御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の十九

         兄組編   其の呂   

            

         西の丸の望楼にて


             

              


  大永六年(1,526年)の夏

  絶頂を迎えつつあった能登国守護畠山義総(よしふさ)は

  兼ねてから望んで居た七尾城の増築を漸く終え

  其の祝いの歌会を盛大に催し 

  盛会裏の内に終えた歌会の後は其のまま酒宴と成った

  宴もたけなわ 

  誰が誰の声やらも判らぬ程騒がしい会話が乱れ飛ぶ中

  偶(たま)さかに酔客の他愛も無い会話を義総の耳が拾い 

  何に心惹かれたのか

  義総は酔いに任せて語り合う二人の話しに聞き耳を立てて居た


「 其う言われれば 其うよのう … 」

「 で ござろう 能因殿や西行殿ら当時歌界に名を馳せた歌人が挙って詠

 んで居られたが … 」

「 能因殿は確か … …

  錦木は 立てながらに此其朽ちにけれ 狭布(けう)の細布(せばぬの)

  胸あわじや でございましたな 」

「 左様左様 其の後世阿弥も謡曲錦木を世に出し常民に迄広く知れ渡る事

 と成りましたが 近頃は錦木や狭布の細布などの言の葉とんと耳に致さぬ

 のは何故でござろうのう … 」

「 歌は世に連れ 世は歌に連れと申します程に 言の葉にも流行り廃りが

 在るのでござろう … 現に 其れがしは一度も用いた事はごさらぬ

  其処許も同じでござろう 」

「 確かに 然り乍ら胸で合わぬ狭布の細布成る物 美しい女御に一度着せ

 て見たいものでござる 」

「 はて … 美しい女御とは 御内儀の事でござりますかな 」

「 御止め下され 其れ此其 胸を合わせる処か近頃は手さへ握っては居ら

 ぬのでござる 」

「 はっはっはっ 其れがしも同じでござる

  なれど 狭布の細布成る物 着せられぬ迄もせめて一度は手にし目にし

 て見たいものでござりまするな 」

「 真に 在れば の話しでござりまするがな 」

⦅ … ならば見せて遣る … ⦆

  義総を 横から眺めて居た冷泉為広の耳にも二人の会話が届いて居たの

 か 義総の目が其う口走ったと看て取り

⦅ 御止め為され ⦆

  と首を振り ふむと頷く義総は火照った頬へ扇子で風を送り乍ら杯を傾

 け 右の列奥に控えて居る二人の男達へ眼を向ける

  義総の視線を感じたのか二人の男は

⦅ 祝着至極にござりまする ⦆

  杯を義総へ向けて頭(こうべ)を垂れ 面を上げ様杯を呷る

  義総も杯を呷って応じた其の刹那 瞳の隅に為広と二人の男の姿が重な

 り義総の脳の中に閃光が走る 其の閃きが消えて仕舞わぬ内にと扇子で隠

 した口を為広の耳に寄せて何事かを囁き 囁かれた為広も扇子を広げて面

 を覆うも二度三度と咽び出し 咽ぶ度に為広の肩が震え其の様を端から見

 て居た者には 何時もの如く孫程歳の離れた義総の戯れ言に為広が笑いを

 堪えて居る様に見えた事であろうが 此の時ばかりは真に咽び泣いて居た

 のであった

  翌夕

  新造仕立ての西の丸の望楼へ二人の男を呼び寄せた義総は 昨夜の閃き

 を口にした

「 蔵治 秋実 何れが行くかは其方らに任せるが 

  否は申さず行ってくれ 」

「 御本家様 我ら兄弟の意は同じ否はござらぬ ござらぬが …

  我らの御家に伝わりし家伝なれど家伝は飽く迄家伝でござる 真に在る

 のかどうかも判らぬ金山(かなやま)を探して参れと申されましても 易々

 と諾とは申せませぬ … のう兄上 」

「 うむ 秋実の申す通りでござる 

  過去を振り返ってみましても現在(いま)を遡る事凡そ百年前 応永三十

 一年(1,424年)の年でございましたな 我が家の家伝を頼りに満慶(みつの

 り)様の御三男量慶(かずのり)様が 我が家の勝治様を伴うて彼の地へ向か

 われたまま行方(ゆきかた)知れずに成りました事 よもや御忘れではござ

 りますまい 」

「 誰に言うて居る此の俺が忘れる筈も無かろう 迷子に成るのが怖いの

 か蔵治 真逆臆した訳では有るまいのう 」

「 御本家様此其 誰に言うて居るのでござる 」

「 其うむきに成るな蔵治 」

「 御本家様 量慶様と勝治様共に 未だ幻の金山を探し倦(あぐ)ねて彼の

 地の山々を彷徨(さまよ)うて居られるのやも知れませぬなあ 」

「 秋実 此処には我らの外に誰も居らぬのだ 皮肉を言う前に其の嫌味っ

 たらしい御本家様は止めよ 御主もだぞ蔵治 」

  蔵治が笑みを殺して御酒を注ぐ間に 忍び笑いを浮かべて立ち上がる秋

 実は蚊遣り具に火を点じて煙を燻(いぶ)り出す

「 蔵治 秋実 家伝に多少の詐称は付きものよ

  温井の家などは 我が畠山と同様清和源氏足利の流れを汲む桃井の後裔

 を称し幸若舞いは我が家が始まりと公言して憚らぬが 三万棹を越える我

 が書庫に其の様な由緒書きは見当たらぬ 真は桃井の家から養子に迎えた

 景信の従兄の家子(いえこ)の話よ 代わりに居着いた輪島の地に湯が湧い

 て出た故 其此に井戸を掘った事に因み温井を名乗ったと記(しる)された

 物は見つけたがな 」

「 義総様 真偽の程は兎も角 他家の来歴をほじくり出す其の癖 何とか

 成りませぬのか 遊佐の者らも 御主らの出は出羽の飽海(あくみ)では無

 い真はあの七尾の湾に浮かぶ能登島よと 義総様から聞かされる度に皆辟

 易致して居るのですぞ」

「 はあっはっはっはっ … 蔵治 … 御前は遊佐家の家伝が気に入らぬ

 のではなかったか 」

「 そっ 其の様な事はござりませぬ 」

「 其れがしは 気に入りませぬな 」

「 であろう 秋実 … 総門とか申す王の土版を盗み出した臣の子孫を 

 御前達の御先祖様はあの能登島迄追い詰めた … だが 其の折りの長(お

 さ)は 今更奴らを討ったとて何の意味があるのだと兵を退いた 」

「 … 飽く迄も家伝でござる 」

「 … 蔵治 遊佐家の家伝は追う側と追われる側が入れ替わって居るのだ

  果たして 何れの御先祖様が王の土版を盗んだのであろうのう … 」

「 義総様っ 」

「 はっはっはっ 其う睨むな蔵治 遊佐家の家伝は此処からが面白いでは

 ないか 其の幾百年後 阿倍比羅夫(あべのひらふ)に従い長年の旧敵であ

 る鹿角(かづの)の … 当時は上津野(かみつの)と言うたか 賊を漸く滅ぼ

 したとある … 鹿角の賊とは御前達の御先祖様の事であろう 」

「 能登島の長(おさ) 馬身龍(まむたつ)と申す者が比羅夫に合力す可く其の

 御前(ごぜん)にて蝦夷揃来(えぞろぎ)を披露し旅(りょ:遠征)に出たと伝う話

 でござろう 其此迄は真の事なれど そもそも攻め込まれてなど居りませ

 ぬ故 其れがしは其此が気に入らぬのでござる のう兄上 」

「 … 彼の地 … 鹿角の地が西の勢に攻め込まれしは其れ迄一度きり

  … あれは比羅夫の遠征(658年)から遡る事凡そ三百年前(367年)の事

  上毛野田道(かみつけのたじ)なる者が 倭王(わおう)の命を受けて攻め

 寄せて参ったのでござる 」

「 存知て居る 当時 倭王勢に於いては最強と謳われし田道軍を 其の後

 の錦木塚の東で迎え撃ち散々に打ち負かした挙げ句に 其の田道をも討ち

 取ったと伝うのであろう 」

「 真逆の大敗北に 此れ以上の戦は益無しと倭王方は講和を申し入れ 御

 先祖様らは代わりに易を交わす事で諾したのでござる 」

「 倭王方は新羅の統治に何かと要り用な時期 御先祖様らは随分と潤った

 事であろうのう 」

「 現在(いま)の能登程ではござりますまい 」

「 嫌味の世辞は要らぬ … で 」

「 其の後多少の小競り合いはあったものの 三百年の長きに渡り平和な時

 を過ごして居ったのですが … 馬身龍(まむたつ)めに抱き込まれた飽田(

 あくた:秋田)と渟代(ぬしろ:能代)の両長(おさ)が 北海の民が攻め寄せて参

 る模様なりとの偽りの報せを比羅夫に派したのでござる 」

「 馬身龍は広き地を求めて能登島から出る事を望み 飽田と渟代の両長は

 北の海がもたらす益の増を望んだのだな 」

「 左様 … 御先祖様らは北海の民とも良好な関係を築いて居ったものを

  全く 要らぬ戦を仕掛けて来たものでござる 」

「 故に 首謀者の馬身龍を人知れず闇に葬ったのか 」

「 遊佐家の家伝では其れは見事な御討ち死にと成って居る筈でござる 」

「 ふっ 家伝とは都合の良いものよのう 」

「 何れにせよ 一族は飽海の地を貰うたのでござる 馬身龍とて本望でご

 ざりましょう 」

「 だが 念願叶うて名の通り 馬で身を立てられる地を貰うた途端 我が

 子が遊佐と名を変えるなど想うても居らなかった事であろうよ 」

「 あの折り 比羅夫は百八十艘もの船を仕立てて鯨海(げいかい:日本海)へ

 と漕ぎ出したのでござる … 其れとは別に馬身龍が合力し船は二十艘

 総艘の一割が馬身龍の船でござる 遊佐の遊の字は氏族の旗をかかげて水

 行を為す事を意味し 佐の字は佐(すけ)る事を意味する字 故に 馬身龍

 の子の馬身龍光(まむたつみつ)は新地を与えられたのを機に 相応しい名

 として遊佐の字を選び名乗る事にしたのでござりましょう 」

「 … 成る程な … 因みに御前達の御先祖様の長の名 …

  邪馬台無(やまいむ)と言うたな 如何なる意味があるのだ 」

「 真は 邪 馬台無(や まいむ)と申しまする 」

「 や まいむ 」

「 邪とは 呪術を行う者しか着られぬ特別な衣装を意味し

  馬とは 邪人の霊威を高める可く生け贄として神に捧げる為の馬を指し

  台とは 耜(すき)と祝祷を以て其の地の祓い清めを行う儀礼を言い

  無とは 雨を乞う舞雨を(まいう)を意味するものでござる 」

「 名では無く 雨乞いを行う巫女の事を言うのか 」

「 総門の王の国にては爐〞が神を爐泙い〞は水を意味する語音でござ

 る 故に其の意味は … 」

「 … 水神 」

「 左様 察しまするに 当時の御先祖様らは語音に相応しい漢字を探し出

 し 当てたのでござりましょう 」

「 邪馬台(やまたい) もか 」

「     …      」

「 邪馬台とは 八幡平(はちまんたい)と申す山の事を言うのであろう

  其の山の名は坂上田村麻呂公が名付けたと伝え聞く だが田村麻呂公が

爐呂舛泙鵑世い〞と呼んだにも関わらず土地の者らは未だに爐世い〞と

 呼ばずに爐燭〞と呼んで居る其うではないか … 察するに 御前達の

 御先祖様の女長(おんなおさ)邪 馬台無と申す者が邪馬台の女王卑弥呼な

 のではないのか … 」

「 … 当たらずとも 遠からず と申して措きまする … 」

「 何が当たらず どう遠くないのだ 」

「 卑弥呼様は田道が攻め寄せる凡そ百年も前に 既に身罷られて居ります

 れば 」

「 存知て居る … 卑弥呼とは女王が襲名する名であろう 」

「 はい … 」

「 … 意味は 」

「 はい …

  卑とは 事を執る者なり

  弥とは 美しい分身(入れ墨)を施した髪の豊かな女御が 魂振りに用い

     る弓を呪具とし

  呼とは 鳴子板の両面に遊舌(ゆうぜつ)を結び を振って音を鳴らし

     神を呼ぶのでござる 」

「 やはり巫女か 」

「 其れは合うて居りますが … 卑弥呼様は太陽を筆頭に八百万の神を呼

 び降ろし 其れを執り仕切る事の出来る唯一の巫女でござる 

  我が邪馬台無様は 水と其れにまつわる蛇や龍を祀る巫女で御座ります

 れば卑弥呼様とは格も違い全くの別人でござる 」

「 義総様 一体何を 知りたいのでござる 」

「 いや何 … 邪馬台の女王とも成れば其れ相応の奥都城(おくつき)であ

 ろうと想うてな … 」

「 其れはもう 真に見事な陵墓であったと伝えられて居りまする 

  のう兄上 」

「    …     」

「 如何為された兄上 」

「 秋実 … どうやら義総様は卑弥呼様の陵墓が邪馬台であり 其処が幻

 の金山 畠山重忠公が源頼朝公より賜りし葛岡なのであろうと想うて居ら

 れる様だ 」

「 此れは又 … 確かに 邪馬台の台(たい)の字は邪馬台無様の台(い)の字

 と同じ姿をしては居りますものの 真は臺(たい)の字の略字でござる

  邪馬台 つまり邪馬臺とは邪人の卑弥呼様の霊威が死して尚落ちぬ様

  生け贄とした馬と共に葬られし御陵墓なるも そもそも臺とは … 」

「 存知て居る … 臺とは 陵下に柩をおさめる槨室を設け階段状の陵上

 には廟所としての高堂を築いた形の字 つまりは人の手により築き上げら

 れた人工の山 故に金山では無い と申すか 」

「 はい … 尤も 廟所を建てる際 頂上を平らに均(なら)さねば成りま

 せぬ故爐〞と音する台の字でも間違いではござりませぬが … 

  金山ではござりませぬ 」

「 ふむ … 陵墓は確かに在るのだな 」

「 御座います … 其の真北の山が噴き飛んだ際 大量の灰を被ってしま

 いました故 現在(いま)では単なる犹〞と化して居りましょうが 聞く

 処に依りますれば土地の者らは未だに黒又山(くろまんたやま)と称し 崇

 めて居る其うにござる 」

「 黒又(くろまんた) … 其の名にも意味が有り其うだな 」

「 総門の王の国にては爐うら まわた〞と申す言葉なれど何時しか爐

 ろまんた〞と呼ぶ様に成ったのでござる爐うら〞とは彼女の全て爐泙

 た〞は死を意味する語でござる 」

「 間違い無く死んだと言う事か … … …

  今 彼女と言うたな … 卑弥呼にも名が在るのか 」

「 … 安日(あび) … 様と … 」

「 安日 … 長脛彦(ながすねひこ)の兄の名ではないか 」

「 … 真は 妹御でござる … 」

「 成る程のう … 

  御影の家伝 知った積もりで居たが よくよく聞いてみるものだな 

  だが 兄や一族を倭族に騙し討ちにされた挙げ句 夜麻登(やまと)の国

 迄奪われてし申たのだ捲土重来果たせぬまま此の世を去るとは 嘸や無念

 な事であったろうな 」

「 其の後 捲土重来の果てに何があったのか御存知でござりましょう 」

「 物部か 」

「 丁末(ていび)の乱(587年)にて 蘇我に敗れた物部の本宗家は亡びたもの

 の生き残った枝葉の者らは物の怪と化し 倭から夜麻登へ夜麻登から大倭

 (やまと)へそして大和(やまと)へと名を変えた王国に付属しつつ力を蓄え愈

 々と成った其の時 長年の怨み晴らす可く弓引いたのでござる 」

「 伊治呰麻呂(これはるのあざまろ)の乱 」

「 左様 … 砦麻呂暗殺により乱は終息に向かったものの大和方は其れを

 許さず 延暦七年(788年)征東大将軍に任じられた紀古佐美(きのこさみ)が

 大軍を率いて攻め寄せ来るの報せに 致し方無く阿弖流為(あてるい)様は

 母礼(もれ)様と共に兵を挙げるに至ったのでござる 」

「 … 連戦連勝であった其うだな … 」

「 中でも 巣伏(すぶし)の戦いでは大勝利であった其うにござる 」

「 では 何故(なにゆえ) 降ったのだ 」

「 降ったのではござらぬ 桓武天皇と直に講和の約を果たす可く田村麻呂

 公に従ったのでござる 桓武天皇も其の積もりで居られたものを其れに異

 を唱える貴族らに押し切られ 御二人は杜山の露と消えたのでござる 」

「 成る程 … 読み様によっては爐笋泙燭〞と読める処を敢えて爐呂

 まんだいら〞と読ませる辺り 卑弥呼の陵墓である邪馬台 … 黒又山に

 朝廷の目を向けさせぬ為なのだな 」

「 田村麻呂公は 八幡平処か鹿角の地を一歩も踏む事無く矛をおさめて居

 りますれば 朝廷に対し己れに信を措いてくれた御二人の無念に報いるせ

 めてもの抗いであった と想うて居りまする 」

「 其うとしか思えぬな 」

「 義総様 良い加減本題に入って頂けませぬか 真は金山の在り処などど

 うでも良い事なのでござろう 」

「 でかい声を出すな蔵治 脳に響くは 」

「 何だ 金山探しではござりませぬのか 折角其の気に成って居りました

 のに 」

「 秋実 考えてもみよ 例え見つけられたとて能登の我らにどうする事も

 出来まい … 義総様 真の用向きは何なのでござる 」

「 うむ … 」

  義総は 渇いた喉を御酒で潤し 

「 応仁の乱が終えて五十年経つものの 公家衆の生活は未だ困窮を極め

 日々の暮らしに喘いで居るのが現状だ 全ての公家衆を救える訳では無い

 が乱の一端を成してし申た家の者として 俺は出来うる限りの事はして遣

 りたいのだ … 」

  秋実は 蚊遣りの煙りに毒されて杯の中にぽとりと落ちた蚊を 御酒ご

 とごくりと呑み込み

「 … で … 出帆の準備が整うたならば 俺は奥州の何処へ何をしに行

 けば良いのでござる 」

「 うむ … 先ずは 良杉(りょうさん) 良馬 良鷹(りょうおう)のみなら

 ずありとあらゆる珍品美物をもとめる可く 出羽の両安東家と誼を通じ直

 すのだ 」

「 其れらを無償で分け与えまするか 」

「 蔵治 無論只でくれて遣る訳では無い

  其れ成りの見返りは頂かねばな 」

「 取るに足らぬ古書と 引き換えにでござりまするか …

  恐れ乍ら義総様 

  此度 義総様が御城を増築為された真の訳は 古書で溢れた守護所が

 手狭と成ったが為であろうと専らの噂と成って居るのですぞ … 

  其れに 両安東家は矛を交えぬ迄も長い事二家に分かれて相対して居る

 だけで無く 満家様並びに満慶様亡き後 細川勝元が北方の権益を奪う可

 く裏で画策したばかりか 畠山家は両安東家に対し悪意有りと有らぬ噂を

 流されたまま応仁の乱を迎え其の噂払拭出来ぬまま疎遠と成り現在(いま)

 に至って居るのですぞ 」

「 蔵治 取るに足らぬ古書で有るから此其 何時の日か日の目を見るもの

 なのだ 言いたい奴には言わせて措くが良い 蔵の肥やしに成るよりは俺

 の書庫に収まって居る方がずっと増しと想うがの …

  安東家に対しては 御前の申す通りよ

  だがのう蔵治 檜山安東家の嫡男が湊安東家の娘御を娶った事で つい

 先頃両家は和解に至った其うだ 今ならば両家に祝いの品を贈りがてら誼

 を通じ直す良い機であろう  

  其れに 商人共の船は相も変わらず頻繁に往き来して居るのだ 其れに

 乗らぬ手はあるまい 」

「 … 御言葉乍ら 祝いの品を贈った位で信を措いてくれましょうや 」

「 両安東家の目下の敵は陸奥の南部家よ …

  両家の信を得る為ならば 何れの家に関わらず援を派する用意此れ有り

 と申し出る 」

「 なっ 何と 其れは余りに無謀でござりましょう 」

「 援を派すると言うても 何も大軍を送る訳では無い 御助勢仕(つかま

 つ)る程の勢で良いのだ … 但し 其の一勢 此の義総が最も信を措き

 且つ精鋭の者共で無くては成らぬ

  其の一勢の働き如何(いかん)によっては 彼の地に出張り所のひとつ望

 んだとて両安東家とて否とは申すまい 」

「 出張り所 … 一本杉館の事を言うて居られまするか 」

「 御影の者が居を構えるのだ 此れ以上相応しい場所は他に在るまい

  … のう 秋実 」

「 真に 骨を埋める覚悟で参る所存でござる 」

「 うむ 良う言うた だが今現在 一本杉館の名はおろか別名の古館(ふる

 だて)の名も鹿角四十二館(たて)の中には見当たらぬ 恐らく既に朽ちて居

 るのであろう …

  船着き場も設けねば成らぬ故 館は新たに建て直させて貰う事とするが

 費用は全て此方で賄うと申さば角も立つまい …

  問題は 目付けを置かれる事だ 蔵治の思慮は過ぎるが秋実 御前は少

 々足りぬ 其れが唯一の心配の種よ 」

「 両安東家も若狭の小浜湊に代官を置いて居るものの 武田の目付けが常

 に厳しく目を光らせて居るとの事 他領へ出張り所を設けるのであれば至

 極当然な事でござる なあに御案じ召されますな此の秋実必ずや義総様の

 御期待に応えて見せまする 」

「 彼の地を甘く見るで無い秋実 

  義総様 秋実の足りぬ思慮はさておき 一本杉館の船着き場から渟代(能

 代)の湊迄荷を運ぶに致しましても 南部家を滅ぼさぬ限り鹿角の東は其の

 脅威に晒され続けましょう

  又 南は近年共に強勢著しい戸沢と小野寺なる者らが 虎視眈々と自領

 の拡大を目論見更に其の西には 湊安東家に対し時には恭順の意を示し

 時には背反し乍ら 離合集散を繰り返す由利十二頭なる厄介な者共が割拠

 して居るものと聞き及んで居り申す …

  出張り所は渟代の湊にも置かねば成りますまい …

  新造船の護衛は我ら兄組が受け持つに致しましても 一本杉館の船着き

 場から渟代の湊迄荷を護らねば成りませぬ故 秋実の弟組が手練れ揃いと

 いえども 高々六十名程の勢では全てが手薄と成りは致しませぬか 」

「 蔵治 … 秋実ら 弟組の身を案ずるのも判らぬでは無いが 其の高々

 六十名程の勢の力量がどれ程のものであるのか 御影の当主たる御前が一

 番良く存知て居ろう 謙遜も程々にせぬと嫌みに聞こえるものぞ

  渟代の湊には能登の商人の出張り所が既に在るのだ 其処を使用人共々

 俺が借り上げる事とする 然すれば弟組を分けずに済む

  其れにだ 米代川に沿うて東から鹿角郡の尾去沢 比内郡の大葛山 檜

 山郡の太良山が肩を並べ其の三山から掘り出された鉱石のみならず 流域

 で伐り出された良木の筏が川役人の監視の下列を為し 引っ切り無しに往

 き来して居るのだ 故に荷の護衛は一本杉館の船着き場から小坂川と米代

 川が交わる錦木塚の辺り迄の凡そ二里 加えて米代川の荷は 南を流れる

 大川(雄物川)と違うて食えぬ物ばかりよ 故に不埒な者共に襲われる心配

 は極めて低い … 

  どうだ蔵治 此処迄言うてもまだ心配の種を掘り出す積もりか 」

「 … まるで … 今見て来たかの如き語り振りでござりまするな 

  そろそろ隣に控えて居る者を御呼び為されては如何でござる 」

「 ふっ 察して居ったか 相も変わらず感の良い奴よ

  待たせたな 入るが良い 」

  襖が開くと同時に 恰幅の良い四十絡みの男が平伏し

「 御久しゅうござりまする 御影の御兄弟様 」

「 やはり 其方であったか 鯨海屋の次郎兵衛殿 」

「 流石は御影の御当主蔵治様 御見通しでございましたな 」

「 次郎兵衛殿 父の葬儀以来だが 其の折りのみならず父が病に伏してか

 ら死に至る迄真に世話に成った 此の蔵治改めて礼を申す 」

「 御止め下され蔵治様 手前が現在(いま)こうして息をして居られますの

 も三年前のあの夜 寄り合いを終えた其の帰り道 商売敵が雇うた刺客に

 襲われ危うく命を落とし欠けた其の時 偶さかに通り掛かられた先代様の

 御陰にて命を取り留めたのでございます

  何時かは御恩を御返し致さねばと思い倦ねて居ります内に 先代様は病

 に倒れられ回復の祈りも虚しく 身罷られてしまわれたのでございます

  故に 此度の修理大夫様の申し出は正に渡りに船 先代様に御返し損ね

 た御恩を御返しす可く 此の杉江屋次郎兵衛 身命を賭して御仕えさせて

 頂きまする … 」

「   …   」「   …   」

「 次郎兵衛 言葉が足りぬぞ 」

「 あっ 此れは 私とした事が 申し訳ござりませぬ

  御兄弟様 此の次郎兵衛本日をもちまして 鯨海屋改め杉江屋と名乗ら

 せて頂きまする

  名を改めるに際し少々迷いは致しましたが 馬は地を駆け鷹は天翔るも

 のでござりますれば 水に浮く杉が相応しいと思い至り又 良杉を七尾の

 入り江に運び込みます事から杉江屋と名付けた次第でございます 」

「 鯨海屋はどうするのだ 」

「 弟に継がせまする 」

「 次郎兵衛殿 其れでは其れ此其商売敵に成ってしまうではないか

  其れに 所口湊の辺りは既に隙間無く建て混んで居るのですぞ 

  其の杉江屋 一体何処に建て為さる 」

「 秋実様 常民や御家の御用命は此れ迄通り鯨海屋が承りまするが 杉江

 屋の御客様は修理大夫様御一人でございます 其れに御屋敷は新たに建て

 ずとも丁度良い空き家がございましょう 」

「 空き家 … あっ 」

「 判ったか秋実 旧守護所ならば多少の手を加えるだけで事は済む

  其れに 目の前を御祓川(みそぎがわ)が所口湊迄流れて居るのだ 何を

 するにも都合が良かろう 」

「 納得でござる 」

「 新造船は都合三隻 秋実 御前が乗り込む船が長船(おさぶね)だ

  名は良杉丸 他の二船は良馬丸に良鷹丸と名付ける

  出帆は来年の春 若しくは梅雨の野分(のわき:台風)の間を目安とする

  故に次郎兵衛 其れ迄かならず三隻揃えて就船させよ 」

「 はい 仰せの通り 必ずや間に合わせて御覧に入れまする 」

「 次郎兵衛殿 俺は船に付いては度素人だ 明日から色々教えてくれ 」

「 秋実 一本杉館の出張り所は御前が差配せねば成らぬのだ 船の事は船

 人(ふなど)に任せて御前は商いの心得を伝授して貰うが良い 」

「 其れがしが … で ござりまするか 」

「 他に誰が居る 」

「 秋実様 手前共は矢を弾かぬ代わりに算盤の玉を弾いて日々戦うて居

 るのでございます 商いの掛け引きは戦も同じ 何処か通じる処が有るの

 でござりましょう … 

  檜山 湊の両安東家の御当主 何れも商人としても一流の方々でござい

 ます 秋実様 先ず心せねば成らぬ事は目に見える数字に心奪われては成

 りませぬ 目に見えぬ数字に此其真の損得が在るのでございます 故に目

 に見えぬ数字とは如何なるものか から始めさせて頂きまする 」

「 要は 数字に強い者でなければ務まらぬと言う事なのであろう …

  やれやれ 何とも荷の重い御役目じゃあ 」

「 何を申されます秋実様 荷は重い程秋実様の株は上がるのでござります

 るぞ 」

「 次郎兵衛の申す通りよ … だが秋実 長尾家とは盟を結んで居る故越

 後沖は懸念に及ばぬであろうが 問題は出羽の由利十二頭なる厄介な者共

 よ 其うであろう 次郎兵衛 」

「 はい あの者らの浜へ船を寄せようものならば法外な津料を支払わされ

 た上に 役人共も相場と掛け離れた袖の下を望んで来ます故皆 あの者ら

 の浜地を避けて素通りする様に成ったのですが 銭が入らぬ事に業を煮や

 した奴らは船を見掛けては早舟を仕立てて船を囲み 銭を払わねば船人を

 皆殺しにすると脅す迄に成ってしもうたのでございます 故に船は更に沖

 を通らねば成らぬ羽目と成り皆難渋致して居るのが現状でございます 」

「 … 安宅(あたか)や関船(せきせん)の様には出来ぬのだな 」

「 はい 新造船は飽くまで荷を運ぶ為の船でござりますれば 安宅や関船

 の様に海戦(うみいくさ)には不向きな船なのでございます

  とは申しましても 武装しては成らぬ法はござりませぬ故 武具の類い

 は十分に備えさせ垣立てに盾をずらりと並べて差し上げまする 」

「 … 次郎兵衛殿 船とは 海上で繋げられるものなのか 」

「 波の御機嫌にもよりまするが … 」

「 出来るのだな 」

「 はい     」

「 ならば良杉丸を先頭に品の字の如く繋げられる様手を加えてくれ 」

「 品の字 でござりまするか 」

「 其うだ 名付けて品の陣

  荷品を運ぶ船を護り抜く陣の名に相応しいであろう 」

「 成る程 では其の様に船大工頭に伝えて措きまする 」

「 秋実 遠回りはせず 一気に突っ切る積もりか 」

「 無論でござる兄上 

  丸に二つ引き両紋を掲げ 堂々と通って見せまする 」

「 うむ 良う言うた秋実 

  出帆の其の日迄 手の者らを船に慣れさせよ 海戦(うみいくさ)を想定

 した演練もせねば成らぬぞ 」

「 御任せを 」

「 秋実 次郎兵衛の口利きも有るのだ 恐らく檜山 湊の両安東家との交

 易再開は易かろう だが鹿角の地に小坂村に館を 出張り所を得るには易

 とは行かぬ 」

「 はっ 心得て居り申す 」

「 其此でだ 次郎兵衛の聞き及びによれば 長年争うて居た戸沢と小野寺

 が先頃和睦に至った其うだ だが其の戸沢が今度は対安東戦に向けて着々

 と軍備を整えて居るとの事 今年は無かろうが来年は事有るやも知れぬ

  故に 其の機に巡り逢うたならば何としてでも参陣果たし御助勢仕れ

  其して必ずや功を挙げ出張り所を 一本杉館を確保せよ 良いな 」

「 はっ 此の秋実に 我ら御影畠山弟組に 御任せ下され 」

  山の風が一時集まり 邪気除けに軒に吊るした風鐸が乾いた音をからか

 らと鳴らし 紫色の煙りを激しく掻き乱して後 鉄音(かなね)の余韻を微

 かに残し乍ら 風は止んだ     …

                  …

                  …

                  …

                  …

  ⦅ … んっ … はて 邪馬台無の墓は何処なのだ … ⦆

                  …

                           つづく 

 


 



 


 

 

  

 

   

 



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