御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の九

             禿 

            かむろ




  金丁を為した其の夜  

  眠りが足りぬ筈の尊治は

  又もや眠れぬ夜を過ごして居た


⦅ … あの時 真の見届け人は雲林院松軒殿であった … ⦆


「 尊治殿 信長様は其方を試されたのだ

  非常に徹し切れるかどうかをな

  初手は躊躇って居た其方であったが 最後の一撃は見事であった 

  故に結果のみを御伝え致すとするが 何時迄も仕掛けて来ぬ其方へ

 重郷殿は 俺を秀光と想え と叫んで居られた

  其の秀光と言う男 其方に取り余程憎い男の様だのう …

  此度の仕官御辞退の真の訳は 

  仇討ちに名を借りた其の男への復讐か …

  己れの復讐の為に 己れのみならず組の者らの仕官の道迄閉ざすとは

  … 其れは其れで非常じゃがのう …

  信長様が其方を御気に召された事由は 其処に在るのやも知れぬな

  成れど尊治殿

  信長様は御自身から約を違えぬ御方 故に約を違えた者を決して御赦し

 には成られぬが 義続殿は其方の意も確かめず其方らの為と思うて先走っ

 てし申た様じゃな

  故に案ずるな 信長様は誰も咎めはせぬ

  だがのう 信長様は未だ諦めては居られぬ

  其方らを召し抱える事も 其方の御家に伝わる家伝の真偽を確かめる事

 もな …

  復讐を果たした暁には 断る事由も無うなる

  其の時は素直に従うのじゃぞ

  加えて伝えて措くが 此度の重郷討ち

  如何に余の命と謂えども 蒲生家御預りの身の尊治が重郷を手に掛けた

 と知れては 中には心良く思わぬ者も居るであろうと 信長様は岡野と石

 原の手に依るものとせよと此の儂に申し付けられたのだ

  あの場に居った者らは皆我が門下故外には漏れはせぬ

  其方は能登から戻ったばかり 暫くはゆるりとするが良い …

  其れは其うと 其方には釈迦に説法であろうが 讐とは何れが正しいか

 を神に判じて頂く意 其方と秀光なる男 何れが正しいのであろうのう

  此れが真の神のみぞ知る処 かのう …

  御気に障られたならば相済まぬ

  年寄りの戯れ言じゃと想うて聞き流して下され 」


⦅ … 其の松軒殿が 山崎の戦いで見事な御最期を遂げられたと聞いた

  松軒殿 信長様並びに信忠殿亡き今

   我が家に伝わる家伝も然ること乍ら 俺と秀光の何れが正しいか

  否かなど何の意味も為しませぬ … 今の俺には秀光を斬る事 …

   只 其れだけでござる ⦆

  想いつつ 

  尊治の脳へ睡魔が忍び入り漸くうとうとし始めたのも束の間

  突然身体が痺れ出し喉は締め付けられ 然程時を置かぬ間に尊治は身動

 き一つ出来無く成った

⦅ … くっ … 此れは なっ何事か ⦆

  思う間も無く 

  身体が宙に浮いた

  天井から屋根を透ける様に抜けた尊治は 昼とも夜とも付かぬ天を凄ま

 じい速さで飛び続け何処迄飛ぶのかと想いきや 其の身体が行き成りぴた

 りと止まる

  眼下に砦を兼ねた館が見える

  館の東側は大きな川と接し船着き場と水門が設けられ 西側には櫓を備

 えた美しい杉の木が一本聳え立ち 南北へ通じる道が館を貫いて居る

⦅ … あの御館は … 一本杉の御館か …

  開けた野を流れる川の上流に津 … 正に上津野だ ⦆

  納得するなり尊治は 又もや昼とも夜とも付かぬ天を翔け巡り塲景は

 一瞬にして変わる

  白兎にも似た小波が東の陽を浴びて煌めき 煌めく波が打ち寄せる砂

 浜は緩い弧を描き乍ら東西に翼を広げて横たわって居る 

  其の明媚な景色とは裏腹に 二十名程の一勢が凡そ十倍の兵を迎え撃

 ち 数の劣勢に怯む事無く果敢に刀槍を振るい ばたばたと敵を斬り 

 突き 射斃して行く 

⦅ … 此処は何処だ … あの砂浜は … まっ真逆 由井の浜 ⦆

  其の刹那

  尊治は瞬く間に乱擊の只中へ舞い降り 馬上で毛抜きの形に透かされた

 柄を握り 凄まじい太刀風を巻き起こす武者の傍へゆらりと浮いた

⦅ … あの刀は 蝦夷の鉄断ちの御刀 … 此の御方が … ⦆

  想う中

  如何に剛の者らと謂えども 多勢に無勢は変わり無く一人 又一人と討

 ち取られ脆弱な陣が今正に崩れ様とした其の時

「 義父(ちち)上っ 義父上っ 

  御願いでござる 義父上は御館へ御戻り下され 」

「 何を申される重保様っ 」

  敵の首がどかりと刎ね飛び 血に塗れた黥利目(さけるとめ)がぎろりと

 眼を向ける

「 我が父と兄上は既に菅谷の御館を発って居られ様が 此の儘鎌倉へ参ら

 れては御命が危ういと 我らが謀(はか)られた事を もはや母上に信を置

 いては成らぬ事を 御伝えせねば成りませぬ …

  故に義父上御願いでござる

  義父上は於結(おゆい)と我が子らと共に館を落ちて下され

  其して 其の儘我が父の許へ 」

「 成りませぬ重保様 」

「 行けっ 行くのだ流夷っ

  後ろを取られてはもはや抜けられぬ

  頼むから行ってくれえいっ 」

「 流夷っ 御主とは一度仕合うてみたかったぞ

  此の十六年 真に楽しかった

  何れ 別の世で仕合おうぞ

  去らばだ 流夷っ 」

  一本杉館で共に戦った 剛夫と武秋が其処に居た

  二人は 返り血を浴びた面を流夷へ向け様にやりと笑みを送り 最後の

 突撃を試みるのであろう 

  匆々(そうそう)と馬首を揃え 先頭に立つ重保は一度大きく振り返り

「 義父上っ 

  此れ迄 我が妻於結と共に真に良く尽くして下された

  此の重保 心より礼を申し上げまする … では … 去らばでござる

  剛夫 武秋 いざ参ろう 皆の者 突撃じゃあっ

  掛かれえいっ 掛かれえいっ 」

「 しっ 重保様っ 重保様 

  重保 … さま … しげ … や … す … 」


「 … さま … 様 … はる様 …

  たか治様 … 尊治様 」

「 … こっ 香梅か 如何した 」

「 如何したではござりませぬ とうに御昼も過ぎて居りまする 」

「 昼 … 」

「 於菜惠(おなえ)殿が又 枕元に立たれたのでござりまするか 」

「 いや 其うでは無い 」

「 嘘を申されますな あのうなされ様 尋常ではござりませぬ

  尊治様の悪夢は 於菜惠殿の仇を討たねば消えぬものなのでござりま

 しょう 故に其の悪夢 消せるのであれば私(わたくし)に出来る事をさせ

 て下さりませ 」

「 其れは成らぬと言うた筈だ 」

「 私とて 御影の者 

  尊治様の御役に立ちとうござりまする 」

「         …         」

「 尊治様っ 」

  高まる情を抑え切れぬ香梅は 抱き付き様尊治の唇を奪う

「 よせ香梅 御影の者ならば法度を存知て居ろう 」

「 存知て居りまする 存知て居りますとも 成れど 成れど …

  ううっ … 」

  香梅はよろとくずおれ涙がぽろりと落ちた

「 誰だ 」

「 … あたいでございます 」

  襖が静かに開き 垂れた前髪を揺らして俯く菊花の唇が にいっと横

 へ伸びた

「 何用か 」

「 あい 加世様も御手伝いに来て下さりましたので 香梅様を呼びに参っ

 たのです … が … 」

  香梅は 濡れた目蓋を袖口で覆いつつ足早に部屋を後にし

「 菊花 何時から居った 」

「 … たった今 … 」

「 …  …  …  」

「 … 端から …  」

「 全て聞いたか 」

「 いえ … あい 」

  俯く菊花は 尊治に悟られぬ様短い舌をちろりと出した

「 菊花 其方に頼まねば成らぬ事が在る

  其方にしか出来ぬ事だ 頼まれてくらるか 」

「 あい 何なりと 」

「 うむ 真に相済まぬが 頭を禿(かむろ)にしてくれ 」

「 あい 御安い御用 … へっ 」

「 着物の裾も短くな

  あともう一つ 香梅の事を頼んだぞ 」

  あい と溜め息混じりに肩をすぼめて菊花は退がり 尊治は今見たばか

 りの夢の跡を辿る

⦅ … 重保様は 兄上と瓜二つ …

  黥利目(さけるとめ)を施されては居たが 流夷様の面は此の俺と同じ面

 であった …

  我が家に伝わる家伝は真の事なのか … 真逆

  一昨夜

  我が家の始まりを思い返したが故に あの様な夢を見たのであろう

  安土の御城での戦い以来 ずっと眠りが足りずに居たのだ 今宵も眠れ

 ぬ事は目に見えて居る 故に今は眠る可し ひたすら眠る可し

  其れに尽きる ⦆

  思うなり

  尊治は ばさりと布団へ潜り込む

                         つづく




    


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