御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の十六 

         茂菜 の 苛 立 ち

         もな の いらだ ち 




  男の背中を掻きむしる女御の手が思わず止まる

「 まっ 真でござりまするか塩沢様

  真に 真に私(わたくし)の様な女御を貴方様の妻に 」

「 真だ 俺は嘘など付かぬ 」

「 嗚呼 嬉しゅうござりまする …

  なれど 私を抜くには其れなりの銭を必要と致しまする

  其の様な御負担 掛けられませぬ

  茂菜は 塩沢様の其の御気持ちだけで十分でございます 」

  男の腹の下で身を捩(よじ)り 顔を横へ背けた拍子に目から目へ涙が

 ほろりと伝わり落ちた

「 はっはっはっ 銭の事ならば心配せずに良い 全て俺に任せ措け

  … 何だ茂菜 泣いて居るのか 」

「 戦で父も母も失い 頼る縁者も居らず何の取り柄も無い儘 天涯孤独

 と成りし身の上なれば 生きて行く為に致し方無く遊女(あそびめ)に此

 の身をやつして参りました私でございます …

  其の様な私を … 嗚呼 何を申し上げて良いのやら 

  言葉もござりませぬ 」

  左の腕で頬に杖付き 茂菜の面を覗き見る男の右手が桜貝の如き乳首

 をそっと摘まむ

「 んっ … さっ 然り乍ら 戦は近うござりませぬのか

  私は 貴方様の御身が心配で堪りませぬ … 

  つっ ついっ 想うては成らぬ事を想うてしまいまする … 

  わっ 私はもう一人は嫌でござりまする … うっ んっ 」

「 はっはっはっ 其方を迎える前に 先ずは其の心配性を直す事から始

 めねばならぬな 

  案ずるな 俺は死なぬ 其の様に出来て居るのだ 故に其方を一人に

 などさせぬ 其の日が来る迄楽しみに待って居れ 」

「 はい 貴方様を信じて待つ事と致しまする 」

  枕元の鉄瓶へ伸ばそうとする茂菜の手を封じた男は 其の儘ごろりと

 仰向けになり

「 御酒はもう良い さあ参れ 」

「 … あい … 」

  茂菜は男の身体に跨がり様眼を瞑り 目蓋の裏側に違う男の顔を想い

 浮かべ乍ら 徐に細身の腰を揺らし始めた … … …

 

「 御呼びでございますか 左近様 」

「 うむ 茂菜殿 其方らに一仕事して貰わねば成らぬ 」

「 まあ やっと左近様の御役に立てる日が参りましたか

  嬉しゅうございますが 其れは取りも直さず左近様の夜伽の御相手が

 叶わぬと言う事に他なりませぬ 茂菜には其れが寂しゅうございます 」

「 ふっ 何を萎らしい事を

  俺に隙が有れば 寝首を掻く積もりで居ったろうに 」

「 ほほっ 確かに

  我らを 巫女(ふじょ)組のみならず 傍人組共々救うて下された其の

 事由が判らぬ内は信を措く事など出来ませぬ故 」

「 今は信を措いて居ると申すか 」

「 ほほっ 左近様の御首(みしるし)が未だ其の御身体から離れては居りま

 せぬ 其れが何よりの証しでございます 」

「 ふっ 言い居るのう 茂菜殿 」

「 左近様 此れからは茂菜 と御呼び下され

  私はもはや貴方様のものでございます故に 何の遠慮も要りませぬ

  貴方様の命とあらば 何時でも何方様成りとも 其の首掻いて御覧に入

 れまする 」

「 うむ 良う言うてくれた 委細は追って報せるが 或男を誑かし骨抜き

 にしてくれ 首を掻くのは後の事 どうだ其方には容易いものであろう」

「 … 左近様 思い違いを為されては困りまする …

  我ら 銭で身を売る遊女(あそびめ)に非ず故に 如何に御役目とは申せ

  いえ 御役目であるから此其 心を偽り好いても居らぬ男に身を委ね偽

 りの伽を重ねます事存外苦衷なものなのでございます

  好いた御方と身体のみならず 心と心が真に結び付く事で 己れの命に

 張りが生まれ 其の御方の真を支えに 初めて容易いものと成るのでござ

 います 」

「 武田勝頼殿とは 真のものであったのだな 」

「 はい 互いに嘘偽りの無いものでございました 」

「 茂菜 其方に対する俺の心に嘘偽りは無い

  此の俺が此れ程愛惜しいと想うたのは初めての事だ 

  尤も 人を欺き慣れた俺の言葉など信じられぬであろうがな 」

「 同じ事を言わせて下されますな 信じて居りまする …

  なれど左近様 亜由様は未だ我らに … と申しますより 私に信を措

 いては居られぬ御様子 … 

  別段 何をされ言われた訳ではござりませぬが

  茂菜には其れが少々気掛かりでございます 」

「 ふっ 気にせんで良い あの女御は其方の美しさに妬いて居るのだ 

  只 其れだけの事よ 」

「 妬いて居るのは寧ろ私の方でございます

  あの様に美しい御方 甲斐には居りませんでしたので … 」

「 ふっ 又其の様な 兎に角頼んだぞ 茂菜 」

「 はい 此の茂菜 必ずや貴方様の意に沿うてみせまする … 」


  茂菜 姓は望月を称し今は亡き 甲斐武田の巫女(ふじょ)組の頭領

  望月千代女(ちよめ)の娘である

  三十路はとうに過ぎて居る筈なのだが十は若く見え 其の面立ち

 は清楚で気品に満ち 四肢は細いが着物に隠れた胸と尻は良く肉付

 き男の情感を掻き乱す 正に官能の美体其の物の持ち主であり 其

 の面からは想像にし難い程の性(さが)にして 其のしなやかな肢体

 で絡まれ性技の限りを尽くされた男で 此の女御の虜に成らぬ者は

 一人として居なかった


⦅ … あの亜由と言う女御の眼 …

   私(わたくし)は あの女御と同じ眼をした女御を知って居る ⦆

  亜由と初めて会うた時 茂菜は其う感じた

  笑顔なれど 其の眼は笑うて居らぬ茂菜の母 

  千代女と同じ眼をして居る女御だと

  物心付いた頃 初めて母の其の眼を見た茂菜の幼い心は一度壊れた

  或る夜 茂菜は母が祖父と交(まぐ)わう場を垣間見た

  見せ付けられた と言う可きか

  其の様は正に畜生の交わりであり 獣の咆哮が茂菜の耳を襲い祖父の

 肩越しに茂菜を見詰める 笑顔なれど眼の笑うて居らぬ母 千代女の姿

 が其処に在った

  幼い乍らも 男と女の其の行いが何を意味するものなのかを既に知っ

 て居た茂菜は

⦅ … あたしは 本当に父様の娘であり爺様の孫なのであろうか …

 … 其れとも 爺様の娘なのか … 

   爺様の娘と言うのであれば あたしを産んで下された母様とは母

  娘でありながら姉妹なのであろうか … ⦆

  大人でさえ導けぬ答えを 茂菜の小さな脳は必死に導き出そうとし

 導けぬまま 茂菜は魔の夜を迎えてしまうのである 

  千代女から事前に報されて居たのであろう

  祖父は 茂菜の初花を待って居たかの様に其の夜 茂菜の寝所に忍び入

 り無残にも幼い花を朱に染めて散らし 崩れ掛けて居た茂菜の心は完全に

 壊れてしまったのであった

  壊れた心を抱えたまま一年が過ぎようとした頃 祖父は何時もの様に未

 だ未熟な茂菜の身体を弄び 足を拡げて押し入った

  未熟乍らも美しさは既に表へ現れて居り 其の美しくも未熟な身体は

 小さく仰け反り 両手は布団の両端を固く握り締めて居る 

  己れのみすぼらしい胸を 膨らみ始めた茂菜の乳房へ押し擦る祖父は

 枯れ枝の様な細腕で茂菜の細首を抱え乍ら其の時を迎えようとして居た

  祖父の其の時に合わせるかの様に 茂菜の括れた腰から伸びる柳の枝に

 も似たしなやかな足が枯れ木に絡み付き 枯れ木と柳が一本に成ったと同

 時に 茂菜の可憐な唇から初めて女の声が上がる

  其の一連の流れが祖父には堪らぬ喜びであったのか

「 おっ おおうっ 茂菜っ 」

  枯れ木の洞(うろ)から歓喜の声が漏れ出 其の時を迎える可く枯れ枝を

 茂菜の脇の下で突っ張り 筋張る顎が上を向いた刹那

  茂菜の瞳が煌と光り 布団の下に隠し置いた二枚の剃刀を素早く引き抜

 き 祖父の顎の下で交差させ一気に掻き切った

  全身朱に染まった茂菜は 恍惚の面を残したまま命と共に果てたもう一

 つの祖父を切り落とし母千代女の寝所へと向かう

  部屋に近付くにつれ 又もや獣の咆哮が茂菜の耳をつんざき 其処には

 兄六郎の鍛え抜かれた身体に股がり 夢現の情気を湛え乍ら狂喜に湯揺す

 る母の姿があった

  無言でもう一つの祖父を 母目掛けて投げ付けた茂菜の口の端が微かに

 横へ伸びるも 自覚無き 笑顔なれど眼の笑うて居らぬ茂菜が其処に居た


⦅ … 私(わたくし)は 畜生の家に畜生の子として産まれ 畜生共に育てら

   れた …

    私の様な生き物は 此の世に産まれて来ては成らぬ生き物なのだ

    あの女御が 畜生の行いをして居るのであれば 赦さぬ

    其の時は 私があの女御を逝かせて遣る ⦆

「 … あっ はあうっ … もっ もう いっ 逝きまするうっ … 」

「 俺もだ茂菜 共に果てようぞっ むっむおうっ むおおうっ 」

  男は 茂菜の膨らみへ突っ伏して果てた

  男の背中を優しく撫でて居た茂菜の手が 男の掻き出す鼾と共にぴたり

 と止まり 豚の如き男の身体をごろりと横へ追いやった其の手で 己れの

 乳房を揉みながら右手の中指を秘壺へ誘(いざな)い 親指が膨らんだまま

 の実(さね)を擦り出す

「 … んっ んんっ 逝かぬ … まだ逝けぬ … くっ …

  何時もの事なれど

  私の身体に火を着けたまま 己れだけ逝き居る此の豚め 

  幾ら何でも早すぎる

  此れでは 蛇の生殺しではないか

  … ふっ んっ … 此の私が 自らを慰めねばならぬとは 

  … くっ あと少し もう少し … 逝かぬ 逝けぬ … 嗚呼 …

  だっ 誰か 茂菜を 茂菜を逝かせてっ … 」

  身 悶え 喘ぐ茂菜が 颯(さっ)と蚊帳を抜けるなり

  燭台の灯りを ふっと吹き消し

「 誰じゃ 」

  闇の庭を睨み付ける

「 名無しでござる 」

「 御前か 何用じゃ 」

  言いつつ 一糸纏わぬまま 濡れ縁へ腰を掛けた茂菜は 立てた右膝

 を揺らし乍ら両手を後ろへ付きつつ 笑うて居らぬ眼を向ける

「 善行殿が申されるには 用済みと成れば左近は巫女(ふじょ)組を始末す

 る積もりで居ると 」

「 であろうな 」

「 故に 其の前に 我が傍人組は巫女組を連れて山を抜けよ と 」

「 其れは成らぬ 其の間 誰が遊佐様を御守り致すのじゃ 」

「 半開きが居りまする 」

「 あの男 信用成らぬ 」

「 直ぐ戻ります故 」

「 成らぬ 我ら巫女組は自力で山を抜ける故 傍人組は我らに構わず全力

 で遊佐様を御守り致せ

  茂菜が其う申して居ったと 善行殿へ伝えよ

  黒丸にもじゃぞ 良いな 」

  其の善行殿がと 口に出掛けたものの御頭が付いて居るのだと思い直し

「 … 抜けられますか 」

「 戦が始まり居れば 誰も遊女(あそびめ)などに構うては居れまい 」

「 左右組の事を言うて居るのでござる 」

「 ほほっ あの男の事じゃ 我らを殺るのに 手の者は使わぬ 」

「 …   …   … 」

「 判らぬか 」

「 はっ 」

「 申し訳ごさらぬ 

  あの者ら どうやら前田の息の掛かった遊女共の様でござる

  と 左近に告げられたならば御前はどう致す 」

「 はっ 遊ぶだけ遊び其の日が来ましたならば … 」

「 其う言う事じゃ 」

「 …   …   … 」

「 何じゃ まだ府に落ちぬのか 」

「 其の日とは つまり 此奴らが山を抜ける時 」

「 其うじゃと言うておろう 」

「 山を抜けるのは 戦が始まる直前でなければ成らぬ筈 」

「 其うじゃ 」

「 前田が仕掛けて来ねば 抜けられませぬ 」

「 と言う事は 」

「 此奴らに 荷駄組に探りを入れても何の意味も無し

  只 前田を張って居れば其れで良うござる 」

「 意味も無いのに 何故左近は我らを充てごうたと 」

「 はっ 」

「 名無し 御前にしては良う気付いたな

  其方ら傍人組を駒として使う為じゃ 捨て駒としてな 」

「 右近組一組で倫組に当たらせるのは分が悪い 

  故に 我らに合力せよと 」

「 端から其の積もりで居た訳では無かろうがな …

  左近と倫組の頭領とは因縁浅からぬ仲と伝え聞く

  左右組が上杉の手下(てか)で居る以上 何れ倫組と当たるは此れ明白

  なれど 倫組と正面切ってやり合うても 現在(いま)の左右組では勝て

 ぬ 其う踏んで居た左近の眼の前に我らが居た … 」

「 成る程 其れで我らを … 」

「 其う言う事じゃ 

  なれど 初手は傍人組と左右組とで当たる積もりが 」

「 銭を奪う計画に変わり 」

「 我ら傍人組と右近組は 左近組が銭を奪う迄の時間稼ぎの捨て駒 」

「 其う言う事じゃ 納得か 」

「 はっ 此れですっきり致しました 心置き無く裏切れます故 」

「 ほほ 私もじゃ 」

「 … 其の豚も 茂菜様を裏切りましょうや 」

「 当たり前じゃ

  愛惜しいと想うてくれて居るのは真の様じゃがな

  私を連れて行けば荷駄頭と謂えども 此の豚の命は無い

  其れが判らぬ程此の豚も馬鹿では無い …

  何じゃ名無し 妬いて居るのか 」

「 いっ いえ … 妬いてなど … 」

「 嘘を申すな 其う面に書いてある 」

「 まっ 真逆 」

  思わず面を上げた名無しの面前に 茂菜の美しい脚がすたりと立ち

  名無しの眼前で茂菜の茂みがさわりと揺れる

「 名無し

  あの豚は 一度眠りに付いたならば朝迄起きて来ぬ豚じゃ

  故に … のう 名無し

  朝迄 … 朝迄 嗚呼 …     」

                         つづく


     


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