御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の五

          白 斑 の 鷹

          しらふ のたか



  余呉ではもう十日余り雨がしとしとと止まずに降り続き

  万亀丸と小虎が此の余呉浦の平館(ひらやかた)へ

  無事の帰澆魏未燭靴討ら既に三日が過ぎて居た

  其の間も御影の者らは皆忙(せわ)しく飛び回り

  蜂が蜜を抱えて巣に帰るが如く

  調べ上げた密を脳へ詰め込んでは

  尊治の面前で吐き出す事を繰り返し

  其の全てを相手に孤独な闘いを続けて居た尊治は

  獺祭の如く広げた様々な絵図を一眺めして後

  杯に残る御酒を一気に呷り

  漸く其の作業に終わりを告げた …

  だが 其の面は暗く何かを確かめる様に広げた絵図を 

  一枚一枚燭台の灯りに照らして見ては

  丁寧に折り畳み 最後の一枚を畳み乍ら

  何処へとも無く向いた口が そろと開く


「 … … 誰か 居るか 」

「  まっ 松之丞 此れに 」

  濡れ縁に控える眉太く 色浅黒い一番組の小頭

  金子松之丞が障子の陰から静かに応ずる

「 明朝 大殿へ申し上げたき儀此れ有りと

  平(ひら)殿へ継いでくれ … … 皆にもな 」

「 はっ … … いっ 愈々で 」

  障子に映る尊治の影がこくりと頷く

「 くっ 組頭がまだ御戻りになられませぬが 」

「 案ずるな 広ら組頭へは既に告げて居る故 どんなに遅くな

 ろうとも朝迄には必ず戻る 」

「 はっ でっ では 」

  立ち上がり様 ぐっと拳を握り締めて下がる松之丞と入れ替

 わり 顔中髭だらけの同じく一番組の小頭 手塚龍蔵が開け放

 たれた障子の間に片膝付いた

「 龍(たつ)か 如何した 」

「 はっ たった今橋本長兵衛殿が参られ此れを尊治殿へ御渡し

 下されと … 」 

  髭面は 脇に抱え持つ細長い桐の箱をそっと差し出し

「 御上がり下されと申し上げたのですが

  美濃は垂井で御待ちの 織田信高様の許へ急ぎ戻らねば成ら

 ぬ故 と申され … 」

「 近々 清州の御城にて織田家の向後を話し合う会が催される

 との事 其れに備える可く急いで居られたのであろう 」

  尊治は 箱から取り出した一軸の紐を解(ほど)き 板敷へそっ

 と広げて眺め見る

⦅ … こっ 此れは … ⦆

「 長兵衛殿の御言葉其のままに申し上げまする

  以前より 鷹田屋(おうたや)の主 田中清六殿より

  尊治殿の床の間は無掛けと聞き及んで居りました故

  差し出がましいとは存知つつ御持ちはしたものの

  若い頃の拙い作成れば 愛でずとも側に置いて下さるだけで

  此れ幸いなり との事でございました 」

「 長兵衛殿は此の絵を取りに 一度敦賀へ戻られたのか 」

「 はっ 故にあの時 尊治様の御誘いを断ってし申たのだと

  深く頭(こうべ)を垂れて居られました 」

⦅ … やはり 長兵衛殿 … 彼方様は … ⦆

  尊治が促す迄もなく 一軸を床の間へ掛けて一幅とした髭面

 の口が大きく開く

「 流石は長兵衛殿 長谷川先生の鷹と違うて見事な鷹でござり

 まするな 」

「 鷹の名匠にして鷹絵師としても誉れ高い御方なのだ

  仏画が御専門の長谷川殿と比べては成らぬ だが龍

 あれはあれで良い絵ぞ

  あの絵の主役は大殿なのだ 大殿の威厳を際立たせる可く

 長谷川先生は敢えて大人し目な鷹と為されたのだ 」

  余計な事を申しましたと 軽く頭(こうべ)を垂れた髭面は

⦅ 尊治様は もう絵筆を持ちませぬのか ⦆

  想いつつ 隣室から持ち出した燭台に火を点じて灯りを増や

 し 尊治が床の間へ膝を向ける動きに合わせて斜め後ろへそっ

 と腰を下ろす

  左右から照らし上げられる鷹の眼は凄みを増し

  天高く舞い上がり

  旋回から片翼を縮めつつ横転し様

  首をぐるりと回して此ちらを睨む姿は

  狙い定めた獲物目掛けて 今にも絵の中から飛び出し

  見る者に襲い掛からんばかりの迫力で迫る

⦅ 若い頃の作と謂えども 此の大胆にして緻密な筆遣い …

  美しくもあり 鷹の賢さと獰猛さを見事に表して居る …

  比べるのも失礼だが

  此の絵に比べれば 俺の絵など … ⦆

「 おっ みっ 見事な鷹絵でございますな

  そっ 其れがしにも篤と見せて下され 」

  酒瓶を手に戻った浅黒は 髭面が尊治様の後ろへ控えて居る

 成らば俺も宜しかろうと 尊治の諾も得ず髭面の隣へどしりと

 腰を下ろす

「 おっ おい龍 

  こっ 此れはもしや長兵衛殿の 」

「 応よ 先程参られて尊治様へと置いて行かれたのだ 」

「 はっ 初めて目にするが

  なっ 成る程 

  さっ 流石は音に聞こえし長兵衛殿の鷹絵よ 口には出せ

 ぬが何方かの鷹と違うて見事な鷹でございますな 」

「 御前は見る目が無いのう

  あの絵の主役は大殿なのだ

  大殿の威厳を示す可く 長谷川先生は敢えて大人し目な鷹を

 描かれたのだ だが松よ あれはあれで良い鷹ぞ 」

「 ふんっ おっ 俺と同じで絵心を持たぬ御前に其の良し悪し

 が解るものか

  どっ どうせ尊治様の受け売りであろう …

  えっ 絵と申さば 尊治様が絵筆を持っておられる姿を

 近頃とんと御見掛け致しませぬが もう絵は御描きに成られ

 ぬのですか 」

  尊治は 御酒の代わりに笑みを含んで茶を濁し

「 松 其の御酒は平殿からか 」

「 はっ よっ よくぞ決心してくれたと 其して必ずや生き

 て御戻り下されと

  まっ 又 其れを請い願う事しか出来ぬ此の老いぼれを赦

 して下されとも 涙乍らに申されて居られました 」

「 赦して下されとは … 

  あの事をまだ悔いて居られるのか …

  赦すも赦さぬも 赦そうにも赦せぬのは奴らの事よ

  奴らの手に掛かり 落とさずとも良い命を落として逝った

 者らの無念は言うに及ばず 両御本家様の胸の内を想察すれ

 ば やはり出張らねば成るまい 」

「 まっ 迷うて居られたのですか 」

  尊治は又もや笑みを含んで場を濁し

「 松 そろそろ懐に在る物を出したらどうだ 」

「 よっ 宜しいのですか 」

「 端から其の積もりで居ったのであろう 」 

「 はっ でっでは 鬼の居ぬ間に何とやらと申します程に

  おっ 御言葉に甘えまして ほれ龍 」

「 応っ 御相伴に預りまする 」

  浅黒が取り出した杯へ 髭面が耳に心地よい音を立て

「 御前達と三人切りで飲るのは久し振りだな

  先ずは長兵衛殿へ 」

  尊治の声に合わせて 床の間へ杯を捧げた三影は 改めて

 杯を差し合い 再び心地よい音を立て様とした髭面の手がぴ

 たりと止まり 髭にまみれた口をぽかりと開けたまま濃い睫

 毛に挟まれた瞳がきょろと上を向く

「 … … あっ 松 御前が邪魔をするから忘れる処であっ

 たわ 申し訳ござりませぬ尊治様

  長兵衛殿 其の去り際に此うも申されたのでござる

  信高様の御母堂於鍋の方様並びに 信高様の弟君 信吉様

 妹君の於振(おふり)様らを安土の御城から蒲生家の本城日野の

 城迄 御無事に御移し出来ましたは 明智方の精鋭明智秀満率

 いる光秀自慢の鉄砲隊を 尊治殿が束ねる弟組が良く防ぎ時を

 稼いでくれた御陰でござる

  此度の御影畠山弟組の御働き実に見事 真に天晴れ

  流石は御影畠山の当主 政治の子よと 長兵衛殿其れは感心

 しきりでございました

  其れがし想いまするに 此の絵はあの時の感謝の意を込めら

 れた御品でござりましょう 」

⦅ … … あの時 我らは何時もの様に 賢秀殿の要請に応じて

 出張り 現場では松軒殿の助言を得て氏郷殿の指揮の下戦うた

 迄の事 見事な御働きは我らより寧ろ … ⦆

「 みっ 妙だな 」

「 何が妙なのだ 」

「 おっ 思い出せ龍 長兵衛殿と会うたのはその時が初めてな

 のだぞ

  あっ あの時 尊治様は御影畠山弟組の頭領尊治と名乗りは

 したが 御父上の政治様の事は一言も口に為されては居らなかっ

 たではないか 」

「 確かに だが長兵衛殿は清六殿と知己の間柄なのだ

  政治様の事を清六殿から聞いて知って居たとしても何の不思

 議もなかろうよ 」

「 そっ 其う言われれば其うなのだが …

  なっ 何か腑に落ちぬ 」

「 どう腑に落ちぬと言うのだ

  真逆 政治様と長兵衛殿は見知り合うた仲とでも言いたいの

 か もし仮に其うだとするならば 清六殿は何故尊治様へ御伝

 えせずに居たのだ 」

「 ゆっ 故に妙だと申して居るのだ

  もっ もしかしたら 仕合うた仲やも知れぬ 」

「 ばっ 馬鹿な 尊治様は何と思われまする 」

「 龍 俺は何時迄待てば良い 」

  髭面が慌てた音を立てて注ぐ御酒を口に含むなり

  尊治の二重の目蓋が僅かに狭まり 其の奥に詰まる脳の一部

 が かちりと過去を遡り始めた

「 … 龍 長兵衛殿の以前の御名を存知て居ろう 」

「 はっ 牛欄(ぎゅうらん)殿と 」

「 うむ 現在(いま)の御名は此の三月に改められた其うだが

  御前達も眼にしたであろう あの御方の暴れっぷりを 」

「 はっ 初手は鷹匠にして鷹絵師でもある牛欄殿が何故信高様

 の臣を差し措き信高様の名代として兵を率いて参られたのかと

 得心が行かずに居たのですが

  齢五十程と御見受け致しましたが あの女御(おなご)の様な

 細身の身体の何処に あの様な膂力(りょりょく)を御持ちなの

 か 六尺余りの金砕棒(かなさいぼう)を自在に操り 掛かる相

 手を意図も容易く打ち倒して居られ 故に我ら 」

「 あっ あの御方只者ではない

  もっ 元は何処ぞの将であろうと

  たっ 龍と二人で話し合うて居たのでござる 」

「 御前らも余裕だな

  あの矢弾の飛び交う最中(さなか)にか 」

「 あっ いっいえ ひっ 一息付いた頃にございます

  のっ のう龍 」

「 ふっ まあ良い 

  実を申さば 俺も一時見惚れて居たのだ

  俺も力には自信が有るが 龍 俺より力の有る御前でさへ

 あの金砕棒をああも自在には操れまい

  あの鮮やかな用兵も然ること乍ら 其の余りに見事な金棒

 捌きに 是非とも一献傾けたしと御誘い申し上げたのだが

  真逆 此の絵を取りに敦賀へ戻られて居たとは …

  やはり あの時 御尋ねする可きであったな … … 」

「 たっ 尊治様 一体何を … 」

「 松 龍 御前達には初めて口にするが

  幼き頃出羽の比内郡に 鬼にも勝る金砕棒の使い手が居った

 と 御爺殿から聞いた事がある

  其の者 平時は鷹をこよなく愛し 愛でる姿は童女の如く

  成れど一朝事有らば 愛用の金砕棒を手にまるで暴れ牛の

 如く 打ち寄せる敵をばたばたと薙ぎ倒す 其方の父政治で

 さへ一目置く程の真の剛の者が居ったと … 」

「 でっ 出羽の比内郡 …

  まっ 真逆尊治様 長兵衛殿の真の御名は

  あっ 浅利 … … 」

「 うむ 婿だがな

  おそらく あの御方は元比内八木橋城主 浅利政吉殿であろ

 う あの金砕棒は我が大叔父 秋実様が差し上げた一振りだ

  石突きに隅切り角に田の字紋の刻印が彫り込まれて居った

 故先ず間違いない 」

「 ゆっ 故に御尋ねする可きであったと 」

「 うむ 因みに牛欄とは 暴れ牛に例えられし己が其の身を戒

 める可く 欄(おばしま)に繋ぎ留めて措く様を表して居るのやも

知れぬな 」

「 隅切り角に田の字紋とは 現在(いま)は村の名の国友で統一

 されてしまいましたが 其の紋は清六殿の御実家 嘗ての鍛治

 の田中屋の屋紋ではございませんか 」

「 良う存知て居るな龍

  国友村の鍛治衆の屋紋は元来 槌の面に見立てた隅切り角の中

 へ各家の頭の文字を当てるのが倣いであった其うだ

  其うか 御前の野太刀は清六殿の父 先代の清太郎殿が鍛えた

 業物であったな 」

「 はっ 祖父の代から未だに折れもせず 曲がりもせず 研がず

 とも磨きを掛けるだけで斬れ味落ちぬ 真に見事な御刀でござい

 ます 」

「 … … あっ … … 浅利 … … あの長兵衛殿が …

  おっ おいっ 龍っ 

  ごっ 御酒なんぞ飲ってる場合ではないぞっ 」

「 解って居る焦るでない松

  俺達の足成らば今から追うても十分間に合う

  尊治様 我らまだ酔うては居りませぬ

  御許しを頂けます成らば 俺と松とで … 」

「 別に止めはせぬが

  俺は此の御酒が別れの盃と覚悟せねば成らぬな 」

「 たっ 尊治様

  いっ 如何に長兵衛殿とて俺と龍の二人を相手にしては … 」

「 御前ら 万亀丸と小虎が熊沢を討ったと耳にし 其れに触発さ

 れてし申たのであろう 其の気概は買うて遣るが二人共早合点す

 るでない 」

「 はっ 早合点 」

「 うむ 一本杉館襲撃は永禄九年(1566年)の事

  浅利政吉殿が比内を出奔為されたのは 俺が生まれた翌年永禄

 五年(1562年)の事だ

  故に浅利政吉殿 … 長兵衛殿は あの襲撃には関わり合うて

 は居らぬのだ 」

「 なっ 成らば尚の事 何故長兵衛殿は素性を明かされず清六殿

 も尊治様へ御伝えせぬままに居るのでございます 」

「 察するにだ 長兵衛殿は城持ちの将であり乍ら主家を棄てたの 

 だ あの浅利勝頼の事だ 奉公構えの罰だけで済ます筈も無かろ

 うよ 」

「 あれ程腕の立つ御方が 刺客を恐れるとは想えませぬが 」

「 恐らく 清六殿の身を慮(おもんばか)っての事だ 」

「 と 申されますと 」

「 龍 此の鷹を見て何か感じぬか 」

「 感じぬかと問われましても 何分其れがしには絵心と申すもの

 が … おいっ 松 」

「 おっ 俺に振るな … いっ いや待て … 

  なっ 何やら身体全体が白い斑点で覆われて居る様な …

  たっ 尊治様 

  こっ 此の鷹は もしや 」

「 判ったか松 名を無双丸

  信長様が 此れ稀代の物にして我れ第一の自讚也 と迄公言 

 して憚らぬ程 御寵愛為された白斑(しらふ)の鷹だ 」

「 こっ 此れが清六殿が鷹商として世に出る切っ掛けとなったあ

 の白斑の鷹 」

「 其うだ 此の白斑の鷹は清六殿が捕らえた鷹に間違い無いもの

 の 此れ迄何処の何方の手を介して信長様へもたらされたものな

 のか 秘された儘で居たのだが … 」

「 そっ 其の何処の何方が長兵衛殿 」

「 うむ 信長様が其れ程迄に御気に召された鷹なのだ

  其の鷹に関わり合うた者の名が広く世間に知れ渡りし事は 一

 介の鷹の捕り手であった清六殿の出世振りを見れば此れ明らかで

 あろう 」

「 成る程 浅利家は 長兵衛殿の所在を探るのにわざわざ人を派

 さずとも 又候(またぞろ)鷹捕りに出向いて参る清六殿を只じっと

 待って居れば其れで良い でございますな 

「 其ればかりではない 

  鷹匠の牛欄と言う御方 実は浅利政吉殿でございますと清六殿

 が俺に告げてし申ては 俺は迷う事なく其の御方の許を訪ねるで

 あろう

  だが 我らは蒲生家御預かりの身

  其の諾否を伺うには 臣が居並ぶ賢秀殿の面前にて訪ねる御方

 の素性を明らかにせねば成らぬのだ

  己れの家に関わり無き事には 口に戸を立てぬ今の世

  牛欄殿の素性は忽ちにして蒲生家のみならず 織田の御家中に

 迄知れ渡る

  浅利家は 同じ出羽の安東家を介して信長様の御嫡男 信忠様

 と誼を通じて居たのだ

  牛欄殿が浅利政吉である事も 其の所在も 浅利家の知る処と

 成るのに然程時は掛かるまい

  又 其れを秘したままに居た清六殿を 浅利家が赦す筈も無く

 牛欄殿の素性が知れた時点で 清六殿の命も其処で尽きる 」

「 故に 清六殿は告げずに居られたと 」

「 と言うより 長兵衛殿が口を止め措く様諭されたのであろう 」

「 信長様は存知て居られたでしょうか 」

「 であろうな 

  信高様の兵を率いて参られたのが其の証し

  鷹匠や鷹絵師としての長兵衛殿は勿論の事 侍将(じしょう)と

 しての力量を余程買うて居たのであろう

  此度の事が有らずとも 織田の御家に一朝事有らば 何時でも

 出張れとの御墨付きを貰うて居たのやも知れぬな 」

「 政治様も 白斑の鷹に関わり合うて居られたでしょうか 」

「 無論だ 

  彼の地 出羽と陸奥に於ける鷹捕りは 我が御影畠山家に取り

 大事な御役目の一つであったのだ

  清六殿は其の捕り手の一人 …

  関わり合うて居るから此其 …

  長兵衛殿は此の絵を …

  御持ち下されたのだ … … … 」

  話し乍ら 尊治の脳に或る疑念が湧いて出る

「 なっ 成れど尊治様

  ちっ 長兵衛殿は何故 素性を察し兼ねられぬ此の白斑の鷹絵

 を 御持ちに成られたのでござりましょうな 」

⦅  其うなのだ松 金砕棒にしても然り …

  もはや隠す必要は無い … 其う言う事なのか …

  もしや … 真逆 … … ⦆

  浅黒の素朴な問いが尊治の疑念の的に突き刺さり 脳皺(のう

 しゅ)からじわりと滲み出た疑奬(ぎしょう)が小さな渦をゆらと

 巻き初めて行く

「  尊治様が御誘い為された時に もはや隠し応せぬと観念為

 され敢えて此の絵を選ばれたのであろうよ 」

「 そっ 其うだな 

  かっ 観念為されたのだな

  にっ にしても 陸奥の国は鹿角郡(かづのごうり)の小坂村

  のっ 能登畠山家の出張り所であった一本杉館は既に朽ちて

 居ろうが 一度は行ってみたいものよのう 」

「 行ってみたいでは無いぞ松 必ず行くのだ

  行って 十狐組とか申す者共を浅利家諸共叩き潰して遣らね

 ば 俺の気が済まぬわっ 」

「 すっ 済まぬ気は皆同じぞ … 

  よっ よし成らば龍 先ずは俺と御前で物見に行くか 」

「 応よ 良う言うた

  行った成らば十和田成る湖(うみ)が 真に此の余呉や近江の湖

 よりも美しい湖であるのか 確と確かめて見ねば成るまい 」

「 とっ 十和田の湖は 南部家直轄の不入山(いらずやま)の地

 遊山で行ける湖ではないぞ

  そっ 其れより 先ずは組頭の諾を得るのが先であろう 」

「 なあに 尊治様が約して下されれば 組頭とて否とは申されま

 いて 

  尊治様 他の者に先を越されぬ様今宵の内に約して下されませ 」

  突然

  真昼かと見間違(みまご)う程の閃光が煌(きら)めき

  物憂気(ものうげ)な笑みを浮かべて居る尊治の目尻が明るい笑み

 に変じ 其の視線の先を追う浅黒の手元から どかんと凄まじい音

 と共に杯がぽろりと転げて落ちた

「 何だ もう酔うたのか 雷何ぞに驚き居って

  折角の御酒が勿体無いではない … … か … …     」

  浅黒へ向いた髭面の瞳に 又もや煌めく稲妻を背に 肩に金棒を

 担いで仁王立ちに立ち鬼の形相で二人を睨み付ける 頬に傷持つ男

 の姿がすらりと映り込み 唖然とする二人は我に返るなり滑る様に

 後退る

                         つづく

    


  


 


  


  





 

 




    

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