御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の十七

        葬 送 の 御 霊 魂 玉

        そうそうの み たま だま



  何処迄が山なのか 

  何処からが空なのか

  判らぬ程の闇の中

  七尾の北西に 

  四方を小山や森に囲まれた

  赤浦と呼ばれる潟湖が在る

  南北に伸びた赤浦の潟は中程が細く括れ 

  其の括れの両岸から長さ二十間の橋が架かり

  其の橋の真ん中に源心が仁王立ちに立って居る

  手の者らに細かな指示を送り続ける二人の小頭の傍らで

  一体何が始まるのかと

  密かに心弾ませて居る万亀丸の姿があった


⦅ … あれが御霊魂玉(みたまだま) …

   ちょんこと 大き過ぎやしませんか 源心の御頭 ⦆ 

  源心が立つ橋の真下に橋脚に繋がれた小舟が浮かび 小舟の底板から立

 ち上がる棒の先には径三尺の提灯の様な物が据えられ 其の上部から突き

 出た管と紐の様な物が橋の上迄延びて居る

  其の小舟から橋と丁の字の形を為す様に 潟湖の北側へ五艘の小舟が舳

 先を橋に向けて並べられ それぞれの船尾と舳先は長さ二間の綱で結ばれ

  小舟には手の者が二人づつ乗り込み

  一人は舳先で水竿を水底へ打ち込んで舟を固定し

  一人は船尾に腰を下ろし 抱えた龕灯(がんどう)の灯りを橋の上から細

 かな指示を送り続ける背の高い小頭へ向けて居る

  小舟の長さも二間 故に橋の中央から五艘目の船尾迄の距離は二十間と

 成る 赤浦の周りを張る手の者らも皆 辺りに気を配り乍ら固唾を飲んで

 見守る中 水で濡らした大きな暗幕を橋の南側の高欄から垂らし終えた手

 の者が 背の低い小頭へ整い終えた事を告げ 続いて 

「 此ちらも良うござる 」

  背の高い小頭の言葉に 源心は諾の眼を向ける

  龕灯は整然と交互に並び闇夜の水面に映え乍ら 赤浦の潟に優しく揺蕩

 (たゆた)う小舟と共に静かに其の時を待って居る

「 良いか皆の者 試すは一度きり龕灯持ちは確と検せよ 良いな 」

「 はっ 」

  一斉に承りの声が響き 龕灯持ちは灯り口を塞いで眼を見開き 棹持ち

 は橋に向けた背中を丸めて眼を閉じ 他の者は黒色に染められた手拭いを

 目に巻き付ける

  橋の上では 背の低い小頭が鞴(ふいご)の取っ手を握り締め勢い強く風

 を送り 源心は心の内で数を数え

「 うむ 頃合いだ火を点じよ 」

  背の高い小頭が導火線に火を点じ じっ じじっじじっと微かに音を発

 し乍ら導火線は仄かに燃え進み 橋の地覆(じふく)から橋脚を伝って下へ

 と消えた 程無く かあっ と凄まじい閃光が一瞬にして放たれ 橋上に

 立つ源心らの姿が薄青白い光りに包まれ闇に浮いた

「 わっ 」 「 くっ 」 「 むおっ 」

  日頃 滅多な事では声を上げぬ者らが上げる程の光力であった

  背の低い小頭が龕灯の灯り口を開いて合図を送る 直ぐ様五艘目の小舟

 から合図が送られ続いて四艘目 少し遅れて三艘目の舟から灯りが届く

「 三艘目の舟尾迄十二間 此の距離ならば十分でござろう 」

「 甘いのう 藤八 」 

「 異論か 兄頭 」

「 逆に十二間有れば 反撃の時を与えるには十分な距離だ

  其れに今宵の様に 目に黒い手拭いを巻いたままでは闘えず龕灯も使え

 ぬ闇の中 我らは如何にして間を計れば良いのだ 」

「 そっ 其れは …

  万亀丸殿 御影の方々は如何に為されて居る 」

「 はっ 其れが … 御影の御霊魂玉はもっと小さく 私などは近付いて

 見れる物では無く 故に光りも淡く見えて居りましたので …

  此の様な激光 私 初めて目にしてござる 」

「 左様か … 御頭 」

  藤八が源心へ問い口を向けるも 源心は素知らぬ素振りで舟に乗り込ん

 で居た者らが橋の上に集まり終えるのを待ち

「 どうた 一艘目から申せ 」

「 どうだもこうだも御頭 

  導火線の燃え具合で来るとは判りましたが

  あの様な激光を諸に喰ろうては如何に其れがしとて 後ろへ仰け反るし

 か手は無く 我が目は今尚開ける事さへ儘成りませぬ 」

「 二艘目も同じでござる 」

「 三艘目はあの光りに耐えられはしましたが 

 視界は未だ覚束無しでござる 」

「 四艘目は未だ目の奥にちかちかと光りが残り

  動く事は出来ますものの 少々遅れを取るやも知れませぬ 」

「 五艘目も 同じでござる 」

「 うむ … 聞こえたか 藤七 」

「 はっ 五艘目の舟尾迄二十間

  此の距離ならば十分でござる … なれど 」

「 如何にして間を計る … か 」

「 はっ 」

「 ふむ … 藤八 困った時は 」

「 御影様 」       

「 うむ 皆御苦労であった御酒を用意して居る

  今宵は張り番の者を残しゆるりと休め

  砥草(とくさ)の茎を煎じた木賊(もくぞく)も揃えて置いて在る故 龕灯

 持ちは其れを飲むのを忘れるで無いぞ 痛む目に効く筈だ 」  

  源心の言葉に 手の者らは暗闇に笑みを隠し潟の東湖畔に佇む組屋敷へ

 漫(すず)ろと向かう

「 御頭も 今宵は御休みくだされ 」

  背の高い小頭が促すも

「 いや もう暫く此処に居る 」

「 もう 三日も寝て居らんのですぞ 」

「 藤七 藤八 御前ら此其休め 俺に付き合わんでも良い 」

「 しっ 然し御頭 今宵の張り頭は … 」

「 待て 藤八 」

  藤八の言葉を制した藤七の眼が そっと下へ動く

「 … むっ 兄頭  まっ 真逆… 」

「 恐らく … 其の真逆よ 」  

  小声で問う藤八へ藤七も小声で返し

「 其れでは 私は此れで 」

「 万亀丸殿 たまには二人に付き合うてやってくだされ 」

「 有難や御頭 我らも其う思うて居た処でござる

  否とは言わせませぬぞ万亀丸殿 のう兄頭 」

「 応よ 今宵は尼和殿との馴れ初めを聞かせてくだされ 」

「 あっ いや 私は今宵の内に戻りませぬと 」

  返す言葉も空しく 万亀丸の身体はあっと言う間に宙に浮き屋敷の中

 へと吸い込まれて行った

  三人を見送った源心は橋脚に繋がれたままの舟へ飛び乗り 舟尾に腰を

 下ろして龕灯に火を点じ 激光の残骸を眺め見る


  三日前の事である

  兼ねてから尊治に頼んで居た巻物を受け取った源心は 其れを手に深夜

 にも関わらず七尾城の作事場に向かい火術方の火薬師頭を叩き起こして居

 たのであった

「 親方 急ぎの用向きだ 頼む起きてくれ 」

  寝端を挫かれた上 行きなり巻物を突き付けられた火薬師頭は流石に仏

 頂面で迎えたものの時が時でも有り

「 此れと同じ物を作り 俺の目の前で試して見せてくれ 」

  と頼まれては

⦅  普段の源心殿とは思えぬ程の慌て振り 余程の事なのであろう ⦆

  気を取り直したものの 濃い縹色(はなだいろ)に染められた巻き物の表

 紙には 葬送の御霊魂玉(みたまだま)と墨書きされた外題の細長い紙が貼

 り付けられて居り

⦅  一体何の事やら ⦆

  やはり 御断り致そうかと億劫そうに紐を解(ほど)いて見たならば尾題

 の 光材を倍量致さば目眩ましに変ずの文字が目に入り 読むだけは読ん

 でやろうと 読み進む内に火薬師頭の居住いは正しいものとなり

  精読して後

「 源心殿 我ら爆裂を旨とする火薬玉作りを専(もっぱら)らとする者 其

 の者らに音もせず人も殺さず 只光りを発するだけの火薬玉を作れとは 

 何とも的を外れた事を申される御方じゃ 然リ乍ら 此れは面白い

  良うござる 御引き受け致しましょう 」

「 相済まぬ 此の忙しい時に引き受けてくれるとは 真に痛み入る 」

「 なあに 石動山攻めの弾薬は既に目処が立って居りますれば 御懸念に

 は及びませぬ なれど源心殿

  其れがし 石動山攻めの片が着くまで 此の場を離れる事は許されませ

 ぬ故 足りぬ用材は其ちらで御用意くだされ

  揃い次第 直ぐ様取り掛かれますよう備えて措きますが 先に竹細工師

 を一人廻して頂きますよう矢師頭に継(つな)ぎを付けてくだされ 」

「 相承知 で 他に何が必要なのだ 」

「 はい 竹は竹細工師に用意させる事として …

  紙は自前で何とか成り申そう …

  其れがしの手元に無い物と申しますと 先ずは砥糞(とぐそ)でござる

  此れは研ぎ場へ行きますれば 容易く手に入りましょう

  砥糞は 刃物の研ぎ初めには欠かせぬ物でござる故 腕の良い研ぎ師程

 砥糞は全て流さず取って措いて有る筈でござる なれど 完全に乾かして

 粉にせねば成りませぬ故 此ればかりは早めに御持ちくだされ

  後は … 鋸屑(のこくず)と鞴(ふいご)でございますが 鋸屑は此の作事

 場の一室(ひとむろ)に山と積まれ篝籠(かがりかご)に焼(く)べられるのを待

 つだけの物でござる 鞴は鍛冶屋で調達出来ましょう 」

「 以上か 」

「 はい … あっ 大事な物を忘れる処でございました 」

「 何だ 」

「 最後の仕上げに砂糖と塩を少々 … 」

  真事(まじ)か 想いつつも組屋敷へ取って返した源心は 手透きの者を

 集めて夜明け前には全て揃える事が出来 其の夕早くも仕上がったとの報

 せが入る

「 もう出来たのか 」

「 はい 用材さへ揃えば 存外容易いものでございましたな

  なれど源心殿 此の巻き物を信じて居なかった訳ではござりませぬが 

 真逆 砥糞や鋸屑が光り玉に化け様とは正に目から鱗 真に良い物を教え

 て頂きました 源心殿此の巻き物の主様に宜しく御伝えくだされ

  出来得る事ならば 一度御会いして見とうござると 」

「 うむ 今は何処の何方とも申せぬが時が来れば必ず会わせて遣わす 」

  はいと頭(こうべ)を垂れる火薬師頭へ

「 親方 整いました 」

  弟子が告げ

「 左様か さあっ 源心殿 参りましょう 」

  案内された部屋の壁板には防火と遮蔽の為の暗幕が張られ 弟子達が其

 の暗幕へ向けて口に含んだ水を霧状に吹き掛けて居る

  土間の中央に突き立つ細竹の上に径六寸 蹴鞠(けまり)程の丸い玉が乗

 り玉の下部から導火線が螺旋(らせん)に竹を伝わり 一つだけ灯りの点(と

 も)された燭台の下迄這って居た

「 源心殿 先ずは巻き物の外題通り

  葬送の御霊魂玉を再現致しまする … 始めよ 」

「 えっ 親方 初手は … 」

「 判って居る だが源心殿には時間が無いのだ

  其れに 元を素の目で見て貰わねば意味が無かろう 」

「 しっ 然し親方 此の距離では 」

「 構わぬ 遣ってくれ 」

「 … はっ では 源心様 御覚悟を 」

  火薬師頭と弟子達は黒色の手拭いを目に巻き付け 源心は弟子の一人に

 促され部屋の隅迄退き 他の弟子が鞴の取っ手を握り締めゆっくりと風を

 送り出す 鞴の送風口から伸びて居る管の先は土間に潜り込んで居る

  どうやら管は 土中を伝い細竹に繋がって居る様である

「 … 点ぜよ 」

  火薬師頭の声を合図に 別の弟子が燭台の灯りから付け木に火を移して

 導火線に点じ 其の線火の灯りに集中す可く燭台の灯りは吹き消され 仄

 かな炎がじっ じじっ じじっ と音を立て乍ら まるで産まれたばかり

 の龍の子が其の身に余る宝珠を得ようとするが如く細竹を燃え昇り 炎の

 鱗が宝珠に吸い込まれた刹那 かっ と閃光が煌めき源心の意に反し片方

 しかない目が思わず閉じた

「 如何でございます 源心殿 」

「 うむ … 想うて居た以上の光り様であった 」

「 左様でござりましょう 」

  手拭いを解いて向ける火薬師頭の面に笑みが浮かぶ

「 … 未だ 目が眩んで居るは 」

「 おい 手を貸して差し上げよ 」

  弟子に手を引かれ部屋に戻った源心の手に 濡れた手拭いが手渡され

「 目は潰れぬであろうのう 」

「 ははっ 御心配には及びませぬ

  暫くは目の奥がちかちかと痛みましょうが 必ず元に戻りまする

  なれど念の為 此れを御飲みくだされ 」

「 何だ 」

「 はい 砥草(とくさ)の茎を煎じた木賊(もくぞく)でござる

  痛めた目に良く効く薬でございます

  我ら火薬師には欠かせぬ物ではございますが 源心殿には御酒の方が宜

 しいですかな 」

「 両方くれ 」

「 ははは 流石は源心殿 此れ 源心殿へ御酒を 」

  畏まりましたと弟子らは奥へと消え

「 親方 後学の為に教えてくれ あの光り玉 何故(なにゆえ)音もせず 

 光りだけを発する事が出来るのだ 」

「 はい先ずは光材でござる あの光り玉の光材は砥糞と火打ち石を粉にし

 た物と 篩(ふるい)に掛けた鋸屑に硫黄の粉を塗(まぶ)した物でござる 」

「 砂糖と塩を忘れて居るぞ 」

「 はは 此れは一本取られましたな 勿論 何れも臼にて挽き粉にしてご

 ざいます 粉にする事で空気を送った際 玉内に満遍なく行き渡らせる事

 が出来ますので 」

「 うむ … で 」

「 はい 研ぎ師らが用います材種には決まりは無く 其れ其れが此れはと

 思うた石を用いるものでござる 故に 石の種類は多岐に渡り砥糞の中に

 は研がれた刃物の鉄粉(かなこ)も混じりまする

  鋸屑も檜 杉 松などが主でございますが此れらは付け木に用いられる

 程火の着きやすい木材でござる 火打ち石に付きましても 今其れがしの

 許にございます燧石(すいせき) 玉髄(ぎょくずい) 玻璃(はり) あじ(黒曜

 石)と全て使うて居ります故 鋸屑に硫黄の粉を塗す事で発火の作用が急速

 に促され 多岐に渡る材種があの様な光り様をするのでござりましょう 

  更に 其処の焙烙玉(ほうろくだま)を御覧あれ 」

「 … 此れがどうした 」

「 はい 瀬戸内の水軍が得手とする焙烙玉も 我らが得手とする爆裂玉も

 仕組みは同じでござる 焙烙玉は陶器を用い爆裂玉は紙ではございますが

 膠(にかわ)にて幾重にも重ね合わせた物でござりますれば 焙烙玉も爆裂

 玉も共に頑強な殻を持つが故に爆発の威力も増すのでござる あの光り玉

 の殻も紙で出来て居りまするが 」

「 俺には 薄紙に見えたが 」

「 はい あの紙は薬師(くすし)や我ら火薬師が扱いし薬包紙でござる

  此の薬包紙成る物 一度火が着きますれば あっと言う間も無く燃え尽

 きてしまう物でござる … つまり 」

「 … 爆発の際 圧が掛からぬ 」

「 左様 堅固な城門を破るには 其れなりの道具を必要とし其れなりの音

 がするものでござる なれど 其処の軒に掛かりし涼廉ならば … 」

「 腕押し処か指で済む 」

「 はい 故に光りを発すると共に ぼぉっ と燃え尽きる音を残すだけな

 のでござる 」

「 … 成る程 … 得心が行った 」

「 後は送る風の加減でござる

  強すぎても弱すぎても成りませぬ あの光り玉の成否は実は風の加減

 と言うても過言ではござりますまい 」

「 うむ 良う解った 」

「 其れで 源心殿 大きさは如何程 其して其の数は 」

「 うむ 径三尺 数は試しを含めて九つ 出来るか 」

「 八卦の陣ならぬ八光の陣でござりまするな 御任せくださりませ 

  其れ其れ 

  天 地 風 雲 龍 虎 鳥 蛇 と印し 仕上げて措きまする 」


  源心は龕灯の灯りを吹き消し 舟尾の腰掛けを枕にごろりと横になる

⦅ … 天 地 風 雲 龍 虎 鳥 蛇 …

   餓鬼の頃 左右組と組んで良う遊んだは …

   さて 後はどう誘(おび)き寄せるか なのだが … 其の前に ⦆

「 … 善 」

     …     …     …     …     …

「 居るのは判って居る 」

  舟尾の左側で ちゃぷりと音がし

「 … 久しゅうござる 源兄(げんにい) 」

「 元気其うだな 」

「 源兄も 」

「 片目の世界に漸く慣れた処よ 」

「 … … … 」

「 で 何用だ 」

「 話を聞いてくれるので 」

「 ふっ … 

  我らの張りを掻い潜り忍び入った事への褒美よ

  聞くだけは聞いてやる 」

「 忝(かたじけ)ない 実は ─ ─ ─

  善行は舷側に頭を当て 闇の水面へ向けて語り出し 暫しの後

  ─ ─ ─ どうだ源兄 俺の話に乗ってくれるか 」

「 … 其処な御方も善と同じ想いか 」

「 なっ 何を言う源兄 俺の外には誰も … 」

「 流石は伊賀倫組の頭領 服部源心殿でござる 」

  ざっと水が持ち上がり 源心が乗る小舟の舳先に黒い影が丸く乗り

「 御初に御目に掛かる

  其れがし 今は無き甲斐は武田の傍人組の頭領 ─

「 赤沼の黒丸 又の名を河童の黒太郎 … 殿 」

「 其れがしの又の名迄存知て居られるとは … 光栄でござる 」

「 ふっ 蛇の道は蛇 と云うやつよ 」

「 黒丸 来るなと言うた筈だぞ 」

「 善行殿 先程の光り玉を目にした以上 此の御方は我らを生きて返しは

 しますまい

  今彼方様に死なれては其れがし 遊佐様に顔向け出来ませぬ故

  其れがしが盾と成り申す さあ 今の内に 」

「 いや まだだ

  源兄 応えてくれ 俺の話に乗るのか 乗らぬのか 」

「 乗る訳が無かろう 」

  東の岸から声が上がる

「 其の声は 藤八 」

  西の岸からも

「 女御は騙せても 我らを誑かすには至難の業ぞ … 善 」

「 とっ 藤七 … おっ 御前ら 何時の間 ─

  善行の言葉が終わらぬ内に 東西から十字が飛ぶ

  がっ

  きっ

  東の十字は黒丸が

  西の十字を善行が叩き落とすも 藤七の肩越しから矢が走る

「 善行殿っ 」

  声より先に善行の前へ跳んだ黒丸の背中に どかりと矢が突き刺さる

「 くっ 黒丸っ 」

  黒丸は其のまま善行を抱き抱え ざぶりと湖(うみ)へ飛び込み

  続いて飛び込もうとする二人の小頭へ

「 待て 奴の噂は聞いて居ろう 水の中では敵無しぞ 」

「 俺達 二人掛かりでも … 」

「 藤八の小頭 私(わたくし)も居りまする 」

「 応よ御頭 奴は万亀丸殿の矢を背中に諸に喰ろうたのだ

  善が居ろうとも もはや我らの相手ではござらぬ 」

「 兄頭の申す通り 逃げるとすれば海に向かう筈

  松百(まっとう)の水門を閉じれば袋の鼠でござる 」

「 応よ 万亀丸殿は一足先に松百の水門で待ち設けて下され

  俺が水に入る 藤八 御前は岸に沿うて来い 」

「 待てと申すに藤七

  奴は矢を喰ろうたが 恐らく毛程も感じては居らぬ 」

「 私の投矢を毛程も感じぬとは 何故でございます 」

「 随分と前の事だが 奴ら傍人組と殺り合うた組頭から聞いた事がある

  奴の背中は盾の様だと

  幾ら十字を打ち込んでも けろりとして居った其うだ 」

「 故に盾になると 例えでは無く真の事でしたか 」   

「 なれど あの光り玉を見られてし申たのですぞ 」

  向こう岸から橋を掛け渡って来た藤七が問う

「 構わぬ 」

「 かっ 構わぬと … 」

「 … 御頭は 善の話に乗る御積もりで 」

「 判らぬ … が 真で有るならば 」

「 悪い話ではござらぬ … のう兄頭 」

「 … 真で有るならば … だがな なれど 」

  藤七の目が万亀丸へちらと向く

「 其れよ 尊治殿が遊佐を討つ意は変わらぬ 」

「 如何為されます 」

「 うむ … 困った時は 」

「 御影様 」

「 御頭も藤八も其の掛け合いは止めて下され 」

「 ならば兄頭 外に手は 」

「 無い 」

「 決まりだな さあ 万亀丸殿 飲み直しと致しまするか 」

  言いつつ 源心は舟を伝って岸へ上がり

「 あっ いや 私は … 」

「 其れがしにも尼和殿との馴れ初めを聞かせて下され 」

「 俺らも参ろう 兄頭 」

「 おっと 藤八 御前は役目に戻れ 」

「 へっ … 」

「 今宵の張り頭は御前であろう 」

「 其んな殺生な 」

「 文を垂れるな 」

「 へえい … 処で御頭 善の兄貴には向後どう継ぎを付けるので 」

「 付けんで良い 其れが継ぎと成る

  だが 火薬師頭への継ぎは忘れるでない 」

「 はっ はあ … 」

「 早く行け 早く戻って来ねば御酒は無う成るぞ 」

「 其れを早く言うて下され 」

  言うが早いか 藤八の足が地を蹴った


「 親方 つい今しがた倫組の小頭様が参られ

  上々であったとの継ぎがございました 」

「 ふむ … 左様か … 」

「 親方 此の三日 何やら御気分が優れぬ御様子

  何処か御身体の具合いが悪いのではござりませぬのか 」

「 はっはっ 報告がてら様子を見に参ったか 」

「 はっ 皆心配して居りまする 」

「 はっはっはっ 其れば済まぬ事をしたな

  心配は無用だ ちいと想う事があってな 」

「 … 想う事 … 何でございます 」

「 戯れ言と思うて聞いてくれ

  もし仮にだ 此の世から戦が無くなり天下泰平の世と成ったならば

  儂は直ぐ様御役を辞し 御前に跡を譲る積もりだ 」

「 なっ 何を申されます親方 」

「 まあ聞け 御前は弟子頭に恥じぬ腕前と成った

  もはや儂が教える事も無い程にのう 」

「 御誉め頂き真に嬉しゅうございますが 御辞め為された其の後は何を

 為される御積もりで 」

「 うむ 御前も目にしたであろう あの激しくも美しい光りの様を 」

「 はい 私にはあの光り玉 遠きにありて見ましても十分美しく闇に映え

 るものと想われますが 」

「 死者を御見送りする際の御霊魂玉なのだ本来其の様なもの なのであろ

 うよ 故に音を出しては成らぬと言うのも解らぬではないが われらにし

 てみれば火薬玉は音がするのが当たり前故 音がせぬのは気に入らぬ

  なれど 人を殺さぬと言う処は気に入った 御霊魂玉と言う名もな 」

「 はい 実は私も同じ事を想うて居りました 」

「 真か … 我らは此れ迄 何人の人を傷付け殺して来た事か …

  己れの手を汚さず他人の手を介しての事だが だから此其 我らの逝き

 先は地獄と決まって居ろうが 地獄へ行く前に一度で良いのだ人を傷付け

 ずましてや殺しもせず 愉しませる火術を披露してみたいのだ 」

「 其う言う事でございましたか

  ならば親方 先ほどの御話しは御断りさせて頂きまする 」

「 何故だ 前田様の火薬師頭では不服か 」

「 いえ 此の世が泰平の世と成るのであれば 爆裂玉も必要の無い物と成

 りましょう 然すれば私だけでなく他の者らも職に溢れてしまいまする

  親方 人を愉しませる火術など 我ら弟子には未知のものでござります

 れば 我ら又一から教えを請わねば成りませぬ故 其の折りが参りました

 ならば 我らを再び弟子として御側に置いてくださりませ 」

「 はっはっはっ 何時の間にやら口迄達者に成り居って

  ならば 何時職に溢れても良い様にせねば成らぬな 」

「 はい 」

「 のう弟子頭 ちいと試したいものがあるのだが 手伝うてくれるか 」

「 勿論でございます 既に何やら御考えが御有りなのですね 」

「 うむ … 朧気乍らな 」

「 其れはどの様な 」

「 大輪じゃ 」

「 … 大輪 」

「 其うじゃ 大輪じゃ 

  戦場に於いては火花は散るだけよ

  だが 何時の日か其の火花が散り終えた時

  命を散らした全ての者達の為に御霊魂を弔う可く

  盆を迎える夏の夜空に大輪の華を咲かせてやりたいのじゃ 」

「 やりましょう親方 泰平の夜空に 大輪の火の華を

  我らの手で咲かせてみせましょう 」

                         つづく

  

  


   

  




 




   


  


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