御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の十二

          嫌 な 奴

          いやなやつ




  其の夜 

  安勝は尊治を労う可く

  小丸山城へ招き入れ細やかな酒宴を催す事とし

  安勝親子と佐脇 其れに源心が顔を揃えて居たのだが 

  場にはもう一つ席が用意されて居り

  尊治には誰かも知らされぬまま其の者が来席する迄

  御影畠山家の家伝で間を繋ぐ事と成り 

  皆 尊治の話しに耳を傾けて居た


「 なっ 何と 畠山泰国殿は足利義純殿の御子では無いと 」

「 左様でござる 佐脇様

  重忠様の未亡人となられた義子様が 義純様の許へ再嫁為された其の折

 り 義純様は三十一の御歳でございましたが義子様は齢四十をとうに過ぎ

 て居られ 御子を成せぬとは申しませぬが … 」

「 生きて生まれ出るは現在(いま)でも奇跡に近い … 

  成らば尊治 泰国殿は誰の子じゃ 」

「 … 泰国 … 成る程な 

  尊治 泰国殿は藤原泰衡殿の血を引いて居るのだな 」

「 左様でござる安勝様

  一本杉館で御自害為された織り姫 名を於絹(おきぬ)と申され実は流夷

 様の妹御にして泰衡様の側室だったのでござる

  其して 御二人の間に産まれた御子が … 」

「 重保殿の御内儀 於結(おゆい)殿 」

「 はい 」

「 … もしや尊治 泰衡殿は

  其の母娘を守る可く自ら囮に成られたか 

「 はっ 其の様に伝えられて居りまする 」

「 … 確かに 泰衡殿と河田次郎なる者の命乞い余りに女々し過ぎる

  あれでは どうぞ斬って下されと言うて居る様なものだ …

  あり得るやも知れぬな … 其れで 」

「 はい 流夷様の養女と成られて後 重保様と夫婦(めおと)に成られた於

 結様は重行様 時麿様と二人の和子(わこ)様に恵まれたのですが …

  重保様が由井の浜で壮絶な御最期を遂げられた頃 於結様と重行様も館

 へ押し入った石田為猛の子 石田時猛の手に掛かり既に息絶えて居られた

 のでござる 

  止む無く流夷様は 館の者らが命に代えて守り抜いた時麿様御一人を抱

 えられ落ちて行かれたのでござる …

  重保様は時麿様が元服為された折りには 乱世を重ねて後治(おさむ)る

 の意を込められ 御名を重治と決めて居られたのですが 経緯はどうであ

 れ亡国の憂き目に遭われた泰衡殿を憂い且つ忘れては成らぬと 義純様は

 時麿様の御名を泰国と名ずけられ 自らは畠山を名乗らず泰国様より名乗

 る様 御遺言を残され逝かれたのでござる 」

「 何故か 」

「 はい 義純様は生木を裂くが如く妻子と義絶させられたのでござる 

  其の御心中 いかばかりか … 

  北条家に対する細やかな抗い であったと 想われまする 」

「 尊治 重保殿は母上に信を置いては成らぬと申して居たのであろう

  もしや 其の母上も … 」

「 はい 御察しの通りでござる 佐脇様

  事の発端は北条時政の継室牧の方の娘婿 平賀朝雅と重保様との口争い

 が切っ掛けではございましたが 重忠様が奥州へ遠征して居られた正に其

 の時 とある宴席に臨席為された義子様は義純様を一目見るなり心奪われ

 てし申たのでござる

  其の思い断ち切れぬまま募る情念叶える可く 自ら其の片棒を担いでし

 申たのでござる

  重行様が元服を迎える筈であったあの日 使者として菅谷の御館へ向か

 わせて居た義子様の妹の夫稲毛重成が 重忠様らを二俣川へ誘(おび)きだ

 し 鎌倉では三浦義村の命を帯びた石田時猛が偽りの陣触れを以て重保様

 らを由井の浜へ誘(さそ)い出し謀殺に至ったのでござる 」

「 … げに恐ろしきは 女御の性(さが)じゃな 」

「 佐脇様 飽くまでも家伝でござる 」

「 信を置くなと申すか

  其れが真である成らば 畠山家は姓を源姓から平姓に戻さねば成らぬで

 なあ はあっはっはっはっ 」

「 さっ 佐脇様 洒落にも成りませぬ 故にくれぐれも他言成されませぬ

 様 御願い申し上げまする 」

「 案ずるな尊治 儂の口は軽すぎて儂の話す事など誰も信は置かぬ 」

「 佐脇様っ 」

「 はあっはっはっはっ 戯れ言じゃ戯れ言じゃ … 処で尊治 」

⦅ … 重郷殿を斬られた時は 後を追い兼ねぬ落胆振りであったが …

   どうやら元の尊治殿に戻られた様だな … 然し …

   人とは 一日も経たぬ内に此れ程変われるものなのか … 

   いや 此れが此の男の真の姿やも知れぬな … ⦆

  … 心殿 … 源心殿 」

「 はっ 何でござろう尊治殿 」

「 御影畠山の家伝は まだ其の先が在るのだと言うて居られたそうな 」

「 あっ 申し訳ござらぬ尊治殿 … つい … 」

「 佐脇様 其処から先は余りに長く 余りに荒唐無稽に過ぎますので 」

「 振り出しで良いのだ 尊治殿 聞かせてくれ 」

⦅  殿と来た 此れは又 …

  余程気に入られた様だな … 其うか 成る程な 」 

「 尊治 儂も聞きたい 」

「 安勝様迄 … 宜しゅうござる では振り出しだけ  

  昔も昔 大昔 気が遠退く程の昔の話でござる

  我が御先祖様は 天竺より更に西の遥か彼方 西に海を見下ろす小高い

 丘の上に建つ宮殿の警護の任を担って居た其うにござる

  暗闇の中 忍び入る曲者へ音も無く忍び寄り音も立てずに葬る術を身に

 付けた一族だった其うにござる 」

「 音も無く忍び寄り 音も立てずに葬る 胸の入れ墨の蛇の様にか 」

「 弥助殿との召し合わせを御覧に成っておいででしたか 」

「 うむ あの折りは目に施した隈取りの御陰で顔が良う判らんかったが

 其の幅広の刀の柄で判じられたのだ 」

「 くっくっくっ 名迄は思い出せんかったがな 」

  源心は思わず吹き出すも佐脇は構わず続ける

「 王はさぞかし枕を高くして寝れたであろうな 」

「 其れが 佐脇様 … 」

「 家久で良い 」

「 はっ では家久様 

  実は王以上に護らねば成らぬものが在るのでござる 」

「 ほおうっ 王より大事なもの … 其れは何じゃ 」

「 はっ … 我らで言う神輿でござる 」

「 神輿とな … 大事なものには違い無かろうが … 」

「 其の神輿は 神の御指示通りの材料を 御指示通りの寸法に切り揃え

  御指示通りの意匠に仕上げた神輿で 王の巡幸の際神殿の代わりとして

 無くては成らぬものなのですが …

  真に守る可きものは其の中に納められし土板 なのでござる 」

「 … 土板 … 何が刻まれて居るのじゃ 」

「 細い棒で突いた刺突紋が左から三つ 五つ 四つと刻まれて居るので

 ござる 」

「 … 三つ 五つ 四つ … 三(さん) 五(ご) 四(よん) みごし

  真逆 其れでみこし(神輿) か 」

「 … やも 知れませぬ 」

「 … やも 知れぬと成れば 其れは何を意味するのじゃ 」

「 はっ 直角でござる 」

「 直角 …      」

「 はい 例えますれば長さ三寸 五寸 四寸の辺を持つ三角の三寸と四

 寸が接する角は必ず直角を為すのでござる …

  直角を得られなければ 

  神殿はおろか柱を建てる事さへ出来ませぬ故 … 」

「 成る程のう … 当たり前過ぎて考えた事も無かったが 言われてみれ

 ば確かに其うじゃ … 

  直角を得られなければ 此の小丸山の城も建たぬでなあ … 」

「 はい 王は 其の刺突紋の数列を神が与えて下された智恵として崇め

  我れ此其が神に成り代わり此の世の事業の全てを為す者と 秘中の秘と

 為されて居られたのですが … 

  或る夜 王が最も信を置いて居た臣に其の土板を盗まれてし申たので

 ござる

  御先祖様は其の責任取る可く 土板を奪い返す迄は決して国には戻ら

 ぬと王に約し 一族を率いて暑く乾いた土地を後にし 盜臣の一族を追う

 内に此の列島に辿り着いた其うにござる 」

「 面白い 尊治殿 其方の話しは実に面白い 

  のう安勝殿 利好殿 」

  振られた利好は 余程尊治の幅広の刀が気に掛かるのか

「 … 尊治殿 其の業物は打ち直された御刀か 」

「 はっ 鎌倉は稲村の金山と久良木郡は金沢村で産する鉄を加えて打ち直

 して頂いた三振りの内の一振りでござる

  水神一族の御神刀でござりますれば 拵(こしら)えも其の儘に

  其れがしの御刀は蝦夷の鉄断ちの御刀と申し

  我が兄宏実(ひろざね)が持ちし御刀は蝦夷の火断ちの御刀と申しまする

  其して最後の一振りは 重保様の御館へ押し入った石田時猛に奪われた

 まま未だ行方は知れませぬが 其の御刀の名は

「 蝦夷の水断ちの御刀 」

「 … 源心殿 何故其の名を 」

「 ははっ 其の御話しは後程 … おっ 参られましたぞ 」

  ふっくらとした面立ちの入道頭が 艶消しを施した黒備えの甲冑姿の

 まま姿を現し 尊治へちらりと眼を遣り尊治はこくりと頭を下げた

「 皆揃うた処で尊治 本日の仕儀 真に見事であった

  此の安勝 改めて礼を申す 」

「 礼など … 戦を前に大事な兵を失うてしまい申し訳ござりませぬ 」

「 既に戦は始まって居ると言う事よ

  源心の気を 散じさせる程の男が居ったと言うではないか

  人害が二人で済んだのだ 其れで良しとせねば成るまい …

  然て 其方ら 既に見知り合うて居るか 」

「 … 連龍殿 御久しゅうござる

   あの折りは 歳若き頃とは申せ大変失礼な物言いを致し 嘸や御気を

 害された事でござろう 今此の場を御借りし謝辞を申し上げる

  御赦し下され 」

「 いっいや 儂の方此其

  大人気無い仕儀に至る処であった … 赦されよ … 」

⦅  … くっ … 真逆 此奴に頭を下げねば成らぬ日が来ようとは …

    嫌な奴 … 此奴は 餓鬼の頃から好かぬ奴であった …  ⦆

  長 連龍(ちょう つらたつ) 

  尊治より一回り程歳上の男である


  畠山義続 義綱親子が能登を追放された五年後

  元気二年(1.571年)

  温井らは 義綱の嫡男畠山義慶(よしのり)を新当主として祭り上げ修理

 太夫を称させたのである

  其の祝いの席へ出席する筈であった尊治の祖父蔵治と 兄の宏実が其の

 前夜共に貝毒に当たり 仕方無く尊治が二人の名代として其の席に臨む事

 と成ったのだが 

  祝いの儀は滞る事無く進み酒宴と成った

  大人に交じり乾杯の杯を干した尊治へ

「 此れは此れは 其処に御座(おわ)すは御影の次郎殿ではござらぬか

  既に元服を済まされたと聞いたが 名は何と為されたかな 」 

  連龍である

⦅ ふんっ 知って居るくせに ⦆

  心で唾を吐きつつ

「 はい 御影畠山次郎改め 尊治と申しまする 

  御一同の皆様 御見知り措きの程を 宜しく御願い申し上げまする 」

  涼しい顔で応じ

「 うむ 儂から一献差し向けよう 尊治近う寄れ 」

⦅  ふんっ 義慶 御前の御酒など受けたくも無いが … 

  御酒に罪は無い故受けて遣る ⦆

「 … 其方ら御影の家は 真はあの親子を追う積もりで居たのであろう

  … 二人揃うて貝毒に当たるなど どうせ顔を出したく無い為の偽り

 であろう 

  其の様な家の者に 御願い申すと言われてものう …

  のう方々 どの様に宜しゅう致した成らば良いのでござろうのう 」

  年端も行かぬ尊治を 甚振り始めたのである

  此れでも此の時此の男 名を宗先と称し臨済宗考恩寺の住職を務めて居

 たのである 尊治は宗先の言葉を耳にする成り杯を一気に飲み干し颯(さっ

 )と席に戻るや 整った面立ちの父続連(つぐつら)兄綱連(つなつら)とは似

 ても似つかぬ面へ向けて

 「 此れは此れは宗先殿

  何でも御仏の教えの中に般若の智恵なる教えが有る其うで 御酒を般若

 湯と呼んで居る其うに 成れど何も般若の面を当てて迄飲らずとも良いと

 は思われませぬか 方々 」

  座が一瞬で凍り付いた 

  だが 尊治は口撃の口を弛めず

「 宗先殿 …

  我ら御影 家を守る為で有る成らば其の家を二つに割る事など厭わぬ家

 でござる 故に万が一(いっ)其れがしが宗先殿の敵に廻りし時は 我が家

 に伝わりし此の蝦夷の鉄断ちの御刀を刎き申し 真っ先に考恩寺の門前へ

 推参任(つかまつ)り御相手致しまする 其の折りは 覚悟召され 」

  もはや 年若の物言いでは無い

  宗先は隣に座して居る兄 綱連の刀へ手を掛けた

  元々自ら望んで僧籍に身を置いて居る訳では無い 気性は人一倍激しい

 ものを持って居る

「 宗先っ 義慶様の祝いの席ぞ

  御酒に酔うた小童(こわっぱ)相手に 何と大人気無い仕様よ

  控えよっ 控え居れえいっ 」

  父続連の声に 流石に思い止まった宗先であったが 年端も行かぬ小童

 に満座の席で恥を掻かされたのである

⦅  俺は酔うては居らぬ 売られた喧嘩は買うものであろう

  大人の口真似をした迄だ ⦆

  心で呟いた尊治であったが 其の三日後

  祝いの席を汚した廉(かど)により構(かまえ)の刑に処され 尊治は能登を

 追われたのであった


⦅  あれから十一年 相も変わらぬ涼しい顔をし居ってい

  昨年の遊佐の一件と言い 何処迄俺の気を逆撫でするのだ

  此れから此奴に頭を下げねば成らぬと思うただけで気が滅入るわっ ⦆

  連龍は むくむくと湧き上がる嫌気を鎮める可く一気に杯を呷る

「 … 尊治 」

  安勝の長い首が尊治へ向く

「 此度 蒲生家の許を去って迄我が勢に参陣望んだは 温井と三宅の首が

 所望と源心から聞いた 其れに相違無いか 」

「 はっ 相違ござりませぬ 」

「 其方ら弟組は 倫組に劣らぬ探索働きが出来るとも聞いて居る …

  其処でだ 遣り様は源心と其方に任せる 倫組と弟組とで曲者を狩

 りつつ石動山を探ってくれ 其して戦が始まりし其の時石動山を後ろ

 から撹乱するのだ

  事が成った暁には 温井と三宅の首くれて遣る

  どうだ 異存は在るか 」

「 まっ 真でござりますか安勝様 …

  其れがしに異存など在ろう筈もござりませぬ ござりませぬが … 」

  面(おもて)は安勝を向いた儘 眼だけがちらりと入道へ位する

  安勝は尊治の位視に気ずかぬ素振りで

「 其の代わりと言っては何だが …

  連龍から一つ頼み事が有る其うだ だが其れに付いては倫組を用いる

 のは許されぬ故 受けると成れば弟組のみでして貰わねば成らぬ 故に

 安請け合いなどしては成らぬ

  一つ間違えば 弟組は皆殺しの目に逢い兼ねぬでな …

  連龍 事此処に至り石動山攻めの陣立ても筋立ても変えられぬ 故に

  尊治が出来ぬとあらば潔く諦めよ 良いな …

  利好 其方もじゃぞ … 

  さあでは佐脇殿 我らは消えると致しましょう 」

  安勝に促され 渋々腰を上げた佐脇であったが

「 尊治殿 御先祖様が仕えたとされる王の名は伝えられて居るか 」

「 はっ はぁ … 大日出(だびで)と云う名を父に持つ総門(そうもん)と

 申される王でござる … 家久様 … 」

「 だびで … と そうもん … じゃな …

  どの様な字を当てるのじゃ 」

「 はぁ 大いなる日の出と数多在る族を束ねると言う意で総(す)べるに

 門の字を当てて居りまする 」

「 大いなる日の出に 数多在る族を束ねると言う意で総門じゃな

  うむ 二人共良い名じゃ … 其うじゃ尊治 文字はどうじゃ

  文字は伝えられて居るか 」

「 はぁ 其の大日出王の頭(かしら)の文字が三角の形を為す字であると伝

 えられて居るのですが 南蛮の御人が持ち込みし書物の中にも三角の形を

 為した文字など何処にも見当たりませんでしたので やはり家伝は家伝の

 域を出ぬものと思うて居りますが … 」

「 其の大日出王の だ の字が三角の形をした文字で始まるのじゃな 」

「 はい … 家久様 一体何を … 」

「 案ずるな尊治 家伝が真実だと言う事を此の儂が証明してみせる 」

「 角を持つ蛇の事も御忘れなく 」

「 応っ 任せ措け 」

  源心の冷やかし声を背に 家久は無邪気な足取りで奥へと消えた

  ぎこち無い沈黙の時が暫し流れ 中々口火を切らぬ連龍に代わり

「 … 連龍殿 頼み事とは 一体何でござる 」

「 … うむ … 」

「 連龍殿 」

「 … 此度 石動山を攻める事と相成ったが … 

  俺は 小川欣祐殿と其の一派 善の七十二坊の方々を何としてでも御救

 いしたいのだ … 」

「 御気は確かか連龍殿 七十二坊と申さば其の数優に七百を越える大所帯

 其の方々を戦の最中 御山を抜けさせよと申されるか 」

  口を真一文字に引き結んだ儘 連龍はうむと頷く

「 尊治殿 連龍は七十二坊の方々を引き連れて御山を下りて下さる様 幾

 度も説得を試みて居たのだ

  欣祐殿もやっと承知為されたのだが 其の頃にはもはや抜けられぬ事態

 に陥ってし申たのでござる … 

  悪いのは般若員快存と其の一派 欣祐殿らに罪はござらぬ 」

「 … 利好様 其れがしとて欣祐殿らを御救い致す事吝(やぶさ)かではご

 ざらぬ 成れど … 此度ばかりは … 」

「 … 尊治殿 其れがしの初陣 其れは悲惨なものであった 」

「 利好様 あの折りは其れがしが 』

「 深追いしたと申すか      」

「 はっ 」

「 確かに 初手は其うであったが 断を下したは 此の利好だ 」

「 利好様 一体何が 」

「 … あれは 四年前の事であった …

  柴田様の援を得て奴らを 温井らを石動山から追い落とし穴水迄追って

 居た時の事でござる

  連龍率いる長(ちょう)勢が奴らを追い込んでくれた事に其れがしは 手

 柄を立てねばと心ばかりが逸り 手の者率いて突撃してし申たのでござる

  … 気が付けば 手の者は皆討ち取られ危うい処を連龍が救うてくれた

 のも束の間 伏せて居た三宅の勢に追い立てられ行き場を失った我らを御

 救い下されたのが阿弥陀院の院主 小川欣祐殿であったのだ

  … 其の欣祐殿を見棄てる訳には参らぬ故 … 」

「 … 利好様 連龍殿 一つ御尋ね致す

  此度の先陣 将は利好様 先鋒は連龍殿率いる長勢でござろうか 」

  利好は小さい顎を軽く引く

「 … 仮に 其れがしが否と申さば 長勢は他には目もくれずひたすら阿

 弥陀院を目指す御積もりか 」

「 … 其れには 応えられませぬ 」

「 … 尊治殿 我ら長勢 誰一人死を恐れては居らぬ

  人間誰しも何時かは果つる身 成らば其の命意義在るものにして果つる

 は本望でござる …

  欣祐殿は申された 此の御山を一度灰塵に帰し其の灰の中から新たな善

 の芽を出し 育まねば成らぬと …

  俺は其の新たな芽こそ 欣祐殿と七十二坊の方々であると信じて疑わぬ

  故に 其の方々を真の灰にしては成らぬのだ

  今 我らが命を繋いで居られるのもあの方々の御陰 例え此度の戦に勝

 利し温井と三宅の首討ち取ったとて 欣祐殿らを失うてし申ては我ら長一

 族 此の面(つら)下げて彼の世へ逝けぬ … 

  無理を承知で頼んで居る 此の通りだあっ 尊治殿

  頼むっ 頼むっ頼むっ頼むっ 諾と言うてくれえいっ … 」

  連龍はがばと平伏し 真新しい板敷きへ此れでもかと額を擦り付ける

「 … 諾 … 」

  連龍の大きな耳がぴくりと応ずるも面は上がらず

「 面を上げて下され連龍殿 」

  尊治に促され 面を上げた連龍の大きく釣り上がった大きな目は赤く

 腫れ上がり似つかぬ涙で濡れ 横で俯く利好の目元爽やかな其の目から

 光る粒が つうっと落ちて行く

「 … 御二方の決意の程 此の尊治 確(しか)と承わったでござる

  其れがしとて 能登で生まれ育った者なれば石動山を只灰にしてし申て

 は 心苦しく寂しいものでござる

  連龍殿が申された通り 其の灰の中から新たな芽を出し育て為さる可き

 方々とは 欣祐殿と七十二坊の方々なのでござりましょう …

  利好様 連龍殿 御約束致しまする

  此の尊治 必ずや善の衆徒の方々を御救いして御覧に入れまする 」

⦅  … 連龍は変わった … ⦆

  恨みの激情に駆られる余り 己れのみならず手の者や利好の命迄危険に

 晒した連龍はもう居なかった

⦅  憎っくき温井と三宅の首を討ち取る事よりも 命を繋いでくれた者達

 の為に自ら其の命を棄て去る事も厭わぬ積もりで居るのだ …

  利好迄も … 

  其れに比べて俺は … 俺は … ⦆

「 さあ 其うと決まれば飲り直しと致しまするか

  御待たせ致しましたな 御入り下され 」

  源心の声掛けに襖がそろと開き 艶やかな着物の女御と禿頭(かむろあた

 ま)が 敷居の手前に三つ指付いた

「 連龍の兄様 御久でござる 須藤菊花でござりまする 」

「 応っ 其方は須藤殿の娘御 菊坊か

  あの頃と変わりは無いのう … 」

「 御初に御目に掛りまする利好様 

  円山香梅 と申しまする 連龍殿 御久しゅうござりまする 」

「 円山 … そっ 其方は まっ 真逆 尊治殿 」

「 美しい女御殿に成られたでござろう 」

「 まっ … 真に … 美しい女御でござる 」

  見惚れる連龍の横で利好の手から杯がかちゃりと転げ落ち 透かさず香

 梅が濡れた戦袴(いくさばかま)の上へ懐紙を当てる

  懐紙が御酒を吸い取る間 香梅の身体から立ち昇る芳(かぐわ)しい香り

 が利好を包み込み 爽やかな目元は微熱を帯びたのか 紅く染まった

                         つづく







     



 

  



  

 

  


  

  



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