2020.09.20 Sunday
御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の二十四
十狐組
「 殺りましたか 」
「 一人残らず 」
「 はあっはっはっはっ 此れは痛快
宏実殿 憂さをはらされましたな 」
「 笑い事ではござらぬ源心殿
経緯はどうあれ 命を助けて措きながら希望の光を見せた処で地獄へ突
き落とすなど 其れがしには出来ませぬ 」
「 はっはっは 其れ程鬱憤が溜まって居たのでござろう ならば尊治殿
尊治殿ならば 何と為されます 」
「 大川(雄物川)を越えれば安東方の領域でござる
皆の身体が癒えた時点で 抜け様と思えば抜けれた筈でござる 」
「 売られた恩といえども 皆様の命を救うて貰うたのは事実でござる
其れ故宏実殿は 悩み苦しみ迷われたのでござりましょう
善き人とは其う云うものでござる 」
「 善き人の迷いが 怒りの増幅に繋がったやも知れませぬ 」
「 宏実殿に取り 助けて貰うた命を助け返す事で 受けた恩を一度無き物
に致さねば 斬れぬ相手やったやも知れませぬな …
其の場に居らねば判らぬ事でござる まあ良いではござりませぬか
其れで 其の後は 」
「 はい 事前に示し合わせた場所で縁者の方々と落ち合い皆無事に安東領
ヘ入る事が出来申し安東家の主 安東愛季(ちかすえ)殿との拝謁も叶うた
其の折り 愛季殿から義植の始末真に見事であったと 声を掛けられた其
うにござる
更に 側室の椿の方様からは 父の仇を討って下さり感謝の念に堪えぬ
と迄も 」
「 椿の方様とは 羽根川に討たれた豊島家の娘御で 」
「 前の主は椿の方様の父 清信殿の兄重村と申す御方でございましたが
大川と土崎湊の津料を巡り安東家ヘ弓弾いたものの敵せず 舅の仁賀保
安重殿を頼り仁賀保ヘ落ち延びたのでござる
安東家に付かれた清信殿が跡を継がれたのですが 家が二つに割れた事
で兵力は半減 」
「 其処を衝かれましたか 」
「 羽根川の城から豊島の城迄凡そ二里 清信殿が其の間を流れる大川の巡
察に出向いた処を襲われた其うにござる
重村殿 清信殿と袂を分かちはしましたが其処は兄弟 情が働いたので
ござりましょう 清信殿の仇を討つ可く仁賀保安重殿を介して愛季殿と継
ぎを取られた其うなのですが 愛季殿とて義植を討つ事吝かでは無いもの
の 一度弓弾いた者に兵を預ける訳にも行かず赤尾津の兄弟に委ねるに到
ったのでござる
義植亡き後 羽根川の地を領する事を許された赤尾津九郎光延殿 義植
の妻を娶り一子金剛丸殿を養子に為され現在(いま)は羽根川を名乗うて居
る其うでござる 」
「 何処かで聞いた様な御話しでございますな 」
「 真に … 続けまする
其の義植の妻子を捕らえた者らの一手が 落ちる羽根川の者らを追って
居た処 」
「 出食わしましたか 」
「 はい 兄組も息を殺して潜む者らに気付いて居た様ですが
赤尾津を示す三階菱の紋を眼にした兄上は
御手柄を横取りし真に申し訳無し 其う赤尾津殿へ御伝へ下されと言い
残し立ち去った其うにござる
其の後 帰参が叶うた重村殿 現在は剃髪して入道休心を号し再び豊島
家の主に成られたのですが … 」
「 如何為された 」
「 はい 其の休心殿の復帰祝いの席にて御酒に酔われた休心殿が兄上の耳
元で 我が豊島の家は元は畠山でござる と囁いた其うにござる 」
「 南部の浄法寺と同族と 」
「 いえ 租は今から凡そ百五十年程前に武蔵の国から下向して参った
畠山員慶(かずのり)と申す者也 と 」
「 畠山 員慶 … はて 何処ぞで聞いた事のある様な … 」
「 畠山満慶(みつのり)様の御三男三郎員慶様と同じ名でござる 」
「 思い出しましたぞ 確か … 五代将軍足利義員様の願いを叶える可く
幻の金山を探しに行かれたまま行方知れずに成られた御方 」
「 時も応永三十一年(1424年)と符合し あの折りは陸路で向かわれた
故一度関東へ下ってござる 詰まり 」
「 武蔵の国から下向して参った と 」
「 はい 」
「 成るほど で 宏実殿らは豊島家の臣に成られたので 」
「 いえ 休心殿とて確証無き家伝故望んでは居らぬとの事
望まれたとて愛季殿が許す筈もござりますまい …
実は源心殿 休心殿は確証無き家伝と申されましたが
兄組と死闘を演じた浅利家の十狐組 我らと同じ投矢の棒を使うて居た
との事でござる
大叔父の秋実様は 浅利則頼殿と親しくして居られた故秋実様が伝えた
やも知れませぬが
員慶様が奧州へ向かわれた際 我が御影の家から勝治様と申す御方が付
き従うて居り 十狐組の頭領大葛兵庫なる者の面立ちが我が祖父蔵治様に
瓜二つとの事 …
其の者 勝治様の血を引いて居るのは間違い無いのやも知れませぬ 」
「 尊治殿 其の大葛兵庫なる者の面立ちが蔵治殿に似ているのであれば
秋実殿や政治殿が気付かぬ筈はござるまい 何故能登へ報せて来ぬのでご
ざる 豊島家の事とて元は畠山と知って居たやも知れませぬぞ 」
「 察しまするに 員慶様らが彼の地へ着かれて間もなく足利義員様
お亡くなりに成られて居られまする
急な事とは申せ 御役を果たせぬままどの面下げて帰られ様かと
彼の地に残る意を固められたやも知れませぬ
打ち続く戦乱の世なれば 代を重ねるうちに其れ々の道を歩む事と成っ
たやも知れず 御役を果たせぬまま土着してし申た事に負い目の様なもの
が何処かに在るのやも知れませぬ
豊島家の家伝が員慶様から始まるのが其の証し 其れを察した父上も
秋実様も敢えて能登へは伝えなかったものと想われまする 」
「 其の負い目の様なもの 大葛兵庫の心の中で違う形のものに化けてし申
たやも知れませぬな 」
「 其れがしも其う想うて居ります
現に 兄上の推察通り安東 南部開戦の危惧を告げに一本杉館へ参った
浅利家の者は其の兵庫だったのでござる
父上は止められぬ迄も両家に対し 自制を促して参ると館を出た刹那
津軽の大浦為信が津軽牡丹の紋旗を翻えし多勢で押し寄せて参った其う
にござる
直ぐ様籠城へと意を決した父上へ 兵庫は合力致しますると申し出
兵庫の言を信じた父上は 忝(かたじけ)なしと十狐組を館の中へ入れて
し申た其うでござる 其の際家の者らが巻き込まれては成らぬと毛馬内城
へ走らせたのですが … 」
「 浄法寺の手の者が待ち設けて居ったのですな 」
「 左様でござる 毛馬内城主 毛馬内秀範(ひでのり)殿 嫡男の政次殿を
伴うて手の者率い既に長牛(なごし)の城へ馳せ参じて居り 其の間に浄法
寺重好の手の者らが 小坂村から毛馬内村へ通ずる道に網を張り蟻をも逃
がさぬ陣を敷かせて待ち設けて居った其うにござる 」
「 … 政治殿ら 内と外から攻め立てられましたか … 」
「 はい … 内に百の手練 外には五百 …
館の傍を流れる小坂川が 赤く染まった其うにござる 」
「 尊治殿 そもそも 政治殿らが襲われし事由は一体何なのでござる 」
「 はい 事の発端は浅利家が抱える金山 大葛山の金が枯渇したとの偽り
を勝頼が愛季殿へ訴え出たのが其の発端でござる 以来長牛の城を巡り取
った取られたと成りましたのも 北の尾去(おさり)村には大森の金山もご
ざれば長牛の城の西を流れる夜明島(よあけじま)川の右岸では金も銀も採
れ申し 南西に鉄鉢(てっぱち)森と申す鉄を産する山も在り故に 城内に
は蹈鞴(たたら)場を設けて居る程でござる恐らく あの辺りの地の下には
金の脈が根を張って居るのでござりましょう
大葛山から長牛の城迄二里もござらぬ目と鼻の先でござる 大葛山の金
が見込めぬものと成れば勝頼にそそのかされずとも … 」
「 力ずくで奪い取る可し 」
「 はい あの折り安東愛季殿は宿願である檜山 湊両家統一に向けて動き
始めた大事な時期でござりますれば 抗う湊方の臣を無血で抑え込まねば
成らぬ必要がございました故 其の為には 」
「 銭が要る 」
「 のでござりましょう 何れにせよ浅利勝頼 大葛山の金山を温存しつつ
安東 南部両家が争うて居る間に小坂村の何処かに在る筈の幻の金山を探
し出し 津軽の大浦為信と山分けにする腹積もりであった様でござる 」
「 成る程 … 其の為には同じ家伝を有する一本杉館の政治殿らが目障り
先に見付けられては元も子もなしと策を弄したのでござろう 」
「 はい 結局 幻の金山を見付け出せぬ内に長牛の城は南部方に奪い返さ
れ鹿角の地は南部家の物と成り 勝頼の策は幻と成り果てたのでござる
浅利勝頼成る男 安東家に対しては面従腹背を貫き通し其の背後では
大川と土崎湊の津料値上げに意を唱える領主らと手を握って弓弾かせ 南
部家に対しては大浦と手を組み 石川高信を攻めて死に追いやり勝頼の実
の兄 浅利則佑殿謀殺の一件が大浦との共謀であった事が明るみに出たの
を皮切りに其の全てが 白日の下に晒されたのでござる 愛季殿の事故(こ
とゆえ)休心殿の帰参は其れが条件であったやも知れませぬ 」
「 … 尊治殿 安東 南部は共に大勢でござろうに 此れ迄の遺恨は扠措
き共に手を組み挟撃致さば 如何に精鋭の十狐組を擁する浅利家とて一溜
りもござるまい 」
「 左様 なれど 折り悪しくとは正に此の時の事を申すのでござりましょ
う 庄内の大宝寺と仙北の小野寺が手を組み由利の地をじわじわと侵し始
めて居たのでござる 赤尾津が其れを防いで居りましたが 大宝寺の勢い
は衰えを知らず愛季殿は赤尾津を支援す可く多兵を送り込んで居り 南部
家に至っては跡目を巡って御家は二つに割れて居り 双方下手に兵を出せ
ぬ状況でござれば … 」
「 自然 宏実殿ら兄組に白羽の矢が立ちましたか 」
「 はい 南部晴政殿 信直殿互いに反目仕合う仲なれど共に浅利勝頼は目
の上の瘤でござれば 愛季殿は懇意して居られた毛馬内秀範殿を介し 事
成らば再び一本杉館へ復す事吝かで無しの御言葉を両者から得られ 其の
日が来る迄兄上らは土崎湊と渟代(ぬしろ)湊の中程 山本郡五城目(ごじ
ょうのめ)村を領する山内城主五十目(いそめ)秀兼殿 御預かりの身
と成ったのでござる 」
「 杉江屋殿へも報せずに … 」
「 何せ 浅利方に気取られては成らぬ秘中の秘扱いなれば … 」
「 まるで 奇貨居く可しの如き でござりまするな 」
「 真に … 愛季殿は十狐組 名の通り十組在るものの大善 左馬亮 竜
王丸なる者らを組頭とする上位三組を大葛兵庫諸共討ち果たしてくれたな
らば後の始末は我らが付ける故其の機が来る迄腕を磨いて待って居れと
兄上へ申された其うにござる 」
「 ものは言い様でございまするな 兄組に翼をもがせ飛べぬよちよちの首
を刎ねるだけとは 」
「 致し方もござらぬ ともあれ其の機が来る迄随分と時を要しましたが
昨年の秋の事でござる 浅利勝頼 今度は戸沢と計らい阿仁の金山を狙
うて雪解けと共に挟撃して来る模様也と 阿仁衆の筆頭嘉成貞清殿の重臣
平沢武揚殿の手の者が探り知り 阿仁の暴れ熊の異名を持つ平沢殿なれど
主の貞清殿が兵の大半を率いて由利の地へ出張って居る今 前門に虎 後
門に狼を迎えては流石に支え切れぬと援を請う可く平沢殿自ら愛季殿の許
へ向こうた処 … 」
「 既に 報せは届いて居りましたか 」
「 はい 主力は飽く迄戸沢方 浅利方は百名に満たぬ勢なれど少数なが
ら精鋭を以て阿仁の北側を撹乱する策也と 愛季殿は既に赤尾津延繁殿よ
り継ぎを受けて居たのでござる
平沢殿は 十狐組を相手に若僧の助勢など要らぬ
事此処に至りては金山の抗口を埋め戻し 其の所在知る者皆殺しにして
後討って出る 戸沢や浅利如きに我が金山をくれて遣る訳には行かぬのだ
と席を立ち欠けたのですが 兄上が父政治の子と知り ならば御任せ致す
と頭を垂れた其うにござる 」
「 阿仁ならば 鷹の繋がりでござろう 」
「 はい 」
「 では 決戦の地は其の阿仁で … 」
「 いえ 坊の沢と申す地だ其うにござる 」
「 如何なる地でござる 」
「 阿仁のほぼ真北 渟代と比内の丁度中程 米代川の左岸に当たり
三方を森に囲まれた狭隘な地なれど平沢殿が申すには 狭隘な地故に密か
に兵を留め置くには最も適した地也と … 又 」
「 存分に遣り合える地 … 」
「 はい … 其して 三月の末日でござる
平沢殿の言葉通り 十狐組の上位三組を含む六組が兵庫を先頭に比内を
発ち 昨夜から坊の沢の地に屯して居りまするとの継ぎが飛び込み参り
必ずや御本懐を遂げて下されと声を掛けて下された平沢殿へ兄上は 真に
忝なし 平沢殿此其 御武運をと言い残し坊の沢へ向こうたのでござる」
「 愈々其の時が参りましたか 」
「 はい … 四月一日の早朝 兄組は坊の沢の南隣り脇神と申す辺りから
気を放たぬ様忍び寄りましたが 既に察せられて居た様で
兵庫は左に左馬亮 右に竜王丸の二組に下位の組を一組ずつ与えもう一
組を大善に預けて前衛に配し自らは大善の組を率いて米代川を背に後詰め
とした半月の備えにて待ち設けて居った其うにござる
気取られたならば仕方無しと兄組は鏑矢の音を合図に一気に気を放ち得
意の鋒矢の陣にて 茂平殿の二番組は左の左馬亮へ 鈴之介殿の三番組は
右の竜王丸へ当たらせ兄上は一圭殿の一番組と共に 名乗りを上げながら
大善の前衛へ突っ込んだのでござる
初手は数に勝る十狐組に押し返されて居った様ですが 徐々に押し込み
兄上が大善と遣り合うて居る間に一圭殿の一番組が前衛を突き崩した途
端 左馬亮と竜王丸の両名が脱兎ので如く走り来たり大善と三人で兄上を
囲んだのでござる
透かさず一圭殿が割って入ろうとしたものの兵庫が立ちはだかり 然し
もの一圭殿も相手が兵庫では動くに動けず 兄上の危機を察した茂平殿が
駆け寄った其の刹那
三組頭が放った独孤剣が茂平殿の身体を貫いてし申たのでござる…」
「 なっ 何と … 茂平殿が …
其れ程速い打ち込みでしたか 」
「 速い打ち込みに間違い無いものの
茂平殿 以前より近眼を煩うて居った其うでござる 」
「 近眼では飛び道具を躱すなど至難の技 ましてや其れが三本とは 」
「 咄嗟に急所は外したものの独孤剣の威力凄まじく 多量の失血に意識
が朦朧とする中刀を地に突き刺し弁慶の立ち往生の如く果てた其うにござ
る 小頭の一人は留まる様声を張り上げた其うですが 今一人の小頭が怒
りに任せて飛び出し 手の者らも遅れては成らじと後に続き為に左翼の
二番組は崩れてし申たのでござる
飛び出した小頭は大善目掛けて勢い良く槍突したものの 腕の差は如何
ともし難く敢え無く返り討ちに遭うて相果て 手の者らも左馬亮の手の者
と後詰めに挟まれて一人又一人と討たれて逝き 後を追って参った小頭は
茂平殿の傍らで茫然自失の兄上を横目に果敢に左馬亮へ討ち掛かるも 腕
の差は否めず 槍で刀を擦り上げられて天を仰ぎもはや此れ迄と覚悟を決
めた其の時でござる いきなり左馬亮の首が刎ね飛び 切り口の向こうに
潤む眼に 怪し気な妖気漂う解に恐ろしき兄上の面が 現れい出た其うに
ござる 」
「 怒りと悲しみが一気に爆裂しましたか 」
「 はい 正に阿修羅の如くとの事に …
奇声を発して横っ飛びに討ち掛かる大善の強槍を 兄上は素早く間を詰
めて左で応じ様 蝦夷の火断ちの御刀が眼にも止まらぬ速さで大善の腹を
断ち斬り 兄上の凄まじい気組みと其の斬撃に気圧されたのか たじろ
ぎ 恐れおののく竜王丸の喉を鈴之介殿の大槍がずぶりと貫いたのでござ
る 組頭の竜王丸が抜けた事で 乱撃を有利に進め右翼を制した鈴之介殿
の三番組は勢い其のままに中央へ雪崩込み形勢は逆転
十狐組の上位三組は 徐々に数を減らして逝き其れ迄生き残って居た
下位組の者らは 命惜しさに蜘蛛の子を散らして逃げ去り遂には満身創痍
の兵庫一人を残すのみと成ったのでござる
… 兄組が 兄上と兵庫をゆるりと囲む中 …
兵庫は何事かを兄上へ囁いた其うなのですが 兄上は其の囁きが終わら
ぬうちに茂平殿の身体から抜き措いた独孤剣を 黙れとばかりに兵庫の額
目掛けて打ち込み かっと眼を見開いたまま斃れた兵庫を見下ろす兄上の
面に情無く 能面の泥眼にも似た眼が只冷たく光って居た其うにごる 」
「 一体 何を囁いたのでござろう 」
「 判りませぬ 皆の耳には届いて居らず 兄上も黙して語らずとの事
… 結果 茂平殿の二番組は茂平殿を含めて十一名 一番三番組はそ
れぞれ四名ずつ都合十九名が坊の沢の露と消えてし申たのでござる 」
「 何と あの兄組が一組分丸々失うてしまいましたか 」
「 はい … 」
「 其れで 其の後は 」
「 激戦の末に 戸沢勢を撤退へと追い込んだ平沢殿と無事の再会を果たし
た兄上の許へ
十狐組の始末 見事であった
御影の者共は 本日を以って其の任を解くもの也
但し 追って沙汰ある迄傷を癒やしがてら今暫く
小沢城に留まり居れと 愛季殿より継ぎが参り
兄上は言い付け通り 此れ幸いと毎夜平沢殿と御酒を交わしては 父上
の思いで話しに花を咲かせて居った其うにござる
皆の傷も癒えた五月の二十日 小沢城ヘ来城為された五十目殿が 去る
五月十七日 浅利勝頼 檜山城内にて相果て候也と申されたのでござる」
「 はっはっはっ 愛季殿 よちよちの首を刎ねましたか 」
「 はい 浅利勝頼 休心殿帰参の後 明白(あからさま)に安東家ヘ反旗を
翻して居りましたが 御家の騒ぎに揺れて居た南部家も此の一月に
南部信直殿が新当主と成られて漸く片が付き 信直殿の実の父
石川高信殿を 大浦為信と共に死に追いやった勝頼でござる 頼みの
十狐組の大半を 大葛兵庫諸共討たれた現在(いま) 南部方の態勢が整い
終えぬ内にと 和議の席に自ら参った其うにござる 」
「 はっはっはっ 比内の風雲児と名を馳せた浅利勝頼
終わってみれば 何とも呆気無い最期でございましたな
して 比内は何方が
宏実殿ら兄組の扱いは 如何様に成られたのでござる 」
「 比内の地は五十目殿が治める事と相成り 兄上らは南部信直殿より
十狐組の始末の褒美にと 一本杉館を再建して頂き先月の初めに縁者の
方々共々小坂村へ入村果たされ其の扱いは 南部家毛馬内城主
毛馬内政次殿御預かりの身にして秋実様 父上と同じ御役目を仰せ付け
られたのでござる 」
「 此れは祝着 …
如何為された尊治殿 」
「 津軽の大浦に不穏な動きがあれば 直ぐ様南部 安東両家に馬を走らせ
る事も大事な御役の一つでござる 両家にしてみれば寧ろ其れが大事であ
る筈
故に毛馬内政次殿は 浄法寺の息の掛かりし小坂村の荒川館 白長根館
の館主を廃して御自身の近臣を配し 愛季殿が五十目殿を小坂村により近
い桂城の城代に為されましたのも 一組分を失うた兄組を慮っての事でご
ざろう 彼の地の治主は南部家の政次殿なれど 安東家と共同で治める相
地の様な地でござる 愛季殿 信直殿 並びに政次殿の御厚意に報いる為
にも 御役に励まねば成らぬものを … 」
「 成らぬものを … 」
「 兄上は 三十名と成った兄組を一組十名とした組替えを行ない自らも
一組率いる事にした其うにござる 」
「 良いではとござりませぬか尊治殿 何が不満なのでござる 」
「 兄上は其の一組を従えて 父上の行方を探る積もりやも知れませぬ 」
「 宏実殿の事でござる 御役を疎かになど致しますまい …
其れとも尊治殿は 政治殿はもはや此の世には居らぬと 想うて居られ
ますのか 」
「 … いえ … 其うではござらぬ …
大浦為信 十狐組の残党を掻き集め其れを軸に新たな組を創る積りであ
るとの報せも受けて居りますれば … 」
「 真は兄上様に 戻って来て欲しいのでござりましょ 」
声がする成り
尊治の諾も得ず酒瓶を抱えた女御が
縁台から上がり込んで来る