御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の二十一

        兄組編     其の仁

            

             漂泊

               

             

              



  ぎこちなく進む船ではあるが

  頬を吹き撫でる風は心地好く過ぎて行く


「 宏実様 此れで良うござろう 」

  房髪が声を掛ける

「 出来たか 」

「 ちょんこと見て下され 」

  房髪が指差す 指南魚が浮かぶ桶は

  縁に刻んだ北東を示す印(しるし)が舳先と一直線に成る様に 上下左右

 に張った綱で宙に固定されて居る

「 うむ 上出来だ

  一圭もう日が暮れる 張りを残し皆を休ませよ 」

  其う告げた宏実は 屋倉の屋根に上りごろりと横に成る

⦅ … 爺殿や秋実様は 父上の生死の行方を探れと言うて居られるのか …

   あの後 杉江屋殿の調べで

   一本杉館を襲いし者らは浅利の配下 十狐組と申す者らで間違い無し

 との事であったが 真なのであろうか … 

  当時 安東 南部 浅利と三家の間には攻めぬ侵さぬの不文律があっ

 たと伝え聞く 一本杉館は其の要の地 浅利家が其れを犯し交易の利を棄

 てて迄一本杉館を襲う理由は一体何なのだ … 

  … やはり 浅利家の騒動が発端なのか …

  だが 浅利則祐殿の死は一本杉館襲撃の四年も前の事 … 四年 …

  何かがあったのだ何かが 思い出せ宏実 あの頃の事を 

  あの時期目にし耳にした浅利家に関わる全ての事を思い出すのだ … ⦆

  宏実の脳が過去の扉を開け様とした時 屋倉の屋根がきしりと軋み

「 船を繋げて下された御陰にて 私(わたくし)の様な者でも苦もなく此方

 の船に乗り移る事が出来ました 」

「 … 美春か 如何した … むっ 」

「 ふふっ 眩しゅうございましょ 」

  むくりと起きた宏実の目に 数多な煌めきが飛び込んで来る

「 茂平殿が 此れならば遠くを行き交う船も気付いてくれよう

  濡れた鞘も乾き次いでに邪気も祓うてくれるやも知れぬ 一石三鳥であ

 ろうと したり顔で言うて居りましたは 」

  良馬丸の屋倉の屋根の縁際(へりぎわ)に ずらりと立つ抜き身が橙(だい

 たい)色の陽を浴びて光(ひか)めき 宏実の隣へ腰を下ろした美春の瞳も同

 じに染まり

「 美しゅうござりまするなあ 宏様 」

⦅  美春 其方の目の中で光(ひか)めく煌めきの方が 俺には美しいと想う

 がな ⦆

  鯉口を下にした鞘が 乾いた着物を取り込んだ隙間に御簾の如く吊り下

 がり 穏やかな風に絡まれ乍ら からからと鳴子の様に軽高く鳴り渡る

「 一圭殿から もはや能登へは戻れぬ故 出羽の土崎湊を目指すと聞きま

 したが 」

「 うむ 必ずや皆に生きて再び土を踏ませてみせる 」

「 土を踏まれた後は何を為されます 」

「 言う迄もあるまい 

  湊安東家の御当主 安東茂季殿へ拝謁願う 」

「 拝謁叶いましたならば何を申し上げまする 」

「 尊治へ継ぎを付けねばならぬのだ 御力添え下されと申し上げる …

  と言いたい処だが 安東家は信長様と誼を通じて居るのだ 小浜の湊

 へ向かう安東家の持ち船が 途中立ち寄る湊々で厳しい検閲を受けるは

 必至 尊治へ宛た密書が見付からぬ保証は無い

  仮に見つかってし申ては船は没収された上 船人らも只では済むまい

  故に 其の機が来る迄 糧食はもとより医者と薬の手配も含めて 雨

 風を凌げる宿を御貸し下されと申し上げる 」

「 宏様 

  宏様の申し出は恐らく御受け為されてくれましょう

  なれど 其れでは大きな借りを作ってしまう事に成りまする

  借りた物は 御返し致さねばならぬもの 其の借り 如何にして御返し

 為されます 」

「 先立つ物を持たぬ我らなのだ 其の折りは雇い働きを願い出る 」

「 雇い働き … 真逆 宏様 」

「 察したか … 其う申さば安東家は迷う事無く我らを南部家との国境(く

 にざかい)鹿角と接する比内の地へ配してくれよう 」

「 … 一本杉館の仇を討つ … と 」

「 異論か 」

  美春の面が俄に曇り出す

「 私とて父を失うて居るのでございます

  異論など有り様筈もござりませぬ なれど

  我が父 五十嵐政美(まさよし)率いる三番組が 皆殺しに遭うて居るの

 でございます 其の様な悪鬼の如き得体の知れぬ者らと兄組が仕合わねば

 成らぬと想うただけで 私は心落ち着かぬのでございます 」

「 … 我ら兄組では歯が立たぬと … 」

「 其うではござりませぬ

  御影の者が出張って参ったと先に知れてし申ては何時不意を衝かれるや

 も知れず 地の利に疎い兄組が不利である事は目に見えて居りまする

  仮に 其の者らの素性知れたと致しましても 安東家を差し措いて仕掛

 ける訳にも行きますまい 政治様の生死の行方も探らねば成りませぬ故 

 此処は焦らず腰を据えて彼の地を 得体の知れぬ者らの素性を探られては

 如何でございます 」

「 美春 腰を据え様にも先立つ物が無いと言うたばかりではないか 」

「 ふふっ 先立つ物が在れば良うござりましょ 」

  美春の両の目尻が 思わせ振りに小さく波を打つ

「 溜まり水が抜けた後 船内を拭き浄めて居りましたならば 底倉に隠し

 庫がございますと 誰ぞの声が聞こえましたので向かうてみました処 真

 は開けては成らぬ庫なのでしょうか 組み木細工の如き床板に少々手間取

 りましたが 開けて中を見ますと 互いに縄で結わえられた珠洲焼きの壺

 が一面に整然と並べられて居るではござりませぬか

  他の二船も当たって頂きましたならば やはり同じ場所に同じ姿で同じ

 数の年代物の稀壺が一船に二十ずつ 都合六十壺あったのでございます

  其れに …

「 美春 其れらを銭に替えて食い繋げと申すか

  確かに 今や焼き手も窯も存在せぬ珠洲焼きは稀器に違いない だが

 秋実様が就かれる以前から 彼の地へは其の数知れぬ程持ち込まれて居る

 のだ 父上の頃には珍しさも価値も薄れてし申てもはや誰も望む者は居ら

 ぬと聞いた

  無駄には成らぬであろうが 多くは望めまい 」

  じっと宏実を見詰めて居た美春の両の目尻が再び小さく波を打つ

「 宏様 

  御話しは最後まで聞いて下さりませ

  其れが何の意味を持ちますものなのか 私にはとんと察しも付きませぬ

 が 壺の中は或る物で一杯だったのでございます 」

「 … 或る物 … 」

「 ふふっ 何だと想われます 」

「 … 銭か 」

  あっさりと当てられ 

  詰まらぬとばかりに 美春の薄い頬がぽこりと膨らむ  

「 はい 其の数とても数え切れぬ程全ての壺の口迄ぎしりと詰め込まれ

 て居るのでございます

  宏様 天は未だ私達を見放しては居りませぬ

  此れで急ぎ 雇い働きを願い出ずとも良うござりましょ 」

「 … 美春 … 」 

  そっと抱き寄せる美春の肩より先に 鬢削ぎが宏実の頬を擽る

「 宏様 

  首尾良く一本杉館の仇を討たれたならば 其の後は何を為されます 」

「 其の後 … 」

「 好きな事を為されては如何でございます 」

「 好きな事 」

「 はい 宏様は幼き頃 出来得る事ならば商家に産まれて見たかった

  と言うて居られたではござりませぬか 」

「 餓鬼の頃の他愛も無い話しだ 」

「 幼き頃の話しであろうと 一度は宏様の口から出た言葉でございます

  宏様の心の内に其の様な想いがあったと言う証しに他成りませぬ

  其うでござりましょ 」

「 其れは其うかも知れぬが … 」

⦅ … 商家か …

  彼の地にては数字に強くなければ御役は務まらぬと 杉江屋にて幼き頃

 から算木と算盤(そおばん)を教えて貰うたが 俺には玉をぱちぱちと弾く

 算盤(そおばん)が向いて居た様だ

  美春は其の頃の俺の口から漏れ出た言葉を憶えて居たのか

  下手な事は口に出来ぬな ⦆

  美春の小さな顎がこくりと落ちると共に 其の細い身体が静かに船を漕

 ぎ つられて宏実も何時しか眠りに落ちて居た


                          つづく


    

  

  

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