御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の二十三

          兄組編  其の部

          

            幻の大曲城


             ✿ 加筆修正中

               でございます



「 正に那魔樊化(なまはんげ)だな

  あ奴が頭領か 俺と歳は変わらぬ様に見えるが 」

  義植の言葉が聞こえたのか聞こえぬのか 我れ関せずとばかりに皺に囲

 まれた皺だらけの唇が大きく開く

「 其処で止まれえいっ

  我は此の地の主 羽根川修理大夫小太郎義植様が臣

  茂木因幡頭一郎兵衛と申す者也

  御主らは何者で 何処より来たりて何処へ行く

  船を砦に 我らに害を為す積もりであるならば 容赦はせぬ 」

  宣う間 皺に埋もれた茂木の瞳は 宏実の肩から突き出た刀の柄をじっ

 と見詰めて居る

❨  砦の如き船が近付いて居りますると 報せを受けた時は真逆と想うたが

  … あの 毛抜きの形をした柄に蕨の飾りを施した柄頭 …

  間違い無い あの者ら 御影の者だ

  くっくっくっ 真に良き獲物が揚がりよったわ ❩

  茂木は其れと無く 其れと判る笑みを義植へ送り義植の薄い唇がふむ

 と閉じた

「 其れがし 今は亡き能登国守護 畠山修理大夫義慶様が臣  

  御影畠山太郎宏実と申す者でござる 

  義慶様亡き後 能登に見切りを付けた我ら

  加賀にて一向衆と共に織田勢と戦いを繰り返して居りましたが

  織田の一党前田又左衛門並びに佐久間玄蕃頭の共勢と戦うて打ち負け

  縁者共々能登の宮の浦から漕ぎ出したものの乱風と豪雨に見舞われ

  漸く命永らえて此の浜へ到った次第でござる

  船を繋ぎましたは 離れ離れを良しとせぬ苦肉の策なれば 他意はござ

 らぬ … なれど

  一戦交える積もりであるならば 御相手致しまする 」

  宏実は 真に偽りを織り込んだ言葉で宣り返す

「 御影とやら

  一戦交える積もりであるならば とうの昔に仕掛けて居る

  見た処 随分と窶(やつ)れて居る様子 既に水も糧食も尽きて居るの

 でござろう 

  真を申さば 御主らを此れ願う処の良き海の幸と武具を奪い 一人残ら

 ず討ち取る可しと申す者も居るのは事実

  なれど我が主義植様は 何とも不憫也 窮鳥懐に入らば猟師も殺さずの

 例へに倣い 御主らを一人残す事無く助けて遣る可しと仰せられたのだ

  其の御言葉に乗るか乗らぬかは御影殿 其方の腹一つ

  御返答や 如何に 」

  宏実は暫し黙考の後 蝦夷の火断ちの御刀を背から外し 片膝付いた


  羽根川の領域は狭い土地の割に領民の数が多く 自領で養うには限度が

 あった 義植は已む無く他領の富豪を襲う様に成り 山海の賊の如く何時

 しか其れが成業と成る義植が盗賊大名と揶揄される所以である

  義植にも言い分があった

「 何処の守護とて戦に託つけて乱取りを致して居ろうに

  同じ事ではないか 」

  公言して憚らず 又其れを諫める者も居らず諫める処か 皆其の成業に

 味を占めて居た程である 

  だが 守護同士の戦は政(まつりごと)の下に行われるものであり故に

 其の際の略奪品を戦利品と呼ぶのであって何れも何の罪も無い領民が害を

 被る事に変わりは無いものの義植の行いは大義も名分も無い 只の押し込

 み強盗と変わりは無いのである

  其の常軌を逸した行いに政が介在する余地は微塵も無く 在るのは領民

 を養うを盾とした己の欲のみであろう

  義植は 己が腰を下ろした後ろの林の中に建ち並ぶ無人の廃屋を那魔樊

 化(なまはんげ)らに与え 船を解体して改修の材に充てよと申し付けた

  其処は浜田村の滝の下と呼ばれる地 嘗ては漁師が住んで居たのだが 

 不可思議な潮の流れの御陰で船を漕ぎ出せず 漁師らは此の浜を棄て程近

 い下浜へ移り住み 現在(いま)は罠に落ち入る船を見逃さぬ為の監視所と

 成って居たのであった

  身体の癒えた者から 順に狩りに駆り出された御影の者らの腕の確かさ

 に 義植は納得の笑みを浮かべ茂木の皺が深みを増す中 回復をみぬまま

 此の世を去った縁者の数は十を数えた

  当初 百五十は居た縁者が百ニ十迄其の数を減らした事に 宏実の心は

 こんな筈ではと思う気持ちと百ニ十は救えたのだと思う気持ちが入り乱れ

 更に 其の心根を深く抉(えぐ)るが如く

『 宏実よ 其方は真に皆の命を救う可くあの男の申し出を受け入れたのか

  其うではあるまい 御前は其れを口実に己の命を惜しんだのではないの

 か 恩を仇では返せませぬなどと詭弁を申すな

  御前は皆の尊厳を奪った挙げ句悪に魂を売ったのだ 

  信義に厚く正義を尊び 悪を憎むを宗とする御影の家に罪無き者に手を

 掛ける者など要らぬ 今直ぐ刀を棄てよ 』

  祖父 蔵治の声が聞こえて来そうであった

  手の者が宏実へ向ける視線も冷たく感じ 宏実は正と悪の狭間で藻掻き

 苦しみ悩乱の極みに陥った

  其んな最中 義植は以前から眼を付けて居た仙北郡楢岡領小友村の豪農

 方へ押し入ると皆に告げた

  其の豪農は義植の噂を知ってか 一丁四方にも及ぶ構えに堀を巡らし築

 いた土居の上に荊棘の蔓で結んだ生け垣を立て 四隅に建てた櫓を物見と

 備えの要とし 手練の浪人を数十人雇い入れて居たのである

  冬を前にした或る夜 義植は手の者七十名に自ら選び抜いた御影の者十

 一名(宏実以下三組頭と六人の小頭其れに繋ぎ役の一名)を加えた総勢ハ十

 一名を従えて 険しい獣路をひた走り目指す豪農方へ忍び寄った

  軽業師の如き身軽な者が幅二間の堀を跳び 荊棘の生け垣さへも難無く

 跳び越えて敷地の中に忍び入り 内から閂を外して門を開け様義植らは一

 気に押し入った

  御影の者らが櫓を制する間に 武賊らは脇目も振らずに屋敷へ雪崩込む

  義植が兄組を上位の者に限った訳は 本年最後の押し込みを確実なもの

 にすると共に 滝の下に残る者らに指揮する者を置かぬ事が其の理由であ

 り 狩りに出て居る間は美春らを羽根川館へ招き入れ人質として取る事も

 忘れては居なかった

  門を出た宏実らが外の警戒に当たる間も 屋敷内から漏れ出る叫喚が耳

 を劈(つんざ)いては胸を締め付け 追い打ちを掛ける様に繋ぎ役の寝坊助

 が片膝付いた

「 宏実様あの者ら 逃げ惑う家人を斬り付けては逃し逃しては又斬り付け

 老若男女見境無く嬲り殺しにして居りまする … 

  わっ 私はもう堪えられませぬうっ … うっ 」

「 泣くな寝坊助 奴らが来る 」

  告げる宏実らの前を 肩に盗品を担いだ武賊がぞくぞくと門を抜けては

 走り去り 手の者らと共に門を抜けた義植の面は夜目でも判る程朱に染ま

 り 喜々と不気味に光る切れ長の眼を宏実に向けながら上に捲れた上唇が

 唾を飛ばす

「 御苦労であった御影 御陰で大猟じゃあっ

  此れで良い正月が迎えられるわ

  戻ったならば褒美を遣わす

  何時もの様に後ろを任すが 間違うても不覚を取るで無い

  美春殿が悲しむでな だが安ずるな万が一の時には俺の妾(そばめ)にし

 てやる … 其う怖い顔をするなほんの戯れ言よ ふっふっふっ はあっ

 はっはっはっ 」

  義植の姿が闇に消えたと同時に火の手が上がり 騒ぎを聞き付けた近在

 の者が急を告げたのであろう 楢岡家の役人が手の者率いて宏実らの行く

 手を塞ぐ

  御影の者らは心の内で手を合わせ 御免候へと斬り伏せた

  紅蓮に燃え盛る炎に照らされた宏実の頬を 今夜も又涙が一滴滴り落ち

  涙を拭い終えた宏実の面は怒れる鬼の形相へと変じ 長い睫毛に挟まれ

 た瞳に怪しい光りが冷たく宿り 宏実の心の天秤は漸く正義が重きを為し

 其の機は程無く訪れる

  翌年の春 義植の許を由利十二頭の一頭 赤尾津延繁(あかおつのぶし

 げ)の弟九郎光延(みつのぶ)が訪ね来て告げる

「 義植殿 稗貫郡(ひえぬきごうり)の山影勢六千が 雪解けと共に角館を

 攻めて居りまする

  角館の戸沢勢 一族総出で防戦に努めて居り為に大曲の城は手薄でござ

 る … 我らが此の機を逃す手は ござりますまい 」

「 ふむ … して 手筈は 」

「 はい 明くる深夜の丑三つ時 義植殿は大友口から攻め寄せて下され

  我が赤尾津は神宮寺ヘ火を放って後 攻め上がる手筈と致しまする

  事は急を要しますが 刻限迄間に合いましょうや 」

「 御安じ召さるな光延殿 我が羽根川は出陣に時を選ばぬ

  大曲の城迄凡そ十里 未だ昼前 早駆けを得手とする我らでござる

  今から出立致さば十分間に合いまする … が … 」

「 事ならば 我らは神宮寺を 

  城は義植殿ヘ御譲り致しまする 」

  義植は 御待ち為されと止める皺面を振り切り 僅かな兵を残しただけ

 で一千の兵を率いて馬腹を蹴った

❨ … 此れで 夜盗働きともおさらばよ

  もう誰にも盗賊大名などと呼ばせはせぬ … ❩ 

  明くる深夜の丑の刻 大友口に着到を果たした義植は暫しの休憩の後

「 そろそろだな 皆腰を上げよ 」

「 殿っ あれを 」

  神宮寺の辺りが ちらちらと黃赤を帯びて居る

「 ちっ 先を越されたか 赤尾津などに遅れを取っては成らぬ

  城を落とすのは我らぞっ 皆の者 我に続けいっ 

  突撃じゃあっ 掛かれえいっ 掛かれえいっ 」

  羽根川方が総掛かりで攻め立てるも 城方の守りは固く攻め倦ねた義植

 が態勢を整える可く 一旦引けの指図を出した其の刹那

  後方から無数の火矢が羽根川勢の足元に突き刺さり 兵の姿が浮き彫り

 と成る

  間髪を入れず漆黒の空から ざっと音を立てて飛来する矢が雨の様に降

 り注ぎ色めき立ち 浮足立つ兵の不安は次々と的中して逝き 義植は捲く

 れ上がった唇を噛んだがもう遅い

  羽根川勢が攻め倦ねたのも無理は無い 手薄の筈の城には未だ三千の兵

 が詰めて居たのであった

  羽根川勢を押し返し 高みの見物を決め込む城兵のせせら笑う声が怯え

 る将兵の耳を甚振り 振り向いた義植の切れ長の眼に松明に照らされた赤

 尾津家の紋旗が 嘲笑うかの如く揺れて居る

「 何とした事だ此れは … 赤尾津が我らに弓引くとは …

  俺は謀られたのか … 」

「 良し今じゃ 掛かれえいっ 」

  赤尾津延繁の号令一下 昨年義植に主を殺された豊島氏の残党五百を加

 えた総勢五千の兵が一斉に襲い掛かる

「 義植様っ 」

  火矢の外から現れい出た影が声を掛けた

「 応っ 御影 生きて帰ったならば 欲しいだけ褒美をくれて遣る

  たっ頼む 助けてくれいっ 」

  切れ長の眼も薄い唇も小さく波打ち 恐怖の面を向けて縋る 

「 貴方様に命を救われた我ら 今此其御恩を御返し致す時でござる

  我らが道を切り開き囮と成りまする 

  其の間に闇に紛れて御逃げ下され 」

  義植はうんうんと声に成らぬ声を残し一目散に駆け出し闇に紛れた

  一圭の一番組が北側の端に陣を張る前衛を突き崩し 茂平と鈴之介の二

 番三番組が左右に開き鋒矢の陣を取る 逃げ遅れては成らじと薬研の如き

 間に入り込もうとした者らは自然 殿(しんがり)を務める形と成り群がる

 赤蟻の餌食と成って逝った

  東の空が白み始めた頃 命からがら羽根川領に辿り着いた義植であった

 が 付き従って来た手の者は十人に満たぬ有様であった

  木陰に身を寄せ一息付いて居た一行に三十人程の武者が這う這うの体で

 近付いて来る

「 とっ 殿っ 御無事でございましたか 」

「 応っ 汝は茂木の … 其の姿は何とした 」

「 はっ 申し訳ござりませぬ

  赤尾津光延の勢凡そ一千に夜討ちを仕掛けられ城を奪われてし申たので

 ございます 」

「 なっ何っ … して 我が妻子は 茂木は無事か 」

「 はっ 御方様と和子様は茂木様と共に落ちられましたが 途中で逸れ

  其の後の行方が知れませぬ

「 ぬううっ ちっ 畜生っ 」

「 殿っ 何時追手が来るやも知れませぬ

  此処は一先ず 何処ぞへ身を寄せ再起を図られては … 」

  義植はうむと頷き 羽根川領を出た所で生きて帰った者らが次々と列に

 加わり其の数は百を越えた

❨  … まだ遣れる 遣らねば成らぬ赤尾津めえいっ今に見て居れ …

   命在る限り俺は諦めぬ … 諦めて成るものか … ❩

  切れ長の眼に新たな火が点る

「 其うだ 奴らは 御影は 御影の者共はまだ戻らぬか 」

「 … 我らは此処に … 居り申す … 」

  義植の前途を 影が塞ぐ



                           つづく


  

  

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