御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の参

          於 蓮 

          おれん    




  荒山砦へ続く尾根道の中程辺り

  山の風がそよと吹き

  道に張り出た小枝が小さく揺れた其の様に

  つと足を止めた竜三郎の脳を

  左近の鯰の髭の如き不適な笑みが一瞬過るも

  奴には知る由も無き事と思い直し 

  水溜まりに映る月を頼りに踏み出す足が

  ぱしゃりと溜まり水を踏み撥ねた其の時

  眼の前の篝屋から灯りが漏れ出た


「 誰だ 」

  狐蛇が低く唸る

「 わっ 私(わたくし)でございます )

  松明を掲げた従卒が篝屋から飛び出し様片膝付いて面を上げ

 た 未だ前髪(まえはつ)が残り 松明の灯りに映える従卒の面は

 美しく狐蛇は思わずごくりと息を呑む

⦅ 今迄気付かなかったが …

 此奴の面 夜にはこうも美しい面に変わるのか … 

 成る程な … ⦆

「 蓮次丸 此処で何をして居る 

  篝屋に火を点(とも)せとは まだ命じて居らぬが 」 

「 はっ 供は要らぬとの仰せではございましたが 曲者騒ぎが

 在ったばかりでございます

  村島様の御身に何か有ってはと 此処で御待ち致して居りま

 した 」

「 俺の命が聞けぬのか

  俺が要らぬと言うた成らば要らぬのだ

  此度は赦すが次は無きものと思え 」

  ははと平伏す蓮次丸の鉢金に汗がじわりと滲み 狐蛇は震え

 る其の細い肩を今直ぐにも抱き寄せたい衝動を抑えつつ 乾い

 た分厚い唇で優しげに問いを掛けた

「 蓮次丸 其の二本の竹筒の何れかは御酒か 」

「 はっはいっ 熊沢様より村島様の従卒を務めるのであれば御

 酒は欠かさず持ち歩けと仰せつかって居りましたので 御酒は

 此方の筒でございます 」

  蓮次丸が差し出す丸に酒と墨書きされた筒を手に 篝屋の中

 へと入り込んだ狐蛇は 框(かまち)へ腰を掛け様ぐびりと一口流

 し込む

「 うむ 良く冷えて居るではないか 」

「 御待ち致して居ります間 裏の清水に沈めて居りました 」

「 次いでに水を浴びたか 」

「 はいっ あっ 酒筒を汚さぬ様 私(わたくし)は下(しも)で浴

 びたのですが … 」

「 案ずるな 其の様な事を気にする俺ではない … 

  蓮次丸 俺も浴びて参る故此処で待って居れ 」

  言うなり 其の場で下帯一つと成った狐蛇は 裏木戸を抜け

 てせせらぎの中へと身を投じ 一人残る蓮次丸は篝籠へ差し入

 れた松明の灯りを背に 男の着物を畳み出し 畳み終えた着物

 の上へ男の匂い袋を乗せて頬を寄せ そっと目を閉じ 袋の匂

 いと混じり合う男の香りを胸一杯に吸い込んでは大きく息を吐

 き 男が戻る迄の間せせらぐ音の調べを窺い乍ら独り悦に入る

  程無く

  再び下帯一つで現れた男は 同じ場所に腰を下ろし様御酒を

 ごくりと流し込み 土間に控えて俯く蓮次丸へ向いた口がそろ

 と開く

「 ところで蓮次丸 鵜納の首 上手く刎ねたな

  蓮次丸め 何時の間に腕を上げたと皆驚いて居ったぞ 」

「 はっ 御指名に預かりました手前村島様の目の前で下手は打

 てぬと 無我夢中で刀を振り下ろしましたならば 鵜納殿の首

 がごろりと転げて居たのでございます 」

  誉めて貰うた事に嬉々と面を上げた蓮次丸の眼に 男の股間

 の膨らみが灰白色(はいじろいろ)にぼやりと映り 面は男へ向け

 たまま其の眼は灰白のぼやりに奪われて居た

「 首を刎ねたのは初めてか 」

「 はっ はいっ 犬や猫を捕まえては試して居りましたが 人

 の首は初めてでございます 」

「 手応えは如何であった 」

「 はっ あの斬撃の瞬間

  刀身から柄を通して此の手に伝わるあの衝撃

  犬猫と違うて 何と申し上げましたならば宜しいのでしょう

 か … 鵜納殿には真に申し訳無くも 得も言われぬ快感が全

 身を貫いて行くのを 覚えて居りまする 」

  其の時の事を思い出して居るのか其れとも 男のぼやりが其

 うさせて居るのか 蓮次丸の面は微かに上気し鉢金から滲み出

 た汗が 紅色に染まり美しい弧を描く頬を伝い 触れれば壊れ

 てしまい其うな顎の先から胸元へ滴り落ちて行き 後光の松明

 の灯りと相俟(あいま)って 此の紅顔の内に潜む怪しげな色香が

 そよりと辺りに漂い始めた

「 快感か … 憂さ気は晴れた様だな 」

  紅顔が俄に曇り 怪しくも悩ましげな苦渋が一気に満ちる

「 ごっ 御存知でございましたか … 」

「 鬼三郎から委細聞いて居る

  御前を巡り物見組の諍いが絶えず 此のままでは刃傷沙汰に

 及び兼ねませぬ とな 」

「 ゆっ 故に 熊沢様は私を村島様の従卒に … 」

  狐蛇は御酒を含みうむと呑み込む

「 むっ 村島様 

  私は 要らぬ誤解を招かぬ様既に心に決めた御方が居ります

 ると 組の皆様の前で公言致して居りましたが … 

  或る夜 あ奴に … 鵜納めに 手篭めにされてし申たので

 ございます

  其ればかりか あ奴は 蓮次丸に決めた御方など居らぬ真は

 尻軽よと 組み内に言い振り回り為に 為に私は … くっ 」

「 皆の的にされてし申たか 」

  唇を咬み 無言で頷く蓮次丸の頬を 大粒の涙が一粒ぽろり

 と転げて落ちた

「 ゆっ 故に 強く成らねばと 熊沢様の下でひたすら剣の修

 行に励んで参ったのでございます

  成れど 其の熊沢様迄があの様な … 」

「 逝った者は二度と戻らぬ

  汝(うぬ)とて 組み替えが一日遅れて居れば同じ目に遭うて居

 たやも知れぬのだ 其の命拾うたと想うて大事にするが良い 」

  はいと頷く蓮次丸の 眉間に寄る短い皺が何ともいじらしく男

 の情の琴線が音を立てて震え出す

「 蓮次丸  幾つに成った 」

「 来月で十七になりまする 」

「 なら飲れるな 御前も一口飲れ 」

「 めっ 滅相もございません 」

「 良いから此処へ座れ 」

  高鳴る鼓動を悟られまいと

  伏し目がちに男の隣へ腰を下ろした途端

「 鬼三郎の供養と想うて一杯付き合え 」

  竹筒の御酒を残らず口に含むなり 俯く紅顔をぐいと仰向け

 た男は 隙間から溢れるのも構わず唇を重ね様勢い良く御酒を

 流し込む

  後ろへ付いた両手で身体を支える蓮次丸の喉が 喉仏の動きに

 合わせてごくりと鳴り 薄(うっす)らと潤む瞳が男の情を更に掻

 き立て 御酒の残液を舌を絡めて吸い付くし離れても尚余韻を残

 すが如く互いを繋ぐ水糸が松明の灯りに煌(きら)と光って後 音も

 無く途切れて逝った


「 口移しは初めてか 」

  左手を男の股間へと誘(いざな)われ

  己の股間は男の右手で弄(もてあそ)ばれ

  腰を僅かに捩(よじ)って喘ぐ蓮次丸は 嗚呼と男に抱き付き様

 長い睫毛を一度閉じ小さくこくりと頷いた

「 … 唇は 誰にも奪われては居りませぬ

  其れだけは頑なに拒んで参りましたので 口移しはおろか口

 吸いさへ初めてでございます … 

  む … … 村島様 … … 

  熊沢様から委細聞いて居ると 申されて居られましたが …

  もしや 私が心に決めて居ります御方の御名も … 」

「 無論だ 委細とは其う言うものだ

  蓮次丸 二度と誰にも手は出させぬ故 此れからは片時も俺

 の側を離れるでない

  二人きりの時 俺は御前を於蓮と呼ぶ

  御前は俺を竜様と呼べ 前髪(まうはつ)も今宵限りぞ 」

「 まっ 真でござりまするか 村島さ … いっいえっ

  竜さま 」

「 真だ 御前も其の積もりで此処で待って居たのであろう

  於蓮 御前の望みを叶えてやる

  今を以て俺は御前の男だ 」

「 嗚呼 嬉しゅうございます

  私は 今日と言う日を生涯忘れは致しませぬ 」

「 ふっふっ 初(うい)奴

  良いか於蓮 俺は無理強いはせぬ 其れが俺の流儀だ

  だがのう 俺の物は今迄の者らと物が違う 故にたっぷりと

 舐(ねぶ)れ 舐(ねぶ)りが足りぬと其ちが痛い目に遭うのだから

 な 」

  男の下帯を解いた於蓮の眼の前に 憧れの一物が姿を現し

 其の余りの大きさに思わず眼を見張るも 躊躇うより先に舌が

 出 男の竜頭(りゅうず)を薄張りの唇花で包み込み 男に言わ

 れる迄も無く時を掛けて舐り 男の全てを我が物とす可く 蛇

 が捕らえた獲物を呑み込んで行くが如く あと一呑みもう一呑

 みと喉の奥深く送り込んで行く


⦅ 性懲りも無く 又候(またぞろ)出て来やがったなあの餓鬼

 だが 祖父の蔵治(くらはる)も 父の(まさはる)政治も 兄の宏

 実(ひろざね)さへ居らぬあの餓鬼に今更何が出来る

  此度の様に探りを入れて来る位が関の山だ

  前田の倫組は遊佐に当たらせ様と思うて居たが 左近が狩る

 と言うて居るのだ 俺の邪魔をせぬ限り好きにさせて遣るさ

  代わりに遊佐にはあの餓鬼を殺って貰おう

  ふっふっ 因縁浅からぬ仲なのだ遊佐に取っても其の方が都

 合は宜しかろうよ

  何れにせよ 御陰で俺の勢を回さずに済むわい

  鬼三郎も荒山の露と消えた今 二つに分ける可き銭も分けず

 に済むのだ 後は無事に山を抜けるだけ まるで世の中が俺の

 為に回って居る様ではないか

  千載一遇とは正に此の事

  さぶよ 彼の世で いや地獄で光秀に礼を言うてくれ

  真に良い時に信長を殺してくれたとなあっ … 

  天が与えてくれた此の機を逃しては成らぬ あと一息 もう

 一息 気張らねば成るまい … … ⦆


「 於蓮 」

  竜頭を咥えたまま上目を使う於蓮の汗ばむ面は悩ましく 

  愛惜(いとお)し気な音を立てて唇花は離れ

  抱き寄る於蓮の身体を抱え様 荒々しく板敷きへ四つに這わ

 た狐蛇は 於蓮の搦め手から一気に押し入り 真夜中の荒山に

 禽獣の咆哮が響き渡る 

                         つづく




 




  

 



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