御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の十三

          口 寄 せ

          くちよ せ

 

 

 

  小丸山城の搦め手に

  廃材が所狭しと

  積み上げられて居る

  嘗て此処に

  御影畠山家の館があった

 

⦅ … あの時 連龍の言葉通り

   御爺殿と兄上が貝毒に当たったと言うのは偽りであった

   俺を構えの刑に処させる可く

   連龍が俺を甚振り 

   俺が其れへ返すであろう事を読んでの偽りであったのだ

   我が家を保つ為の御爺殿の苦肉の策であった其うだが …

   俺が口走ってし申た事が真に成ってし申た …

   平殿を介して弟組丸ごと蒲生家預かりにして貰うたのに

   其の蒲生家の許を離れた俺を 御爺殿は赦してくれぬであろうな …

   追放の身と成った俺は 

   表門から出る事は許されず 裏門からでたのだが … 

   其の裏門は此の辺りの筈 …

   流石に偲べるものは何も無し … か … ⦆ 

  感慨深気な尊治へ 前を行く菊花が源心へじゃれ乍ら問うて来る

「 尊治様 

  連龍の兄様は もはや奴らを恨んでは居らぬのでござりまするか 」

「 奴はあの日 父や兄のみならず一族の半数以上を失うたのだ

  恨んで居らぬ筈は無かろうよ 順じる番を入れ替えただけの事だ 」

 

  天正五年(1,577年) 七月

  上杉謙信は 昨年から続いて居た能登勢との戦に決着を付ける可く二万

 の兵を率いて進軍を開始し其の凄まじい進撃振りに 能登方は全ての城を

 棄て総勢を以て七尾城へ籠る事とし更に 連龍の父続連は徹底抗戦を呼び

 掛け領民迄をも籠らせたのである

  だが … 為に 城内は兵と民とで満ち溢れ 真夏の籠城が祟り疫病が

 発生するなり瞬く間に蔓延し死者が相次ぎ 己れの策が招いた惨状に続連

 は信長に援を請う可く 僧籍であった子の連龍を使者として安土へ派した

 のであった

  連龍の求めに応じた信長は 柴田勝家を総大将とした織田勢を急遽派し

 たのだが 七里頼周(しちりよりちか)率いる加賀一向衆に行く手を阻まれ

 七尾城は落城寸前であった

  其の最中 以前から親上杉派であった遊佐続光 盛光親子は 兼ねて

 から親信長派の長続連へ不満を抱いて居た温井景隆と弟の三宅長盛と謀

 らい 九月十五日 十五夜の月の夜

  突如として反旗を翻し 城門を開け放って上杉勢を迎え入れたのである

  頼みの柴田勢は間に合わず 温井らに従わぬ者らは悉く討ち取られ 此

 の時其のまま還俗した連龍は復讐の鬼と化し 生き残った一族を率て織田

 方へ身を投じたものの 私の戦は他の者には疎まれるものであり 柴田勝

 家には信を得られぬまま其の許を離れ 心を入れ替えた連龍は前田利家に

 従順に仕えて信を得たのであった

  一度(ひとたび)合戦とも成れば 勇猛果敢で知られた長一族である

  今では前田勢にとり 無くては成らぬ一勢と成って居た

  父や兄 一族の半数を失ったと謂えども尊治は連龍や長の者らに同情な

 どしては居ない

  畠山義続 義綱親子の能登追放の主導を執ったのが連龍の父続連なのだ

 から …

  連龍の命も狙って居た尊治であったが 七尾城落城の事実を探り知り其

 の名を羅列から外して居たのであった

 

⦅ … 連龍は変わった …

   あれから十一年も経つのだ 変わったとて何の不思議も有るまいが

   俺は変わったのであろうか …

   にしても 昔の連龍の般若の顔も好かんかったが 丸い般若の顔など

  尚好かぬ 何年経とうが嫌な奴に変わりは無い

   人は 変わらねば人として成長せぬと云う …

   変わらぬ俺は成長して居らぬ と言う事だ ⦆

  尊治の口から溜め息が衝いて出る

「 尊治様 」

  尊治の後ろを歩いて居た香梅が 左に寄り添い声を掛けた

「 私(わたくし) 尊治様が恨み言の一つでも申されてしまうのではないか

 と 襖越しに気を揉んで居りましたが 要らぬ心持ちでございましたな

  尊治様とて もはやあの頃の尊治様ではござりませぬ

  御自身にもっと自信を持たれても良うございましょう

  溜め息は 命を削る鉋(かんな)と申します程に 二度と衝かぬ様心懸け

 下されませ 」

⦅ … 見透かされて居たか … ⦆

「 香梅 俺は連龍は好かぬだが あの日の事を恨みに思うては居らぬ

  奴はあの日 何があったのかを知らぬのだ

  知らぬ者を恨める筈も無かろう

  恨みに思うて居るのは寧ろ香梅 其方の方ではないのか

  幼き頃 良く苛められて居ったではないか 」

「 ほほっ 真に 良く苛められました …

  其の度に 尊治様に助けて頂きましたな 」

「 御前の屋敷とは隣同士 塀越しに礫を打ち込んだだけだ 」

「 其れは何時も 私の事を気に懸けて頂いた と思うても宜しゅうござい

 ますのか 」

「 御前の泣き叫ぶ声が大きいのだ 嫌でも耳に入る 其れだけだ 」

「 元々気性の荒い御方ではございましたが 其の気性の荒らさ故に 其方

 は人を束ねる事が出来ぬであろうと 父上の続連殿から武士(もののふ)に

 成る事許されず我が本行寺へ預けられた御方でございます

  今は亡き我が祖父梅月 父の梅花に其れは厳しい行を課せられて居られ

 ました 察しまするに 己れの人生が思うがままに成らぬ事が余程悔しか

 ったのでござりましょう 其の鬱憤を私を苛める事で晴らされて居られた

 やも知れませぬ … 

  成れど 父や兄 一族の半数が殺された事で己れの長年の思いが叶えら

 れ様とは … 皮肉と言えば皮肉 何とも酷い運命(さだめ)を御仏は課せ

 られたのでございましょう …

  連龍殿の存念 推して測れども 測り知れぬものでございます … 」

⦅ … 香梅 御前の方が遥かに俺を越えて居る … やはり俺は … ⦆

  人として成長しては居らぬ様だと 又溜め息を衝きかけた尊治の左手の

 甲に 香梅の右手の指先が歩を進める度にさわりと触れて来る

  菊花は変わらず源心にじゃれて居る

  源心は嫌な顔一つ見せず 寧ろ楽しそうにまとわり付かれて居たのだが

  菊花が行きなり源心の背中へ飛び乗り 一つしかない源心の右目を塞ぎ

 に掛かる

「 こっ 此れっ なっ何を為さる菊花殿 」  

  透かさず尊治へ抱き付いた香梅は

「 少しだけ … ほんの少しだけ 此のままに … 」

「 香梅 … 」

  香梅は尊治の厚い胸板に頬を埋め其の頬に 熱い吐息が吹き掛かる

「 … 香梅 決して無理をしては成らぬ

  危ういと感じたならば 躊躇う事無く御山を抜けよ

  何か有れば直ぐ迎えに行く 故に継ぎを欠かすで無い 良いな 」

「 … あい … 」

  尊治は 頷く香梅の顎先へ指を当ててそっと上を向かせる

  二人は暫し見詰め合い今一度胸板へ頬を埋めた香梅は 背中をぎゅっと

 抱き締めた其の手で尊治の手を握りつつ徐に後退り 艶やかな袖をひらり

 と翻して踵を返し

  源心の背中から飛び降りた菊花は

  お ま か せ く だ さ り ま せ 

  と唇で告げて香梅の後を追った

  愛とは 後ろ髪を引かれながら心を残して立ち去る姿 なのだと伝う

  香梅の立ち去る姿に 溜め息が衝いて出たのも気付かぬ尊治へ

「 尊治殿 手の者の仇を討って下さり 心から礼を申し上げる 」

「 御止め下され源心殿 

  あの中に 我が手の者も居りました故出張る外無かったのでござる 

  礼を申さねば成らぬのは寧ろ其れがしの方でござる

  倫組との合力 ああもあっさりと御認め頂けるとは …

  源心殿の御口添えの御陰でござる 」

「 いやいや やはり昼の一件があったれば此其でござろう 成れど

  安勝様は元より いや其れ以上に強い佐脇様の後押しがあった事は御伝

 えてして措きまする 」

「 有難い事でござる 」

「 とは申せ 

  尊治殿には真に無理な御願いをしてしまい申し訳もござらぬ 」

「 いえ 源心殿の申された通り 其れがしが諾致さねばあの御二人を止め

 る事など出来ますまい 」

「 故に 利家様に措かれましては御影弟組の参陣願い 此れ幸いなのでご

 ざる

  あの御二人が陣立てを 筋立てを破り無謀な突撃の果てに命を失いまし

 たならば 例え戦に勝利したとしても 他の将らの手前利家様は安勝様に

 対し何らかの御処分を下さねば成らず ましてや其れが元で負けてし申た

 ならば … 」

「 あの安勝様の事 自ら腹を召され兼ねぬ 」

「 左様でござる 真に仲の良い御兄弟なれば …

  利家様は其れを一番に危惧為されて居るのでござる … とは申せ

  連龍の手で温井と三宅を討たせて遣りたいのも 又本心でござる 」

「 援軍の要請受けども 間に合わなかった事を未だに気に掛けて居られま

 すのか 」

「 あの折り 確かに一向衆に行く手を阻まれては居りましたが 信長様が

 授けて下された四万の兵を以て押しに押しますれば 抜けられぬ相手では

 無かったのでござる

  利家様と羽柴様は 我らだけでも行かせてくれと強く申し出たものの 

 あ奴が 柴田めが 挟撃を恐れて其れを許さず 羽柴様は何の為の 誰の

 為の出陣じゃと軍議の席を蹴り 怒りに任せて陣を引き払ってし申たので

 ござる 為に 七尾城が落ちたばかりか … 

  兄組のみならず其の縁者の方々迄もが …

  申し訳ござらぬ尊治殿 其れがしの継ぎが遅れたばかりに … 」

「 いえ 戦の筋立てが決まらぬうちは動くに動けませぬ故 致し方も無き

 事でござる 」

「 其れを聞いて胸の支(つか)えが取れ申した … 

  成れど尊治殿 あの折りは兄組を含めて凡そ二百 此度は七百を越える

 数でござる 真に抜けさす事など出来ましょうや 」

「 源心殿 其れがし 山抜けの成否は抜ける数と思うては居りませぬ

  此度の山抜け 兄上らの二百と比べ確かに多ござる 欣祐殿を含め高齢

 な方々も少なからず居りまする 成れど 兄上らは其の大半が疫病に冒さ

 れ乍ら迫り来る追っ手を払いつつ見事に七尾の城を 松尾の山を抜けたと

 聞き及んで居りますれば 老いたりと謂えども皆健脚揃いの方々でござる

 一人も欠ける事無く抜けさす事が出来ぬとなれば 其れは其れがしの策に

 穴が有ると言う事に外なりませぬ

  自策に自惚(うぬぼ)れてなど居りませぬが 其れがしなりに練りに練り

 考えに考え抜いた末の策でござる

  故に 後は己れを信じ 手の者らを信じ貫徹するのみでござる

  只 … 左近の出方が判りませぬ … あ奴 あからさまに気を発して

 居りましたが 敢えて己れの存在を示すなど 一体何を考えて居るのか

  奴らの出張り 何か裏が在るのやも知れませぬ … 」 

「 尊治殿 奴は其れがしのみならず尊治殿の命も狙うて居るのでござる

  あからさまに気を発しましたは 真は裏も表も無く単に我らに対する宣

 戦の積もりやも知れませぬ 何れにせよ 奴らの事は我ら倫組に御任せを

  尊治殿は尊治殿の御相手に専して下され 」

「 忝(かたじけ)のうござる …

  其れは其うと 源心殿 

  そろそろ教えて頂けませぬか 何故(なにゆえ)行方(ゆきかた)知れずの

 御刀の名を御存知なのでござる 真に存るかどうかも判らぬ御刀故此れ

 迄口にした覚えはごさりませぬが 

「 はあぁっ … 実は 

  武蔵の国は久良岐郡の玄庵様より文が参って居ったのでござる 」

「 応っ 永田服部の玄庵殿 此れは御懐かしい

  源心殿の祝言以来 御会い致して居りませぬが 皆様息災でござりま

 しょうや 」

「 其れが … 昨年 信長様の伊賀攻めの折り 我ら倫組は参陣も案内役

 も務める事無く御陰で同族討ちをせずに済んだのですが …

  玄庵様は 戦難に遭われた縁者の方々を御救いす可く手の者率いて伊賀

 へ向かわれた其うにござる 」

「 あの場に居られましたか 」

「 はい 成れど 流石は玄庵様率いる永田服部の者共 見事に縁者の方々

 を救い出し無事に帰国の船に乗られた迄は良かったのですが …

  中には手負いの者らも居りました故 沼津で船を降り箱根で湯を浴びな

 がらの道行きをして居った其うにござる

  処が … 明日は小田原と言う所で何者かに襲われ 嫡男の玄永殿を初

 め其の大半を討ち取られたとの事にござる 」

「 なっ 何と あの玄永殿迄も 」

「 襲われし場所は道幅の狭い湯坂なる峠道 既に日も暮れ永田服部の者

 らは手負いの者と女御子供を庇い乍ら戦うた其うにござる … 成れど

  長い時間(とき)は支えられず遂には陣も崩れ 玄永殿は決死の手の者ら

 と共に踏み留まり相果てたとの事にござる 」

「 ぬううっ して 襲いし者らの正体は 知れましたか 」

「 心当たりは有るものの 何せ闇の中での乱撃なれば と … 」

「 手懸かりもござりませぬか 」

「 一つだけ … 殿(しんがり)を務めて居た者が其の退き際に玄永殿が何

 事かを叫んで居たのを 最近に思い出した其うにござる

  玄庵様は其れは人の名やも知れぬと 鎌倉は由井の利阿と申す婆様に口

 寄せをして貰うた其うにござる 」

「 口寄せ … 其れは何時の事でござる 」

「 先月の … 十九日の夜の事 と記されて居りましたが … 」

⦅ … 十九日の夜 … 金丁を為したあの夜か … ⦆

「 … 如何為された尊治殿 」

「 いえ 続けて下され 」

「 では 由井の利阿と申す婆様に口寄せをして貰うた処 御目当ての御霊

 は現れず代わりに想いもよらぬ御方が現れた其うにござる 」

「 想いもよらぬ御方 … 真逆 … 其の御方とは … 」

「 はい 其の真逆な御方でござる尊治殿 …

  其の真逆な御方とは御影の初代 水神流夷殿其の人との事にござる 」

「 … 其れで … 流夷様は何を口に為されましたか 」

「 はい 蝦夷の水断ちの御刀を持ちし者が其の一味

  故に 尊治は弟組を率いて永田服部と合力し其の罪を暴く可し

  暴いて後 蝦夷の水断ちの御刀を褒美として貰い受けよ 然(さ)すれば

 政治の行方も知れる 其う尊治へ伝えよ と 」

「 ちっ 父上の行方 … ばっ 馬鹿な … あっ いや … 」

「 はっはっ 其れがしも文を読んだ時には信じられず 為に尊治殿へ御伝

 えす可きか否か迷うて居たのでござる

  其れと申しますのも 玄庵様は昨年小田原北条家より久良岐郡の小代官

 に任命されたものの 湯坂の峠道での一件以来手の者の数が足りず御役目

 を全う出来ずに居るとの事なれば 尊治殿を弟組共々永田服部へ迎え入れ

 る為の策ではと疑うて居たのでござる … 成れど

  玄庵様は嘘偽りなど申されぬ御方な上に 先ほどの尊治殿の家伝話し

 と文の中身が寸分違わぬ事につい口走ってし申たのでござる … 尊治殿

  御影畠山家の家伝 全て 真の事やも知れませぬな 」

⦅ … … 兄上では無うて父上とは … …

  流夷様は 父上が 生きて居ると … 真逆 … ⦆

  今宵何度目の真逆であろうかと 数えあぐねる尊治の前に若い影が駆け

 来たり片膝付いた

「 万亀丸 如何した 」

「 はっ 鷹田屋の主 田中清六殿が杉江屋様にて御待ちでございます 」

「 清六殿が … うむ 源心殿 御先に失礼仕(つかまつ)る 」

「 尊治殿 文は今宵の内に届けさせますので目だけでも通して下され 」

「 はい ならば万亀丸を付けさせます故 」

「 此れは忝ない 御借りして居た巻物も御返し致します 」

「 御役に立ちましょうか 」

「 其れは今宵其れがしが戻りましてから験する手筈と成って居り申す 

  万亀丸殿 宜しければ見分為さらぬか 」

「 はっ … 尊治様 … 」

「 構わぬが 邪魔をするで無いぞ … 源心殿 では此れにて 」

⦅ … 今宵も眠れぬ夜に成り其うだ … ⦆

  想いつつ 駆け下る坂道の先に見覚えの有る木を目にした尊治は

  此ちらが近しと其の木を過ぎるなり

「 … 消えましたな … 」

「 はい 」

「 では我らも 」

  二人も 尊治の後を追う様に其の木を過ぎるなり

  藪の中へと姿を消した 

                        つづく

 

     

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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