなと申すか

  其れが真である成らば 畠山家は姓を源姓から平姓に戻さねば成らぬで

 なあ はあっはっはっはっ 」

「 さっ 佐脇様 洒落にも成りませぬ 故にくれぐれも他言成されませぬ

 様 御願い申し上げまする 」

「 案ずるな尊治 儂の口は軽すぎて儂の話す事など誰も信は置かぬ 」

「 佐脇様っ 」

「 はあっはっはっはっ 戯れ言じゃ戯れ言じゃ … 処で尊治 」

⦅ … 重郷殿を斬られた時は 後を追い兼ねぬ落胆振りであったが …

   どうやら元の尊治殿に戻られた様だな … 然し …

   人とは 一日も経たぬ内に此れ程変われるものなのか … 

   いや 此れが此の男の真の姿やも知れぬな … ⦆

  … 心殿 … 源心殿 」

「 はっ 何でござろう尊治殿 」

「 御影畠山の家伝は まだ其の先が在るのだと言うて居られたそうな 」

「 あっ 申し訳ござらぬ尊治殿 … つい … 」

「 佐脇様 其処から先は余りに長く 余りに荒唐無稽に過ぎますので 」

「 振り出しで良いのだ 尊治殿 聞かせてくれ 」

⦅  殿と来た 此れは又 …

  余程気に入られた様だな … 其うか 成る程な 」 

「 尊治 儂も聞きたい 」

「 安勝様迄 … 宜しゅうござる では振り出しだけ  

  昔も昔 大昔 気が遠退く程の昔の話でござる

  我が御先祖様は 天竺より更に西の遥か彼方 西に海を見下ろす小高い

 丘の上に建つ宮殿の警護の任を担って居た其うにござる

  暗闇の中 忍び入る曲者へ音も無く忍び寄り音も立てずに葬る術を身に

 付けた一族だった其うにござる 」

「 音も無く忍び寄り 音も立てずに葬る 胸の入れ墨の蛇の様にか 」

「 弥助殿との召し合わせを御覧に成っておいででしたか 」

「 うむ あの折りは目に施した隈取りの御陰で顔が良う判らんかったが

 其の幅広の刀の柄で判じられたのだ 」

「 くっくっくっ 名迄は思い出せんかったがな 」

  源心は思わず吹き出すも佐脇は構わず続ける

「 王はさぞかし枕を高くして寝れたであろうな 」

「 其れが 佐脇様 … 」

「 家久で良い 」

「 はっ では家久様 

  実は王以上に護らねば成らぬものが在るのでござる 」

「 ほおうっ 王より大事なもの … 其れは何じゃ 」

「 はっ … 我らで言う神輿でござる 」

「 神輿とな … 大事なものには違い無かろうが … 」

「 其の神輿は 神の御指示通りの材料を 御指示通りの寸法に切り揃え

  御指示通りの意匠に仕上げた神輿で 王の巡幸の際神殿の代わりとして

 無くては成らぬものなのですが …

  真に守る可きものは其の中に納められし土板 なのでござる 」

「 … 土板 … 何が刻まれて居るのじゃ 」

「 細い棒で突いた刺突紋が左から三つ 五つ 四つと刻まれて居るので

 ござる 」

「 … 三つ 五つ 四つ … 三(さん) 五(ご) 四(よん) みごし

  真逆 其れでみこし(神輿) か 」

「 … やも 知れませぬ 」

「 … やも 知れぬと成れば 其れは何を意味するのじゃ 」

「 はっ 直角でござる 」

「 直角 …      」

「 はい 例えますれば長さ三寸 五寸 四寸の辺を持つ三角の三寸と四

 寸が接する角は必ず直角を為すのでござる …

  直角を得られなければ 

  神殿はおろか柱を建てる事さへ出来ませぬ故 … 」

「 成る程のう … 当たり前過ぎて考えた事も無かったが 言われてみれ

 ば確かに其うじゃ … 

  直角を得られなければ 此の小丸山の城も建たぬでなあ … 」

「 はい 王は 其の刺突紋の数列を神が与えて下された智恵として崇め

  我れ此其が神に成り代わり此の世の事業の全てを為す者と 秘中の秘と

 為されて居られたのですが … 

  或る夜 王が最も信を置いて居た臣に其の土板を盗まれてし申たので

 ござる

  御先祖様は其の責任取る可く 土板を奪い返す迄は決して国には戻ら

 ぬと王に約し 一族を率いて暑く乾いた土地を後にし 盜臣の一族を追う

 内に此の列島に辿り着いた其うにござる 」

「 面白い 尊治殿 其方の話しは実に面白い 

  のう安勝殿 利好殿 」

  振られた利好は 余程尊治の幅広の刀が気に掛かるのか

「 … 尊治殿 其の業物は打ち直された御刀か 」

「 はっ 鎌倉は稲村の金山と久良木郡は金沢村で産する鉄を加えて打ち直

 して頂いた三振りの内の一振りでござる

  水神一族の御神刀でござりますれば 拵(こしら)えも其の儘に

  其れがしの御刀は蝦夷の鉄断ちの御刀と申し

  我が兄宏実(ひろざね)が持ちし御刀は蝦夷の火断ちの御刀と申しまする

  其して最後の一振りは 重保様の御館へ押し入った石田時猛に奪われた

 まま未だ行方は知れませぬが 其の御刀の名は

「 蝦夷の水断ちの御刀 」

「 … 源心殿 何故其の名を 」

「 ははっ 其の御話しは後程 … おっ 参られましたぞ 」

  ふっくらとした面立ちの入道頭が 艶消しを施した黒備えの甲冑姿の

 まま姿を現し 尊治へちらりと眼を遣り尊治はこくりと頭を下げた

「 皆揃うた処で尊治 本日の仕儀 真に見事であった

  此の安勝 改めて礼を申す 」

「 礼など … 戦を前に大事な兵を失うてしまい申し訳ござりませぬ 」

「 既に戦は始まって居ると言う事よ

  源心の気を 散じさせる程の男が居ったと言うではないか

  人害が二人で済んだのだ 其れで良しとせねば成るまい …

  然て 其方ら 既に見知り合うて居るか 」

「 … 連龍殿 御久しゅうござる

   あの折りは 歳若き頃とは申せ大変失礼な物言いを致し 嘸や御気を

 害された事でござろう 今此の場を御借りし謝辞を申し上げる

  御赦し下され 」

「 いっいや 儂の方此其

  大人気無い仕儀に至る処であった … 赦されよ … 」

⦅  … くっ … 真逆 此奴に頭を下げねば成らぬ日が来ようとは …

    嫌な奴 … 此奴は 餓鬼の頃から好かぬ奴であった …  ⦆

  長 連龍(ちょう つらたつ) 

  尊治より一回り程歳上の男である


  畠山義続 義綱親子が能登を追放された五年後

  元気二年(1.571年)

  温井らは 義綱の嫡男畠山義慶(よしのり)を新当主として祭り上げ修理

 太夫を称させたのである

  其の祝いの席へ出席する筈であった尊治の祖父蔵治と 兄の宏実が其の

 前夜共に貝毒に当たり 仕方無く尊治が二人の名代として其の席に臨む事

 と成ったのだが 

  祝いの儀は滞る事無く進み酒宴と成った

  大人に交じり乾杯の杯を干した尊治へ

「 此れは此れは 其処に御座(おわ)すは御影の次郎殿ではござらぬか

  既に元服を済まされたと聞いたが 名は何と為されたかな 」 

  連龍である

⦅ ふんっ 知って居るくせに ⦆

  心で唾を吐きつつ

「 はい 御影畠山次郎改め 尊治と申しまする 

  御一同の皆様 御見知り措きの程を 宜しく御願い申し上げまする 」

  涼しい顔で応じ

「 うむ 儂から一献差し向けよう 尊治近う寄れ 」

⦅  ふんっ 義慶 御前の御酒など受けたくも無いが … 

  御酒に罪は無い故受けて遣る ⦆

「 … 其方ら御影の家は 真はあの親子を追う積もりで居たのであろう

  … 二人揃うて貝毒に当たるなど どうせ顔を出したく無い為の偽り

 であろう 

  其の様な家の者に 御願い申すと言われてものう …

  のう方々 どの様に宜しゅう致した成らば良いのでござろうのう 」

  年端も行かぬ尊治を 甚振り始めたのである

  此れでも此の時此の男 名を宗先と称し臨済宗考恩寺の住職を務めて居

 たのである 尊治は宗先の言葉を耳にする成り杯を一気に飲み干し颯(さっ

 )と席に戻るや 整った面立ちの父続連(つぐつら)兄綱連(つなつら)とは似

 ても似つかぬ面へ向けて

 「 此れは此れは宗先殿

  何でも御仏の教えの中に般若の智恵なる教えが有る其うで 御酒を般若

 湯と呼んで居る其うに 成れど何も般若の面を当てて迄飲らずとも良いと

 は思われませぬか 方々 」

  座が一瞬で凍り付いた 

  だが 尊治は口撃の口を弛めず

「 宗先殿 …

  我ら御影 家を守る為で有る成らば其の家を二つに割る事など厭わぬ家

 でござる 故に万が一(いっ)其れがしが宗先殿の敵に廻りし時は 我が家

 に伝わりし此の蝦夷の鉄断ちの御刀を刎き申し 真っ先に考恩寺の門前へ

 推参任(つかまつ)り御相手致しまする 其の折りは 覚悟召され 」

  もはや 年若の物言いでは無い

  宗先は隣に座して居る兄 綱連の刀へ手を掛けた

  元々自ら望んで僧籍に身を置いて居る訳では無い 気性は人一倍激しい

 ものを持って居る

「 宗先っ 義慶様の祝いの席ぞ

  御酒に酔うた小童(こわっぱ)相手に 何と大人気無い仕様よ

  控えよっ 控え居れえいっ 」

  父続連の声に 流石に思い止まった宗先であったが 年端も行かぬ小童

 に満座の席で恥を掻かされたのである

⦅  俺は酔うては居らぬ 売られた喧嘩は買うものであろう

  大人の口真似をした迄だ ⦆

  心で呟いた尊治であったが 其の三日後

  祝いの席を汚した廉(かど)により構(かまえ)の刑に処され 尊治は能登を

 追われたのであった


⦅  あれから十一年 相も変わらぬ涼しい顔をし居ってい

  昨年の遊佐の一件と言い 何処迄俺の気を逆撫でするのだ

  此れから此奴に頭を下げねば成らぬと思うただけで気が滅入るわっ ⦆

  連龍は むくむくと湧き上がる嫌気を鎮める可く一気に杯を呷る

「 … 尊治 」

  安勝の長い首が尊治へ向く

「 此度 蒲生家の許を去って迄我が勢に参陣望んだは 温井と三宅の首が

 所望と源心から聞いた 其れに相違無いか 」

「 はっ 相違ござりませぬ 」

「 其方ら弟組は 倫組に劣らぬ探索働きが出来るとも聞いて居る …

  其処でだ 遣り様は源心と其方に任せる 倫組と弟組とで曲者を狩

 りつつ石動山を探ってくれ 其して戦が始まりし其の時石動山を後ろ

 から撹乱するのだ

  事が成った暁には 温井と三宅の首くれて遣る

  どうだ 異存は在るか 」

「 まっ 真でござりますか安勝様 …

  其れがしに異存など在ろう筈もござりませぬ ござりませぬが … 」

  面(おもて)は安勝を向いた儘 眼だけがちらりと入道へ位する

  安勝は尊治の位視に気ずかぬ素振りで

「 其の代わりと言っては何だが …

  連龍から一つ頼み事が有る其うだ だが其れに付いては倫組を用いる

 のは許されぬ故 受けると成れば弟組のみでして貰わねば成らぬ 故に

 安請け合いなどしては成らぬ

  一つ間違えば 弟組は皆殺しの目に逢い兼ねぬでな …

  連龍 事此処に至り石動山攻めの陣立ても筋立ても変えられぬ 故に

  尊治が出来ぬとあらば潔く諦めよ 良いな …

  利好 其方もじゃぞ … 

  さあでは佐脇殿 我らは消えると致しましょう 」

  安勝に促され 渋々腰を上げた佐脇であったが

「 尊治殿 御先祖様が仕えたとされる王の名は伝えられて居るか 」

「 はっ はぁ … 大日出(だびで)と云う名を父に持つ総門(そうもん)と

 申される王でござる … 家久様 … 」

「 だびで … と そうもん … じゃな …

  どの様な字を当てるのじゃ 」

「 はぁ 大いなる日の出と数多在る族を束ねると言う意で総(す)べるに

 門の字を当てて居りまする 」

「 大いなる日の出に 数多在る族を束ねると言う意で総門じゃな

  うむ 二人共良い名じゃ … 其うじゃ尊治 文字はどうじゃ

  文字は伝えられて居るか 」

「 はぁ 其の大日出王の頭(かしら)の文字が三角の形を為す字であると伝

 えられて居るのですが 南蛮の御人が持ち込みし書物の中にも三角の形を

 為した文字など何処にも見当たりませんでしたので やはり家伝は家伝の

 域を出ぬものと思うて居りますが … 」

「 其の大日出王の だ の字が三角の形をした文字で始まるのじゃな 」

「 はい … 家久様 一体何を … 」

「 案ずるな尊治 家伝が真実だと言う事を此の儂が証明してみせる 」

「 角を持つ蛇の事も御忘れなく 」

「 応っ 任せ措け 」

  源心の冷やかし声を背に 家久は無邪気な足取りで奥へと消えた

  ぎこち無い沈黙の時が暫し流れ 中々口火を切らぬ連龍に代わり

「 … 連龍殿 頼み事とは 一体何でござる 」

「 … うむ … 」

「 連龍殿 」

「 … 此度 石動山を攻める事と相成ったが … 

  俺は 小川欣祐殿と其の一派 善の七十二坊の方々を何としてでも御救

 いしたいのだ … 」

「 御気は確かか連龍殿 七十二坊と申さば其の数優に七百を越える大所帯

 其の方々を戦の最中 御山を抜けさせよと申されるか 」

  口を真一文字に引き結んだ儘 連龍はうむと頷く

「 尊治殿 連龍は七十二坊の方々を引き連れて御山を下りて下さる様 幾

 度も説得を試みて居たのだ

  欣祐殿もやっと承知為されたのだが 其の頃にはもはや抜けられぬ事態

 に陥ってし申たのでござる … 

  悪いのは般若員快存と其の一派 欣祐殿らに罪はござらぬ 」

「 … 利好様 其れがしとて欣祐殿らを御救い致す事吝(やぶさ)かではご

 ざらぬ 成れど … 此度ばかりは … 」

「 … 尊治殿 其れがしの初陣 其れは悲惨なものであった 」

「 利好様 あの折りは其れがしが 』

「 深追いしたと申すか      」

「 はっ 」

「 確かに 初手は其うであったが 断を下したは 此の利好だ 」

「 利好様 一体何が 」

「 … あれは 四年前の事であった …

  柴田様の援を得て奴らを 温井らを石動山から追い落とし穴水迄追って

 居た時の事でござる

  連龍率いる長(ちょう)勢が奴らを追い込んでくれた事に其れがしは 手

 柄を立てねばと心ばかりが逸り 手の者率いて突撃してし申たのでござる

  … 気が付けば 手の者は皆討ち取られ危うい処を連龍が救うてくれた

 のも束の間 伏せて居た三宅の勢に追い立てられ行き場を失った我らを御

 救い下されたのが阿弥陀院の院主 小川欣祐殿であったのだ

  … 其の欣祐殿を見棄てる訳には参らぬ故 … 」

「 … 利好様 連龍殿 一つ御尋ね致す

  此度の先陣 将は利好様 先鋒は連龍殿率いる長勢でござろうか 」

  利好は小さい顎を軽く引く

「 … 仮に 其れがしが否と申さば 長勢は他には目もくれずひたすら阿

 弥陀院を目指す御積もりか 」

「 … 其れには 応えられませぬ 」

「 … 尊治殿 我ら長勢 誰一人死を恐れては居らぬ

  人間誰しも何時かは果つる身 成らば其の命意義在るものにして果つる

 は本望でござる …

  欣祐殿は申された 此の御山を一度灰塵に帰し其の灰の中から新たな善

 の芽を出し 育まねば成らぬと …

  俺は其の新たな芽こそ 欣祐殿と七十二坊の方々であると信じて疑わぬ

  故に 其の方々を真の灰にしては成らぬのだ

  今 我らが命を繋いで居られるのもあの方々の御陰 例え此度の戦に勝

 利し温井と三宅の首討ち取ったとて 欣祐殿らを失うてし申ては我ら長一

 族 此の面(つら)下げて彼の世へ逝けぬ … 

  無理を承知で頼んで居る 此の通りだあっ 尊治殿

  頼むっ 頼むっ頼むっ頼むっ 諾と言うてくれえいっ … 」

  連龍はがばと平伏し 真新しい板敷きへ此れでもかと額を擦り付ける

「 … 諾 … 」

  連龍の大きな耳がぴくりと応ずるも面は上がらず

「 面を上げて下され連龍殿 」

  尊治に促され 面を上げた連龍の大きく釣り上がった大きな目は赤く

 腫れ上がり似つかぬ涙で濡れ 横で俯く利好の目元爽やかな其の目から

 光る粒が つうっと落ちて行く

「 … 御二方の決意の程 此の尊治 確(しか)と承わったでござる

  其れがしとて 能登で生まれ育った者なれば石動山を只灰にしてし申て

 は 心苦しく寂しいものでござる

  連龍殿が申された通り 其の灰の中から新たな芽を出し育て為さる可き

 方々とは 欣祐殿と七十二坊の方々なのでござりましょう …

  利好様 連龍殿 御約束致しまする

  此の尊治 必ずや善の衆徒の方々を御救いして御覧に入れまする 」

⦅  … 連龍は変わった … ⦆

  恨みの激情に駆られる余り 己れのみならず手の者や利好の命迄危険に

 晒した連龍はもう居なかった

⦅  憎っくき温井と三宅の首を討ち取る事よりも 命を繋いでくれた者達

 の為に自ら其の命を棄て去る事も厭わぬ積もりで居るのだ …

  利好迄も … 

  其れに比べて俺は … 俺は … ⦆

「 さあ 其うと決まれば飲り直しと致しまするか

  御待たせ致しましたな 御入り下され 」

  源心の声掛けに襖がそろと開き 艶やかな着物の女御と禿頭(かむろあた

 ま)が 敷居の手前に三つ指付いた

「 連龍の兄様 御久でござる 須藤菊花でござりまする 」

「 応っ 其方は須藤殿の娘御 菊坊か

  あの頃と変わりは無いのう … 」

「 御初に御目に掛りまする利好様 

  円山香梅 と申しまする 連龍殿 御久しゅうござりまする 」

「 円山 … そっ 其方は まっ 真逆 尊治殿 」

「 美しい女御殿に成られたでござろう 」

「 まっ … 真に … 美しい女御でござる 」

  見惚れる連龍の横で利好の手から杯がかちゃりと転げ落ち 透かさず香

 梅が濡れた戦袴(いくさばかま)の上へ懐紙を当てる

  懐紙が御酒を吸い取る間 香梅の身体から立ち昇る芳(かぐわ)しい香り

 が利好を包み込み 爽やかな目元は微熱を帯びたのか 紅く染まった

                         つづく







     



 

  



  

 

  


  

  



   御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の十一

           夏 の 蝿

           なつのはえ





  七尾に新な城が築かれて居る

  完城を目の前にし 様々な職人(しきにん)共が将兵と入り乱れ其れを目

 当てに雑多な物売り共もあざとく縄張りの外に群がり 其の群れは松尾山

 の尾根に聳える七尾城迄達して居た

  堅城を誇る七尾城であったが前田利家は利便性を考慮し 七尾湾に程近

 い小丸山に新な城を築く事とし昨年能登へ入部を果たすと同時に築城を開

 始して居たのであった

  物売り共と所を分けられた一画に研ぎ場が設けられ 非番の兵は組毎に

 刀や槍を研ぎに出し翌朝点呼の時刻迄引き取らねば成らず 其の時刻に間

 に合わせる可く研ぎ師らは正に火を吹く忙しなさであった

  物売り共は気の抜けぬ衛士を尻目に 日暮れと共に酒を持ち寄っては輪

 を作りあちらこちらで酒盛りを始め出し 手際の良い研ぎ師は未だ研ぎ終

 えぬ者を残して輪に加わり 其の夜も又輪が作られ一時の快事に興じて居

 たのだが 暗闇の中一人の研ぎ師が殺された

  此の御時世 研ぎ師が一人殺され様とも皆毛程も気にはして居らぬ様で

「 喧嘩の末に殺されたのよ 」

「 戦を前に 殺気立った兵の勘気に触れたのであろうよ 」

  口性無く騒ぎ立て 其れを肴に飲る始末であったのだが 翌朝には衛士

 の数も増え種子島を携えた兵が現れるに及び

「 此れは只事では無さそうじゃぞ 」

  額を寄せ合う

  其れも其の筈 殺された研ぎ師は前田利家直属の配下 伊賀倫組の頭領

 服部源心の手の者であったのだ

  間諜炙り出しの任を担って居た手の者は

「 昨日 研ぎに参った者の中に一人怪しき仕草が見受けられ

  本日 刀は返したものの不信拭えず 確かめた上で改めて御報せ致しま

 する 」

  源心へ継ぎを入れて居たのである

  新城 小丸山城には利家の兄 前田安勝と安勝の嫡男利好が城代として

 詰めて居り 直ぐ様厳しい詮議が始められ其の者が殺されたと想われる其

 の時刻 其の場に居らぬ事を明らかに出来ぬ者三名迄絞り込む事が出来た

 のだが 其の後の取り調べは遅々として進まず 築城の進捗振りを見に立

 ち寄った軍(いくさ)目付け佐脇家久の献言を容れた安勝は 詮議の場を物

 売り供も目にする事が出来る様城前の竹垣の内へと移したのである

  目にした者が居るやも知れぬと 期待を込めての移場であったのだが

 名乗り出る者など一人も居らず 三名の刀も念入りに調べられたものの

 血糊は既に拭き取られて居るのであろう 三振りとも血糊の血の字も見

 当たらず判じ難さは増すばかりであった

  雨の降らぬ今日此の頃昼も近くになると暑さも増し 安勝らは焦りの色

 を隠せず佐脇が苛立ち露に

「 … 安勝殿 聞けばあの者ら新規召し抱えの者共 …

  いっその事三人まとめて … 」

  堪え切れず安勝を急かす

⦅ … 斬るのは容易い だが 罪の無い者迄斬る訳には行かぬ …

 … かと言うて 此のまま解き放つ訳にも行かぬ … ⦆

  然(さ)しもの安勝も思案に暮れるばかりであったのだが

「 其れがしに御任せ下さりませえいっ 」

  突然 武者溜まりの中から若武者が一人進み出 大音声で宣った

「 分を弁(わきま)えず 出過ぎた真似を致して居ります事重々承知の上で

 申し上げまする

  其れがしも一昨日 害を被りし者に刀を研ぎに出して居りますれば 始

 めて会うた者なれど知らぬ仲ではござりませぬ 故に 此処は其れがしに

 解死人(げしにん)を挙げさせて下さりませえい 」

  幅広の刀を佩(はい)た若武者は臆する事無く言い終え 竹垣に黄色い歯

 が列を為す

「 … 見ぬ顔だな … 上士は誰で御主の名は何と申す 」

「 はっ 新たに召し抱え頂きました者なれど 上士様は未だ決められては

 居りませぬ故 前田利好様御支配 岡島様御配下 横山様預かりの身の者

  名は …

「 黙れ下郎っ 汝(うぬ)の様な者がしゃしゃり出る場では無いわっ 」

「 御待ち為され佐脇殿 先ずは腰を下ろされよ …

  此のままではどの道埒は開きませぬ

  如何でござる 此の者に任せてみては 」

「 しっ 然し 」

「 どうじゃ 利好 」

  目元爽やかな利好の其の目は 幅広の刀が気に掛かるのか顔だけ安勝へ

 向けて頭(こうべ)を垂れ 安勝は長い首の先の顎を突き出し

「 … 若いの … 」

「 はっ 」

「 解死人を挙げられぬと成れば 其の首貰い受ける事に成るが …

  異存は在るまいのう 」

「 御意の儘に … 但し

  一刻程時間(とき)を頂きまする

  其れ迄 ゆるりと御過ごし下されませ 」

  慇懃無礼とも取れる物言いをさらりと言いのけ

「 おいっ 何を企んで居る

  小細工の為の時を稼ぐのであれば 赦さぬぞ 」

「 其れがし 何も致しませぬ 

  代わりに 御疑いの者らの刀を抜き放ち柄と鍔も外して刀身のみを其の

 辺りへ並べて下されれば其れで宜しゅうござる 」

  佐脇が言葉で圧するも若武者は涼しい顔で言い終え 幅広の刀を外し

 て日陰に腰を下ろし様 腕を組んで眼を閉じた

  皆 呆気(あっけ)に取られ乍らも安勝は衛士に顎をしゃくって席を立ち

  佐脇は

「 其奴と刀身から眼を離すで無いぞ 」

  言い置いて 鼻息荒く席を蹴り

  利好は 未だ其の離れ難い気を仕舞い込み 二人の後を追った

  竹垣の外の者らは商いそっち退けの賭けを始め出し 其の中に鯰の髭の

 様な眼をした男が仕方無く賭けに乗るものの 若武者から其の眼を離す事

 はなかった

  安勝親子と佐脇は日陰を求めて曲輪の隅に床几を据えさせ 風は然程通

 らぬが陽に当たらぬだけまだ増しよと 各々扇子を取り出しぱさぱさと風

 を送り出す

  目の前を木枠だけの障子や襖 畳縁は内へ運び入れてから部屋に合わせ

 た畳縁を縫い付けるのであろう 畳床を畳表で包んだ物だけを荷車に重ね

 て運び込んで行く

  其れを眺め乍らひたすら風を送り続ける三将の前に 一人の武者が走り

 来たりて片膝付いた

「 横山でごさいます

  其れがし預かりの者 身分を弁えず出過ぎた真似を致しました様で …

  全く以て其れがしの不行き届き 真に申し訳ござりませぬ 」

「 横山 あの者 誰の口利きで雇い入れたのか 」

  顔面蒼白の横山へ 安勝が穏やかに問う

「 はっ 其れがしの上役岡島様と倫組の頭領服部源心殿でごさいます …

  実を申しますれば 本日あの者を岡島様並びに源心殿と共に利好様の御

 前へ御目通り致す段取りでごさいましたが 昨夜の一件以来源心殿とは継

 ぎが取れぬまま探し倦(あぐ)ねて居りました処へ此の騒ぎ

  此の横山 如何様な御処分成りとも 謹んで御受け致しまする 」

  深く頭を下げた横山の膝前に汗が滴り 自ら巻き上げた土埃を打ち水と

 して消して居た

「 案ずるな横山 あの者既に其方の手を離れた

  利好との目通りも済んで居る故 其の旨岡島にも伝え措け」

  安堵の色を浮かべた横山は直ぐ様踵を返し土埃の中へと消え

「 岡島殿の申して居った男とは あの者の事でごさいましたか …

  父上 あの者の名を聴きそびれてしまいましたな 」

「 あの者の名か 」

「 何やら御存知で居られる様な口振りでござりまするな 」

「 其方 弥助を存知て居ったか 」

「 弥助 会うた事はごさいませんが 身の丈六尺を優に越える大男にして

 十人力と称された黒い御人 」

「 うむ 」

「 … おうっ 其う申しますれば 其の弥助が若い男に投げ飛ばされたと

 耳にした事がごさいますが … 真逆 あの者が其の若い男 と 」

「 うむ … 昨年の秋 安土の御城で上覧相撲が催された其の折り 弥助

 と召し合うたのがあの者であった …

  其の帰り際着替えたあの者を見掛けたが 腰に佩た刀の柄があの者の刀

 の柄と同じ毛抜きの形に透かされて居った故先ず間違い無い 」

「 因みに 決まり手は 何でごさいました 」

「 決まり手 … あの者弥助と立ち会うや否や くるりと背を向けたかと

 思うた途端 弥助の身体は宙を舞いもんどり打って倒れ込んで居った

  正に投げたのだ あの様な技初めて眼にしたは

  背に背負うて投げて居った故背負い投げ とでも申さば良いか

  見ていた者の中には 敵に背を向けるなど己れの身を危険に晒すだけよ

 と異を唱える者も居たが 信長様は小さき者が大きな者を倒すのに真に理

 に敵った技であると 大層誉めて居られたな … 」

「 其れで あの者の名は 何と 」

「 … 確か … 蒲生家御預かりの み … みか みかげ … 」

「 御影畠山弟組の頭領 尊治殿でござる 」

「 ひゃっ 源心 何時から居った 」

  佐脇は 床几から転げ落ち其うに成るのを何とか踏ん張り 其れを取り

 繕う可く言葉を繋ぐ

「 源心 御主の口利きと聞いたが何故あの男と見知り合うて居るのだ 」

  眼の堀深く精悍な面立ちの男なのだが 其の堀の深い左眼をえぐる様に

 額から顎の先迄刀の傷跡が残り 見えぬ眼を佐脇へ向けた儘

「 … 古い話でござる …

  応仁の乱の折り 敵方に追われた畠山義忠様が暫く伊賀の我が屋敷に隠

 れ潜んで居られた事がござる 義忠様は其の恩忘れず恩を返しに参られた

 御使者が御影畠山家の御当主だったのでござる

  以来代々誼を通じ現在(いま)に至って居るのでござる … 」

「 源心 如何に御主とあの者が知己の間柄と謂えども 儂はあの者に信は

 置けぬ 鎧も身に付けずあの様な変わり刀を佩き居ってい 他の者より目

 立ちたいだけのかぶき者であろう

  其れにあの者 刀身を只天日に干して居るだけなのだぞ あの様な事で

 解死人を判じられる筈も無かろう

  今程聞いた話だが あの然程大きくも無い身体で弥助を投げ飛ばすなど

 怪しげな術でも使うのではあるまいのう 飛び加藤の例もある過ぎた術で

 あるならば 如何に解死人判じられ様とも斬らねば成らぬぞ 」

⦅ … 果たして … 尊治殿がどう為さるのか全く見当も付かぬが 此の男

  が一度信を置いた成らば 其れは揺るぎの無いものとなる …

   ふっ 楽しみなものよ ⦆

「 佐脇様 尊治殿が解死人判じられると言うのであれば 其れは間違い無

 く判じられるものなのでござる 怪しげな術など使いも致しませぬ

  更に 其れがしを以てしても斬れる御方ではござりませぬ 」

  利好が風を送る手を止め 源心を正面に見据えて真摯に問う

「 源心 其処迄あの者 尊治に信を置ける事由は何なのだ 」

「 … 其れがしの 命の恩人でござりますれば … 」

  風が吹いた

  そちこちで小さな旋風(つむじかぜ)が巻き起こり土埃が舞い上がる

  衛士が其の一つを掻き消し乍ら姿を現し片膝付いた

「 御待たせ致しました そろそろ刻限でございます 」

  非番の休日を反故にされ急遽呼び出しを受けたものの いよいよと成っ

 た解死人解き明かしへの期待と 此れでやっと照り付ける陽射しの暑さか

 ら解き放たれる喜びに 汗と埃にまみれ膝頭を見詰めて俯く衛士の目元に

 笑みが浮かぶ

  一刻待つ間 竹垣の外は其の数を増し黒山の人だかりと成って居た

「 賭けはまだ間に合うか 俺は左 いや右だ 右の男に賭ける 」

  未だ騒声が飛び交う中 安勝らの背後に床几が幾つも据えられ報せを受

 けた前田の将が順次腰を下ろし場は整った

「 おい 御影 約束の刻限と相成ったが …

  解死人は判じられたのであろうのう …」

  佐脇が蔑みの色を浮かべ乍ら問い掛けるも 尊治は意に介さず

「 はい 御疑いの者らを己れの刀身の前へ立たせて下され 」

  涼しい顔で応じ 疑われし者らは衛士に促され各々の刀身の前へ立った

  此れからの成り行きが楽しみなのであろう 佐脇の面は人を弄ぶ様な面

 に変じ竹垣の外の者らも漸く静まり皆 尊治の口が開くのを固唾を呑んで

 待って居る

「 … 御影 … 如何か 」

  安勝が促すものの尊治の口は開かず 物売り共は竹垣を引っ掴んで揺ら

 し出し 衛士が止めよと穂先を向ける

  尊治は源心を待って居た

  其の源心が漸く姿を現し 三人の後ろに片膝付いた

「 … 真ん中の男でござる 」

  竹垣の外 鯰髭の様な眼がぎらりと開く

「 なっ 何を申すっ 根も葉も無い濡れ衣じゃあっ

  御主 此の俺に何か恨みでも有るのか

  此の俺が解死人だと言うのであれば 其の証を見せてみよ 」

  真ん中の男は物凄い剣幕で怒鳴り散らし 鬼の形相で尊治を睨み付ける

「 おい御影 皆が得心の行く事由が在るのであろうのう …

  当て推量では赦さぬぞ 」

  佐脇の眼は冷たく光り 出て来る言葉は怒気を含んで居る

  真ん中の男は足元の刀身へ眼を落とし 尊治へゆるりと眼を向け直す

  背中で源心の気を感じ取り 尊治との間を測った様である

  だが 源心は重く粘る様な視線が傷跡に当たるのを気に留めずには居ら

  れず 源心の気は散った


「 … … 蝿 でござる 」


  尊治の其の言に皆己れの耳を疑い 隣の者と顔を見合わせては首を傾げ

 て吹き出し やがて哄笑の渦へと変わる

  真顔の者は真ん中の男と源心 其れに鯰髭の眼をした男だけであり尊治

 は相も変わらぬ涼しい顔を安勝へ向けて居る

  其の涼しい顔に佐脇の何かが切れた

  左の手の平をぴたぴたと打ち続けて居た馬上鞭を放り投げるなり 立ち

 上がり様刀の柄へ手を掛け

「 其処へ直れえいっ 下郎っ 

  言うに事を欠き居っていっ 

  蝿だとう … …

  我らを愚弄するにも程があろう

  儂が成敗してくれるうっ 今直ぐ其処へ直れえいっ 」

  家格の高さだけで此処に居る男である 愈々底が知れたが竹垣の外の者

 らの期待は 真夏の空に響く佐脇の甲高い声と共に頂天へと達する

  … 殺れ … と

「 御待ち為され佐脇殿

  御影の話しはまだ終わっては居りませぬぞ 」

  安勝は尊治の言を素直に受け容れ 真ん中の男の一挙手一投足に眼を配

 り 確信を得た

⦅  間違い無い あ奴だ 人を観る眼は出来て居る積もりだ … だが

  如何にして看抜いたのだ 確かめずには居れまい ⦆

  利好や他の将らも 真ん中の男を見て居た

  皆 確信迄は至らぬものの 

⦅  あ奴やも知れぬ ⦆

  程には感じて居る

  尊治は真ん中の男の気を真面に受けつつ 記憶に残る悪気(あっけ)を竹

 垣の外から感じ取り 源心の気が散じて居るのを看て取った

  … … 場は 未だ騒がしい … …

  尊治は身体ごと安勝へ向き直り視線を送って促し戻り様 然(さ)り気無

 く刀を己れの左りへ置き直す

「 皆の者 静まれえいっ 静まり居れえいっ 」

  此れぞ正しく大音声であろう

  数多な戦場(いくさば)を駆け抜けて来た真の将の音声であった

  先程迄の喧騒も何処へやら 場は水を打った静けさと成る

「 … 続けまする …

  一昨日此の三名刀を研ぎに出し昨日引き取って後 人は勿論の事犬猫

 さへも斬っては居らぬとの事 方々 其れに相違ござりませぬな 」

  三人は無言で頷き 真ん中の男はじわりと気組みを高め出す 

「 成らば 其処に並べられし三振りの刀身には何の兆しも現れぬ筈でご

 ざる 」 

「 おい御影 何を言い居る

  其の者の刀身に何の兆しが現れて居ると言うのだ 」

「 真ん中の男の刀身にのみ 蝿がたかって居るのでござる 」

「 何 … 真か … 」

「 何故か迄は其れがしにも解りませぬが 

  研ぎ終えたばかりの刃物に蝿は決して集らず又 血糊を拭うたぐらい

 では蝿を誤魔化す事など出来ませぬ

  故に 解死人解き明かしの事由を 蝿 と申し上げたのでござる」

  安勝が透かさず衛士へ顎をしゃくる

  衛士は確かめる可く 真ん中の男の前で立ち止まり

  三振りの刀身を見比べ

「 … 確かに此の

  衛士の首から虎落笛(もがりぶえ)の如き音を立てて血が噴き出 戻る可

 き筈の衛士の休日は永遠なものと成った

  真ん中の男は衛士が背中を向けた途端 拾い上げた刀身で衛士の首を掻

 き切り其の刀身を尊治へ投げ付け 倒れ逝く衛士から刀を抜き取るなり

 尊治目掛けて突進し飛び上がり様上段から一気に斬り掛かる

  既に抜刀を終えて居た尊治は 飛び来る刀身をがちりと叩き落とし腰を

 低く落としつつ勢い良く前に出 下から男の両腕をばざりと断ち斬り返す

 刀でどかりと首を叩き斬った

  男の両手首は刀を握り締めたまま二度三度と宙を舞い ぽかりと口を開

 けて其れを目で追う佐脇の足元へづかりと突き刺さり 刎ね飛ぶ首を掴み

 挙げた尊治は刀を後ろへ廻し乍ら振り返って膝を付き

「 御前を汚し 真に申し訳ござりませぬ 」

  男の首を安勝の面前へぐいと差し出す

「 みっ 見事成りいっ みっ 御影尊治うっ … 」  

  床几から転げ落ちた佐脇の甲高い声が 夏の昼空に高らかに響き渡り

  鯰髭の眼の男は舌を鳴らし様 耳元で喚声を上げる男の鳩尾(みぞお

 ち)へ猿臂(えんび)を喰らわし 人混みに紛れて其の姿を消した 

                        つづく  

 

  

 

  


  

  




   御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の十

         天 女 と 羽 衣

         てんにょとはごろも




  尊治が天翔けて居た頃

  月も星も見えぬ夜空を肴に

  一人静かに飲る男が居た


⦅ … 困った事に成った …

  望みが叶うたのだ 何も困る事は有るまい

  然し 

  何も此の様な時に

  此の様な時だから此其の申し出と言うて居ったではないか

  しかも 

  継重殿では無うて 加世殿本人から達ての願いと言われては男

 冥利に尽きると言うもの 何を迷う勝明(かつあきら)

  既に受けてし申たのだぞ 良い加減腹をくくれ

  一人酒の夜も今宵限り 今夜はゆるりと飲ると致そう …

  然し 

  雨も止んだというのに 何も見えぬ …

  あの夜と同じと言わぬ迄も せめて一つなりとも

  現れてくれぬかのう … ⦆


  五年前のあの夜

  七尾で激闘が繰り広げられて居た七夕の夜

  暑さに耐え兼ねた勝明は

  こっそり酒を持って余呉の湖(うみ)へ出た

  桟橋に繋がれた小舟に乗り込み

  天を仰いで飲る算段であったが

  其の目論見は見事に当たる


⦅ … 数多瞬く煌めきが群れを為し 帯と成って河を為す …

  神々しいとはあの様に 

  人の手では為し得ぬ美しさを言うのではなかろうか …

  此の美しい夜空の下 今も何処かで人が殺し合うて居るのを

  あの星々はどの様な想いで見て居るのであろうのう …

  父上は 此の野も山も其して海さえも 自(おのずか)らの本性(ほんせい)

 に従い 自(みずか)ら然る可く在るもの 故に人も自(おのずか)らの本性に

 従い自(みず)ら然る可く殺し合うて居るのであろう …

  致し方も無き事よ と申して居られたな  

  今宵は致し方も無いものに想いを馳せるのは止めて措こう

  此の麗しの夜に 一人乾杯だ ⦆

  

  湖面を静掃と流れる湖風が汗ばむ肌に心地良く

  小舟も揺り篭の様に優しく揺れ 

  飲る内に 

  勝明は何時しか眠りの湖(うみ)へと舟を漕ぎ 

  新な朝が幕を開けた其の時 

  水音が鳴った

  重い目蓋を擦りつつ 

  船縁(ふなべり)から顔を出した勝明は思わず息を呑む

  

⦅ … てっ 天女が舞い降りて居る … ⦆

  枝に掛かる今様色(いまよういろ)の小袖と 其れを縁取るかの如く風に

 棚引く浅葱色の帯を背に 濡羽色の髪をすき乍ら湖水と戯れる天女の肌は

 月白(げっぱく)の如く際立ち 森の緑も彩り豊かに色を添え其の一景は美

 麗な絵画へと昇華し感動の余り小舟は大きく揺れて水が音を為し 天女の

 悲鳴が上がる

  月白の肌は小袖の色に負けぬ程見る見る紅く染まり 小袖を胸へ当てて

 駆け出す天女の姿に閉じる事を忘れて居た勝明の目蓋が力無く閉じ 天女

 が残して行った浅葱色の帯が 羽衣の如く空しく風に揺れて居た

  其の後 勝明の前に天女は姿を現す事は無く兄組を迎えに行く可く弟組

 出張るの命に 勝明は余呉を後にしたのであった


⦅  あれから五年 諦めて居た俺の宝が 思いも掛けず此の手に飛び込んで

  来てくれたのだ 

   此れも生きて居れば此其の妙と言うもの …

   俺はもはや一人では無いのだ 加世殿の為にも俺は死なぬ

   此度の戦 如何に困難を極め様とも 必ずや生きて戻ってみせる ⦆

  

  金丁を為した其の夕 

  続重と加世が尊治の部屋を訪れ

「 形だけで良いのだ どうか加世の願いを叶えてくれぬか 」

  端から其の積もりの尊治には断る理由も無く 翌日急遽 勝明と加世

 の祝言と成ったのである

  弟組が総員揃う日は今日を措いて他には無く 急ぎの事でもあり賄い

 方が間に合わず 時間の許す限り加世も手を貸す事と成ったのであった


  早速菊花が摺り寄り 根掘り葉掘りと尋ね出す

「 何故(なにゆえ)天野様なのでござりまする

  加世様程に美しい御方ならば 引く手数多でござりましょうに

  弟組の中にも まだまだ良い男は居りまするぞ 」

「 良い男とは 小虎殿の事でござりましょ 」

「 尼和様 其れは違いまする

  小虎があたいに気が有るのでござりまする 」

「 加世殿 菊花の失礼な物言い 御赦し下さりませ 」

  其う声を掛けた香梅の目元は 未だ薄(うっ)らと赤味を帯びて居る

「 良いのです香梅殿 何故かと問われましても 此ればかりは私と勝明

 様の運命(さだめ)としか御応え出来ませぬ 」

「 加世様 其の運命とは 何なのでござりまする 」

「 幼き頃 勝明様は父上様と七尾の我が館を御訪ね下さる度に 何時も

 私の遊びの相手をして下さり 私も其の様な勝明様が大好きでごさいま

 した … … そう あれは勝明様が十二の御歳 私は十の春を迎えた

 年の事

  勝明様が珍しく御一人で御見えになられ 真逆能登を離れる事を告げ

 に参られたとも知らぬ私は一日中遊んで頂けるものと 嬉しさの余り

 勝明様目掛けて駆け出したのですが … 

  私(わたくし) 何かに躓(つまず)いてしまい危うく転び其うに成る処を

 勝明様がしゃがみ乍ら手を広げて私を受け止めて下されたのでごさいます

  其の拍子に … … 」

「 … 其の … 拍子に … 」

  首を傾げて加世の顔を覗き込む菊花の唇がにいっと横へ伸び

「 … 勝明様の唇が 私の唇に … 触れたのでごさいます 」

  菊花と尼和は 互いの目と目が触れる程顔を見合わせ 必死に笑いを

 堪えて居たのだが

「 勝明様は申されました

  加世殿 此の責任は取る

  勝太郎 必ずや加世殿を嫁として迎えに参る と … 

  其れからと言うもの 其の日が来ますのをひたすら待って居たのです

 が … 一向に其の気配も無く … 」

「 其れで五年前 此の御館に来られたのでござりまするか 」

「 はい 上杉方が攻めて来る日も近いと 

  父上の進めもごさいましたので 」

「 其の御気持ち 良おうく 解ります 」

  尼和が同意を口にするも

「 其う申しますれば 尼和様も唇を奪われた責任を取って下されと 押し

 掛けて来られましたなあ 」

「 あっ あれは … 今だから申し上げますが

  何時迄も煮えきらぬ万亀丸殿を其の気にさせる可く 私から奪ってやっ

 たのでごさいます 

  其れを 女御(おなご)から奪われたとあっては面目が立たぬ

  俺から奪った事にしてくれと …

  全く 弟組の殿方は奥手に過ぎまする 」

「 … 私も其の気に成って頂く可く 此の御館に参りました年の夏に一度

 だけ策を用いたのですが … 若い女御(おなご)の浅知恵だったのでござ

 いましょう いざと成った其の時 私に意気地が無かった様で …

  端無(はしたな)い女御と思われてし申たやも知れませぬ … 」

「 五年前の夏 … 確か … 水を浴びて居る処を村の若い衆に覗き見され

 たと 小袖一枚羽織っただけで帯も締めずに御戻りになられた事がござい

 ましたなあ 」

「 菊花殿の記憶の良さには頭が下がります …

  御酒が過ぎたのかなかなか目を覚まして頂けず 待つ内に気が萎え始め

 勝明様と目が合うた時にはすっかり怖じ気付いてし申たのでございます

  御陰様にて長の夏風邪を引いてしまい 治りました時には弟組の方々は

 御出張り為された後でごさいました … 」

  菊花と尼和は声に出して笑い出したが 加世は構わず続ける

「 御戻りになられた後もばつが悪い素振りで 真面に目を合わせて下され

 ぬまま五年の月日が去って行ったのでごさいます …

  ああでもしませぬ事には何時までも私を貰うては下されませぬ故 … 」

⦅ … 加世殿も 覚悟為されておいでなのですね …

   此度の戦が生きて再び戻れるかどうか判らぬ戦なのだと …

   故に 生きて居る今 契り合うておきたいと …

   私も 同じ想いでごさいます … ⦆

「 あのう … 」

「 あら作兵衛 何用じゃ 」

「 御取り込みの中 真に申し訳ござりませぬ尼和様

  直ぐ済みます故鍋蓋の寸法を計らせて下さりませ 」

「 鍋の蓋の … 其れは構いませぬが 数は足りて居りますのに 何の為

 じゃ 」

「 はい 昨日尊治様より 木を伐って来てくれと頼まれまして 村の者ら

 の手を借りて作事場へ運び入れた迄は良かったのですが 歳は取りたく無

 いものでござりまするなあ いざ切り出しに掛かろうとしましたならば 

 測った筈の蓋の寸法を忘れてし申たのでごさいます 」

「 作兵衛 尊治様は其れで何を為さると 」

「 はい 何でも手立てを講じるてだてと 」

「 手立てを講じる手立て … はて 何の事でござりましょう 」

  問い顔を向けて来る尼和へ

「 尼和殿 御覧あれ 」

  言うなり 香梅は俎板の上の出刃を取り様 菊花目掛けて打ち込んだ

  かっ と音がし 出刃は菊花が咄嗟に手にした鍋蓋の裏にぐさりと突き

 刺さる

「 … 少々近うござりまするぞ 香梅様 … 」

「 覗き見した罰じゃ 」

「 てだては手盾 あはっ あの尊治様が洒落ましたぞ 」

  尼和のはしゃぐ声に香梅の面にも漸く笑みが戻り

「 あのう 香梅様 手盾成れば御紋を御入れせねばなりませぬな 」

「 入れてくれるのか 」

「 はい 丸に二つ引きで宜しゅうござりまするな 」

「 … いえ … 作兵衛 其方絵心が有りましたな 」

「 はっ はあ 有るかどうかは判りませぬが 長谷川先生が御滞在の折り

 に手解き頂いて以来 其の楽しさに病み付きに成ってし申た様でして 

  今では 何時でも何処でも描ける様 絵筆と紙を肌身離さず持ち歩いて

 居る程でごさいます 」

「 何も高尚なものを望んでは居らぬ

  其れと判れば其れで良いのじゃ 』

「 はい では何を描けば宜しゅうごさいますか 」

「 盾の縁は鋸(のこぎり)の歯の如く三角の形を連ねて縁取って下され

  其して其の中には 角を持ち尾を絡めて見つめ合う二匹の蛇を描いて下

 され 」

「 つっ 角を持つ蛇 此れは又 …

  香梅様 何か掛け軸の様な御手本に成る物はござりませぬか 」

「 手本とな 」

  香梅の困り顔に 菊花の口が横へ伸びた

「 作兵衛 其方 口は固いな 」

「 はい 其れだけが取り柄の男でごさいます 」

「 成らば 良く見りゃれ 」

  言い様 手早く帯を解いた香梅は襟に手を掛け ばっと胸をはだけた

「 なっ 何を為されます香梅様 … こっ 此れは 香梅様 …

  あっ 貴方様は … 」

「 良いな作兵衛 決して他人(ひと)には漏らすまいぞ 」

「 はっ はいっ 決して 決して 」

  作兵衛は其の場に膝を折り深く頭(こうべ)を垂れて後 素早く筆を走ら

 せた

  勝明と加世の祝言は簡素なものではあったが 皆良く食べ良く飲み唄い

 祝った

  翌早朝 鹿島傳助率いる三番組が出立し 日を置いて勝明率いる二番組

 が 続いて女御衆の三人が発ち尊治は広之進の一番組と共に清太郎の荷を

 待って発つ事とし 晦日の前日待ちに待って居た荷箱を開けた尊治の目が

 思わず潤む

  届けられた輪鎖の帷子は滑らかに仕上げられ膝が隠れる程に長く 同じ

 繋ぎ方の頭巾も添えられて居り 別箱には大量の矢と棒手裏がびっしりと

 納められて居たのであった

  翌日 御影の者は皆余呉を離れた

  加世は 尊治らを村境迄送り其の姿が消えても尚一人佇み

⦅ … 私(わたくし)も もはや御影の御身内

   皆様が御戻りに成られる其の日迄 留守は御任せ下さりませ

   今日は 六月三十日 夏越の祓え 生まれ変わりの日でごさいます

   涙を流す日は本日限りと致します故今日だけは 今日だけは

   存分に泣かせて下さりませ … ⦆

  朝陽を浴びた加世の頬を 勝明を見送る時は我慢出来た筈の涙が止めど

 無く流れ 

  淡い紅色で染められた一斤(いっこん)染めの帯を色濃く染めた

                        つづく




   


 



  


   御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の九

             禿 

            かむろ




  金丁を為した其の夜  

  眠りが足りぬ筈の尊治は

  又もや眠れぬ夜を過ごして居た


⦅ … あの時 真の見届け人は雲林院松軒殿であった … ⦆


「 尊治殿 信長様は其方を試されたのだ

  非常に徹し切れるかどうかをな

  初手は躊躇って居た其方であったが 最後の一撃は見事であった 

  故に結果のみを御伝え致すとするが 何時迄も仕掛けて来ぬ其方へ

 重郷殿は 俺を秀光と想え と叫んで居られた

  其の秀光と言う男 其方に取り余程憎い男の様だのう …

  此度の仕官御辞退の真の訳は 

  仇討ちに名を借りた其の男への復讐か …

  己れの復讐の為に 己れのみならず組の者らの仕官の道迄閉ざすとは

  … 其れは其れで非常じゃがのう …

  信長様が其方を御気に召された事由は 其処に在るのやも知れぬな

  成れど尊治殿

  信長様は御自身から約を違えぬ御方 故に約を違えた者を決して御赦し

 には成られぬが 義続殿は其方の意も確かめず其方らの為と思うて先走っ

 てし申た様じゃな

  故に案ずるな 信長様は誰も咎めはせぬ

  だがのう 信長様は未だ諦めては居られぬ

  其方らを召し抱える事も 其方の御家に伝わる家伝の真偽を確かめる事

 もな …

  復讐を果たした暁には 断る事由も無うなる

  其の時は素直に従うのじゃぞ

  加えて伝えて措くが 此度の重郷討ち

  如何に余の命と謂えども 蒲生家御預りの身の尊治が重郷を手に掛けた

 と知れては 中には心良く思わぬ者も居るであろうと 信長様は岡野と石

 原の手に依るものとせよと此の儂に申し付けられたのだ

  あの場に居った者らは皆我が門下故外には漏れはせぬ

  其方は能登から戻ったばかり 暫くはゆるりとするが良い …

  其れは其うと 其方には釈迦に説法であろうが 讐とは何れが正しいか

 を神に判じて頂く意 其方と秀光なる男 何れが正しいのであろうのう

  此れが真の神のみぞ知る処 かのう …

  御気に障られたならば相済まぬ

  年寄りの戯れ言じゃと想うて聞き流して下され 」


⦅ … 其の松軒殿が 山崎の戦いで見事な御最期を遂げられたと聞いた

  松軒殿 信長様並びに信忠殿亡き今

   我が家に伝わる家伝も然ること乍ら 俺と秀光の何れが正しいか

  否かなど何の意味も為しませぬ … 今の俺には秀光を斬る事 …

   只 其れだけでござる ⦆

  想いつつ 

  尊治の脳へ睡魔が忍び入り漸くうとうとし始めたのも束の間

  突然身体が痺れ出し喉は締め付けられ 然程時を置かぬ間に尊治は身動

 き一つ出来無く成った

⦅ … くっ … 此れは なっ何事か ⦆

  思う間も無く 

  身体が宙に浮いた

  天井から屋根を透ける様に抜けた尊治は 昼とも夜とも付かぬ天を凄ま

 じい速さで飛び続け何処迄飛ぶのかと想いきや 其の身体が行き成りぴた

 りと止まる

  眼下に砦を兼ねた館が見える

  館の東側は大きな川と接し船着き場と水門が設けられ 西側には櫓を備

 えた美しい杉の木が一本聳え立ち 南北へ通じる道が館を貫いて居る

⦅ … あの御館は … 一本杉の御館か …

  開けた野を流れる川の上流に津 … 正に上津野だ ⦆

  納得するなり尊治は 又もや昼とも夜とも付かぬ天を翔け巡り塲景は

 一瞬にして変わる

  白兎にも似た小波が東の陽を浴びて煌めき 煌めく波が打ち寄せる砂

 浜は緩い弧を描き乍ら東西に翼を広げて横たわって居る 

  其の明媚な景色とは裏腹に 二十名程の一勢が凡そ十倍の兵を迎え撃

 ち 数の劣勢に怯む事無く果敢に刀槍を振るい ばたばたと敵を斬り 

 突き 射斃して行く 

⦅ … 此処は何処だ … あの砂浜は … まっ真逆 由井の浜 ⦆

  其の刹那

  尊治は瞬く間に乱擊の只中へ舞い降り 馬上で毛抜きの形に透かされた

 柄を握り 凄まじい太刀風を巻き起こす武者の傍へゆらりと浮いた

⦅ … あの刀は 蝦夷の鉄断ちの御刀 … 此の御方が … ⦆

  想う中

  如何に剛の者らと謂えども 多勢に無勢は変わり無く一人 又一人と討

 ち取られ脆弱な陣が今正に崩れ様とした其の時

「 義父(ちち)上っ 義父っ 

  御願いでござる 義父上は御館へ御戻り下され 」

「 何を申される重保様っ 」

  敵の首がどかりと刎ね飛び 血に塗れた黥利目(さけるとめ)がぎろりと

 眼を向ける

「 我が父と兄上は既に菅谷の御館を発って居られ様が 此の儘鎌倉へ参ら

 れては御命が危ういと 我らが謀(はか)られた事を もはや母上に信を置

 いては成らぬ事を 御伝えせねば成りませぬ …

  故に義父上御願いでござる

  義父上は於結(おゆい)と我が子らと共に館を落ちて下され

  其して 其の儘我が父の許へ 」

「 成りませぬ重保様 」

「 行けっ 行くのだ流夷っ

  後ろを取られてはもはや抜けられぬ

  頼むから行ってくれえいっ 」

「 流夷っ 御主とは一度仕合うてみたかったぞ

  此の十六年 真に楽しかった

  何れ 別の世で仕合おうぞ

  去らばだ 流夷っ 」

  一本杉館で共に戦った 剛夫と武秋が其処に居た

  二人は 返り血を浴びた面を流夷へ向け様にやりと笑みを送り 最後の

 突撃を試みるのであろう 

  匆々(そうそう)と馬首を揃え 先頭に立つ重保は一度大きく振り返り

「 義父上っ 

  此れ迄 我が妻於結と共に真に良く尽くして下された

  此の重保 心より礼を申し上げまする … では … 去らばでござる

  剛夫 武秋 いざ参ろう 皆の者 突撃じゃあっ

  掛かれえいっ 掛かれえいっ 」

「 しっ 重保様っ 重保様 

  重保 … さま … しげ … や … す … 」


「 … さま … 様 … はる様 …

  たか治様 … 尊治様 」

「 … こっ 香梅か 如何した 」

「 如何したではござりませぬ とうに御昼も過ぎて居りまする 」

「 昼 … 」

「 於菜惠(おなえ)殿が又 枕元に立たれたのでござりまするか 」

「 いや 其うでは無い 」

「 嘘を申されますな あのうなされ様 尋常ではござりませぬ

  尊治様の悪夢は 於菜惠殿の仇を討たねば消えぬものなのでござりま

 しょう 故に其の悪夢 消せるのであれば私(わたくし)に出来る事をさせ

 て下さりませ 」

「 其れは成らぬと言うた筈だ 」

「 私とて 御影の者 

  尊治様の御役に立ちとうござりまする 」

「         …         」

「 尊治様っ 」

  高まる情を抑え切れぬ香梅は 抱き付き様尊治の唇を奪う

「 よせ香梅 御影の者ならば法度を存知て居ろう 」

「 存知て居りまする 存知て居りますとも 成れど 成れど …

  ううっ … 」

  香梅はよろとくずおれ涙がぽろりと落ちた

「 誰だ 」

「 … あたいでございます 」

  襖が静かに開き 垂れた前髪を揺らして俯く菊花の唇が にいっと横

 へ伸びた

「 何用か 」

「 あい 加世様も御手伝いに来て下さりましたので 香梅様を呼びに参っ

 たのです … が … 」

  香梅は 濡れた目蓋を袖口で覆いつつ足早に部屋を後にし

「 菊花 何時から居った 」

「 … たった今 … 」

「 …  …  …  」

「 … 端から …  」

「 全て聞いたか 」

「 いえ … あい 」

  俯く菊花は 尊治に悟られぬ様短い舌をちろりと出した

「 菊花 其方に頼まねば成らぬ事が在る

  其方にしか出来ぬ事だ 頼まれてくらるか 」

「 あい 何なりと 」

「 うむ 真に相済まぬが 頭を禿(かむろ)にしてくれ 」

「 あい 御安い御用 … へっ 」

「 着物の裾も短くな

  あともう一つ 香梅の事を頼んだぞ 」

  あい と溜め息混じりに肩をすぼめて菊花は退がり 尊治は今見たばか

 りの夢の跡を辿る

⦅ … 重保様は 兄上と瓜二つ …

  黥利目(さけるとめ)を施されては居たが 流夷様の面は此の俺と同じ面

 であった …

  我が家に伝わる家伝は真の事なのか … 真逆

  一昨夜

  我が家の始まりを思い返したが故に あの様な夢を見たのであろう

  安土の御城での戦い以来 ずっと眠りが足りずに居たのだ 今宵も眠れ

 ぬ事は目に見えて居る 故に今は眠る可し ひたすら眠る可し

  其れに尽きる ⦆

  思うなり

  尊治は ばさりと布団へ潜り込む

                         つづく




    


   御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の八

         金 丁 を 為 す

         きんちょうを なす




⦅ … … 手盾か … 其の手があったな … … ⦆

  人の気配に開けた尊治の眼に 

  濡れ縁の奥に佇む女御の影が朧気に映る

「 … 尼和殿か 」

「 はい 雨戸を開けてもよろしゅうございますか 」

  歯切れの良い透き通る声が届く

「 俺が気づく迄 声を掛けずに居ったのか 」

  尼和はごくりと頷きそそくさと雨戸を開け始めた

「 気を遣わしてし申た様だな 」

  とんでもござりませぬと首を振る尼和は 振り向き様其の場に平伏し

「 御願いでございます尊治様 私も … 能登へ … 」

「 万亀丸の身が心配か 」

「 そっ 其うではござりませぬ

  何かと 女手が要り用と想うての事でございます 」

「 父上は 経貞殿は 諾為されたか 」

「 はい 其方はもはや万亀丸殿の妻なれば井口の者に有らず と 」

「 成らぬと言うても 付いて来る積もりなのであろう 」

「 はい では宜しゅうございますね 」

  言い置いて 残りの雨戸を小気味良く開けつつ尼和は奥へと消え 其

 れを見送る尊治の面が 開け放たれた濡れ縁の外へ向く

  東の山の峰が緋色に染まり 闇が薄れ夜が明けようとしている

  篠で編まれた簾の目から日が射し込み 陽射しが扇の様に広がり始め

  雲一つ無く青としか伝え様の無い空が緋色を凌駕し 昨日迄の灰色の

 空と取って代わった

「 … 美しい … 

  青一色の空が

  此れ程美しく想えた事など嘗て在ったであろうか … 」

  小さな感動が思わず口から零れる程真に美しく 其して清しく良く晴

 れた朝と成った

⦅  … 其れ程俺の心は荒んで居る ということか … ⦆

  湖面を吹き撫でる風が客殿迄忍び入り心地良く吹き抜けて行くものの

 蒸し暑さは変わらず 首筋から流れ出た汗が胸元を滴り落ちて行く

  衣擦れの音が近付いて来る

「 何時から居られたのでございます尊治様 

  御約束の刻限には随分と早うござりまするぞ のう香梅様 」

「 張りの者より 尊治様は既に斎戒を済まされたと聞き 桟橋は大変 

 な騒ぎでございましたよ 」

「 御陰様にて あたいと香梅様は庭の水場でゆるりと浴びる事が出来ま

 したし 香梅様の美しい御姿も眺めさせて頂きましたが … 」

「 菊花っ 互いに振り向かぬと約束したではないか 」

「 えへっ 」

  ちろりと舌を出した菊花が脇息(きょうそく)を上座の左へ置き 寄懸

 (よりかかり)は二人で抱えて右に据えた

「 義綱様も御見え下さるのか 」

「 あい 尊治が意を決したのであれば 顔を出さぬ訳には行かぬと 」

「 近頃は食も進んで居りまする …

  元には程遠いものではございますが … 」  

  席を整え終えた二人と入れ違い 此の館の主平(ひら)続重の孫娘加世

 が濡れ縁に膝を揃えた

「 … 尊治様 … 愈々でござりまするか 」

「 うむ 愈々だ 」

「 私(わたくし) 尊治様に是非とも御聞き入れ頂きたき儀がござります

 れば 後程御部屋迄伺わせて頂きます事御許し下さりませ 」

  加世は言うだけ言うと尊治の言を待たずに膝を立てた

⦅ … 加世殿も 愈々意を決したか ⦆

  暫しの静寂の後 尊治の後ろが静かに騒ぎ出し騒がしさが収まった頃

 大殿畠山義続が平続重に誘われて席に着き 其の後ろから香梅と菊花に

 支えられた畠山義綱が腰を下ろし様 寄懸(よりかかり)に身体を預けて

 大きく息を付く 

  義綱の息が整ったのを見計らい

「 両御本家様 御尊顔を拝し恐悦至極にござりまする 」

  尊治に続き 後ろから野太い声が響き渡り 一同ざっと平伏す

「 御影畠山弟組 裃姿での総出の辞儀

  壮観でござりまするな 」

  長年 義続 義綱親子に陰日向無く仕えて来た続重が 扇子で風を送り

 乍ら優しい目を向け 義続は脇息に肘を置く事無く情味有る眼差しで満座

 を見渡し

「 うむ 皆 面を上げよ 」

  皆 面を上げたものの尊治一人が未だ平伏し為に 後ろの者らも慌てて

 平伏し 義綱の口元から白い歯が覗く

  此れが 今生の御別れに成ってしまうやも知れぬと想うと 中々面を上

 げずらい尊治であったが頬や鼻頭 顎の先から汗が滴り 古くはあるが良

 く磨き上げられた板敷にもう一つの湖(うみ)が産まれ様として居る事に見

 兼ねた続重が 身を乗りだし扇子の要の辺りで尊治の肩を二 三度突(つ

 つ)く 其れでも面を上げ様とせぬ尊治の其の様に続重は困り果て困り果て

 た続重の姿を目にする義綱が今度は声に出して笑い出し

  其の笑い声は此処数年来 誰も耳にした事の無い笑い声であり其の声に

 尊治は漸く面を上げた

「 下手な狂言より面白かったぞ尊治 …

  だがのう 儂に元の気を取り戻させ様と致して居る成らば 余計な謀(は

 かりごと)ぞ 儂は近頃すこぶる良い加減なのじゃ

  今程も館を一廻りして来た処での

  早起きはするものじゃな 朝から裸祭りと水祭りを見せて貰うたわ

 はあっはっはっはっ ごっ ごふっ ごっごふっごっ ふっうっ 」

  透かさず香梅が背中をさするものの 菊花が差し出す椀を手にする義綱

 の指は骨が浮き出 肌の色は濃い榛(はしばみ)色と化して居た

⦅ … 何と御労(おいたわ)しい御姿なのだ 

  御身体は義続様の半分も無いではないか

  此れでは 人を遠ざけ為されるのも無理は無い … ⦆

「 … 行くのか 」

  義続の 恰幅の良さは変わらぬものの寄る年波には抗えぬものなのか 

 前にしただけで人を圧する嘗ての迫力は減じて居る様である

「 はっ 温井景隆 三宅長盛の兄弟

  昨年来虎の威を借る狐の如く 上杉の陰に隠れて中々姿を現しませんで

 したが 此度は自ら其の姿を現したのでございます

  此の機を逃しましては 次は無きものと想われまする 」

「 奴ら 石動山に居ると言うのは間違い無いのか 」

「 ござりませぬ 」

「 勢は如何程か 」

「 温井 三宅の兄弟勢凡そ一千 上杉の勢は五百

  衆徒らは逆修講結集を謳い 他国の御山へ散って居る者共を呼び集めて

 居り其の数既に二千 来月には三千に膨れ上がるものと想われ其れに遊佐

 の残党を加えますれば 総勢五千に満たぬ迄も四千五百は下らぬものと推

 察致して居りまする 」

「 前田は今 何故(なにゆえ)攻めぬ 」

「 奴らの為に信長様の弔い合戦に間に合わず 利家殿にしてみますれば

 其の恨み骨髄でござりましょう

  更に 織田家の御継嗣が決まらぬ今 向後何が起きるか予測も付きませ

 ぬ 故に何時何時(いつなんどき)何が起き様とも直ぐ様兵を動かせる様 

 後顧の憂い断つ可く一網打尽を狙うて皆殺しに処す所存と想われまする」

「 … 皆殺し …

  故に 伊賀倫組(みちぐみ)の頭領 服部源心の申し出を諾したのか 」

  何故其れを御存じなのかと 義続の面を窺う尊治の眼に 口を真一文字

 に引き結び垂れた前髪を揺らして俯く菊花の姿が映り込む

「 … 諾致さねば 御山へ忍び入る事出来ませぬ故 … 」

「 此度の戦 其方は何と観る 」

「 戦は水ものと申しますが 前田の勝利に揺るぎはござりませぬ 」

「 真か 」

「 はっ 上杉方は今以上の援を派する余裕も積もりも無く 柴田殿より

 佐久間殿の勢のみの援ではございますが二千五百を約してござる

  其れに 石動山五道の内使える道は荒山道の一本きりでござりますれば

 もはや袋の鼠も同じの奴らに 今の前田勢を相手に生き抜く術はござりま

 せぬ 」

「 … 成らば 其れで良しと致さぬか 」

「 …     …     …    」

「 温井と三宅の兄弟確かに憎い 赦せぬ奴らよ

  善の衆徒らの命も惜しい … だがのう尊治

  儂は其れ以上に其方らの命が惜しいのじゃ

  其方らが遣ろうとして居る事は 火中の栗を拾う処の話では無いのじゃ

 ぞ … のう尊治 考えを直す気はもはや何処にも無いのか 」

  義続の面は苦渋に満ちて居る

  続重同様 尊治の兄 宏実(ひろざね)へ命じた事の顛末を未だに悔いて

 居るのであろう

  其の横で温井の名が出る度に苛立ち露にぎしりと歯噛みし 義綱は骨が

 浮き出た手をぐっと握り締めて居る

「 真に有り難き御言葉なれど 歯車は既に回り始めて居りますれば

  もはや止める事など出来ませぬ 」

「 成らば問う 其れ以前の歯車は何故止めた 」

  一体何の事であろうと 尊治の後ろがざわつき出すも

  義続は構わず続ける

「 蒲生家の四男 

  重郷殿を手に掛けて迄 回して居た歯車を何故止めたのだ 」

  ざわめきがどよめきに変わり どよめく中から原 広之進が声を上げる

「 恐れ乍ら 我ら重郷殿を手に掛けし者は岡野平兵衛殿と石原源八殿の両

 名と聞き及んで居りまするが 」

「 あの二人 確かに腕は立つだが重郷殿に敵う相手と思うてか …

  あの両名 真は見届け役として臨んで居たのだ

  それぞれ 十名の手練れを従えてな 」

「 なっ 成れど何故尊治様が 」

「 重郷殿が自ら望まれた事なのだ 尊治と尋常に立ち合いたいと

  其れで命果つる成らば本望 とな 」

「 皆も存知て在った筈だ

  あのままの重郷殿で居れば 何れ蒲生家に害を為すであろうと …

  信長様の命でもあったのだ断ろうとて断り切れぬ …

  とは申せ尊治 其方には辛い御役目であったなあ … 」

  続重の言葉に 尊治は無言で眼を閉じた

「 … して 回して居た歯車とは 一体何の事でございます続重様 」

  広之進がじりりとにじり寄る

「 其方らが何時迄も蒲生家御預りの身であってはと弟組を丸ごと織田信忠

 殿に召し抱えて頂く可く 大殿から信長様へ申し出て居られたのだ 」

「 広之進 信長様は以前から御影畠山の家伝に興味を示されて居ってな

 何れ其の真偽を確かめる可く信忠殿の名代として其方ら弟組を彼の地へ

  陸奥の国は鹿角郡の小坂村へ派する積もりで居られたのだ 」

「 広之進 信忠様の出羽の介 秋田城の介と続けての御任官は其の意の表

 れであったのだ 」

  続重の言葉に広之進は 元の座に膝を揃えた

「 尊治 重ねて問う 

  真の兄弟の様に育った重郷殿を手に掛けて迄 回して居た歯車を何故止

 めた 其方が諾して居れば 信忠殿は命を落とさずに済んだのやも知れぬ

 のだぞ 」

  濡れ縁から忍び込む影が客殿を侵し始めた

  雲が又空に張り付いたのであろう

  吹き抜ける風が冷やりと湿り気を帯び 

  続重は義続へ風を送る手を止めた

「 両御本家様の恨みは我らの恨み

  我ら両御本家様の臣として其の恨み晴らしとうござる 」

  言うなり 尊治は両手をがばと付き深く頭(こうべ)を垂れた

⦅ … 嘘だ …

  晴らすのは誰の恨みでも無い

  俺の恨みだっ … ⦆

「 良う言うたあっ 尊治っ … ちっ 父上っ わっ 儂はっ

  儂は父上とは違いまするぞうっ 」

  突然 義綱の声が響き渡る

「 義綱様 御身体に障りまする

  どうか御気を御鎮め下さりませ 」

  香梅の優しい声掛けも功を奏さず 痩せ細った身体でよろと立ち上がり

 わなわなと震える枯れ木の如き両拳を固く握り締め 皺にまみれた喉から

 声を枯らして泣き叫ぶ

「 わっ 儂は赦さあぬっ … やっ 奴らは わっ儂の二人の子のみなら

 ず 孫まで手に掛けたのだ

  儂の身体が此の様な身体で無ければ …

  儂一人でも 直ぐ様馬を飛ばして奴らの両首屠って参るものを …

  嗚呼 口惜しや …

  今の儂には 馬に乗る処か一人で歩く事すらままならず

  此の手では 重すぎて弓も引けず刀も持てぬ …

  此の様な儂はもはや人では無い 生きる屍じゃあっ …

  嗚呼 … くっ くううっ … たっ頼む尊治

  わっ 儂の望みは只一つ 温井景隆と三宅長盛の首二つ

  此の眼で見る迄 わっ 儂は 死んでも死にきれぬうっ 

  … … うっうっうっ 嗚呼 … 」

  最後は泣きじゃくり

  始めて目にする義綱の場景に一同息を呑み込む他手立てを知らず 其れ

 に耐えられぬ者は嗚咽を漏らす

  義続とて真は同じ想いなのであろう

  大きな身体故に小さく見えてしまう瞳は涙で溢れ 肩を震わせて咽び泣

 いて居る

「 … 義綱様 …

  我ら御影弟組 必ずや温井景隆 三宅長盛の両首揃えて御前に御披露致

 します事 今此処に御誓い申し上げまする 」

  尊治は 御家に伝わる御神刀 蝦夷の鉄断(かねだ)ちの御刀を手に取り

 様 鐺(こじり)で床をどんと打ち鳴らし抜けば刃(やいば)が己に向く様刀

 を立てた

「 皆の者 我に続け 」

  一同刀を取って床を打ち

  香梅と菊花も取り出した懐刀を顔前で構え

  尊治は幅の広い夏鹿の毛皮仕上げの鞘を左手で支えつつ 毛抜きの形に

 透かされた柄を右手で逆手に握り 平姓畠山の代表紋 村濃紋(むらご)模

 様の鍔(つば)をゆるりと引き上げる

  鎬地(しのぎぢ)から平地(ひらぢ)に掛けて彫り込まれた角を持つ蛇の彫り

 物と美しい刃文が光りを放ち

  皆が整い終えたのを背で察した尊治は 右の手の内を蕨(わらび)の飾り

 を施した柄頭(つかがしら)迄ずらして其れを包み込み

  勢い強く刀を納めた

  力強く 其れで居て典雅な音色が漂い流れ

  其の流れが止まらぬ内に同じ想いの金音(かなね)の色が満ち溢れ

  時を置くこと無く空気に溶けて逝った


  己れの刃を己れへ向けて金丁を為し

  己れの心に刃を仕舞い込む

  事が成就する迄

  如何なる困難にも堪え忍ぶのだ


「 … たっ 尊治 … まっ真だな

  まっ 真に奴らの首を … 首を …くっ くび … 」

  其れ迄踏ん張って居た足が力尽き

  義綱は香梅と菊花に抱えられて奥へと消え

  ぽつりぽつりと降り出した雨は

  涙雨と成る

                         つづく



 

 




   御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の七

         水 神 流 夷

         みずかみ るい




⦅ … 今宵は眠れぬ 眠れぬ夜は徹す可し … ⦆ 


  濡れ縁から外に出 雨を仰いで沐浴とした尊治は

  新(さら)な衣を身に纏い 己が離れを離れて本館の客殿へと

 向かう

  荒れた脳と心を鎮める為でもあるが 幼い頃から父の顔が大

 殿と瓜二つなのだと聞いて育ち 拝謁の度に父の面影を大殿 

 畠山義続へ重ねて見てきた尊治である

  此の御館を発つ日が今生の御別れと成ってしまうやも知れず

 少しでも御側近くに 少しでも長く侍らせて頂く可く 一人控

 えて待つ事にしたのであった

  客殿に着くなり 気紛れな空(そら)の籠は元の小さな籠へと

 身を縮め 中の小豆も数を減らして疎らとなり終には空(から)

 と鳴る

  残り雨が瓦を伝って流れ 軒から垂れ落ちる雫も次第に間延

 びし やがて無音の夜となった

  闇の客殿に端坐し 眼を開けて居ても闇は闇なのだとそっと

 眼を閉じるも 未だ脳心の乱れは収まらず平静を取り戻すには

 如何にす可きやと思い倦(あぐ)ねた末に 今は亡き祖父蔵治か

 ら 身に心に染み込む程に聞かされた御影の始まりを思い返す

 事とし 尊治の記憶の歯車は再び文治五年へと巻き戻る


  文治五年(1.189年)

  此の年の夏

  源頼朝は奥州の覇者平泉の藤原氏を攻め 当主藤原泰衡は

 代々の郎党であった比内郡贄(にえ)の柵の主 河田次郎に裏切

 られ敢えなく果てた

  此処に 四代に渡り栄華を極めた奥州藤原氏は滅び戦は終わ

 りを告げたのだが 手柄に溢れた将兵の略奪が止まず憂慮を覚

 えた頼朝は 先軍の大将畠山重忠へ其の取り締まりを厳しく命

 じ更に 比内郡の東隣り鹿角郡は小坂村の一本杉なる館を狼藉

 勢に襲われぬ様守備せよと 別命も与えて居たのである

  重忠は 此れも経験と元服を終えたばかりの長男重秀へ騎馬

 五十徒(かち)百五十を授け 其れを補佐する三将を伴わせて小

 坂村へ向かわせたのであった

  紫波郡の陣岡を発った三日目の朝

  重秀は馬首を並べる将の一人 平沢武秋なる武者へ声を掛けた

「 武秋 我らが御守り致す一本杉館の御宝とは 一体如何なる物

 なのであろうか 」

「 其れならば 良く知る者に語って頂きまする

  大木戸(おぎと)殿 此れへ 」

  武秋は新参の将大木戸忠彦へ道を譲り 忠彦は畏まりましたと

 語り出す

 

  和銅六年(713年)

  律令の時代 好字二字の令が発令され上津野(かみつの)の地

 は鹿角(かづの)と成った

  此の地を流れる大きな川が 鹿の角の如く枝状に流れて居る

 からなのだと伝う だが

  京の都人達は 誰も其うは呼ばず狭布(けう)の里 又は希婦

 (けふ)の里と呼んで居た         ※読みは共にきょう

  此の地で織られる布の幅が狭いのが其の由縁であり 其の布

 を織る娘と錦木(にしきぎ)を売り歩く若者との悲恋の地でもある

  其の錦木と狭い布は対を為して歌にも歌われ


  錦木は立てなからにこそ朽ちにけれ

     けふの細布(せばぬの)胸合わじや


  とは 能因法師の歌である

  後の時代 此の悲恋物語りは世阿弥の謡曲錦木として下々の

 間に迄広く知れ渡る事と成るのだか 互いに想い乍らも其の想

 い報われぬ儘此の世を去った二人の残念を歌い謡ったもの成る

 も うたい手の想いとは裏腹に下々の人々の中には 織り幅が

 狭い故に胸で合わぬ布と 解して居た者も少なからず居た様で

 ある

  織り幅が狭いから 細いから胸で合わぬと言うのであれば

 縫い合わせて幅を広げれば済むであろうに …

  古代 高貴な御婦人方が挙って首から肩に掛け左右に垂らし

 て飾りとし 美を競った帛布(はくふ)又は肩巾・領巾(ともにひ

 れ)と呼ばれた布が在った

  狭布の細布(きょうのせばぬの)は其の爐劼〞として尊ばれ

 元来胸で合わせる物では無い

  又 希婦とは高貴な御婦人方を意味し 風を孕み揺れ乍ら美

 しく棚引く優雅な様も然る事乍ら 絹と共に鳥の羽根を織り込

 んで居る処から羽衣とも称されし布なのである

  織り込まれる羽根は鶴 白鳥 朱鷺など白を基色に魔除けの

 為に三角の図柄を連ねた意匠を織り込むものなのだが 織り手

 の意に反し望まれたものは 好みの色に染められた無地のもの

 であった

  奥州藤原氏第二代当主 藤原基衡の名で当代随一の仏師運慶

 宛に狭布の細布二千反を贈ったとの記録が残る

  二人の没年から察すれば 贈り主は次代の藤原秀衡と想われ

 るのだが …

  其の布は真の狭布の細布なのであろうか …

  俄には信じ難いものである

  延喜十五年(915年)

  鹿角郡(ごうり)の北東の山が突如として噴き飛んだ

  太古の昔から幾度も噴火を繰り返す内に何時しか中湖(なかうみ)

 が産まれ 此の後十和田の湖(うみ)と称される十和田火山が大噴

 火を起こしたのである

  大地を揺るがし大音響と共に 真っ赤に燃え盛る泥が地の底か

 ら勢い良く噴き出て流れ 幾つもの村と数え切れない程の無辜(む

 こ)の人々が容赦無く焼かれ呑み込まれて逝った

  燃え盛る泥は五里程流れて川迄達し 川の流れと形を変えて漸

 く止まり 降り注ぐ灰は米の磨ぎ汁を流した様に川を白く濁らせ

 以来 其の川の名は米代川と呼ばれる事と成る

  燃え盛る泥が川の流れを変えた辺りから北へ二里の地に小坂村

 は在る

  小坂村は東の山々が堤と成って燃え盛る泥を防ぎ 此の地を治

 めて居た当時の長(おさ)は 生き残った織り手を一本の大きな杉

 の木が目印の館へあつめて保護し織り手の育成に努め様としたも

 のの 降灰に拠る飢餓に追い討ちを掛けられ冬の訪れと共に其の

 殆どの者が命を支え切れず 春を迎える頃には皆無と成り此れ以

 降都への布の供給も途絶えたのであった

  尤も 此の頃には高貴な御婦人方の装いも様変わりして久しく

 狭布の細布は保持する事で己の出自の高さを示す証の一つとされ

 輿入れの際其の母が新(さら)な布を持たせて送り出す事が慣わし

 と成って居たのだが 布の供給が途絶えたまま代を重ねて行く内

 に布も霧散し 其の名と悲恋物語りだけが記憶に留められて来た

 のである

  奥州藤原氏が如何に財力を誇ろうとも

  其の技を受け継ぐ者らが集団として存在し 且つ組織されて居

 らねば 二千反もの狭布の細布など贈る事はおろか 織り貯めて

 措く事すら出来ぬ事であろう

  十和田火山の大噴火から運慶への贈年迄凡そ二百五十年が経ち

 都人は元より 奥州藤原氏でさへ狭布の里で織られた布であるな

 ならば 其れで良しと信じて疑わすに居たのではなかろうか …

  だが

  真の狭布の細布は 今日の此の日迄

  間違う事無く

  紡ぎ繋がれて居たのであった


「 … … 此処が其うなのか … 何も見当たらぬが … 」

「 あの 伏せ犬の如き石でござる 」

「 応っ あれか

  地に埋もれたままでは 正しく浮かばれぬ

  鎌倉へ引き上げる前に 我らの手で石を掘り起こし塚を築直

 して祠なりとも建てて進ぜよう 」

「 畏れ乍ら若様 家が釣り合わぬとの事由で二人を死に追いやっ

 てし申たせめてもの償いにと 娘の父が二人の御霊の鎮魂を願

 い祀った塚なるも 人の手で埋めし物は地の神の御遺志に依り

 何人たりとも掘り返しては成らぬとの掟が在るのでござる 」

「 其うか … 童子の教えの中に 郷に入りては郷に従えとの

 教えがあった 真に忍び無いが 重秀は掟に従うと致す 」

「 若様の美しき心根

  必ずや天の二人に届いて居りましょう 」

「 おだて下さるな大木戸殿 」

「 若様 我はもはや畠山の御家の臣なれば

  忠彦 と御呼び下され 」  

「 成らば忠彦 真の若様は鎌倉に居る故

  其方も若様は止めよ 」

「 はっ 仰せの通りに 」

  真顔で返す忠彦へ重秀の清しぃ八重歯が煌と光り 忠彦の面

 も思わず綻ぶ

「 ともあれ 真の狭布の細布とは如何なる物か 早く目にした

 いものよ 」

「 はっはっはっ 重秀様 一本杉館は逃げは致しませぬ

  花輪村を早う発って良うございましたな

  此の爐量召砲△笋り 今は錦木村と名を変えし此の村から

 小坂村はもう目と鼻の先 ゆるりと歩を進めましても昼には着

 きまする

  今頃は 我が愚息が触れて居る頃なれば館の主 流夷殿と織

 り姫に御挨拶して後篤と御覧に入れて差し上げまする 」

「 うむ 楽しみなものじゃ

  成れど 佐(すけ)殿は狭布の細布を如何に為される御積もり

 なのであろうか … 質実を旨とされる御方故 只の土産とも

 想えぬが … 」

「 そっ 其れは 我からは何とも … 」

「 忠彦殿 畠山の御家は何事も腹を晒けて語り合う御家でござ

 る 故に何の遠慮も要り申さぬ

  想うてる事 想うて居る儘に御応え下され 」

  今一人の将 木村剛夫なる武者の言葉に問い目を向ける忠彦

 へ 重秀の若い顎がこくりと頷く

「 はっ では腹蔵無く申し上げまする

  鎌倉殿の御評判 此の奥州は元より京の都にてもすこぶる悪

 いものと聞き及んで居りまするが 九郎殿の横死により其の悪

 評揺ぎの無いものと成りましょう 」

「 其れは佐殿とて百も承知 と申すより悪評など御気に為され

 る様な御方ではござりますまい 」

「 仰せの通り 成れど其れでは望むものを得られぬのでござる 」

「 … 望むもの … 

  天朝様は征夷大将軍の官を授けぬと 」

「 重秀様 鎌倉殿へ歯向かう事無く降った我らとて 征夷と耳

 に致しましては … 」

「 あっ 相済まぬ 其うよな 心穏やか成らぬな 」

「 中には過ぎたる者も出て参るやも知れませぬ 」

「 乱が起きかねぬと … 成る程 …

  佐殿は此れから治める奥州の民の心をおもんばかり 征夷を

 外した大将軍の官を御望みなのだな 」

「 御意 成れど 天朝様は望んでも手に入らぬものがあるのだ

 と言う事を思い知らす可く田村麻呂公の事跡に倣い飽く迄征夷

 大将軍の官を と …

  決して引きのく事はござりますまい … 」

「 … 成る程 … 

  察するに 佐殿は狭布の細布を御公家の 其れも奥の方を取

 り込む駒の一つに為される御積もりなのだな 」

「 左様 悪評の元は女御の口でござる

  先ずは其の元を断たねば成りませぬ故 」

「 成れど 織り手が其の姫一人では幾ら何でも賄えぬで有ろう 」

「 其れで良いのでござる

  賄えぬから此其狭布の細布は希布であり 其れを手に入れた

 御方が真の希婦と成るのでござる 」

「 狭布の細布は希布であり 故に希婦と成る 成る程

  忠彦 一本杉館の御宝とは其の織り姫なのだな 」

「 御意 」

「 うむ 得心が行った 折角だ皆の者 共に詣ろう 」

  言うなり ひらりと馬を下りた重秀は さらりさらりと秋草

 を押し分け ぽつりと突き出た石前に跪きそっと手を合わせた

⦅ … 忠彦は 掘り返しては成らぬとのみ言うて居った

 … やはり 祠は建てて進ぜよう … ⦆ 

  沈黙の時が暫し流れ 重秀は其の乾いた唇を忠彦へ向け

「 忠彦 泰衡殿は伊達(いだて)小次郎と自称為されて居たと 

 聞く 其方は伊達の出 何か関わりが御有りか 」

「 はっ 泰衡様が元服の折り 御父上の秀衡様から

  天朝方の軍勢と一戦交えねば成らぬ時 其方は如何にして

 戦う と問われた事がござる 其の問いに対し泰衡様は

  伊達の阿津賀志山から大隈川(現阿武隈川)迄塁を築き 其処

 で迎え撃ちますると御応えに成られ 透かさずぽんと膝を御打

 ちに成られた秀衡様は 良くぞ申した泰衡 伊達は其方にくれ

 て遣わす想うが儘にせよ と仰せられたのでござる 」

「 其れがあの長大な防塁 

  築いたのは其方であろう 故に大木戸と 」

「 はっ 成れど 絵図を描きましたは流夷殿でござる 」

「 其う申さば 

  阿津賀志山の西に小坂なる村がございましたぞ 」

「 真か武秋 」

「 はっ 我が勢 其の村の東の峠から攻め入りました故 間違

 いござらぬ 」

「 武秋殿 あの村は塁を築く際 屯す可く流夷殿が拓いた地で

 ござる 流夷殿が居を構えるのであれば其処は小坂村と 誰と

 も無く其う呼ぶ様に成ったのでござる

  尤も 当の流夷殿は少々不満気でございましたがな 」

「 何故か 」

「 其の昔 小坂村は黄色い砂の処で黄砂処(こさか)と称して居

 りましたので 」

「 黄色い砂 … 金か 」

「 左様でござる 阿津賀志山の小坂村は 金のきの字も出ま

 せぬ故 」

「 しかし乍ら忠彦殿 二重の堀に三重の土塁を築くなど 正に

 鉄壁の防塁 真に手を焼きましたぞ 」

「 御言葉乍ら剛夫殿 流夷殿は攻塁と呼んで居たのでござる 」

「 攻塁 … 」

「 はい 攻め来る軍勢を引き付けるだけ引き付けて 

  油と数多な藁束を浮かべて火を点じ 機を見て堰を切り

  一気に大隈川へ押し流す為の塁でござる 」

「 忠彦殿 此度は何故其の手を使わずに居ったのだ 」

「 武秋殿 其の仕組みを知る者は 我(わ)と流夷殿のみでござ

 りますれば 」

「 むううっ 水攻めと火攻めを同時に仕掛ける仕組みか 

  正に攻塁 水神流夷 水を自在に操る男と聞いては居たが

 如何なる御仁か 早く会うて見たいわい のう武秋 」

「 うむ … すがる藁さえ燃えて掴めぬ …

  あの水量を諸に喰ろうては一溜りもなかったな …

  俺も早く会うて見たいが 慌てる事は無い

  忠彦殿の申す通りゆるりと参ろう 」

  二将が言葉を交わして居る間に 既に川辺に下りて乾いた

 唇を潤した重秀は 土手に腰を下ろし様足を投げ出し辺りを

 ぐるりと眺め見る

  何とも長閑(のどか)な地である

  北から小坂川が東から大湯川が先ず交じり合い 暫し流れ

 て南から流れ来る米代川と合わさり 重秀の目の前で大きな

 弧を描き西へ向かって流れて行く

⦅ … この川の流れ 正に鹿角  

  此処が 燃え盛る泥を断ち切ったと伝う場所か …

  水を神として祭り乍ら其の水を自在に操る男

  水神流夷殿

  父上の申しでを心良く御受け下さるであろうか ⦆

「 御安じ召されますな重秀様 

  流夷殿は鎌倉行きを既に決してござる 」

  言い乍ら 忠彦は重秀の横へ腰を下ろす   

「 真か忠彦 … と言うより 其方は他人(ひと)の心が読める

 のか 」

「 はっはっはっ 真逆 重秀様の不安気な面持ちの事由は其れ

 しかござるまい 」

「 うむ … 鎌倉の地を流れる柏尾川なる川が 大雨が降って

 は溢れ其の度に人々が難して居るのだ

  父上は流夷殿が御承知下されれば 御一族が住まわれる地を

 小坂村と名付けても良いと申されたのだが … 金のきの字も

 採れぬ地では 其の名は御気に召さぬであろうか 」

「 はっはっはっ 既に其の名が在るのだと申されれば其れで良

 うござる … 例の例え通り … 」

「 郷に入りては郷に従え か 」

「 はい 」

「 はははっ 面白い男だな 」

  微笑み合う二人に 川のせせらぐ音が何とも心地良く

  秋晴れの汗ばむ頬に 川風が涼しげに吹き流れ 其れに釣

 られて綻ぶ重秀の口がそろと開く

「 … 忠彦 幾つか問うても良いか 」

「 何なりと 」

「 今来た道を行き進めば一本杉館へ行き着くのであろう 」

「 左様 」

「 其の先の善知鳥(うとう)村の安潟(あんかた)迄は如何程か 」

「 二日乃至(ないし)三日も有れば 」

「 安潟から夷狄(いてき)島迄は 」

「 海の御機嫌が宜しければ半日で渡り切れまする 」

「 半日 … 」

「 はい … 其れが … 何か … 」

「 泰衡殿は 夷狄島で再起を図る可く平泉を落ちたのではなかっ

 たか 」

「 … 其の様に 聞き及んでは居りますが … 」

「 一本杉館から三日乃至四日で夷狄島へ行き着けるのであれば

 何故泰衡殿は此の道を左に折れ比内に向かわれたのであろう 」

「 … そっ 其れは 流夷殿も降ったと知り 避けられたのや

 知れませぬ  … 」

「 其うであろうか … 重秀には其処が何とも腑に落ち…

  重秀の言葉を遮り 蹄の音が迫る 

「 父上っ 父上っ 」

「 保彦っ 大将は重秀様ぞっ

  告げる事が在れば 重秀様へ御伝えせよ 」

「 はっ 重秀様 下馬せぬ無礼何卒御容赦を 」

「 何事か 」

「 一本杉館 襲われて居りまする 」

「 なっ 何とっ 」

「 保彦殿 如何程の勢か 」

「 騎馬 徒 共に我らと同勢なるも 館へ通ずる橋を落としに

 掛かって居り其れを阻止す可く 我が兄秀彦が手の者らと仕掛

 けて居りますものの流石に太刀打ち出来ませぬ 故に方々

  御急ぎ下され 」

  言い終えるなり 馬首を返す保彦へ剛夫が重ねて問う

「 旗は 幟旗は眼に為されたか 」

「 われらを眼にするなり地に伏せ置きましたが 三つ引きの下

 に石の字を印して居りましたぞっ では此れにて後免 」

  問うた剛夫の口が溜め息交じりにぽつりと開く

「 三つ引きの下に石の字とは …

  大住の石田為久殿か … 真逆 あの男が … 」

「 馬鹿を申せ剛夫 為久殿は其の様な男では無いわっ 」

「 他に誰が居る武秋 … あっ 奴らか 」

「 襲いし者らが何処の誰かなどどうでもよい

  我らは 一本杉館を御守りする迄よ 」

「 武秋の申す通り 

  武秋は騎馬を 剛夫は徒を率いて参れ

  行くぞ忠彦 案内せいっ 」

   主従の二人は土埃を巻き上げ乍ら 小坂川の東岸を疾駆し

 毛馬内(けまない)村から大地を抜け 荒谷を過ぎ 小坂村の入

 り口に立つ朱塗りの村門を潜(くぐ)った途端 立ち昇る黒煙が

 二人の眼に飛び込んで来る

「 くっ 急げっ 急ぐのじゃあっ 」

  馬に鞭打ち 駆けに駆け 漸く保彦に追い付いた二人であっ

 たが 橋は既に落ち 触れ組は奮戦虚しく秀彦一人を残し皆

 討ち取られて居た

  秀彦が保彦と渡河場所を探しあぐねて居る間に 騎馬組が

 ぞくぞく集まり来るも 対岸でせせら笑う将兵の声に重秀は

 ぎりりと歯噛みし

「 いざ参る 」

  口にするなり ざぶりと川へ乗り行った

  重秀を失うては重忠に合わせる顔は無しと二将は透かさず

 後を追い 他の者らも遅れてはならじと馬腹を蹴る

  騎馬の勢いに気圧された岸兵は 四十間程退いて槍衾を敷

 き 弓兵を背に騎馬に備える

  二将は今にも飛び出し兼ねぬ重秀へ 馬を寄せて挟み込み

 岸を制した騎馬共は 其の左右に踏みを揃えて指示を待つ

「 良くぞ御自重為されましたな 」

「 武秋 此の重秀 集(すだ)く敵勢に突貫を試みる匹夫之勇

 と想うてか 」

「 はっはっはっ 此れは失敬 … 何か策が御有りの様です

 な … 御指示通り仕掛けます故 策を御聞かせ下され 」

「 うむ … 忠彦 今来た道に多勢が通った跡は無かった

  奴ら 何処から来たのだ 」

「 はっ 比内から雪沢の峠を越えて参ったものと思われまする 」

「 他に道は在るか 」

「 ござりませぬ 」

「 下流には 徒でも渡れる場所は在るか 」

「 ございます … 保彦 」

  忠彦の声掛けを待つ迄も無く 忠彦は踵を返し今出たばかり

 の川へ ざぶりと飛び込んで行った

「 武秋 一斉射を仕掛け様 左へ廻り込み其の道を塞ぐのだ

  塞いだならば押しては引き 引いては押しを繰り返し時を

 稼ぐのじゃ 」

「 奴らに川を背負わせ 剛夫の徒組が到着次第 一気に落と

 し込む 」

「 うむ … 異論は 」

「 ござりませぬ ござりませぬ が … 

  其れ迄 御館が持ちましょうや 」

「 成らば如何にせよと 」

「 重秀様 流夷殿は 既に我らの姿を眼にして居る筈でござる

 故に そろそろかと … 」

「 そろそろ … 打って出ると申すか 忠彦 」

「 むっ … 門が開きましたぞ 重秀様 」

「 さああっ 重秀様 武秋殿 流夷殿の暴れっぷり 

  篤と御覧あれ 」

  館の表門から数騎の騎馬が打って出 重秀の眼は其の先頭を

 切る騎馬へ釘付けと成った

⦅ … 異形の者だ … ⦆

  重秀が心の内で其う呟いたのも無理は無い 

  先頭の者は 波がかった長い髪と首に巻いた魔除けの細い布

 をなびかせ 眼には黥利目(さけるとめ)を 胸には絡み合う龍

 の如き角を持った蛇の入れ墨が乳首を目として向かい合い 背

 には毛抜きの形をした柄の頭に蕨の飾りを施した三振りの巾の

 広い刀を背負い 手綱と矢束を握る左腕には丸い手盾を備え

 右手に持つ爐〞の字に曲がった棒に矢を番えては次々と敵を

 射倒して行く

「 … あの様な射方 初めて眼に致す 」

「 其れがしもでござる … むっ 矢が尽きる 」

  矢が尽き 棒を放り投げた其の手で抜いた刀は 鍔元から反

 り上がる長さ二尺八寸 幅2寸程の幅広の刀で其の幅広の刀が

 ぶんっと風を切る度どかりと首が刎ね飛び 其の迫力に重秀は

 ごくりと意気を呑む

「 … すっ 凄い … 阿修羅の如き御方だ 」

「 真に … 出来うるものならば

  直に仕合うてみたい程の腕前でござる 」

「 … 七人 … 八人 … あっ 何故刀を手放す 」

「 阿津賀志山で戦うた手練れも其うでしたが …

  恐らく 曲がったのでござりましょう

  我らの物とは 鍛え方が違うて居る様ですな 」

「 鎌倉へ戻ったならば 鍛え直して進ぜよう 」

「 其れは良い御考えなれど … 急ぎませんと 」

「 うむ 武秋 策を変える 」

「 はっ 如何様に 」

「 此のまま突っ込む 」

「 はあっはっはっ 流石は重忠様の御子でござる

  其の御言葉 待って居りましたぞ 」

「 四矢連射して後 突貫を開始する … 皆矢を番えよ 」

⦅ … 又手放した 残るは一振り … 猶予は無い ⦆

「 整いましたぞ重秀様 … 御下知の程を 」

  うむと頷く重秀の 高く掲げた右手が勢い良く振り下ろされ

 ざっと唸る矢が槍衾を襲い 透かさず応射を試みる徒弓(かちゆ

 み)を馬弓の矢が二矢 三矢と畳み掛け四矢で沈黙と成った

  いざ参らんと 手綱をぎゅっと握り締めた重秀は

「 皆の者 徒には眼もくれるな

  先ずは騎馬じゃ 騎馬を叩き潰すのじゃあっ 」

  大音声で宣い

「 重秀様の真の初陣ぞうっ 

  重秀様の御為に此度の戦 勝利で飾って御見せ致そうぞうっ

  我と思わん者は重秀様に続けえいっ 

  掛かれいっ 掛かれいっ 」

  満を持して居た騎馬共は 虎乱の陣を敷き始めた前陣を突き

 崩す可く牙を剥いて襲い掛かる

  其の突撃凄まじく 前陣は脆くも崩れ騎馬共は一気に敵陣の

 只中へと雪崩れ込んで行き 集(すだ)く敵勢の中を異形の者目

 指して突進する重秀の前に二騎の騎馬が立ち塞がる

「 … 汝(うぬ)は … 重忠の小倅か

  後一息であったに 邪魔を志腐り居っていっ 」

「 … 汝(なんじ)は … 平子(たいらこ)の石田久猛

  佐殿の命も聞かず 狼藉に走るとは何たる不埒な奴よ

  陣は崩れたのだ 観念せよ 」

「 くっくっくっ 兄上 此の童(わっぱ)

  もはや勝った積もりで居りますぞ 」

「 ふっふっ 汝らを引き込む可く敢えて陣を崩したのだ

  其うとも知らずに突貫を仕掛けて来るとは …

  飛んで火に入る夏の虫とは正に此の事 

  若いとは 恐れを知らぬ生き物よのう 」

「 … 汝は石田為猛 兄弟揃って同じ穴の狢とは 何とも情け

 無し 武家の風上にも置けぬ者らよ

  此の重秀 天に代わりて成敗してくれる 覚悟せよ 」

「 ほざけ童 あの化け物の刀もあと二 三人斬れば曲がる

  畠山の騎馬組と謂えども残るは四十騎 我が勢を以てす

 れば恐るに足らぬ

  跡を残さぬ様ゆるりと押し包み皆殺しにしてくれる

  先ずは汝を血祭りに上げてからだ

  童 先立つ不幸の許しは彼の世で請えっ … 参る 」

  言うなり 

  馬を寄せ来る久猛へ 其うはさせじと忠彦が割って入るも

 俺が相手と為猛が斬り掛かり 久猛相手に果敢に刀を振るう

 重秀であったが 擦れ違い様刀を擦り上げられ もはや此れ

 迄と覚悟を決めた其の刹那 久猛の首がどかりと刎ね飛び

 首の切り口越しに ぎらりと光る黥利目(さけるとめ)が現れ

 出でた

「 ひっ 久猛っ おっ おのれえいっ 

  此の蛮族めえいっ よくも我が弟を 」

  怒りに燃える為猛を迎え撃つ可く 黥利目が曲がった刀を振

 り上げた其の時

「 為猛っ 汝の首は此の武秋が貰ったあっ 」

  吠える成り 横一閃武秋の刀が煌と光り為猛の首はずるりと

 落ちた

  同時に南から鬨の声が上がり 其の機を逃さず館の守兵も打っ

 て出る

  主を失った狼藉勢は算を乱し 我先にと逃げ出そうとしたも

 のの 剛夫の徒組が左右に開いて道を塞ぐ

  三方を塞がれては川へ飛び込む外に手は無く 心の内で三宝

 を唱えた者から次々に飛び込んで行き 川面が饅頭で埋め尽く

 されるや 館に付属する水門ががらと開き忽ちに増す水嵩に生

 き抜く可く 流れ来る蕨へ手を伸ばした途端川は火の川と化し

 饅頭らの願いも虚しく一つ 又一つと火波の中へ沈んで逝った

  触れ組の十騎を失いはしたが 其れ以上の死者を出さずに済

 んだ事に重秀はほっと安堵の息を洩らしたものの 守る可き狭

 布の細布の最後の織り姫は 既に自ら其の命を絶って居たので

 あった

  此の後水神流夷は一族を率いて 鎌倉は粟舟山に程近い小坂

 村と名付けられた村に移り住み柏尾川の治水に従事する事に成

 るのだが 

  十六年後の元久二年(1.205年) 北条家の策謀により畠山一族

 は滅亡の憂き目に遭い 未亡人と成った重忠の妻が足利義純の

 許へ再嫁した其の折り 一人生き残りし水神流夷へ

「 無念の想いを残して逝った畠山一族の御霊を終世弔う可し 」

  と 義純自ら申し渡し水神改め御影畠山を称させたのである

  以後水神流夷は 義純の義と治水の治にあやかり

  御影畠山義治(よしはる)と名乗り

  御影畠山の初代と成ったのであった

                         つづく





  




 


   御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の六

         撃 っ 破

         ぶ っ ぱ




  籠の中の小豆が 

  ざざと鳴るにも似た雨音を打ち消すが如く

  然程広くもない尊治の部屋に

  鬼の音声(おんじょう)が響き渡る


「 先程から聞いて居れば

  お疲れの尊治様へ問いばかり投げ掛け居っていっ

  尊治様の邪魔をする者が居らぬ様 敢えて小頭の御前らを

 物継ぎとして侍(はべ)らせたものを

  二人揃った其の様を皆に知られた成らば 万亀丸と小虎を

 叱り付けた示しが付かぬではないか

  小坂村の一本杉館へは何れ行く事に成るのだ

  其れ迄は目の前の事に専念せいっ 」

  怒鳴るなり 棒で床をどんと打ち鳴らしどかりと尻を下ろ

 す頬傷の男は 棒を脇に置き様膝前へゆるりと拳を付き 只

 今戻りましたと頭(こうべ)を垂れ

  其の間にニ影がそろりと男の左右に侍(はべ)る


  男が脇に置いた棒は鉄の細筒を芯とし

  割竹を幾重にか重ね合わせた其の上から

  幅一伏せ(凡そ指一本の幅)の薄い板金(いたがね)を隙間無く

  螺旋(らせん)に巻き付けた 長さ三尺余り

  径一束(凡そ指四本の幅)程のごつりとした棒で

  先端に空く穴は煤(すす)で黒ずみ

  もう一方の端は棒の太さに合わせて

  凹型に折り曲げた二枚の板金を違交(いこう)させて

  石突きとし 其処から一寸程離れた所にも

  黒ずんだ穴がぽかりと空いて居る


  尊治は 頬に傷持つ男が最後に告げた言葉も然る事乍ら

  何故其の棒を持つて居るのかと違和を覚えつつ 脳の中

 で巻き始めた渦が真逆と言う風に煽られ 次第に大きく成

 り乍らもぐっと心を縛り 気にせぬ素振りで言葉を向ける

「 策も練り終わり一息付こうと思うて居たところ

  御前の帰りが遅いと二人が気を揉んで居った故 俺から

 誘ったのだ 咎められる可きは俺だ 赦せ 」

「 其れがし此其 戻りが遅れ申し訳ござりませぬ 」

「 其れは構わぬが

  あっちの二人は まだ赦して遣らぬのか 」

「 成りませぬ

  御山に入らずとも 奴らの幟旗を確かめるだけで良しと

 為された尊治様の命も聞かず 御山へ入ったばかりか 物

 見組の網に掛かった挙げ句一戦交えて参るなどもっての外

 でござる

  生きて戻りしは此れ幸い成るも 一人の手柄は皆のもの

 と決めて居るにも拘わらず 小虎は熊沢を討った殺ったと

 言い振り廻り 万亀丸に至っては足を挫いて来る始末

  故にまだ二人を赦す訳には参りませぬ 

「 相変わらず厳しい男だな 」

「 尊治様が 甘いのでござる 」

「 万亀丸の具合は 」

「 あと三日もすれば 腫れは引く見立てでござる 」

「 成らば あと三日は赦さぬと言う事か 」

  尊治の言に傷の無い右の頬が微かに持ち上がり 其れを

 悟られまいとしたものか 落ちた杯を拾い上げ様髭面の目

 の前へぐいと差し出す

「 二人は 勝明(かつあきら)と傳助は何をして居る 」

  頬傷の男は 尊治の肩越しに掛かる一幅へちらりと眼を

 向けるも 其れには触れずにぐびりと喉を鳴らし

「 勝は何時もの様に何時もの場所で何時もの如くでござる 」

「 又一人で黄昏れて居るのか … 傳は 」

「 能登の空の御機嫌を予測す可く 鹿島の家に伝わる能登国

 国天之気実記と首っ引きでござる 」

「 其の日 雨が降るのか降らぬのか …

  其れだけ判れば良いのだが … 」

「 七尾の杉江屋の主 次郎兵衛殿へは既に継ぎを付け終えて

 居りますれば 直に空の機嫌を窺える様傳だけでも一足先に

 行かせては如何でござる 」

「 うむ … で 話し合うてくれたのであろうな 」

「 はっ 今程も確かめて参りましたが音も無く御山へ忍び入

 るには やはり無鎧(むがい)で行く可しと 」

「 勝も傳も異論は無いと 」

「 ござりませぬ

  例え 着鎧(ちゃくりょう)致して居りましても 放つ距離と

 当たる角度にもよりますが 種子島を諸に喰ろうては胴丸は無

 論の事 当世具足でさへ一溜りもござらぬ 

  故に あれを試されたのでは … 」

「 別に試した訳では無いが … 

  松 龍 皆は何と言うて居る 」

「 はっ とっ 兎に角身軽

  あっ あの重い掻盾(かいだて)を抱えて走り廻る事が出来まし

 たのは 其の身軽さ故と

  みっ 皆口を揃えて居りました のう龍 」

「 応っ 其れも其うだが 通常の鎖帷子(くさりかたびら)と違う

 て あのすえた臭いに悩まされずに済みますると 喜んで居る程

 でございます 」 

「 ちょんこと引っ掛かるがな …

  其の引っ掛かりを直して頂けぬかと 清太郎殿へ御願い申し上

 げたのだが …

  広 清太郎殿は引き受けて下されたか 」

「 はい 御任せ下されと心良く諾為され 必ずや滑らかに仕上げ

 た上で 月の内に御届け致しますると確と約されてござる 」

 「 鉄砲の御注文が引きも切らぬと言うのに

  有り難い事だ 」

「 針金を御求めに成られた時に御申し付け下されれば宜しゅうご

 さいましたのに 何と水臭い とも言うて居りましたぞ 」

「 赤金(あかがね)を細く伸ばすだけでも手間なのだ 

  丁度 皆の手が透いて居った故 清太郎殿や職人(しきにん)ら

 の手を煩わせずに済むと思うて皆に繋いで貰うたのだが …

  真逆 繋ぎ終えた途端 賢秀殿から御呼びが掛かろうとは 想

 わぬ事であったな … 」

「 真に … 成れど 我らに取っては叉と無い機でござる

  そろそろ御気を切り替えては頂けませぬか 」

「 案ずるな 心も眼も既に石動山へ向いて居る 」

  言葉に偽りは無いものの 心に空いた穴は未だに埋まらぬまま

 に居る尊治であった

「 たっ 尊治様

  あっ あの貫頭衣仕立ての鎖帷子も 御家に伝わる物でござい

 ますか 」

「 さあ 其れは判らぬ

  針金さえ在れば作れる物故 夏場は此れに限ると御爺殿が身に

 付けて居られたのを思い出したのだが …

 ちょんこと手間であったな 」

「 てっ 手間などと

  とっ とんでもござりませぬ のう龍 」

「 松の申す通りでござる

  棒にぎしりと巻き付けた針金を断ち切り 其れで得た金輪を

 幅半間長さ一間に繋いで後 頭を通す真ん中の部分を丸く取り

 除けば其れで出来上がりでございます

  取り除いた部分は次へ回せますし 他の組の者らと膝を交じ

 り合うて他愛も無い話をし乍ら繋いで居ります内に 何時の間

 にやら仕上がって居りました故手間処か寧ろ 楽しい一時を過

 ごさせて頂きました 」

「 そっ 其れに

  ふっ 太目の者は横へ

  せっ 背の高い者は縦へと 輪をな繋ぎ足すだけで済みます

 れば 其の姿宜しく真に扱い易い帷子でございました 」

「 やはり 手間を掛けてし申た様だな 」

「 太目の者 背の高い者とは 尊治様と俺に対する嫌みか 」

「 あっ いっ いえっ けっ 決して其の様な 」

  浅黒は 太目と高目がにやりと視線を交わして杯を口に寄せ

 る間に 髭面の隣にそっと移り様奪った杯でごくりと喉を潤し

 言葉を繋ぐ 

「 とっ 投矢の棒を得手とする者らは 思い切り腕が振れると

 嬉々とし 小虎などは昨年の遊佐討ちも此の鎖帷子であったな

 ならばと 未だに口惜しんで居る程でございます 」

「 … … 堺 十蔵の事を言うて居るのか 

  此の一年 確かに あの二人は腕を上げた

  故に熊沢を討てたのも納得して居る だが

  熊沢と堺では物が違う 

  思い切り腕が振れ様が振れまいが 投矢の棒は振り被ってから

 振り抜く迄が無防備なのだ

  あの折り 飛び込む二人へ堺が苦無を打ち込んで居れば 二人

 共今此の世に居らぬ

  其れを見抜いて二人を退かせたのであろう … 広 

  御陰で要らぬ傷を負わせてし申たな … 赦せ 」

「 もう御忘れ下され 其れがしが望んで負うた傷でござる

  其れに 投矢の棒の危うさは既に皆承知でござる

  兼ねてから御懸念の 鎖帷子に対する矢や刃の刺突に付きまし

 しても 此れも又己の責任と納得もし覚悟もしてござる 」

 「 うむ だが此度の戦

  場合によっては 傷を負うた者を置き去りにせねば成らぬやも

 知れぬのだ 」

「 其の時は居座(いざ)りにて 最後迄戦い抜く可しと皆意を決して

 ござる

  尊治様 我らの身を案じて下されるは真に有り難し

  成れど 其れも過ぎますれば 尊治様は我らに信を置いては下さ

 れぬのかと 気組みは落ちるものでござる 一度落ちた気組みを立

 て直すには至難の業ぞ とは 尊治様が何時も口に為されて居られ

 る御言葉ではござりませぬか

  尊治様 此度の戦 我らに取り 如何に危険を孕み(はら)みし戦

 であるのか 重々承知な上で敢えて申し上げまする

  まだ幼き頃とは申せ 能登は七尾の一本杉の木の下で

  此の命 尊治様へ御預け致しますると誓った我らでござる

  正に今が其の時 故に 何の遠慮も要りませぬ

  好きに遣うて下さりませ 」

  暫しの沈黙の後

  尊治は 細めた目蓋を其のまま閉じて諾とし 覚えた違和を和と

 す可く 広之進の横に転がる棒について尋ね様とした其の矢先 」

「 組頭 御持ちに成られた其の棒 一見金砕棒の様にも見受けられ

 ますが一体何様(なによう)の棒でございます 」

「 此れか 何だと思う 」

  手渡された棒をためつすがめつして見る髭面は

「 … 何やら 火薬の残臭が仄かに漂うて参りますが 」

  御教え下されと問い顔を向けるも 広之進の眼は棒へじっと眼を

 凝らす尊治の眼を瞬(まじろぎ)もせずに見詰め 其の口が開くのを

 待った … … …

「 … … … 撃っ破(ぶっぱ)だ 」

「 ぶっぱ … … とは 」

  髭面の問い返しに 広之進の無傷の頬がしたりと持ち上がる

「 鉛弾を撃っ放(ぶっぱな)す と言う意だ

  広 此れを何処で手に入れた 」

「 其れに御応えする前に

  大木戸(おぎと)忠彦又は 大木戸頼彦なる御名に覚えがござり

 ましょうや 」

  大渦が巻き 強風が吹き荒ぶ脳の中で 過去の殻に守られた脳

 の一部が再びかちりと音を立てた

「 … 大木戸 … 忠彦 … 古い御方の御名だ … 」

「 いっ 如何なる御方でございます 」

  髭面から渡された棒を 尊治の膝前に置き乍ら浅黒が問う

「 其の昔 陸奥の国は伊達(いだて)郡 大木戸村の領主で居られ

 た御方だ … … 

  文治五年(1.189年) 頼朝公の奥州征伐の際

  いち早く重忠様に従うて戦後功を認められ 同じ陸奥の二戸郡  

 に新たな給地を得たのだが

  元久二年(1.205年) 重忠様御謀反の果てに 畠山一族滅亡との

 報せを受けた忠彦殿は 類難を恐れ一族を率いて山の奥深く逃れ

 たまま行方知れずに成ってし申たのだ だが 御子孫は山の狩り

 人として命脈を保ち我が大叔父 秋実様御出向の折り 彼の地の

 案内役として浅利家より遣わされた御方が忠彦殿の血を引く頼彦

 殿であったのだ

  其の際 頼彦殿より進呈されし御品の中に此の棒と同じ物があっ

 た 其の時の物は 御爺殿が義総様へ献上為された故 俺は目録に

 添付された絵図しか目にして居らぬが 間違い無く此れと同じ物だ

  重ねて問う 広 此の撃っ破何処で手に入れた 」

「 清太郎殿の 奥座敷にて でござる 」

「 清太郎殿の 」

「 はっ どうやら間違い無い様ですので 御話し申し上げる

  此の撃っ破を持ち寄りし者 小坂村の北隣り砂子沢村に住す

 砂子沢叉鬼(またぎ)の頭(かしら)にして大木戸頼彦殿を祖父とす

 る大木戸比呂彦と申す御方でござる 」

「 … 何をしに参られた 」

「 然(さ)る御方の御言葉を尊治様へ継ぐ可く …

  との事にござる 」

「 くっ 組頭 尊治様への継ぎ成らば 直に此の御館を…

「 広 叉鬼には 里叉鬼と旅叉鬼の二流が在り猟の為成らば旅

 叉鬼は邦を出る事許されるが 里叉鬼には如何なる事由が在ろ

 在ろうとも其れは許されぬ厳しい掟が在ると伝え聞く 砂子沢

 叉鬼は里叉鬼である筈 … 

  故に 然る御方の何を告げに参ったのかは判らぬが

  其の者 偽りの者であろう 」

  珍しく 他人(ひと)の言を遮るなど 明らかに苛立つ尊治と

 は裏腹に頬傷の男は又もやしたりと笑みを漏らし

「 里叉鬼といえども 鉄砲の買い付けだけは許されるとの事な  

 れば 其れを名目に出て参った其うにござる 成れど他村へ出

 向く事はやはり許されず 故に

  清太郎殿が家の小者を遣わ其うとして居た処へ 」

「 行き着いたのか 」

  頬傷は 御酒を含んでうむと頷く

「 … 鉄砲の買い付けといえども 領主の諾を得ねば邦を出る

 事許されぬ … 名目成らば尚の事 秋実様や父上と昵懇であっ

 た大木戸家に あの勝頼が其れを許す筈も無かろう …

  やはり 其の者偽りの者だ 」

「 なっ 成れど 

  たっ 尊治様 此の撃っ破が 」

「 其の証しと申すか松っ

  同じ物は彼の地に数多在るのだ … …

  尤も … … 浅利家が 滅んだ とでも言うのであれば

  話しは 別 だが … 」

「 … 今頃は … 」

  尊治の豊かな耳がぴくりと応じ

「 今頃 … … 」

「 はっ 比呂彦殿が申すには

  本年の二月 出羽の国の北を東から西へ流れる米代川の中程

 辺り 坊の沢と申す地にて勝頼直属の配下十狐組の上位三組を

 含む六組が謎の一勢と渡り合い結果 上位三組は全滅 他の三

 組も壊滅 虎の子の十狐組を半数以上失うてはもはや抗えぬと 

  浅利勝頼 安東愛季(ちかすえ)殿へ和議を申し入れる模様成る

 も … 今頃は 」

「 … 滅んで居ると 」

「 はっ 」

「 … 其れで 然る御方は何と言うて居るのだ 」

「 浅利を滅ぼした成らば 小坂村の一本杉館を建て直し縁者の

 方々共々其処に根を下ろす所存なり と 」

「 故に 何れ一本杉館へ行く事に成ると口にしたのか 」

「 左様でござる 」

「 俺は信ぜぬ 故に行かぬ

  行きたければ 御前らだけで行けいっ 」

「 尊治様 其の御方は尊治様が此の撃っ破を目にしただけでは

 信じぬであろうと 比呂彦殿へ確たる御言葉を授けて居るので

 ござる 」

「 確たる言葉 其の様な言葉などあろう筈も … … 」

  殻の中の歯車が

  かちかちかちかち かっかっかっかっ ちっちっちっちっと

 速さの度を上げて行き 尊治の記憶は或る羅列へと辿り着く

「 … 何と申した 」

「 三 五 四 と 」

  尊治の奥の歯が きしと軋む

「 くっ 組頭 三 五 四とは いっ 一体 」

「 さあ 俺にも解らぬ 比呂彦殿も何の事やらと首を傾げて居っ

 たが 其れ故に俺は信を措いたのだ

  尊治様 御影の御家に伝わる数列と御見受けしましたが

  如何でござる 」

「 … … くっ あれから五年ぞっ …

  然る御方が俺の知る人であるならば

  謎の一勢が其の御方の率いる勢であるならば

  其の御方は此の五年の間 継ぎのつの字も寄越さず一体何をし

 て居ったのだ 」

「 継ぎも取れぬ程の止ん事無き事情が有ったのでございましょう

  委細は鷹田屋の清六殿が…

「 黙れっ 黙れ 黙れ 黙れいっ 聞く耳持たぬっ 」

「 尊治様 」

「 黙れと申すに 」

  閃光が 尊治の面を阿修羅の如く照らし

  空を破らんばかりの大音に 燭台の炎もゆらと揺れる

「 … 広 … 今の話し 俺の前で二度とするでない 」

  無言で頷く頬傷の男は棒を残したまま部屋を後にし 其れを

 待って居たかの様に 煽られた雨が濡れ縁を濡らし出し 浅黒

 と髭面が雨戸を閉めようとしたところ

「 閉めずとも良い 二人共 今の話しは忘れろ 良いな 」


  空の籠は大籠へと変わり

  中で揺れる小豆も数を増し

  尊治の脳の中で吹き荒れる嵐も

  其の勢いを増して行く

                         つづく






  



 

 

  








 

   御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の五

          白 斑 の 鷹

          しらふ のたか



  余呉ではもう十日余り雨がしとしとと止まずに降り続き

  万亀丸と小虎が此の余呉浦の平館(ひらやかた)へ

  無事の帰澆魏未燭靴討ら既に三日が過ぎて居た

  其の間も御影の者らは皆忙(せわ)しく飛び回り

  蜂が蜜を抱えて巣に帰るが如く

  調べ上げた密を脳へ詰め込んでは

  尊治の面前で吐き出す事を繰り返し

  其の全てを相手に孤独な闘いを続けて居た尊治は

  獺祭の如く広げた様々な絵図を一眺めして後

  杯に残る御酒を一気に呷り

  漸く其の作業に終わりを告げた …

  だが 其の面は暗く何かを確かめる様に広げた絵図を 

  一枚一枚燭台の灯りに照らして見ては

  丁寧に折り畳み 最後の一枚を畳み乍ら

  何処へとも無く向いた口が そろと開く


「 … … 誰か 居るか 」

「  まっ 松之丞 此れに 」

  濡れ縁に控える眉太く 色浅黒い一番組の小頭

  金子松之丞が障子の陰から静かに応ずる

「 明朝 大殿へ申し上げたき儀此れ有りと

  平(ひら)殿へ継いでくれ … … 皆にもな 」

「 はっ … … いっ 愈々で 」

  障子に映る尊治の影がこくりと頷く

「 くっ 組頭がまだ御戻りになられませぬが 」

「 案ずるな 広ら組頭へは既に告げて居る故 どんなに遅くな

 ろうとも朝迄には必ず戻る 」

「 はっ でっ では 」

  立ち上がり様 ぐっと拳を握り締めて下がる松之丞と入れ替

 わり 顔中髭だらけの同じく一番組の小頭 手塚龍蔵が開け放

 たれた障子の間に片膝付いた

「 龍(たつ)か 如何した 」

「 はっ たった今橋本長兵衛殿が参られ此れを尊治殿へ御渡し

 下されと … 」 

  髭面は 脇に抱え持つ細長い桐の箱をそっと差し出し

「 御上がり下されと申し上げたのですが

  美濃は垂井で御待ちの 織田信高様の許へ急ぎ戻らねば成ら

 ぬ故 と申され … 」

「 近々 清州の御城にて織田家の向後を話し合う会が催される

 との事 其れに備える可く急いで居られたのであろう 」

  尊治は 箱から取り出した一軸の紐を解(ほど)き 板敷へそっ

 と広げて眺め見る

⦅ … こっ 此れは … ⦆

「 長兵衛殿の御言葉其のままに申し上げまする

  以前より 鷹田屋(おうたや)の主 田中清六殿より

  尊治殿の床の間は無掛けと聞き及んで居りました故

  差し出がましいとは存知つつ御持ちはしたものの

  若い頃の拙い作成れば 愛でずとも側に置いて下さるだけで

  此れ幸いなり との事でございました 」

「 長兵衛殿は此の絵を取りに 一度敦賀へ戻られたのか 」

「 はっ 故にあの時 尊治様の御誘いを断ってし申たのだと

  深く頭(こうべ)を垂れて居られました 」

⦅ … やはり 長兵衛殿 … 彼方様は … ⦆

  尊治が促す迄もなく 一軸を床の間へ掛けて一幅とした髭面

 の口が大きく開く

「 流石は長兵衛殿 長谷川先生の鷹と違うて見事な鷹でござり

 まするな 」

「 鷹の名匠にして鷹絵師としても誉れ高い御方なのだ

  仏画が御専門の長谷川殿と比べては成らぬ だが龍

 あれはあれで良い絵ぞ

  あの絵の主役は大殿なのだ 大殿の威厳を際立たせる可く

 長谷川先生は敢えて大人し目な鷹と為されたのだ 」

  余計な事を申しましたと 軽く頭(こうべ)を垂れた髭面は

⦅ 尊治様は もう絵筆を持ちませぬのか ⦆

  想いつつ 隣室から持ち出した燭台に火を点じて灯りを増や

 し 尊治が床の間へ膝を向ける動きに合わせて斜め後ろへそっ

 と腰を下ろす

  左右から照らし上げられる鷹の眼は凄みを増し

  天高く舞い上がり

  旋回から片翼を縮めつつ横転し様

  首をぐるりと回して此ちらを睨む姿は

  狙い定めた獲物目掛けて 今にも絵の中から飛び出し

  見る者に襲い掛からんばかりの迫力で迫る

⦅ 若い頃の作と謂えども 此の大胆にして緻密な筆遣い …

  美しくもあり 鷹の賢さと獰猛さを見事に表して居る …

  比べるのも失礼だが

  此の絵に比べれば 俺の絵など … ⦆

「 おっ みっ 見事な鷹絵でございますな

  そっ 其れがしにも篤と見せて下され 」

  酒瓶を手に戻った浅黒は 髭面が尊治様の後ろへ控えて居る

 成らば俺も宜しかろうと 尊治の諾も得ず髭面の隣へどしりと

 腰を下ろす

「 おっ おい龍 

  こっ 此れはもしや長兵衛殿の 」

「 応よ 先程参られて尊治様へと置いて行かれたのだ 」

「 はっ 初めて目にするが

  なっ 成る程 

  さっ 流石は音に聞こえし長兵衛殿の鷹絵よ 口には出せ

 ぬが何方かの鷹と違うて見事な鷹でございますな 」

「 御前は見る目が無いのう

  あの絵の主役は大殿なのだ

  大殿の威厳を示す可く 長谷川先生は敢えて大人し目な鷹を

 描かれたのだ だが松よ あれはあれで良い鷹ぞ 」

「 ふんっ おっ 俺と同じで絵心を持たぬ御前に其の良し悪し

 が解るものか

  どっ どうせ尊治様の受け売りであろう …

  えっ 絵と申さば 尊治様が絵筆を持っておられる姿を

 近頃とんと御見掛け致しませぬが もう絵は御描きに成られ

 ぬのですか 」

  尊治は 御酒の代わりに笑みを含んで茶を濁し

「 松 其の御酒は平殿からか 」

「 はっ よっ よくぞ決心してくれたと 其して必ずや生き

 て御戻り下されと

  まっ 又 其れを請い願う事しか出来ぬ此の老いぼれを赦

 して下されとも 涙乍らに申されて居られました 」

「 赦して下されとは … 

  あの事をまだ悔いて居られるのか …

  赦すも赦さぬも 赦そうにも赦せぬのは奴らの事よ

  奴らの手に掛かり 落とさずとも良い命を落として逝った

 者らの無念は言うに及ばず 両御本家様の胸の内を想察すれ

 ば やはり出張らねば成るまい 」

「 まっ 迷うて居られたのですか 」

  尊治は又もや笑みを含んで場を濁し

「 松 そろそろ懐に在る物を出したらどうだ 」

「 よっ 宜しいのですか 」

「 端から其の積もりで居ったのであろう 」 

「 はっ でっでは 鬼の居ぬ間に何とやらと申します程に

  おっ 御言葉に甘えまして ほれ龍 」

「 応っ 御相伴に預りまする 」

  浅黒が取り出した杯へ 髭面が耳に心地よい音を立て

「 御前達と三人切りで飲るのは久し振りだな

  先ずは長兵衛殿へ 」

  尊治の声に合わせて 床の間へ杯を捧げた三影は 改めて

 杯を差し合い 再び心地よい音を立て様とした髭面の手がぴ

 たりと止まり 髭にまみれた口をぽかりと開けたまま濃い睫

 毛に挟まれた瞳がきょろと上を向く

「 … … あっ 松 御前が邪魔をするから忘れる処であっ

 たわ 申し訳ござりませぬ尊治様

  長兵衛殿 其の去り際に此うも申されたのでござる

  信高様の御母堂於鍋の方様並びに 信高様の弟君 信吉様

 妹君の於振(おふり)様らを安土の御城から蒲生家の本城日野の

 城迄 御無事に御移し出来ましたは 明智方の精鋭明智秀満率

 いる光秀自慢の鉄砲隊を 尊治殿が束ねる弟組が良く防ぎ時を

 稼いでくれた御陰でござる

  此度の御影畠山弟組の御働き実に見事 真に天晴れ

  流石は御影畠山の当主 政治の子よと 長兵衛殿其れは感心

 しきりでございました

  其れがし想いまするに 此の絵はあの時の感謝の意を込めら

 れた御品でござりましょう 」

⦅ … … あの時 我らは何時もの様に 賢秀殿の要請に応じて

 出張り 現場では松軒殿の助言を得て氏郷殿の指揮の下戦うた

 迄の事 見事な御働きは我らより寧ろ … ⦆

「 みっ 妙だな 」

「 何が妙なのだ 」

「 おっ 思い出せ龍 長兵衛殿と会うたのはその時が初めてな

 のだぞ

  あっ あの時 尊治様は御影畠山弟組の頭領尊治と名乗りは

 したが 御父上の政治様の事は一言も口に為されては居らなかっ

 たではないか 」

「 確かに だが長兵衛殿は清六殿と知己の間柄なのだ

  政治様の事を清六殿から聞いて知って居たとしても何の不思

 議もなかろうよ 」

「 そっ 其う言われれば其うなのだが …

  なっ 何か腑に落ちぬ 」

「 どう腑に落ちぬと言うのだ

  真逆 政治様と長兵衛殿は見知り合うた仲とでも言いたいの

 か もし仮に其うだとするならば 清六殿は何故尊治様へ御伝

 えせずに居たのだ 」

「 ゆっ 故に妙だと申して居るのだ

  もっ もしかしたら 仕合うた仲やも知れぬ 」

「 ばっ 馬鹿な 尊治様は何と思われまする 」

「 龍 俺は何時迄待てば良い 」

  髭面が慌てた音を立てて注ぐ御酒を口に含むなり

  尊治の二重の目蓋が僅かに狭まり 其の奥に詰まる脳の一部

 が かちりと過去を遡り始めた

「 … 龍 長兵衛殿の以前の御名を存知て居ろう 」

「 はっ 牛欄(ぎゅうらん)殿と 」

「 うむ 現在(いま)の御名は此の三月に改められた其うだが

  御前達も眼にしたであろう あの御方の暴れっぷりを 」

「 はっ 初手は鷹匠にして鷹絵師でもある牛欄殿が何故信高様

 の臣を差し措き信高様の名代として兵を率いて参られたのかと

 得心が行かずに居たのですが

  齢五十程と御見受け致しましたが あの女御(おなご)の様な

 細身の身体の何処に あの様な膂力(りょりょく)を御持ちなの

 か 六尺余りの金砕棒(かなさいぼう)を自在に操り 掛かる相

 手を意図も容易く打ち倒して居られ 故に我ら 」

「 あっ あの御方只者ではない

  もっ 元は何処ぞの将であろうと

  たっ 龍と二人で話し合うて居たのでござる 」

「 御前らも余裕だな

  あの矢弾の飛び交う最中(さなか)にか 」

「 あっ いっいえ ひっ 一息付いた頃にございます

  のっ のう龍 」

「 ふっ まあ良い 

  実を申さば 俺も一時見惚れて居たのだ

  俺も力には自信が有るが 龍 俺より力の有る御前でさへ

 あの金砕棒をああも自在には操れまい

  あの鮮やかな用兵も然ること乍ら 其の余りに見事な金棒

 捌きに 是非とも一献傾けたしと御誘い申し上げたのだが

  真逆 此の絵を取りに敦賀へ戻られて居たとは …

  やはり あの時 御尋ねする可きであったな … … 」

「 たっ 尊治様 一体何を … 」

「 松 龍 御前達には初めて口にするが

  幼き頃出羽の比内郡に 鬼にも勝る金砕棒の使い手が居った

 と 御爺殿から聞いた事がある

  其の者 平時は鷹をこよなく愛し 愛でる姿は童女の如く

  成れど一朝事有らば 愛用の金砕棒を手にまるで暴れ牛の

 如く 打ち寄せる敵をばたばたと薙ぎ倒す 其方の父政治で

 さへ一目置く程の真の剛の者が居ったと … 」

「 でっ 出羽の比内郡 …

  まっ 真逆尊治様 長兵衛殿の真の御名は

  あっ 浅利 … … 」

「 うむ 婿だがな

  おそらく あの御方は元比内八木橋城主 浅利政吉殿であろ

 う あの金砕棒は我が大叔父 秋実様が差し上げた一振りだ

  石突きに隅切り角に田の字紋の刻印が彫り込まれて居った

 故先ず間違いない 」

「 ゆっ 故に御尋ねする可きであったと 」

「 うむ 因みに牛欄とは 暴れ牛に例えられし己が其の身を戒

 める可く 欄(おばしま)に繋ぎ留めて措く様を表して居るのやも

知れぬな 」

「 隅切り角に田の字紋とは 現在(いま)は村の名の国友で統一

 されてしまいましたが 其の紋は清六殿の御実家 嘗ての鍛治

 の田中屋の屋紋ではございませんか 」

「 良う存知て居るな龍

  国友村の鍛治衆の屋紋は元来 槌の面に見立てた隅切り角の中

 へ各家の頭の文字を当てるのが倣いであった其うだ

  其うか 御前の野太刀は清六殿の父 先代の清太郎殿が鍛えた

 業物であったな 」

「 はっ 祖父の代から未だに折れもせず 曲がりもせず 研がず

 とも磨きを掛けるだけで斬れ味落ちぬ 真に見事な御刀でござい

 ます 」

「 … … あっ … … 浅利 … … あの長兵衛殿が …

  おっ おいっ 龍っ 

  ごっ 御酒なんぞ飲ってる場合ではないぞっ 」

「 解って居る焦るでない松

  俺達の足成らば今から追うても十分間に合う

  尊治様 我らまだ酔うては居りませぬ

  御許しを頂けます成らば 俺と松とで … 」

「 別に止めはせぬが

  俺は此の御酒が別れの盃と覚悟せねば成らぬな 」

「 たっ 尊治様

  いっ 如何に長兵衛殿とて俺と龍の二人を相手にしては … 」

「 御前ら 万亀丸と小虎が熊沢を討ったと耳にし 其れに触発さ

 れてし申たのであろう 其の気概は買うて遣るが二人共早合点す

 るでない 」

「 はっ 早合点 」

「 うむ 一本杉館襲撃は永禄九年(1566年)の事

  浅利政吉殿が比内を出奔為されたのは 俺が生まれた翌年永禄

 五年(1562年)の事だ

  故に浅利政吉殿 … 長兵衛殿は あの襲撃には関わり合うて

 は居らぬのだ 」

「 なっ 成らば尚の事 何故長兵衛殿は素性を明かされず清六殿

 も尊治様へ御伝えせぬままに居るのでございます 」

「 察するにだ 長兵衛殿は城持ちの将であり乍ら主家を棄てたの 

 だ あの浅利勝頼の事だ 奉公構えの罰だけで済ます筈も無かろ

 うよ 」

「 あれ程腕の立つ御方が 刺客を恐れるとは想えませぬが 」

「 恐らく 清六殿の身を慮(おもんばか)っての事だ 」

「 と 申されますと 」

「 龍 此の鷹を見て何か感じぬか 」

「 感じぬかと問われましても 何分其れがしには絵心と申すもの

 が … おいっ 松 」

「 おっ 俺に振るな … いっ いや待て … 

  なっ 何やら身体全体が白い斑点で覆われて居る様な …

  たっ 尊治様 

  こっ 此の鷹は もしや 」

「 判ったか松 名を無双丸

  信長様が 此れ稀代の物にして我れ第一の自讚也 と迄公言 

 して憚らぬ程 御寵愛為された白斑(しらふ)の鷹だ 」

「 こっ 此れが清六殿が鷹商として世に出る切っ掛けとなったあ

 の白斑の鷹 」

「 其うだ 此の白斑の鷹は清六殿が捕らえた鷹に間違い無いもの

 の 此れ迄何処の何方の手を介して信長様へもたらされたものな

 のか 秘された儘で居たのだが … 」

「 そっ 其の何処の何方が長兵衛殿 」

「 うむ 信長様が其れ程迄に御気に召された鷹なのだ

  其の鷹に関わり合うた者の名が広く世間に知れ渡りし事は 一

 介の鷹の捕り手であった清六殿の出世振りを見れば此れ明らかで

 あろう 」

「 成る程 浅利家は 長兵衛殿の所在を探るのにわざわざ人を派

 さずとも 又候(またぞろ)鷹捕りに出向いて参る清六殿を只じっと

 待って居れば其れで良い でございますな 

「 其ればかりではない 

  鷹匠の牛欄と言う御方 実は浅利政吉殿でございますと清六殿

 が俺に告げてし申ては 俺は迷う事なく其の御方の許を訪ねるで

 あろう

  だが 我らは蒲生家御預かりの身

  其の諾否を伺うには 臣が居並ぶ賢秀殿の面前にて訪ねる御方

 の素性を明らかにせねば成らぬのだ

  己れの家に関わり無き事には 口に戸を立てぬ今の世

  牛欄殿の素性は忽ちにして蒲生家のみならず 織田の御家中に

 迄知れ渡る

  浅利家は 同じ出羽の安東家を介して信長様の御嫡男 信忠様

 と誼を通じて居たのだ

  牛欄殿が浅利政吉である事も 其の所在も 浅利家の知る処と

 成るのに然程時は掛かるまい

  又 其れを秘したままに居た清六殿を 浅利家が赦す筈も無く

 牛欄殿の素性が知れた時点で 清六殿の命も其処で尽きる 」

「 故に 清六殿は告げずに居られたと 」

「 と言うより 長兵衛殿が口を止め措く様諭されたのであろう 」

「 信長様は存知て居られたでしょうか 」

「 であろうな 

  信高様の兵を率いて参られたのが其の証し

  鷹匠や鷹絵師としての長兵衛殿は勿論の事 侍将(じしょう)と

 しての力量を余程買うて居たのであろう

  此度の事が有らずとも 織田の御家に一朝事有らば 何時でも

 出張れとの御墨付きを貰うて居たのやも知れぬな 」

「 政治様も 白斑の鷹に関わり合うて居られたでしょうか 」

「 無論だ 

  彼の地 出羽と陸奥に於ける鷹捕りは 我が御影畠山家に取り

 大事な御役目の一つであったのだ

  清六殿は其の捕り手の一人 …

  関わり合うて居るから此其 …

  長兵衛殿は此の絵を …

  御持ち下されたのだ … … … 」

  話し乍ら 尊治の脳に或る疑念が湧いて出る

「 なっ 成れど尊治様

  ちっ 長兵衛殿は何故 素性を察し兼ねられぬ此の白斑の鷹絵

 を 御持ちに成られたのでござりましょうな 」

⦅  其うなのだ松 金砕棒にしても然り …

  もはや隠す必要は無い … 其う言う事なのか …

  もしや … 真逆 … … ⦆

  浅黒の素朴な問いが尊治の疑念の的に突き刺さり 脳皺(のう

 しゅ)からじわりと滲み出た疑奬(ぎしょう)が小さな渦をゆらと

 巻き初めて行く

「  尊治様が御誘い為された時に もはや隠し応せぬと観念為

 され敢えて此の絵を選ばれたのであろうよ 」

「 そっ 其うだな 

  かっ 観念為されたのだな

  にっ にしても 陸奥の国は鹿角郡(かづのごうり)の小坂村

  のっ 能登畠山家の出張り所であった一本杉館は既に朽ちて

 居ろうが 一度は行ってみたいものよのう 」

「 行ってみたいでは無いぞ松 必ず行くのだ

  行って 十狐組とか申す者共を浅利家諸共叩き潰して遣らね

 ば 俺の気が済まぬわっ 」

「 すっ 済まぬ気は皆同じぞ … 

  よっ よし成らば龍 先ずは俺と御前で物見に行くか 」

「 応よ 良う言うた

  行った成らば十和田成る湖(うみ)が 真に此の余呉や近江の湖

 よりも美しい湖であるのか 確と確かめて見ねば成るまい 」

「 とっ 十和田の湖は 南部家直轄の不入山(いらずやま)の地

 遊山で行ける湖ではないぞ

  そっ 其れより 先ずは組頭の諾を得るのが先であろう 」

「 なあに 尊治様が約して下されれば 組頭とて否とは申されま

 いて 

  尊治様 他の者に先を越されぬ様今宵の内に約して下されませ 」

  突然

  真昼かと見間違(みまご)う程の閃光が煌(きら)めき

  物憂気(ものうげ)な笑みを浮かべて居る尊治の目尻が明るい笑み

 に変じ 其の視線の先を追う浅黒の手元から どかんと凄まじい音

 と共に杯がぽろりと転げて落ちた

「 何だ もう酔うたのか 雷何ぞに驚き居って

  折角の御酒が勿体無いではない … … か … …     」

  浅黒へ向いた髭面の瞳に 又もや煌めく稲妻を背に 肩に金棒を

 担いで仁王立ちに立ち鬼の形相で二人を睨み付ける 頬に傷持つ男

 の姿がすらりと映り込み 唖然とする二人は我に返るなり滑る様に

 後退る

                         つづく

    


  


 


  


  





 

 




    

   御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の四   

           敵 

           てき   



  翌夜此の日は一粒の雫も落ちぬまま一日が終わろうとして居た

  今宵の石動山は艶消しを施した様な漆黒の闇に包まれ 

  其の闇に抗い数本の松明が揺れ乍ら列を為して居る

  赤備えの甲冑に良く映える 

  柳色の地に木賊(とくさ)色に染め抜いた六葉木瓜紋の旗指物も

  此の暗闇の中

  松明の灯りだけでは 其の美しさを誇示出来ずに居た

  闇を纏う美麗な武者を従えた遊佐家の若き主

  遊佐秀光が御山を見廻りがてら

  荒山の竜三郎の陣屋から戻ったのは

  其んな時刻も判らぬ程の呂色の夜であった

  遊佐秀光 右頬に痛々しい火傷の跡が残るものの 

  元々端正な面立ちで背も高く畏怖堂々たる若武者である

  其の若武者へ鶏がらの如き老武者が

  尖った嘴(くちばし)を突(とつ)と向ける


「 秀光殿 村島殿の御用とは一体 」

「 荒山砦の修築ほぼ目処が付いた故参道の東 多根道の守りは

 村島殿の手の者が受け持つ其うでござる

  故に 遊佐殿は此の参道の西 下馬礼と仁王門の守備に徹して

 下されとの事成れば叔父上 其の旨皆に伝えて下され 」

「 其れは何より 此れで兵を分けずに済みますな 」

  からからと 下卑た笑みを浮かべる鶏がらの横で嘆きの息を漏

 らす男が一人

⦅ … … たった其れだけの事で わざわざ秀光様を呼び出すとは 

  真逆 あの狐蛇面(きつねじゃづら)の下に付くとはのう …

  本来成らば あの狐蛇面から出向いて来るのが筋と言うもの

  温井家とて既に落ちぶれて居る家 其の落ちぶれた家の臣の

 下に付いた我らは正に落ちた と言う事だな … … ⦆

  右の蟀谷(こめかみ)の辺りから眉をなぞる様に深く長い傷が残

 り 為に常に半眼しか右目を開けられぬ屈強な武者が 己の容姿

 は扨措き心の内で自由な呟きを続けて居る

⦅ … … 此処に居る者らと 同じ指物を背負うては居るが

  今の俺には遊佐家の御家再興も 主の仇討ちももはやどうでも

 良い事よ … …

  此奴らと居れば 何れ俺の敵に再び逢えるやも知れぬと思うて

 参陣して居る迄の事

  あの狐蛇面は好かぬが … 今は奴に従う外あるまい … ⦆

「 十蔵 不満気な顔付きだな 言いたい事が有らば申せ 」

「 はっ 今朝方の触れによりますれば

  昨日(さくじつ) 曲者を取り逃がした廉(かど)により

  熊沢以下物見組の十名が斬首に処せられたとの事

  其の状況の最中 如何に砦の修築に目処が付いたと謂えども

 村島殿は何故(なにゆえ)自身の一隊を割いて迄 多根道の守りに

 就かせねば成らぬのでござる 更に

  此の石動山に忍び入る前田の間諜は 我らに狩れと申されて

 居られた筈 故に我らは此の参道の東西に陣を張ったのではご

 ざりませぬのか … 

  此度の村島殿の差配 其れがしには何とも解せませぬ 」

「 案ずるな十蔵 

  前田の間諜狩りには 左右組が当たる其うだ 」

「 ほおうっ 奴ら 甲斐から戻りましたか

  成れど 銭も払えぬのに 何故でござる 」

「 何でも 左右組の頭領左近と倫組の頭領とは因縁浅からぬ仲

 成れば 此度の左右組の出張りは私闘故 銭は要らぬとの事だ

  今の世 因縁浅からぬ相手が居らぬ方が稀 と想うがな …

  其れは扨措き 遊佐殿は遊佐殿の因縁浅からぬ相手へ当たっ

 て下されとの事だ 」

「 我らの因縁浅からぬ相手とは … まっ 真逆 秀光殿 」

「 其の真逆でござる叔父上 … … 此れを 」

  見て下されと 秀光は腰の後ろから抜き取った矢を二人の前

 へ差し出し 其れを手にした鶏がらの尖った嘴から頓狂な声が

 上がる

「 こっ 此れは まっ 正しく … ひっ秀光殿っ 」

  其の矢は 矢筈の切り込みの片端がほんの少しだけ斜めに削

 いであり 十蔵の半開きの眼(まなこ)もぎろりと其れへ向く

「 熊沢ら物見組は奴らに殺られたのだ

  あの村島が熊沢の首を刎ねるなど 有り得ぬ事よ

  察するに 兵の士気が落ちてはと隠蔽に走ったのであろう

  だが 叔父上の申された通り 我らは兵を分けずに済むのだ

  どうだ十蔵 此処は村島の姑息に乗って遣ろうではないか 」

  引き釣る目蓋を閉じて諾と応ずる十蔵の口の端が つられて

 僅かに上を向き奥の白いものがちらりと覗く

「 成れど秀光殿

  昨年の事は 長(ちょう)家の仕業でござると伝えて居るものを

 村島殿は何を以て奴らが我らの因縁浅からぬ相手などと 」

  秀光は 其れは聞こえぬ素振りで言葉を繋ぐ

「 叔父上 奴らを葬る良い機でござる

  御影は我ら遊佐が一手に引き受けましょうぞ 」

「 のっ 望む処でございます のう十蔵 」

「 十蔵 奴らの眼を他家に向けさせては成らぬ

  明朝 我が陣屋 此の仁王門に六葉木瓜紋の幟旗を林の如く

 立てさせよ

  誰にも邪魔はさせぬ

  来るなら来いっ尊治

  此度此其 決着を付けてやる

  十蔵 … 此度は抜かる出ない 良いな 」

「 あの折りの借りを返さねば成りませぬ故 …

  お任せ下され … … 」


  此の男に取り 

  忘れ様とて忘られぬあの折りであった

  あの折りから早一年が経つ

  昨年の四月 前田勢が七尾城を奪回した際 城を捨て落ちた

 温井 三宅の勢が此度の様に荒山に籠る間に 遊佐勢は能登の

 鳳至郡は小石村迄落ち延び 其処で幾組かに分かれて潜伏して

 居たのだが 其の暮らしが二月(ふたつき)もの長きに渡り忍ぶ暮

 らしに痺れを切らした遊佐の当主遊佐盛光は 能登脱出を図る

 可く前田の探索方の眼を窺い乍ら父の続光と策を練り 練り上

 げた策の継(つな)ぎ役を十蔵に命じたのである

  其してあの折り

  其の夜は 今宵とは比べものに成らぬ程

  明るい月の夜であった


  各隠れ家へ無事に策の継ぎを付け終えた十蔵が 三名の郎党

 と共に続光 盛光親子が身を寄せる狂言師 翁(おきな)新五郎の

 屋敷へ戻る途次

  屋敷の二町程手前の四つ辻に差し掛かった所で 辺りに漂うた

 ただならぬ気配を察した十蔵は 直ぐ様両手を広げて皆を制し

 鋭い眼を前へ向けたままゆるりと顎をしゃくる

  忽ち緊張の糸が走り 十蔵を真ん中に三名の郎党はやや開き

 気味に其の後へと続く

  皆 既に抜刀を終えて居り 腰を屈め乍ら月の明かりの届か

 ぬ所へ眼を凝らし 風も無く仄暗(ほのぐら)い夜の静寂(しじま)

 に誰も異を唱える事なき男達が 音も立てずにそろりと歩を進

 めて居た其の矢先

  張り詰まる糸を裁ち切り 飛音が迫る

「 散れっ 」

  十蔵が矢を払うより先に声を発するも

  十蔵の傍に立つ郎党は 己の胸に突き立つ矢を見詰め乍ら

 ぐうっと唸りばさりと頽(くずお)れ 左右に分かれた二人は 

 軒下の板戸を背にぎろりと前を睨み 十蔵の歩度に合わせてじ

 りと進む

⦅ … 然程 遠くは無い所から放って来た様だが … 

  弓弦(ゆんづる)の音がせぬのは何故(なにゆえ)か …

  ほおうっ … もしや … ⦆

  想いを巡らせて居る間に左右の郎党は互いに眼を配り 十蔵

 を援護す可く歩度を速めて四つ辻迄一気に進み様 交わる道を

 軒下の角から顔だけ出して覗き込む

「あっ いかんっ 」

  矢場根が闇を切った

  十蔵の叫びは矢の盾とは成らず

  飛音と共に二人の胸へ届けられた矢は 板壁迄達し二人の両

 腕がだらりと下がる

  もはや縣(けん)と化した二人を尻目に 瞬時の内に辻の中央

 迄進んだ十蔵は月明かりに身を晒け出し 晒け出す事で敢えて

 己れを的とし矢を誘う

  三度(みたび) 矢羽根が空を切る

  十蔵は 素早く左へ跳んで左の矢をかわし様 右の矢を刀で叩

 き落とし 構えを直す十蔵の気組みはみるみる高まり其の極みに

 到るも 右手がそっと懐に忍び入る

⦅ … … … … … 来るっ ⦆

  十蔵が眼を凝らす道の左右から 勢い良く地を蹴る音がした

 刹那

「 待てっ 」

  蹴り足を製する声と共に 影が三(みっ)つぼやりと浮かび上が

 り すらりとした長身の男が気組み無く 月の明かりの届く所迄

 数歩進んで歩みより其の姿を現した

  敵 と成る男であった

  男の両脇に爐〞の字に曲がった棒を持った若い影が立ち並び

 共に不満気な面を向けて居る

「 万亀丸 小虎 奴には御前達が放つ矢は通じぬ

  其れ以上間を詰めては奴の思う壺だ 奴は出来る

  二人共下がって居れ

  間違うても手を出すで無い 」

  二人は 棒に矢を番えたまま渋々後退るも左手に 二の矢を

 握る事を忘れてはいなかった


  二人が持つ棒には

  矢がすっぽりと収まる程の溝が彫ってあり

  片方の端は棒を振り抜く際 棒を握る手が矢の妨げに成らぬ

 様握りの部分が少しだけ爐〞の字に曲がり もう一方の端は

 僅かに突起し 矢筈を番える為の薄い板金が嵌め込んである

  御影の者は此の棒を投矢の棒と呼び長さは人により様々だが

 殆どの者は二尺程度の物を用い 中にはより強くより遠くへ放

 てる様指や手首を引っ掛ける紐輪を施す者も居た


  十蔵は 遠退く棒を眺め乍ら

「 … 投矢の棒か …

  懐かしい物を見せて貰うたが

  汝(うぬ)らの顔に覚えは無い 

  あの餓鬼の手の者か 」

  敵は 何も応えず刀も抜かず 未だ気組み無く 棒立ちのまま

 である

「 若いの 其の動じぬ様は余程腕に覚えが有るのか 其れとも配 

 下の手前見得を切っては見たものの怖じ気づいて名も名乗れぬか

  何れにせよ 此の俺に刀で対一を挑むとは何とも命を粗末にす

 する奴よ 

  たが 彼の世で感謝する事に成る 苦しむ事無く逝くでの 」

「 ふっ 御主此其 

  誰に殺られたやも判らぬまま逝ってし申ては嘸無念であろう

  故に 名乗ると致す

  我は 御影畠山弟組一番組頭 原 広之進

  遊佐の御方よ 其方(そなた)を通す訳には参らぬ故

  御相手致す 」

「 ほおうっ やはり 宏実(ひろざね)の弟の組か …

  何時ぞや 東の馬場で暴れたのも汝らの仕業と聞いた 以来

 汝らとは一度仕合うてみたいと想うて居たのだ 宏実の兄組と

 仕合えなかった代わりになあっ 」

⦅ … まだ抜かぬか … やはり此奴速抜きか …

  速抜きなど戦場(いくさば)では何の役にも立たぬものを …

  まあ良い 今は対一 先ずは抜かせる事だ

  抜かぬなら

  抜かせてみしょう其の刀

  抜いて此其知る

  己が命よ … …

  たが 此の俺を相手に 果たして抜けるかどうか …

  原 広之進とやら 柄に手を掛けた時が御前の命の果つる時

  覚悟せよ … ⦆

「 … 若いの … 兄組は出来たぞ

  弟組といえども汝も組頭成らば そこそこ腕は立つのであろ

 うのう … がっかりさせてくれるなよ少しは楽しませてくれ

  我は 遊佐右衛門尉盛光様が臣

  徒(かち)武者組頭 境 十蔵 … … 参る 」

  言うなり

  広之進の右へ突進する十蔵は 刀を右下段から左に変え様 素

 早く左へ跳ぶのと同時に再び右下段へと変じ刀の切っ先を広之進

 の首元目掛けて突き上げた其の刹那

  鈍い音と共に 右の蟀谷から眉をなぞる様に強く 鋭い衝撃 

 を諸に受けた十蔵は 怪訝(けげん)な面を広之進に向けるなり 

 突き上げた筈の刀の切っ先を地に突き刺し 咄嗟に身体を支えは

 したものの 多量の血が一気に噴き出 意識は早くも混濁し 脳

 の中で何故だの文字が激しく渦を巻き終(つい)には 突き刺した

 刀に未練を残しつつ背中からばたりと倒れ 朦朧とする意識の中

 で 血に染まる其の眼に幾重にも重なる天月が揺れて映る

  広之進は 十蔵が左へ跳ぶのと同時に凄まじい気を瞬時に解き

 放ち 抜刀仕様左足を後ろへ流して踏ん張り眼にも止まらぬ速さ

 で刀を薙いだ

  神速の刃は 脳迄達しなかったものの骨を深く傷付け手応えは

 十分に想えた

「 御見事でございます組頭 」

  声を掛け様駆け寄る二人の背中越しに 鏑矢の矢音が月夜の空

 を切り裂き音の程を変えて何処ぞへ落ちて行く

「 どうやら間に合うた様だな

  万亀丸 小虎 手筈通り連龍(つらたつ)の許へ矢文を打ち込ん

 で参れ 」

「 しっ 然し 組頭 」

「 然しも糞も無い 御前達の足でさへ 此処から連龍の営地迄一

 時は掛かるのだ 一刻を争う 俺に構わず行けいっ 」

「 … … はっ では 行くぞっ小虎 」

  懐から取り出した手拭(たのご)いを 広之進の左の手の内へ捩

 じ込み様踵を返した万亀丸は 小虎と共に闇に駆け入り 二人の

 足音が寂と化した頃 弟組三番組頭 鹿島傳助(でんすけ)が手の者

と共に息急(せ)き切って馳せ来(きた)る

「 広っ 」

「 … 傳か 」

  傳助へ向いた広之進の左頬から流れ出る血が 裂けて剥き出

 た鎖帷子(くさりかたびら)へ滴り落ち 刀を杖に広之進の両膝が

 がくりと地に着いた

「 傷を負うたのか 」

「 ああ だが大事無い 安ずるな 」

「 其の傷の何処が大事無いだ

  頬骨が見えて居るではないか … 貸せっ 」

  どしりと尻を付いた傳助が 手拭いを頬の切れ目に当てる間に

 散開を終えた手の者らは 暗闇へ眼を凝らしつつ辺りを窺う

「 尊治様が此の傷を眼にしたならば

  やはりもっと人を割く可きであったと 申されるであろうな 」

「 馬鹿を申せ 押し込み方は一人でも多い方が宜しかろうと

  俺から申し出た事だ 尊治様が気に為される事では無い

  其れより 手筈通り二人を連龍の許へ向かわせたが 上手く

 殺れたのだな 」

  言い乍ら 柄にくっついて離れぬ右の手指を 空いた左手で一

 本ずつ解きほぐして行く広之進の尻が 最後の一本を剥がした途

端どさりと落ちた 

「 … … 余程の相手だった様だな 」

「 ああ … 堺 十蔵だ 」

「 なっ 何っ 徒武者組頭にして猿(ましら)の異名を持つあの

 堺 十蔵なのか 」

「 ああ … …

  源心殿から手練れの中の手練れと聞いては居たが 

  刀捌きも然(さ)る事乍ら あの尋常では無い変わり身と詰めの速

 さ …

  遊佐の堺 十蔵 噂に違わぬ凄腕よ … …

  真に 恐ろしい相手であった 」

「 広っ 御前 継ぎ役が堺 十蔵と知って自ら手を挙げたのか 」

「 ああ … 其れより首尾は 」

「 おっ応っ 屋敷が広い上に固め手が意相外に多くてのう

  初手は手間取ったが盛光の首は尊治様が刎ねた

  続光の首は俺が胸を突いた処を透かさず勝(かつ)が刎ねてくれ

 た 今頃は火の始末をしがてら其の両首 前庭に晒して居ろう

  然し 此奴が居らんで良かったわい

  傷を負うた者は何人か居るものの 誰一人命を落とさずに済ん

 だのは御前の御陰だ 」

「 秀光は … 秀光はやはり居らんかったのか 」

「 うむ 兼ねてからの知らせ通りよ 居らんかった …

  残念だが仕方有るまい 

  限られた日数の中 其れを承知で出張って参ったのだ

  心の何処かでもしかしたら居るやもと願うて居たが 今更探ろ

 うにも時が足りぬ

  其れに 此度の事が我らの仕業と知れては 蒲生家や源心殿へ

 御迷惑を掛けてしまい兼ねぬのだ

  此度は諦める外 手は有るまい … 

  何だ広 ほっとした様な顔をし居ってい 」

「 ふっ 御前此其 … だが 

  何れは殺らねば成るまい 」

「 うむ 何れはな 」

  秀光の父祖討ちに 直接関わる事無く終えた広之進は 多少

 の後ろめたさを覚えつつ 手拭いをきつく巻き 立ち上がり様

 ぱちりと刀を納めた

  其処へ 物見の者が駆け寄り様片膝付いて告げる

「 両組頭 人が来ます 」

「 うむ 広っ 尊治様が御待ちだ 引き上げよう 」

「 傳 直ぐ様後を追う故先に行ってくれ 」

  小さくうむと頷く傳助は 大槍をぶんっと一振りさせ 手の者

 率いて闇へ消え入り

  きつく結んだ手拭いが 低く震えて語り出す

「 俺の腕が御主より勝って居た訳では無い

  型通り抜いて居れば 抜き終えぬ内に御主の刀の切っ先は俺の

 首を貫いて居たであろう … 

  勝負の分かれ目を敢えて口にする成らば

  俺の腕の長さが ちょんこと勝って居たのであろうよ

  其の傷ではもはや助かるまい

  既に痛みも越えて居ろう 故に止(とど)めは刺さぬ

  せめてもの情けだ 月を仰いで逝くが良い

  さらばだ 堺 十蔵 」

  … … 程無く

  数人の郎党と共に 翁新五郎率いる一座に紛れ込んだ老武者

  遊佐長員(ながかず)が 酔声を上げ乍ら四つ辻へ通り掛かる 

  此の一行は十蔵とは別に 長の潜伏を労いがてら盛光が鶏が

 らへ策を託し 秀光の許へ向かわせて居た者共であった

  此処で 其して其の先で何があったのかを悟った鶏がらは

 主の生死を確かめるより己れの命を優先し 長居は危険と 辛

 うじて息を繋いで居る十蔵も見棄てて去ろうとしたものの 流

 石に郎党らの眼が其れを許さず 不承乍ら郎党一人を屋敷へ走

 らせつつ 瀕死の十蔵を秀光の隠れ家へ連れ戻ったのであった


⦅ … … あの時

  奴は俺の突き上げを退くと見せかけ 実は一歩も退く事無く

 其の一撃に懸けた

  俺は 決して奴を見くびって仕掛けた訳では無い

  故に負けは負け 其れは潔く認める … だが

  互いに名乗り合うた尋常な勝負の果てを 奴は汚したのだ

  情けを掛けるのは勝手だが 其れは勝者の驕りに過ぎぬ

  掛けられた者に取っては地獄  … … 

  故に 俺は死ぬのを諦めたのだ 

  あの折りの借りを返さぬ内は死ねぬとなあっ …

  あれから一年 生きた甲斐があった …

  御影畠山弟組一番組頭 原 広之進

  此の俺に情けを掛けた事を

  止めを刺さなかった事を 

  必ずや 後悔させて遣る … … ⦆


  十蔵の右の眉がぴくりと引きつり

  鶏がらが目の前に放り投げた御影の矢を 拾い上げ様両手で

 ぱきりと折るなり がしゃりと篝籠へ放り込む

  燃え盛る篝火の炎に 折れ矢はぱちりと悲鳴を上げ 其れを

 見詰める十蔵の眼の奥で ゆらりと撓(しな)って一気に燃え上

 り 火焔の中へ呑み込まれて逝った

                         つづく