御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の四   

           敵 

           てき   



  翌夜此の日は一粒の雫も落ちぬまま一日が終わろうとして居た

  今宵の石動山は艶消しを施した様な漆黒の闇に包まれ 

  其の闇に抗い数本の松明が揺れ乍ら列を為して居る

  赤備えの甲冑に良く映える 

  柳色の地に木賊(とくさ)色に染め抜いた六葉木瓜紋の旗指物も

  此の暗闇の中

  松明の灯りだけでは 其の美しさを誇示出来ずに居た

  闇を纏う美麗な武者を従えた遊佐家の若き主

  遊佐秀光が御山を見廻りがてら

  荒山の竜三郎の陣屋から戻ったのは

  其んな時刻も判らぬ程の呂色の夜であった

  遊佐秀光 右頬に痛々しい火傷の跡が残るものの 

  元々端正な面立ちで背も高く畏怖堂々たる若武者である

  其の若武者へ鶏がらの如き老武者が

  尖った嘴(くちばし)を突(とつ)と向ける


「 秀光殿 村島殿の御用とは一体 」

「 荒山砦の修築ほぼ目処が付いた故参道の東 多根道の守りは

 村島殿の手の者が受け持つ其うでござる

  故に 遊佐殿は此の参道の西 下馬礼と仁王門の守備に徹して

 下されとの事成れば叔父上 其の旨皆に伝えて下され 」

「 其れは何より 此れで兵を分けずに済みますな 」

  からからと 下卑た笑みを浮かべる鶏がらの横で嘆きの息を漏

 らす男が一人

⦅ … … たった其れだけの事で わざわざ秀光様を呼び出すとは 

  真逆 あの狐蛇面(きつねじゃづら)の下に付くとはのう …

  本来成らば あの狐蛇面から出向いて来るのが筋と言うもの

  温井家とて既に落ちぶれて居る家 其の落ちぶれた家の臣の

 下に付いた我らは正に落ちた と言う事だな … … ⦆

  右の蟀谷(こめかみ)の辺りから眉をなぞる様に深く長い傷が残

 り 為に常に半眼しか右目を開けられぬ屈強な武者が 己の容姿

 は扨措き心の内で自由な呟きを続けて居る

⦅ … … 此処に居る者らと 同じ指物を背負うては居るが

  今の俺には遊佐家の御家再興も 主の仇討ちももはやどうでも

 良い事よ … …

  此奴らと居れば 何れ俺の敵に再び逢えるやも知れぬと思うて

 参陣して居る迄の事

  あの狐蛇面は好かぬが … 今は奴に従う外あるまい … ⦆

「 十蔵 不満気な顔付きだな 言いたい事が有らば申せ 」

「 はっ 今朝方の触れによりますれば

  昨日(さくじつ) 曲者を取り逃がした廉(かど)により

  熊沢以下物見組の十名が斬首に処せられたとの事

  其の状況の最中 如何に砦の修築に目処が付いたと謂えども

 村島殿は何故(なにゆえ)自身の一隊を割いて迄 多根道の守りに

 就かせねば成らぬのでござる 更に

  此の石動山に忍び入る前田の間諜は 我らに狩れと申されて

 居られた筈 故に我らは此の参道の東西に陣を張ったのではご

 ざりませぬのか … 

  此度の村島殿の差配 其れがしには何とも解せませぬ 」

「 案ずるな十蔵 

  前田の間諜狩りには 左右組が当たる其うだ 」

「 ほおうっ 奴ら 甲斐から戻りましたか

  成れど 銭も払えぬのに 何故でござる 」

「 何でも 左右組の頭領左近と倫組の頭領とは因縁浅からぬ仲

 成れば 此度の左右組の出張りは私闘故 銭は要らぬとの事だ

  今の世 因縁浅からぬ相手が居らぬ方が稀 と想うがな …

  其れは扨措き 遊佐殿は遊佐殿の因縁浅からぬ相手へ当たっ

 て下されとの事だ 」

「 我らの因縁浅からぬ相手とは … まっ 真逆 秀光殿 」

「 其の真逆でござる叔父上 … … 此れを 」

  見て下されと 秀光は腰の後ろから抜き取った矢を二人の前

 へ差し出し 其れを手にした鶏がらの尖った嘴から頓狂な声が

 上がる

「 こっ 此れは まっ 正しく … ひっ秀光殿っ 」

  其の矢は 矢筈の切り込みの片端がほんの少しだけ斜めに削

 いであり 十蔵の半開きの眼(まなこ)もぎろりと其れへ向く

「 熊沢ら物見組は奴らに殺られたのだ

  あの村島が熊沢の首を刎ねるなど 有り得ぬ事よ

  察するに 兵の士気が落ちてはと隠蔽に走ったのであろう

  だが 叔父上の申された通り 我らは兵を分けずに済むのだ

  どうだ十蔵 此処は村島の姑息に乗って遣ろうではないか 」

  引き釣る目蓋を閉じて諾と応ずる十蔵の口の端が つられて

 僅かに上を向き奥の白いものがちらりと覗く

「 成れど秀光殿

  昨年の事は 長(ちょう)家の仕業でござると伝えて居るものを

 村島殿は何を以て奴らが我らの因縁浅からぬ相手などと 」

  秀光は 其れは聞こえぬ素振りで言葉を繋ぐ

「 叔父上 奴らを葬る良い機でござる

  御影は我ら遊佐が一手に引き受けましょうぞ 」

「 のっ 望む処でございます のう十蔵 」

「 十蔵 奴らの眼を他家に向けさせては成らぬ

  明朝 我が陣屋 此の仁王門に六葉木瓜紋の幟旗を林の如く

 立てさせよ

  誰にも邪魔はさせぬ

  来るなら来いっ尊治

  此度此其 決着を付けてやる

  十蔵 … 此度は抜かる出ない 良いな 」

「 あの折りの借りを返さねば成りませぬ故 …

  お任せ下され … … 」


  此の男に取り 

  忘れ様とて忘られぬあの折りであった

  あの折りから早一年が経つ

  昨年の四月 前田勢が七尾城を奪回した際 城を捨て落ちた

 温井 三宅の勢が此度の様に荒山に籠る間に 遊佐勢は能登の

 鳳至郡は小石村迄落ち延び 其処で幾組かに分かれて潜伏して

 居たのだが 其の暮らしが二月(ふたつき)もの長きに渡り忍ぶ暮

 らしに痺れを切らした遊佐の当主遊佐盛光は 能登脱出を図る

 可く前田の探索方の眼を窺い乍ら父の続光と策を練り 練り上

 げた策の継(つな)ぎ役を十蔵に命じたのである

  其してあの折り

  其の夜は 今宵とは比べものに成らぬ程

  明るい月の夜であった


  各隠れ家へ無事に策の継ぎを付け終えた十蔵が 三名の郎党

 と共に続光 盛光親子が身を寄せる狂言師 翁(おきな)新五郎の

 屋敷へ戻る途次

  屋敷の二町程手前の四つ辻に差し掛かった所で 辺りに漂うた

 ただならぬ気配を察した十蔵は 直ぐ様両手を広げて皆を制し

 鋭い眼を前へ向けたままゆるりと顎をしゃくる

  忽ち緊張の糸が走り 十蔵を真ん中に三名の郎党はやや開き

 気味に其の後へと続く

  皆 既に抜刀を終えて居り 腰を屈め乍ら月の明かりの届か

 ぬ所へ眼を凝らし 風も無く仄暗(ほのぐら)い夜の静寂(しじま)

 に誰も異を唱える事なき男達が 音も立てずにそろりと歩を進

 めて居た其の矢先

  張り詰まる糸を裁ち切り 飛音が迫る

「 散れっ 」

  十蔵が矢を払うより先に声を発するも

  十蔵の傍に立つ郎党は 己の胸に突き立つ矢を見詰め乍ら

 ぐうっと唸りばさりと頽(くずお)れ 左右に分かれた二人は 

 軒下の板戸を背にぎろりと前を睨み 十蔵の歩度に合わせてじ

 りと進む

⦅ … 然程 遠くは無い所から放って来た様だが … 

  弓弦(ゆんづる)の音がせぬのは何故(なにゆえ)か …

  ほおうっ … もしや … ⦆

  想いを巡らせて居る間に左右の郎党は互いに眼を配り 十蔵

 を援護す可く歩度を速めて四つ辻迄一気に進み様 交わる道を

 軒下の角から顔だけ出して覗き込む

「あっ いかんっ 」

  矢場根が闇を切った

  十蔵の叫びは矢の盾とは成らず

  飛音と共に二人の胸へ届けられた矢は 板壁迄達し二人の両

 腕がだらりと下がる

  もはや縣(けん)と化した二人を尻目に 瞬時の内に辻の中央

 迄進んだ十蔵は月明かりに身を晒け出し 晒け出す事で敢えて

 己れを的とし矢を誘う

  三度(みたび) 矢羽根が空を切る

  十蔵は 素早く左へ跳んで左の矢をかわし様 右の矢を刀で叩

 き落とし 構えを直す十蔵の気組みはみるみる高まり其の極みに

 到るも 右手がそっと懐に忍び入る

⦅ … … … … … 来るっ ⦆

  十蔵が眼を凝らす道の左右から 勢い良く地を蹴る音がした

 刹那

「 待てっ 」

  蹴り足を製する声と共に 影が三(みっ)つぼやりと浮かび上が

 り すらりとした長身の男が気組み無く 月の明かりの届く所迄

 数歩進んで歩みより其の姿を現した

  敵 と成る男であった

  男の両脇に爐〞の字に曲がった棒を持った若い影が立ち並び

 共に不満気な面を向けて居る

「 万亀丸 小虎 奴には御前達が放つ矢は通じぬ

  其れ以上間を詰めては奴の思う壺だ 奴は出来る

  二人共下がって居れ

  間違うても手を出すで無い 」

  二人は 棒に矢を番えたまま渋々後退るも左手に 二の矢を

 握る事を忘れてはいなかった


  二人が持つ棒には

  矢がすっぽりと収まる程の溝が彫ってあり

  片方の端は棒を振り抜く際 棒を握る手が矢の妨げに成らぬ

 様握りの部分が少しだけ爐〞の字に曲がり もう一方の端は

 僅かに突起し 矢筈を番える為の薄い板金が嵌め込んである

  御影の者は此の棒を投矢の棒と呼び長さは人により様々だが

 殆どの者は二尺程度の物を用い 中にはより強くより遠くへ放

 てる様指や手首を引っ掛ける紐輪を施す者も居た


  十蔵は 遠退く棒を眺め乍ら

「 … 投矢の棒か …

  懐かしい物を見せて貰うたが

  汝(うぬ)らの顔に覚えは無い 

  あの餓鬼の手の者か 」

  敵は 何も応えず刀も抜かず 未だ気組み無く 棒立ちのまま

 である

「 若いの 其の動じぬ様は余程腕に覚えが有るのか 其れとも配 

 下の手前見得を切っては見たものの怖じ気づいて名も名乗れぬか

  何れにせよ 此の俺に刀で対一を挑むとは何とも命を粗末にす

 する奴よ 

  たが 彼の世で感謝する事に成る 苦しむ事無く逝くでの 」

「 ふっ 御主此其 

  誰に殺られたやも判らぬまま逝ってし申ては嘸無念であろう

  故に 名乗ると致す

  我は 御影畠山弟組一番組頭 原 広之進

  遊佐の御方よ 其方(そなた)を通す訳には参らぬ故

  御相手致す 」

「 ほおうっ やはり 宏実(ひろざね)の弟の組か …

  何時ぞや 東の馬場で暴れたのも汝らの仕業と聞いた 以来

 汝らとは一度仕合うてみたいと想うて居たのだ 宏実の兄組と

 仕合えなかった代わりになあっ 」

⦅ … まだ抜かぬか … やはり此奴速抜きか …

  速抜きなど戦場(いくさば)では何の役にも立たぬものを …

  まあ良い 今は対一 先ずは抜かせる事だ

  抜かぬなら

  抜かせてみしょう其の刀

  抜いて此其知る

  己が命よ … …

  たが 此の俺を相手に 果たして抜けるかどうか …

  原 広之進とやら 柄に手を掛けた時が御前の命の果つる時

  覚悟せよ … ⦆

「 … 若いの … 兄組は出来たぞ

  弟組といえども汝も組頭成らば そこそこ腕は立つのであろ

 うのう … がっかりさせてくれるなよ少しは楽しませてくれ

  我は 遊佐右衛門尉盛光様が臣

  徒(かち)武者組頭 境 十蔵 … … 参る 」

  言うなり

  広之進の右へ突進する十蔵は 刀を右下段から左に変え様 素

 早く左へ跳ぶのと同時に再び右下段へと変じ刀の切っ先を広之進

 の首元目掛けて突き上げた其の刹那

  鈍い音と共に 右の蟀谷から眉をなぞる様に強く 鋭い衝撃 

 を諸に受けた十蔵は 怪訝(けげん)な面を広之進に向けるなり 

 突き上げた筈の刀の切っ先を地に突き刺し 咄嗟に身体を支えは

 したものの 多量の血が一気に噴き出 意識は早くも混濁し 脳

 の中で何故だの文字が激しく渦を巻き終(つい)には 突き刺した

 刀に未練を残しつつ背中からばたりと倒れ 朦朧とする意識の中

 で 血に染まる其の眼に幾重にも重なる天月が揺れて映る

  広之進は 十蔵が左へ跳ぶのと同時に凄まじい気を瞬時に解き

 放ち 抜刀仕様左足を後ろへ流して踏ん張り眼にも止まらぬ速さ

 で刀を薙いだ

  神速の刃は 脳迄達しなかったものの骨を深く傷付け手応えは

 十分に想えた

「 御見事でございます組頭 」

  声を掛け様駆け寄る二人の背中越しに 鏑矢の矢音が月夜の空

 を切り裂き音の程を変えて何処ぞへ落ちて行く

「 どうやら間に合うた様だな

  万亀丸 小虎 手筈通り連龍(つらたつ)の許へ矢文を打ち込ん

 で参れ 」

「 しっ 然し 組頭 」

「 然しも糞も無い 御前達の足でさへ 此処から連龍の営地迄一

 時は掛かるのだ 一刻を争う 俺に構わず行けいっ 」

「 … … はっ では 行くぞっ小虎 」

  懐から取り出した手拭(たのご)いを 広之進の左の手の内へ捩

 じ込み様踵を返した万亀丸は 小虎と共に闇に駆け入り 二人の

 足音が寂と化した頃 弟組三番組頭 鹿島傳助(でんすけ)が手の者

と共に息急(せ)き切って馳せ来(きた)る

「 広っ 」

「 … 傳か 」

  傳助へ向いた広之進の左頬から流れ出る血が 裂けて剥き出

 た鎖帷子(くさりかたびら)へ滴り落ち 刀を杖に広之進の両膝が

 がくりと地に着いた

「 傷を負うたのか 」

「 ああ だが大事無い 安ずるな 」

「 其の傷の何処が大事無いだ

  頬骨が見えて居るではないか … 貸せっ 」

  どしりと尻を付いた傳助が 手拭いを頬の切れ目に当てる間に

 散開を終えた手の者らは 暗闇へ眼を凝らしつつ辺りを窺う

「 尊治様が此の傷を眼にしたならば

  やはりもっと人を割く可きであったと 申されるであろうな 」

「 馬鹿を申せ 押し込み方は一人でも多い方が宜しかろうと

  俺から申し出た事だ 尊治様が気に為される事では無い

  其れより 手筈通り二人を連龍の許へ向かわせたが 上手く

 殺れたのだな 」

  言い乍ら 柄にくっついて離れぬ右の手指を 空いた左手で一

 本ずつ解きほぐして行く広之進の尻が 最後の一本を剥がした途

端どさりと落ちた 

「 … … 余程の相手だった様だな 」

「 ああ … 堺 十蔵だ 」

「 なっ 何っ 徒武者組頭にして猿(ましら)の異名を持つあの

 堺 十蔵なのか 」

「 ああ … …

  源心殿から手練れの中の手練れと聞いては居たが 

  刀捌きも然(さ)る事乍ら あの尋常では無い変わり身と詰めの速

 さ …

  遊佐の堺 十蔵 噂に違わぬ凄腕よ … …

  真に 恐ろしい相手であった 」

「 広っ 御前 継ぎ役が堺 十蔵と知って自ら手を挙げたのか 」

「 ああ … 其れより首尾は 」

「 おっ応っ 屋敷が広い上に固め手が意相外に多くてのう

  初手は手間取ったが盛光の首は尊治様が刎ねた

  続光の首は俺が胸を突いた処を透かさず勝(かつ)が刎ねてくれ

 た 今頃は火の始末をしがてら其の両首 前庭に晒して居ろう

  然し 此奴が居らんで良かったわい

  傷を負うた者は何人か居るものの 誰一人命を落とさずに済ん

 だのは御前の御陰だ 」

「 秀光は … 秀光はやはり居らんかったのか 」

「 うむ 兼ねてからの知らせ通りよ 居らんかった …

  残念だが仕方有るまい 

  限られた日数の中 其れを承知で出張って参ったのだ

  心の何処かでもしかしたら居るやもと願うて居たが 今更探ろ

 うにも時が足りぬ

  其れに 此度の事が我らの仕業と知れては 蒲生家や源心殿へ

 御迷惑を掛けてしまい兼ねぬのだ

  此度は諦める外 手は有るまい … 

  何だ広 ほっとした様な顔をし居ってい 」

「 ふっ 御前此其 … だが 

  何れは殺らねば成るまい 」

「 うむ 何れはな 」

  秀光の父祖討ちに 直接関わる事無く終えた広之進は 多少

 の後ろめたさを覚えつつ 手拭いをきつく巻き 立ち上がり様

 ぱちりと刀を納めた

  其処へ 物見の者が駆け寄り様片膝付いて告げる

「 両組頭 人が来ます 」

「 うむ 広っ 尊治様が御待ちだ 引き上げよう 」

「 傳 直ぐ様後を追う故先に行ってくれ 」

  小さくうむと頷く傳助は 大槍をぶんっと一振りさせ 手の者

 率いて闇へ消え入り

  きつく結んだ手拭いが 低く震えて語り出す

「 俺の腕が御主より勝って居た訳では無い

  型通り抜いて居れば 抜き終えぬ内に御主の刀の切っ先は俺の

 首を貫いて居たであろう … 

  勝負の分かれ目を敢えて口にする成らば

  俺の腕の長さが ちょんこと勝って居たのであろうよ

  其の傷ではもはや助かるまい

  既に痛みも越えて居ろう 故に止(とど)めは刺さぬ

  せめてもの情けだ 月を仰いで逝くが良い

  さらばだ 堺 十蔵 」

  … … 程無く

  数人の郎党と共に 翁新五郎率いる一座に紛れ込んだ老武者

  遊佐長員(ながかず)が 酔声を上げ乍ら四つ辻へ通り掛かる 

  此の一行は十蔵とは別に 長の潜伏を労いがてら盛光が鶏が

 らへ策を託し 秀光の許へ向かわせて居た者共であった

  此処で 其して其の先で何があったのかを悟った鶏がらは

 主の生死を確かめるより己れの命を優先し 長居は危険と 辛

 うじて息を繋いで居る十蔵も見棄てて去ろうとしたものの 流

 石に郎党らの眼が其れを許さず 不承乍ら郎党一人を屋敷へ走

 らせつつ 瀕死の十蔵を秀光の隠れ家へ連れ戻ったのであった


⦅ … … あの時

  奴は俺の突き上げを退くと見せかけ 実は一歩も退く事無く

 其の一撃に懸けた

  俺は 決して奴を見くびって仕掛けた訳では無い

  故に負けは負け 其れは潔く認める … だが

  互いに名乗り合うた尋常な勝負の果てを 奴は汚したのだ

  情けを掛けるのは勝手だが 其れは勝者の驕りに過ぎぬ

  掛けられた者に取っては地獄  … … 

  故に 俺は死ぬのを諦めたのだ 

  あの折りの借りを返さぬ内は死ねぬとなあっ …

  あれから一年 生きた甲斐があった …

  御影畠山弟組一番組頭 原 広之進

  此の俺に情けを掛けた事を

  止めを刺さなかった事を 

  必ずや 後悔させて遣る … … ⦆


  十蔵の右の眉がぴくりと引きつり

  鶏がらが目の前に放り投げた御影の矢を 拾い上げ様両手で

 ぱきりと折るなり がしゃりと篝籠へ放り込む

  燃え盛る篝火の炎に 折れ矢はぱちりと悲鳴を上げ 其れを

 見詰める十蔵の眼の奥で ゆらりと撓(しな)って一気に燃え上

 り 火焔の中へ呑み込まれて逝った

                         つづく


 



 

 






   


 


 


  

   

 





  



 



 



 

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