御影 弟組 MIKAGE OTOGUMI 其の弐

       禽 獣 に 五 徳

       きんじゅうにごとく



  

  開いているのか閉じているのか判らぬ眼を 

  兄温井景隆へ向けた三宅長盛の

  毛虫にも似た口髭が小さく波を打つ


「 兄上 竜三郎の申す通りの触れを廻すと致しませぬか 」

「 其うよのう 此度の事が皆に知れてし申ては兵共の士気に差

 し障るやも知れぬでのう …

  だが竜(たつ) 御主と鬼三郎の間柄は皆知って居るのだぞ

  其れでも良いと申すのだな 」

  景隆の深く長い皺が深さを増し 組み上げた右足が己の意に

 関わり無く激しく揺れて居る

「 はっ 如何に義理の弟と謂えども 物見番頭の御役を担い乍

 ら曲者を取り逃がした事実は消せませぬ

  故に此処は 御役目不届きを名分と致し手の者共々厳罰を以

 て斬首に処した事と致しまする

  其れがしが敢えて鬼三郎を斬った事により 軍の気引き締ま

 リ更には 此の石動山の衆徒らにも我らが此の一戦に懸ける意

 気込みを篤と知らしめる事と成りましょう 」

「 ふむ 表向きは泣いて馬謖を斬るの故事に倣うと言うのだな」

  先程から悩まされて居た蚊を 鉄扇で叩き落とした景隆の足

 の揺れが漸く収まり 其れを見詰める狐蛇(きつねじゃ)の如き

 竜三郎の面を左右の篝火がゆらりと照らす

「 しかし 組下の者ならば仕方無しにしても鬼三郎迄殺られる

 とは 相当腕の立つ曲者の様だのう …

  やはり 前田の透っ波か 」

「 はっ 伊賀倫組(みちぐみ)の仕業 と想われまする … 」

  先程から後ろが気になる狐蛇は 思わず明言を避けた

「 厄介だのう兄上 間諜狩りを得手とする軒猿組に助を頼も

 うにも 御家騒ぎの折りに軒猿組も二つに割れてし申て以来

 手が足りぬ故 我らに回す余裕は無いのだと 景勝様より釘を

 刺されてしまいましたからなあ 」

「 御安じ召されますな長も 

  言葉の終わらぬ内に声の主へ向けて

  狐蛇が 鋭い抜き打ちを喰らわすも

  衛士はひらりとかわし片膝付いた

「 相変わらず 御気の短い御方よ …

  其れがしでござる 村島様 」

  衛士は 陣笠の紐を解きつつゆるりと面を向ける

「 悪気(あっけ」が無い故放って措いたが

  やはり御主か 」

「 おっ 汝(うぬ)は … … 確か … … 」

「 御久しゅうござる 景隆様

  左右組(そうぐみ)の頭領左近でござる 」

「 何故(なにゆえ)御主が此処に居る … 真逆 …

  今朝方の曲者とは 汝らの事ではあるまいのう

  返答次第では 生かして措かぬぞ 」

「 はっはっはっ 村島様の御気の短さは景隆様譲りの様でござ

 りまするな … 其れは扠措(さてお)き

  先ずは 正規の手順を踏まず現れ出でました事 御赦し下さ

 れ 何せ甲斐の国より戻りました成らば 景隆様らが前田と一

 戦交えるとの事

  実は其れがし 倫組(みちぐみ)の頭領服部源心とは因縁浅か

 らぬ仲なれば 倫組の始末我ら左右組に御任せ頂きたく手の者 

 率い急ぎ罷り越した次第でござる 」

「 ほおうっ 其れは構わぬが 銭は払えぬぞ 」

「 御心配には及びませぬ景隆様

  今程も申し上げましたが 源心とは因縁浅からぬ其れがし

  此度の我らの出張りは言わば私闘でござる

  私闘で銭は頂けませぬ 」

「 左近 御主ら左右組は直江兼続殿お預かりの身の筈

  あの兼続殿が 戦に名を借りた私闘を許すとも想えぬが 」

「 村島様 直江兼続と言う御方 ああ見えて実は合理な御方で

 ござる 口に此其出しませぬが 軒猿組を温存しつつ倫組を葬

 れるのであればと本戦に関与せぬ事を条件に諾為されてござる 」

 「 左右組は飽く迄 伊賀倫組を狩る事 

  其れ以上でも以下でも無い と申すのだな 」

「 左様でござる 」

「 あの倫組を殺れるのか 」

「 其の覚え有るが故に今 此処に居りまする

  御納得して頂けますかな 村島様 」

  うむと頷く狐蛇へ 左近の細身の面に 鯰の髭の如き笑みが

 ちらりと浮かぶ

「 景隆様 手土産代わりに一つ御報告がござる 」

「 何じゃ 」

「 前田への助勢 佐久間の兵凡そ二千五百

  其れ以上は参りませぬ 」

「 まっ 真か左近 偽りではなかろうのう 」

「 真でござる 此れで負けは無う成りましたな 」

「 むううっ 此れは祝着 

  左近っ 此度の戦 勝利した暁には必ずや褒美を …

  … 左近 左近 … 

  あ奴 何時の間に消えた …

  此れだから儂は透っ波の類いは好かぬのだ 」

「 良いではござりますせぬか兄上

  倫組の頭との間に何があったのかは判りませぬが 御陰で奴

 らに銭を払うこと無く 枕を高くして寝られると成れば正に願っ

 たり叶ったリでござろう のう竜三郎 」

「 はっ 其れに左右組の出張り 兼続殿の一存ではござります

 まい 必ずや景勝様の諾を得られて居る筈 此れ此其上杉方が

 我らに信を置いて居る証でござりましょう

  其の思いに報いる為にも此の一戦 何としてでも勝利致さね

 ば成りませぬ 」

「 うむ 頼りにして居るぞ 」

「 はっ 御任せあれ 」

「 さあ兄上 そろそろ御酒と致しませぬか

  竜三郎 御前も飲って行くじゃろ 」

「 鬼三郎が居らぬ今 策を練り直さねば成りませぬ故

  其れがしは此れで 」

「 待て竜 御主ら何年に成る 」

「 はっ 鬼三郎が十四 其れがしは十五の年でございましたの

 で 丁度二十年と成りまする 」

「 二十年 … 光陰矢の如しと云うが … 真だな

  奴を偲びがてらと思うたが まあ良い無理強いはせぬ

  だが 此れだけは言うて措く

  御主らの変わらぬ忠勤 儂は心から感謝して居る

  鬼三郎の一件 真に残念であった 」

「 ははあっ 真に有り難き御言葉

  其の御言葉だけで 我ら尽くして参った甲斐が在ると言う

 もの 鬼三郎も草葉の陰で嘸喜んで居る事でござりましょう 」

「 湿っぽい話しは其れまでと致しましょうぞ

  おいっ 誰か 御酒じゃ御酒を持ていっ 」


  長盛の騒声を背に景隆の陣屋を後にした狐蛇は 荒山砦へ戻

 る道すがら一人想いに耽(ふけ)る

⦅  … … もはや あの兄弟に誰も信など措いては居らぬ

  左近 御主の申す通り直江兼続と言う男 合理な男よ

  あの男 我らを楯か堤としか見ては居らぬのだ

  其の様な男が我らに いやあの兄弟に信など措くものか

  助勢もたったの五百 此の者らとて魚津の戦で死に損ね死に

 場所を求めて参陣した迄の者共よ

  死に急ぐ者らを抱えては七尾の城を囲む事すら出来ぬと 已

 む無く此の石動山の衆徒らと手を結んだのだが 其の衆徒らと

 てあの兄弟を利用して居るに過ぎぬ

  其れはあの兄弟も同じ だが だから此其衆徒らに信を措い

 て貰う努力をせねば成らぬのだ 其の努力怠れば忽ち我らは孤

 立し滅亡の憂き目に遭うやも知れず 何より我が謀(はかりごと)

 が水泡に帰してしまい兼ねぬでなあ … 

  故に先ずは此の俺が衆徒らの信を得ねば成らぬのだ … 」

  狐蛇は一度立ち止まり

  大きく息を付いて後

  再び歩を進め出す

⦅   … … 此度 

   信長の突然の死に 景隆様は此の機に乗らぬ手は無しと

   能登国奪還を大義とし畠山の旧臣に参陣促すも 応ずる者 

  など誰も居らず集う勢は相も変わらぬあの兄弟の手勢と遊佐

  の残党のみ 

   新に兵を雇うにも 上杉の援助も高が知れたもので手勢に

  分け与えた処で底が尽きた

   兵を欲する景隆様ではあったが 無い袖は振れず 振れぬ

  事に業を煮やしたあの男は 密かに俺と鬼三郎を呼び出し有

  ろう事か 結界地の埋納銭を掘り起こし其の銭で兵を雇えと

  抜かしやがった … … 

   如何に背に腹は代えられぬと謂えども

   鎮守の為の埋納銭で兵を雇うなど

   此の地の神への冒涜であり何より

   能登国領民への裏切りに他成らぬ

   兵が足りぬと言うので有れば 足りぬ成りの策を講ずるの

   が一軍の将たる務めであろうに … …

   御仕えした頃は あれ程輝いて見えた御方が

   俺の憧れだった御方が

   貧すれば鈍すると云うが 真だな

   終わった いや 

   終わりにせねば成らぬのだ … … ⦆


   其れ迄 愚直な程従順に付き従って来た双三郎であったが

   共に心の内で同じ言葉を呟いて居たのであった

   其れでも命には従い 埋納銭を掘り出した其の夜

「 のうさぶ 孟子は五徳 仁 義 礼 智 信を守れぬ者は禽

 獣に等しき者であると説いた其うだ

   其の様な事が真である成らば 我らは禽獣に等しき者に仕

 えて居る者 と言う事に成るな 」

「 はっはっはっ 我らは獣以下と言う事でござりまするか

  成らば竜様 いっその事等しきを越え真の禽獣に成って遣り

 まするか 」

「 良いのかさぶ 行き着く先は閻魔様が御待ちの地獄やも知れ

 ぬぞ 」

「 はっはっはっ 竜様は五年前にも同じ事を申されましたが

  其れがし 未だに地獄を見ては居りませぬ

  其れに 地獄の沙汰も何とやらと申します程に 其の折りの

 為にも 銭は無いより在った方が宜しかろうと存知ますが 」

「 うむ 腹の決め時だな …

  良し決めた

  さぶよ 此の埋納銭は我らで頂くと致そう

  銭は既に何者かに掘り出され代わりに呪禁(じゅごん)の為の

 犬が埋められて居りましたと告げれば其れで良い 」

「 疑われませぬか 」

「 埋納銭の在処(ありか)を知って居るのは 我らだけでは無か

 ろう 犬が埋められて居たのも偽りでは無い故臆する事無く申

 し開きが出来る 」

「 成る程 御影の家も存知て居りましたな 」

「 うむ 生活に窮したあの餓鬼の仕業でござりましょうと申さ

 ば疑いはせぬ 」

「 成れど竜様 真逆本気で此の銭抱えたまま地獄へ行く積もり

 ではござりますまい 」

「 無論だ 銭は命在る内に使うて此其価値が在ると言うもの

  今更命が惜しい訳でも無いが もはやあの男に我らの命を託

 し 懸ける価値さへ既に無い

  折角此の世に生まれた此の命 無駄に散らさずそろそろ己の

 為に使うても罰は当たるまいて

  故にさぶ 前田とは程好く渡り合い機を見て山を抜ける 」

「 上手く抜けられますか 」

「 ふっふっ 勝手知ったる此の山よ 抜けて見せる全て俺に任

 せ措け 其れ迄 決して気取られては成らぬぞ

  決してな … … 」  

                        つづく


  

  

  

   

   


   

   







  


 

  



  

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