御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の六

         撃 っ 破

         ぶ っ ぱ




  籠の中の小豆が 

  ざざと鳴るにも似た雨音を打ち消すが如く

  然程広くもない尊治の部屋に

  鬼の音声(おんじょう)が響き渡る


「 先程から聞いて居れば

  お疲れの尊治様へ問いばかり投げ掛け居っていっ

  尊治様の邪魔をする者が居らぬ様 敢えて小頭の御前らを

 物継ぎとして侍(はべ)らせたものを

  二人揃った其の様を皆に知られた成らば 万亀丸と小虎を

 叱り付けた示しが付かぬではないか

  小坂村の一本杉館へは何れ行く事に成るのだ

  其れ迄は目の前の事に専念せいっ 」

  怒鳴るなり 棒で床をどんと打ち鳴らしどかりと尻を下ろ

 す頬傷の男は 棒を脇に置き様膝前へゆるりと拳を付き 只

 今戻りましたと頭(こうべ)を垂れ

  其の間にニ影がそろりと男の左右に侍(はべ)る


  男が脇に置いた棒は鉄の細筒を芯とし

  割竹を幾重にか重ね合わせた其の上から

  幅一伏せ(凡そ指一本の幅)の薄い板金(いたがね)を隙間無く

  螺旋(らせん)に巻き付けた 長さ三尺余り

  径一束(凡そ指四本の幅)程のごつりとした棒で

  先端に空く穴は煤(すす)で黒ずみ

  もう一方の端は棒の太さに合わせて

  凹型に折り曲げた二枚の板金を違交(いこう)させて

  石突きとし 其処から一寸程離れた所にも

  黒ずんだ穴がぽかりと空いて居る


  尊治は 頬に傷持つ男が最後に告げた言葉も然る事乍ら

  何故其の棒を持つて居るのかと違和を覚えつつ 脳の中

 で巻き始めた渦が真逆と言う風に煽られ 次第に大きく成

 り乍らもぐっと心を縛り 気にせぬ素振りで言葉を向ける

「 策も練り終わり一息付こうと思うて居たところ

  御前の帰りが遅いと二人が気を揉んで居った故 俺から

 誘ったのだ 咎められる可きは俺だ 赦せ 」

「 其れがし此其 戻りが遅れ申し訳ござりませぬ 」

「 其れは構わぬが

  あっちの二人は まだ赦して遣らぬのか 」

「 成りませぬ

  御山に入らずとも 奴らの幟旗を確かめるだけで良しと

 為された尊治様の命も聞かず 御山へ入ったばかりか 物

 見組の網に掛かった挙げ句一戦交えて参るなどもっての外

 でござる

  生きて戻りしは此れ幸い成るも 一人の手柄は皆のもの

 と決めて居るにも拘わらず 小虎は熊沢を討った殺ったと

 言い振り廻り 万亀丸に至っては足を挫いて来る始末

  故にまだ二人を赦す訳には参りませぬ 

「 相変わらず厳しい男だな 」

「 尊治様が 甘いのでござる 」

「 万亀丸の具合は 」

「 あと三日もすれば 腫れは引く見立てでござる 」

「 成らば あと三日は赦さぬと言う事か 」

  尊治の言に傷の無い右の頬が微かに持ち上がり 其れを

 悟られまいとしたものか 落ちた杯を拾い上げ様髭面の目

 の前へぐいと差し出す

「 二人は 勝明(かつあきら)と傳助は何をして居る 」

  頬傷の男は 尊治の肩越しに掛かる一幅へちらりと眼を

 向けるも 其れには触れずにぐびりと喉を鳴らし

「 勝は何時もの様に何時もの場所で何時もの如くでござる 」

「 又一人で黄昏れて居るのか … 傳は 」

「 能登の空の御機嫌を予測す可く 鹿島の家に伝わる能登国

 天之気実記と首っ引きでござる 」

「 其の日 雨が降るのか降らぬのか …

  其れだけ判れば良いのだが … 」

「 七尾の杉江屋の主 次郎兵衛殿へは既に継ぎを付け終えて

 居りますれば 直に空の機嫌を窺える様傳だけでも一足先に

 行かせては如何でござる 」

「 うむ … で 話し合うてくれたのであろうな 」

「 はっ 今程も確かめて参りましたが音も無く御山へ忍び入

 るには やはり無鎧(むがい)で行く可しと 」

「 勝も傳も異論は無いと 」

「 ござりませぬ

  例え 着鎧(ちゃくりょう)致して居りましても 放つ距離と

 当たる角度にもよりますが 種子島を諸に喰ろうては胴丸は無

 論の事 当世具足でさへ一溜りもござらぬ 

  故に あれを試されたのでは … 」

「 別に試した訳では無いが … 

  松 龍 皆は何と言うて居る 」

「 はっ とっ 兎に角身軽

  あっ あの重い掻盾(かいだて)を抱えて走り廻る事が出来まし

 たのは 其の身軽さ故と

  みっ 皆口を揃えて居りました のう龍 」

「 応っ 其れも其うだが 通常の鎖帷子(くさりかたびら)と違う

 て あのすえた臭いに悩まされずに済みますると 喜んで居る程

 でございます 」 

「 ちょんこと引っ掛かるがな …

  其の引っ掛かりを直して頂けぬかと 清太郎殿へ御願い申し上

 げたのだが …

  広 清太郎殿は引き受けて下されたか 」

「 はい 御任せ下されと心良く諾為され 必ずや滑らかに仕上げ

 た上で 月の内に御届け致しますると確と約されてござる 」

 「 鉄砲の御注文が引きも切らぬと言うのに

  有り難い事だ 」

「 針金を御求めに成られた時に御申し付け下されれば宜しゅうご

 さいましたのに 何と水臭い とも言うて居りましたぞ 」

「 赤金(あかがね)を細く伸ばすだけでも手間なのだ 

  丁度 皆の手が透いて居った故 清太郎殿や職人(しきにん)ら

 の手を煩わせずに済むと思うて皆に繋いで貰うたのだが …

  真逆 繋ぎ終えた途端 賢秀殿から御呼びが掛かろうとは 想

 わぬ事であったな … 」

「 真に … 成れど 我らに取っては叉と無い機でござる

  そろそろ御気を切り替えては頂けませぬか 」

「 案ずるな 心も眼も既に石動山へ向いて居る 」

  言葉に偽りは無いものの 心に空いた穴は未だに埋まらぬまま

 に居る尊治であった

「 たっ 尊治様

  あっ あの貫頭衣仕立ての鎖帷子も 御家に伝わる物でござい

 ますか 」

「 さあ 其れは判らぬ

  針金さえ在れば作れる物故 夏場は此れに限ると御爺殿が身に

 付けて居られたのを思い出したのだが …

 ちょんこと手間であったな 」

「 てっ 手間などと

  とっ とんでもござりませぬ のう龍 」

「 松の申す通りでござる

  棒にぎしりと巻き付けた針金を断ち切り 其れで得た金輪を

 幅半間長さ一間に繋いで後 頭を通す真ん中の部分を丸く取り

 除けば其れで出来上がりでございます

  取り除いた部分は次へ回せますし 他の組の者らと膝を交じ

 り合うて他愛も無い話をし乍ら繋いで居ります内に 何時の間

 にやら仕上がって居りました故手間処か寧ろ 楽しい一時を過

 ごさせて頂きました 」

「 そっ 其れに

  ふっ 太目の者は横へ

  せっ 背の高い者は縦へと 輪をな繋ぎ足すだけで済みます

 れば 其の姿宜しく真に扱い易い帷子でございました 」

「 やはり 手間を掛けてし申た様だな 」

「 太目の者 背の高い者とは 尊治様と俺に対する嫌みか 」

「 あっ いっ いえっ けっ 決して其の様な 」

  浅黒は 太目と高目がにやりと視線を交わして杯を口に寄せ

 る間に 髭面の隣にそっと移り様奪った杯でごくりと喉を潤し

 言葉を繋ぐ 

「 とっ 投矢の棒を得手とする者らは 思い切り腕が振れると

 嬉々とし 小虎などは昨年の遊佐討ちも此の鎖帷子であったな

 ならばと 未だに口惜しんで居る程でございます 」

「 … … 堺 十蔵の事を言うて居るのか 

  此の一年 確かに あの二人は腕を上げた

  故に熊沢を討てたのも納得して居る だが

  熊沢と堺では物が違う 

  思い切り腕が振れ様が振れまいが 投矢の棒は振り被ってから

 振り抜く迄が無防備なのだ

  あの折り 飛び込む二人へ堺が苦無を打ち込んで居れば 二人

 共今此の世に居らぬ

  其れを見抜いて二人を退かせたのであろう … 広 

  御陰で要らぬ傷を負わせてし申たな … 赦せ 」

「 もう御忘れ下され 其れがしが望んで負うた傷でござる

  其れに 投矢の棒の危うさは既に皆承知でござる

  兼ねてから御懸念の 鎖帷子に対する矢や刃の刺突に付きまし

 しても 此れも又己の責任と納得もし覚悟もしてござる 」

 「 うむ だが此度の戦

  場合によっては 傷を負うた者を置き去りにせねば成らぬやも

 知れぬのだ 」

「 其の時は居座(いざ)りにて 最後迄戦い抜く可しと皆意を決して

 ござる

  尊治様 我らの身を案じて下されるは真に有り難し

  成れど 其れも過ぎますれば 尊治様は我らに信を置いては下さ

 れぬのかと 気組みは落ちるものでござる 一度落ちた気組みを立

 て直すには至難の業ぞ とは 尊治様が何時も口に為されて居られ

 る御言葉ではござりませぬか

  尊治様 此度の戦 我らに取り 如何に危険を孕み(はら)みし戦

 であるのか 重々承知な上で敢えて申し上げまする

  まだ幼き頃とは申せ 能登は七尾の一本杉の木の下で

  此の命 尊治様へ御預け致しますると誓った我らでござる

  正に今が其の時 故に 何の遠慮も要りませぬ

  好きに遣うて下さりませ 」

  暫しの沈黙の後

  尊治は 細めた目蓋を其のまま閉じて諾とし 覚えた違和を和と

 す可く 広之進の横に転がる棒について尋ね様とした其の矢先 」

「 組頭 御持ちに成られた其の棒 一見金砕棒の様にも見受けられ

 ますが一体何様(なによう)の棒でございます 」

「 此れか 何だと思う 」

  手渡された棒をためつすがめつして見る髭面は

「 … 何やら 火薬の残臭が仄かに漂うて参りますが 」

  御教え下されと問い顔を向けるも 広之進の眼は棒へじっと眼を

 凝らす尊治の眼を瞬(まじろぎ)もせずに見詰め 其の口が開くのを

 待った … … …

「 … … … 撃っ破(ぶっぱ)だ 」

「 ぶっぱ … … とは 」

  髭面の問い返しに 広之進の無傷の頬がしたりと持ち上がる

「 鉛弾を撃っ放(ぶっぱな)す と言う意だ

  広 此れを何処で手に入れた 」

「 其れに御応えする前に

  大木戸(おぎと)忠彦又は 大木戸頼彦なる御名に覚えがござり

 ましょうや 」

  大渦が巻き 強風が吹き荒ぶ脳の中で 過去の殻に守られた脳

 の一部が再びかちりと音を立てた

「 … 大木戸 … 忠彦 … 古い御方の御名だ … 」

「 いっ 如何なる御方でございます 」

  髭面から渡された棒を 尊治の膝前に置き乍ら浅黒が問う

「 其の昔 陸奥の国は伊達(いだて)郡 大木戸村の領主で居られ

 た御方だ … … 

  文治五年(1.189年) 頼朝公の奥州征伐の際

  いち早く重忠様に従うて戦後功を認められ 同じ陸奥の二戸郡  

 に新たな給地を得たのだが

  元久二年(1.205年) 重忠様御謀反の果てに 畠山一族滅亡との

 報せを受けた忠彦殿は 類難を恐れ一族を率いて山の奥深く逃れ

 たまま行方知れずに成ってし申たのだ だが 御子孫は山の狩り

 人として命脈を保ち我が大叔父 秋実様御出向の折り 彼の地の

 案内役として浅利家より遣わされた御方が忠彦殿の血を引く頼彦

 殿であったのだ

  其の際 頼彦殿より進呈されし御品の中に此の棒と同じ物があっ

 た 其の時の物は 御爺殿が義総様へ献上為された故 俺は目録に

 添付された絵図しか目にして居らぬが 間違い無く此れと同じ物だ

  重ねて問う 広 此の撃っ破何処で手に入れた 」

「 清太郎殿の 奥座敷にて でござる 」

「 清太郎殿の 」

「 はっ どうやら間違い無い様ですので 御話し申し上げる

  此の撃っ破を持ち寄りし者 小坂村の北隣り砂子沢村に住す

 砂子沢叉鬼(またぎ)の頭(かしら)にして大木戸頼彦殿を祖父とす

 る大木戸比呂彦と申す御方でござる 」

「 … 何をしに参られた 」

「 然(さ)る御方の御言葉を尊治様へ継ぐ可く …

  との事にござる 」

「 くっ 組頭 尊治様への継ぎ成らば 直に此の御館を…

「 広 叉鬼には 里叉鬼と旅叉鬼の二流が在り猟の為成らば旅

 叉鬼は邦を出る事許されるが 里叉鬼には如何なる事由が在ろ

 在ろうとも其れは許されぬ厳しい掟が在ると伝え聞く 砂子沢

 叉鬼は里叉鬼である筈 … 

  故に 然る御方の何を告げに参ったのかは判らぬが

  其の者 偽りの者であろう 」

  珍しく 他人(ひと)の言を遮るなど 明らかに苛立つ尊治と

 は裏腹に頬傷の男は又もやしたりと笑みを漏らし

「 里叉鬼といえども 鉄砲の買い付けだけは許されるとの事な  

 れば 其れを名目に出て参った其うにござる 成れど他村へ出

 向く事はやはり許されず 故に

  清太郎殿が家の小者を遣わ其うとして居た処へ 」

「 行き着いたのか 」

  頬傷は 御酒を含んでうむと頷く

「 … 鉄砲の買い付けといえども 領主の諾を得ねば邦を出る

 事許されぬ … 名目成らば尚の事 秋実様や父上と昵懇であっ

 た大木戸家に あの勝頼が其れを許す筈も無かろう …

  やはり 其の者偽りの者だ 」

「 なっ 成れど 

  たっ 尊治様 此の撃っ破が 」

「 其の証しと申すか松っ

  同じ物は彼の地に数多在るのだ … …

  尤も … … 浅利家が 滅んだ とでも言うのであれば

  話しは 別 だが … 」

「 … 今頃は … 」

  尊治の豊かな耳がぴくりと応じ

「 今頃 … … 」

「 はっ 比呂彦殿が申すには

  本年の二月 出羽の国の北を東から西へ流れる米代川の中程

 辺り 坊の沢と申す地にて勝頼直属の配下十狐組の上位三組を

 含む六組が謎の一勢と渡り合い結果 上位三組は全滅 他の三

 組も壊滅 虎の子の十狐組を半数以上失うてはもはや抗えぬと 

  浅利勝頼 安東愛季(ちかすえ)殿へ和議を申し入れる模様成る

 も … 今頃は 」

「 … 滅んで居ると 」

「 はっ 」

「 … 其れで 然る御方は何と言うて居るのだ 」

「 浅利を滅ぼした成らば 小坂村の一本杉館を建て直し縁者の

 方々共々其処に根を下ろす所存なり と 」

「 故に 何れ一本杉館へ行く事に成ると口にしたのか 」

「 左様でござる 」

「 俺は信ぜぬ 故に行かぬ

  行きたければ 御前らだけで行けいっ 」

「 尊治様 其の御方は尊治様が此の撃っ破を目にしただけでは

 信じぬであろうと 比呂彦殿へ確たる御言葉を授けて居るので

 ござる 」

「 確たる言葉 其の様な言葉などあろう筈も … … 」

  殻の中の歯車が

  かちかちかちかち かっかっかっかっ ちっちっちっちっと

 速さの度を上げて行き 尊治の記憶は或る羅列へと辿り着く

「 … 何と申した 」

「 三 五 四 と 」

  尊治の奥の歯が きしと軋む

「 くっ 組頭 三 五 四とは いっ 一体 」

「 さあ 俺にも解らぬ 比呂彦殿も何の事やらと首を傾げて居っ

 たが 其れ故に俺は信を措いたのだ

  尊治様 御影の御家に伝わる数列と御見受けしましたが

  如何でござる 」

「 … … くっ あれから五年ぞっ …

  然る御方が俺の知る人であるならば

  謎の一勢が其の御方の率いる勢であるならば

  其の御方は此の五年の間 継ぎのつの字も寄越さず一体何をし

 て居ったのだ 」

「 継ぎも取れぬ程の止ん事無き事情が有ったのでございましょう

  委細は鷹田屋の清六殿が…

「 黙れっ 黙れ 黙れ 黙れいっ 聞く耳持たぬっ 」

「 尊治様 」

「 黙れと申すに 」

  閃光が 尊治の面を阿修羅の如く照らし

  空を破らんばかりの大音に 燭台の炎もゆらと揺れる

「 … 広 … 今の話し 俺の前で二度とするでない 」

  無言で頷く頬傷の男は棒を残したまま部屋を後にし 其れを

 待って居たかの様に 煽られた雨が濡れ縁を濡らし出し 浅黒

 と髭面が雨戸を閉めようとしたところ

「 閉めずとも良い 二人共 今の話しは忘れろ 良いな 」


  空の籠は大籠へと変わり

  中で揺れる小豆も数を増し

  尊治の脳の中で吹き荒れる嵐も

  其の勢いを増して行く

                         つづく






  



 

 

  








 

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